サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
翌日の放課後。
俺たちは駒王町の地図を広げていた。
場所は俺の部屋だ。マンションの六階。狭い。ベッドと机と本棚で埋まった六畳一間に、女子三人と男子一人。さらに言えば女子の一人は胸がデカい。物理的に狭い。
「太郎、足どけてください」
「無理だろ。お前が座る場所を間違えてるんだよ」
「太郎くんの部屋狭いね!」
「だから責めるなよ」
ソラだけが立っていた。背筋を伸ばして地図を覗き込んでいる。彼女は座らなかった。ヴァルキリーの礼儀作法なのか、単に窮屈なのが嫌なのか。たぶん両方だ。
地図の上に赤いペンで丸が三つついている。一つ目は昨日の商店街。二つ目は学校。三つ目は町の北側にある公園。すべて霧魔または霧獣が出現した場所だ。
「出現地点を繋ぐと線になる。北西から南東への直線上に並んでる」
俺はペンで三つの丸を結んだ。
「まるで何かが移動しながら魔物をばら撒いてるみたいだな」
『相棒、方角的には北西の山地から町の中心部へ向かって南下してる。源頭は山か?』
ゼロの声が脳内で響く。的確だ。俺も同じことを思っていた。
「ソラ。お前が北欧で見た白い女神は空に浮かんでたんだよな」
「はい。空に。巨大な白い存在でした」
「じゃあ今回も空から来る可能性が高い。山の方から町へ向かって、空を移動しながら魔物を落としてる」
「落としてる…」あんなが呟いた。「みたいな言い方すると、まるで種蒔きみたいだね」
種蒔き。言い得て妙だ。魔物の種を蒔いている。それがゾグの目的だとしたら、この町全体が畑だ。
「方針を決める」俺は地図を指で叩いた。「三手に分かれて探索する。ソラは空だ。お前は飛べるだろ。上から町全体を見渡して異常な霧の発生地点を探せ」
「はい! 任せてください!」
ソラが即答した。背筋がさらに伸びる。というかこれ以上伸びたら背骨が折れるんじゃないか。
「絶花。お前は町の北側、山地に近い神社と寺を回ってくれ。霊的な場所があれば何か残ってるかもしれない。お前の剣の感覚で異常な気配を探れ」
「…了解しました。太郎は?」
「俺とあんで町の中心部を歩く。商店街から学校周辺を再度確認する。あんの直感が一番当てになる」
「直感…! 私、頑張る!」
あんなが胸元の駒を握りしめた。金色の光が指の隙間から漏れる。兵士の駒だ。微弱な強化はまだ続いているらしい。
「連絡は携帯で。何か見つけたら即電話。逃げるのが先だ。無理するな」
俺は三人を見回した。ソラが頷く。絶花が頷く。あんなが頷く。
(王の駒の念話網が使えれば便利なんだが、ソラは駒を持ってない。まあ携帯でいいか)
『相棒、念話は俺とお前の間だけで使える。ソラには通じねえよ』
(わかってるよ)
探索は二時間経過しても成果が出なかった。
ソラは空から町全体を三周した。青白い魔力の翼を広げて駒王町の上空を旋回する。目立つ。だから高度を上げて雲の中に隠れながら索敵したらしい。だが、異常な霧の発生は見られなかった。
『何も見えません。町全体は通常の状態です』
ソラからの電話。声が風で掠れている。上空は風が強いのだろう。
「だめか。次は北側の山地周辺を見てくれ」
『はい!』
電話が切れた。
絶花からの連絡も同時に入った。
『太郎。神社三ヶ所回ったのですが、特に異常なし。気配も感じません』
「寺は」
『次に行きます。ただ、一つ気になったことが』
「何だ」
『神社の境内に入った時、鳥居の近くの土が湿っていました。雨は降っていないのに』
「湿った土。霧の残滓か?」
『かもしれません。いえ、たぶんそうだと思います。あの霧は水分を含んでいますから』
「位置を送れ。後で確認する」
『了解しました』
絶花の電話が切れた。俺はあんなと歩いていた。商店街から学校方面へ。昨日ババルウと戦った校舎はまだ修理中で足場が組まれている。夕暮れの光が鉄パイプに反射してオレンジ色の帯を作っていた。
「太郎くん、あの辺り何か感じる?」
あんなが商店街の一角を指差した。昨日霧獣が出た場所だ。アスファルトに溶けた穴がまだ残っている。市役所が補修するまで仮設の柵が置かれている。
「何も感じない。お前は?」
「うーん…あの穴の周りだけ、何か空気が違う気がする」
あんなが穴に近づいた。駒を握った手を伸ばす。金色の光が微かに強くなった気がした。
「冷たい。ここだけ冷たい風が降りてくる感じ」
「冷たい風。ソラも同じことを言ってた。白い女神の周囲だけ空気が違うって」
「じゃあここに何かの痕跡が残ってるのかも」
あんなが目を閉じた。直感だ。彼女の直感は時に俺の分析より正確だ。だが今回は何も出てこなかったらしい。目を開けて首を横に振る。
「ごめん。これ以上は分からない」
「無理するな。手掛かりは出てる。冷たい風と湿った土。二つだ」
俺は携帯を取り出した。絶花に送られた位置を確認する。神社は町の北東。ここからだと三キロほどだ。
(北西からの南下線上に北東の神社。線から外れてる。パターンじゃないのか?)
