サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
霧獣が粒子となって消えてから十分ほど経った頃、俺たちは商店街のベンチに座っていた。
正確に言えば座っていたのはあんなと絶花の二人で、俺はベンチの背もたれに寄りかかり、ソラはベンチの前のガードレールに腰を掛けていた。ペットボトルの水を両手で握りしめている。コンビニで買ったやつだ。霧獣を倒した直後にコンビニに寄って水を買う俺たちの図。なんだそれ。
(のどかすぎるだろ)
さっきまで命がかかっていたのに。まあ、こういう落差があった方が緊張が解けていいのかもしれない。あんなはベンチの端に座り、足をぶらぶさせている。絶花は隣で背筋を伸ばしたまま、どこか硬い。戦闘時の気配がまだ残っているのだろう。
ソラがペットボトルのキャップを捻った。
プシュッという微かな音。炭酸じゃない。普通の水だ。一口、二口。三口目で彼女は息を整えた。喉仏が小さく動く。
そして、ペットボトルを膝の上に置いた。
表情が変わった。
さっきまでの、霧獣を倒した後の高揚感のようなものが消えていた。代わりにそこにあるのは、硬い面構えだ。見習いヴァルキリーとしての顔。背筋が伸びている。ベンチに座っているわけではない、ガードレールの上に座っているが足は揃えていて背筋は一直線だ。まるで任務報告を始める兵士のようだ。
「あの、太郎さんたちにお話したいことがあります」
ソラの声が少し低い。さっきまでのハキハキした声量が控えめになっている。緊張だ。それは分かった。魔物を蹴り飛ばす時よりも、今の方が緊張しているらしい。
「話したいことって?」
「わたしが駒王町に来た理由です」
俺は眉を動かした。理由。そういえば、あんなに言ってたな。異変を追って日本に来たと。だがその詳細はまだ聞いていない。
「聞かせてくれ」
「はい」
ソラは一度目を閉じた。深呼吸。それから目を開けた。青い瞳が夜の街灯を反射している。
「わたしが駒王町に来たのは、ここで目撃された異変を追うためです。でも、わたしがこの町に来る前にもっと前に、北欧で目撃したものがあるんです」
北欧。アースガルズ。彼女の故郷だ。
「それが何なのか分からなかった。でも、あれを見てから各地で魔物が湧き始めた。わたしはそれを追ってここまで来ました」
「待て。少し順序が悪い。お前が見たものを説明してくれないか」
「はい、すみません。ええと…」
ソラが言葉を探している。表現が難しいのだろうか。それとも思い出すのが辛いのか。ペットボトルを握る指に力が入っている。
「白い、存在でした」
その一言に、俺は何も感じなかった。白い。白いと言われてもピンとこない。雲か。雪か。幽霊か。
「巨大な、白い存在でした。女神のように。あるいは…精霊のように」
ソラの声が少し震えた。
「精霊?」
あんなが首を傾げた。隣で絶花が微かに動いた。
「…女神、ですか」
絶花が小声で呟いた。その目が何かを探るように細められている。神話の存在と結びつけようとしているのか。絶花は剣豪の家系だ。古い伝承に詳しい。何か思い当たることがあるのかもしれない。
「巨大ってどのくらいだ」
「はい。アースガルズの谷全体を覆うほどの大きさでした」
「谷って」
どれくらいの規模だ。アースガルズの谷がどのくらいか知らないが、谷を覆うほどの巨大な存在。それはもう怪獣だ。
「怪獣か何かか?」
「えっ」
「いや、俺の感覚で言うとそうなるんだが」
怪獣。巨大な存在。それが俺の中で最初に浮かんだ言葉だ。ウルトラマンゼロと一体化してから、巨大な存在を見ると怪獣という言葉が先に来る。職業病だ。
「怪獣…ではなかったと思います。あれは、もっと。もっと静かな存在でした」
静か。怪獣が静か。矛盾しているようだが、ソラの言いたことは分からなくもない。暴れ回る怪獣とは違う。ただそこに在るだけで圧倒的な存在感を放つ。動かないからこそ恐ろしい。
「静か、か」
「はい。音もなく現れました。ただ、空が白くなったんです。夕暮れだったのに、空全体が真っ白になって。そして、空にあの存在が浮かんでいました」
空が白くなる。巨大な白い存在。精霊のような女神。
俺はそれを想像してみた。夕暮れの空が白く染まる。雲ではなく空そのものが白くなる。そこに浮かぶ巨大な女神。白い。静か。音もなく。
