サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
ゼロの声が、俺の脳内で低く響いた。
『…おい、相棒』
その声の重さに、俺は息を止めた。さっきまでの沈黙が嘘みたいに、ゼロの声が急に現れた。いや違う。沈黙していたのではない。言葉にする前に、確かめていたのだ。ソラの証言の一つ一つを、自分の記憶と照合していたのだ。
『その白い存在。たぶんな。いや、たぶんじゃねえ。間違いなくそうだ』
ゼロの声が震えている。
震えているのだ。ウルトラマンゼロが。レオから宇宙拳法を学び、ベルialと何度も戦い、二万年の修練を積んだ戦士が。その声が震えている。
(おい、ゼロ。何なんだよ。正体を知ってるのか?)
『知ってる。俺の知ってる相手だ。お前の言った白い女神は間違いなく……』
名前が、ゼロの口から出ようとした。
だがその瞬間、俺の胸の奥に熱い塊が押し上げてきた。ゼロの感情だ。怒りでも恐怖でもない。もっと複雑な何か。かつて戦った相手への警戒と、それ以上の何か。その感情が堤防を越えそうになっている。
俺は目を閉じた。
一秒。長い一秒。ゼロの感情が流れ込んでくる。熱い。重い。胸の奥が灼けるみたいだ。だがここで感情に流されるわけにはいかない。俺は王になる男だ。王は目の前の感情に流されず、状況を判断する。
(落ち着け。名前だけ教えろ。感情は後だ)
『…チッ。わりい。油断した』
ゼロが舌打ちをして、感情を引っ込めた。だがその隙間に、名前が零れ落ちた。
俺は目を開けた。
夜風が止んでいた。
さっきまで商店街のアーケードを吹き抜けていた風が、ぴたりと止まっていた。まるで世界が息を止めたみたいに。アーケードの看板が揺れていない。電線が静かだ。遠くで鳴っていたサイレンも聞こえなくなった。四人の周囲だけ、音が消えた。
「太郎さん?」
ソラが俺の顔を覗き込んでいた。その青い瞳が不安そうに揺れている。
俺は口を開いた。
「根源破滅天使ゾグ」
その名前を口にした瞬間、世界が変わった。と言っても物理的に何かが起きたわけではない。ただ、空気が変わった。さっきまでの静寂が、もっと深い静寂になった。まるでその名前自体が空気を重くするみたいに。
「な…」
ソラの目が見開かれた。
大きく。限界まで大きく。青い瞳が零れそうなほど開かれている。だがその目に浮かんでいるのは驚きだけではない。動揺だ。さっき霧獣と戦った時とも、霧魔を蹴散らした時とも違う。もっと根深い何か。見知らぬ名前を聞いたはずなのに、どこかで聞いたことがあるような、そんな顔をしていた。
「根源…破滅天使…?」
絶花が呟いた。その声が低い。武人の声だ。剣士としての本能が何かを察しているのか、彼女の手が無意識に胸元に伸びている。天聖が微かに反応しているのかもしれない。
「え、なにそれ。破滅って…」
あんなが小声で言った。駒を握る手が胸の上に押し当てられている。不安だ。名前だけでも不安になる。破滅という言葉がそうさせるのか、それとも俺の声のトーンがそうさせるのか。
「ゼロが教えてくれた」
俺は言った。正直に。隠している余裕がなかった。
「ゼロ?」
ソラが首を傾げた。だがその傾げ方は一瞬だった。すぐに顔が上がり、俺の目を真っ直ぐに見た。
「なぜあなたがその名前を知っているのですか?」
ソラの声が鋭かった。
見習いヴァルキリーの声ではない。戦乙女の声だ。質問ではなく詰問に近いトーン。鋭い。鋭すぎる。さっきまでのハキハキした敬語が一変している。
「それは…」
俺は言い淀んだ。
言えない。いや言いにくい。俺の中にウルトラマンゼロがいる。光の国の戦士が精神同居している。それを今ここで説明するのか? 魔物を倒した直後の商店街のベンチで?
(どうするゼロ)
『…言うしかねえだろ。もう半分漏れちまった』
ゼロの声が低い。さっきの震えは収まっている。だが代わりに覚悟のようなものが込められている。
「太郎くん…?」
あんながおろおろと俺の横顔を見ている。何か言いたげだ。だが言葉が出ていない。俺の表情が普段と違うことに気付いているのだろう。俺はめったに表情を作らない。だが今は作れない。ゼロの感情が胸の奥で渦を巻いている。それを抑えるので精一杯だ。
絶花が半歩前に出た。
俺とソラの間に。無言で。だがその位置取りは明確だ。ソラの剣呑な空気を感じ取って、俺の前に立とうとしている。幼馴染としてではなく、家臣として。剣士として。
「絶花、下がれ」
「…はい。ですが」
「大丈夫だ。ソラは敵じゃない」
俺は絶花を制してから、ソラを見た。
「ソラ。お前の目撃した白い女神。巨大な純白の姿。翼。破滅をもたらす存在。霧や魔物を従え、人々の心を絶望で満たすもの。それが根源破滅天使ゾグだ。ゼロがそう言っている」
「ゼロって、誰ですか?」
ソラが一歩近づいた。ガードレールから降りて、俺の前に立っている。背筋は伸びている。拳は握られていない。だが全身から警戒の気配が滲み出ている。ヴァルキリーとしての本能が、未知の情報源に対して反応しているのだ。
「俺の中にいる戦士だ。光の国のウルトラマンゼロ。俺と一体化していて、今もこの会話を聞いている」
言ってしまった。
正直に。全部。一気に。
(ああもうどうでもいい)
隠している場合ではない。ゾグという存在が共通の敵なら、味方同士で秘密を抱えている余裕はない。王は情報を適切に共有する。それが家臣を守るための前提だ。
だがソラの反応は予想と違った。
「一体化…? 光の国の戦士が人間に?」
彼女は驚いていた。だが否定はしなかった。眉をひそめ、何かを考えている。アースガルズの見習いヴァルキリーにとって異種族との共生は珍しいことではないのかもしれない。
「それで、その戦士がゾグの正体を知っていると」
「ああ。ゼロは知っている。かつて光の国でも警戒されていた存在だと」
「警戒されていた…」
ソラの声が小さくなった。その隙間に、ゼロの声が漏れた。
俺の唇から。
「俺の知ってる相手だ。お前の言った白い女神は間違いなくゾグだ」
俺の声じゃない。
声色は俺のものだ。だが語調が違う。響きが違う。ゼロの言葉が俺の喉を通って俺の唇から出た。俺が意図したわけではない。ゼロの感情が溢れて、言葉になって、俺の声帯を使って外に出たのだ。
(しまった)
思った瞬間には遅かった。
夜風が再び吹き始めた。静寂が破れた。世界が動き出した。
ソラが固まっていた。
彼女の青い瞳が、俺の唇に釘付けになっている。見開かれた目の中で、何かが高速で処理されているのが分かる。聞き覚えのない声。太郎の唇から出たのに太郎ではない声。それが何を意味するのか。
「今の声は…?」
ソラが呟いた。掠れた声だ。喉が乾いているのか、それとも動揺で声が出ないのか。
「今の、太郎さんの声じゃない声。あれは…」
絶花が俺の隣に来ていた。半歩前に出た体勢のまま、俺の顔を横から見ている。その目に浮かんでいるのは驚きではない。知っているという色だ。ゼロの声を聞くのは初めてではない。だが俺の口から直接ゼロの言葉が出たのは初めてなのだ。
あんなが二人の間に立っていた。おろおろと。だがその目は太郎の横顔をじっと見ている。何かを言いたげだ。だが言葉が出ない。この状況で何を言えばいいのか分からないのだろう。
三人の視線が、俺に集まった。
ソラの視線。鋭い。問いかけている。今の声は何か。あなたの中にいるのは誰か。なぜその存在がゾグを知っているのか。
絶花の視線。静かだ。だがその静かさの下に心配がある。太郎が大丈夫か。ゼロの感情に流されていないか。
あんなの視線。不安だ。だがその不安の中に信頼がある。太郎くんは大丈夫。そう思っている。そう信じている。
俺は三つの視線を受け止めた。
(…言うしかないな)
ゼロの声が、胸の奥で小さく頷いた気がした。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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幻想王