(……なんだこれ)
胸の奥に、ちくりとした感覚が生まれた。引っかかりだ。何かが引っかかっている。ゼロの記憶の片隅に、何かあるのか。
『……』
ゼロが沈黙している。
いつもなら何か言ってくる場面だ。「おい相棒」「どうした」と軽口を叩くか、的確な助言を寄越すか。だが今は沈黙だ。何かを考えているのか。それとも、何かに触れたくないのか。
(おい、ゼロ。お前何か)
だが俺の内心の問いかけにも、ゼロは応えなかった。
「太郎くん?」
あんなの声で意識が戻った。俺が黙り込んだのに気付いたらしい。
「ああ、すまん。続けてくれソラ」
「はい。あの存在が現れてから、各地で魔物が湧き始めました。アースガルズだけじゃない。近隣の世界でも。そして、ここ日本でも」
ソラがペットボトルを握りしめた。指が白くなっている。
「あの存在が何なのか、わたしには分かりませんでした。シャララ隊長にも報告しましたが、正体は不明でした。ただ、あの存在が関わっているのは確かだと思います。だからわたしは、その正体を突き止めるためにここに来たんです」
ソラが一通り言い終え、ペットボトルに口を付けた。水が減っていく。喉が渇いていたのだろう。緊張の中で一気に語った。
「…巨大な白い女神か」
俺は夜空を見上げた。星が見える。数個だけ。都会の光に霞んで。
白い女神。精霊。巨大。静か。音もなく現れる。その出現と同時に魔物が湧く。
情報が足りない。正体が分からない。だが、胸の奥の引っかかりは消えない。むしろ広がっている。
(何なんだよ、この感じ)
ゼロの沈黙が重い。いつもと違う。何かを知っているのか、それとも何かを思い出しかけているのか。
「太郎さん? どこか具合が悪いですか?」
ソラが心配そうに俺を見ている。
「いや。大丈夫だ」
大丈夫じゃない。胸の奥がむず痒い。引っかかりが痒いのではなく、何かが這い上がってきそうで気持ちが悪い。
「それで、その白い女神とやらを追って日本まで来たってことだな」
「はい。駒王町で魔物が目撃されるようになったのも、あの存在の影響ではないかと」
「なるほどな」
俺は頷いた。頷いてから、あんなと絶花の様子をちらりと見た。
あんなはベンチの上で足をぶらぶさせながらソラの話を聞いていた。目が丸い。目が丸いのはいつものことだが、今は驚きの丸さだ。「精霊みたいな」という表現に首を傾げていた。彼女の感覚では、空から降ってきて魔物を蹴り飛ばすソラの方が精霊に近いのかもしれない。
絶花は隣で背筋を伸ばしたまま動かない。だが目が動いている。ソラの言葉を咀嚼している。神話の存在。女神。その言葉が絶花の知識の何かと結びつこうとしているのか。だが結びつく前に途切れている。情報が足りないのだ。
(俺も情報が足りない)
白い女神。精霊のような。巨大。静か。
胸の奥の引っかかりが、小さな音を立てている気がした。ゼロの中の何かが反応している。だが、その反応が何を意味するのかまでは分からない。
「…ソラ。一つ聞いていいか」
「はい、何ですか」
「その白い存在。他に特徴はなかったか。形、色、雰囲気。何でもいい」
ソラが思案した。ペットボトルを膝の上に置いて、目を閉じる。記憶を辻っているのだろう。
「白い、こと以外は…静かだったこと。それから、あの存在の周囲だけ空気が違いました。冷たいというか、澄んでいるというか。あの存在の近くに行くと、世界が一時止まったような感覚に…」
世界が止まる。静寂。白。
『……』
ゼロが、やはり沈黙していた。
「…分かった。ありがとう」
「はい。お役に立てたなら」
ソラが小さく微笑んだ。ペットボトルの水をもう一口飲んでから、彼女は夜空を見上げた。
「あの存在の正体を突き止めるため日本に来ました。わたし、未熟です。でも、未熟なりに前に進みます。あの存在が何であれ、人々を脅かすものを放っておくわけにはいきません」
その言葉に、嘘はなかった。ソラの青い瞳が夜の街灯を反射して、綺麗に光っていた。
(真っ直ぐな奴だな)
そう思った。同時に、胸の奥の引っかかりがまた一つ大きくなった気がした。
次回の王は
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