そう思った時だった。
『相棒!』
ソラの声が電話越しではなく脳内に響いた。いや電話だ。着信音が聞こえただけだ。慌てて出る。
「ソラ?」
『見つけました! 山の南側、町の北西方向。霧が漏れています。地面から。まるで湧き水みたいに地面から霧が湧き上がっています!』
「位置は」
『町の北西端。廃棄された工場の跡地の先。山林の境界付近です』
俺は地図を確認した。北西端。廃工場。町と山の境界。
(出現地点の直線上だ。源頭はやっぱり北西の山だった)
「全員集合だ。現地に集まれ」
『はい!』『了解しました』『うん!』
三つの返事が重なった。
廃工場の跡地に着いたのは三十分後だった。
夕暮れが深くなっていた。空の青と地のオレンジが混ざり合う境界の時間。だが、ここだけ空の色が違った。
白い。
空の一部が白い。雲ではない。雲よりもっと鮮明で、もっと不自然な白。まるで空に穴が開いて、その向こう側から白い光が漏れ出しているようだ。
「太郎…あれ」
絶花が剣の柄に手をかけた。天聖が胸元で金色の粒子を漏らしている。反応しているのだ。
「見えてる」
俺は空を見上げた。
そこにいた。
最初は空の一部だと思った。白い雲か、あるいは異常な光の屈折か。だが目が慣れるに連れて、それが何か別のものだと分かった。
巨大だ。
言葉にするのが難しい。巨大という言葉では足りない。山よりも大きい。いや、比べる対象が間違っているかもしれない。あれは山と同じスケールではない。空と同じスケールなのだ。
純白の女神。
それが俺の脳に浮かんだ言葉だ。女神。女性の形をしている。女性的な曲線。広げられた両腕。背後に広がる翼。白い翼。鳥の翼ではなく、もっと概念的な翼。光が形になったような翼。
精霊のようでもあった。ソラが言った通りだ。人間の形をしているが人間ではない。神でもない。もっと根源的な何か。空気が固まって意思を持ったような存在。
色は白い。ただの白ではない。雪の白でもなく雲の白でもない。すべての色を弾き返す絶対的な白。それが夕暮れの空に浮かんでいる。
音がない。
さっきから気づいていたが、あの存在は音を立てない。風もない。羽音もない。ただそこに在るだけ。静寂そのものが形を持ったような存在感。
「…これが」
ソラが隣にいた。着地したばかりなのか、息が少し弾んでいる。青い瞳が空の白い存在に釘付けになっている。
「これが、あの存在です。北欧で見た時と同じ。いや、もっと近い。もっと大きくなってる」
「近づいてるのか」
「はい。町に近づいています。ゆっくりと。まるで歩いているみたいに」
歩いている。空を歩いている。巨大な女神が空を歩いて町に近づいている。その事実が異常すぎて、恐怖よりも先に呆れが来た。
(化けもんかよ)
『相棒。あれがゾグだ。間違いねえ』
ゼロの声が低い。さっきの電話の時よりずっと低い。警戒している。いや、警戒という言葉では足りない。あのゼロが警戒している。それだけでこの存在の異質さが分かる。
「あんな、離れるな」
「う、うん…」
あんなが俺の袖を掴んだ。駒を握った手とは反対の手だ。彼女の指が震えている。だが逃げない。ここにいる。
絶花が前に出た。天聖を顕現している。白銀の刀身が白い存在の光を受けて、淡く輝いている。
「太郎。指示を」
「待て。まだ動くな」
俺は空の女神を見上げた。
静かだ。あれは動いているはずなのに、動いているように見えない。空の白い領域が少しずつ広がっていることだけが、あれが近づいている証拠だ。
(何を待ってるんだ。あれは)
攻撃してくるのか。ただ通り過ぎるのか。それとも——
「太郎さん、動きます。あの存在が町に近づく前に」
ソラが拳を握った。青い瞳に決意の色が浮かんでいる。背中に魔力の翼が展開し始めた。
「待てソラ」
「でも! このままでは町が…」
「待てって言ってるんだ」
俺の声が思ったより鋭かった。ソラがびくりと肩を震わせた。ごめん、とは言わなかった。今は鋭くないと止まらない。
「あれはまだ攻撃してない。こちらから仕掛ければ向こうも動く。今は観察だ」
『相棒の言う通りだ。ゾグはこっちが動くまで動かねえことが多い。じっとしてる方がいい』
ゼロの助言に従い、俺は全員に待機を命じた。
一分が過ぎた。
二分。
三分。
あれは近づいていた。少しずつ。確実に。白い領域が広がっている。空の青が白に食われていく。
(だめだ。このままじゃ町に届く)
五分が過ぎた頃、俺は気づいた。
白い存在の下の地面から、霧が湧いていた。昨日の商店街で見たのと同じ薄紫の霧だ。地面から湧き上がり、ゆっくりと広がっていく。霧の中から影が蠢いている。霧魔だ。まだ形になっていないが、数は多い。十、二十、いやもっとだ。
「霧魔が出てくる。あれがばら撒いてるんだ」
「やっぱり種蒔きだ…」あんなが呟いた。
「全員戦闘準備。霧魔が出てきたら迎撃だ。だが本体には手を出すな」
俺の指示に三人が頷いた。絶花が刀を構える。ソラが拳を握る。あんなが俺の後ろに下がる。
霧が広がった。
霧魔が形を成し始めた。黒い影。歪な仮面。逆関節の指。昨日と同じだ。だが数が違う。昨日の倍以上だ。
「来るぞ!」
俺が叫んだ瞬間だった。
空が、動いた。
白い女神が動いたのだ。
ゆっくりと。本当にゆっくりと。女神の右手が下がった。広げていた両腕の片方が、こちらに向けられた。手のひらがこちらを向いている。
(何か来る)
本能が告げた。
「散開!」
俺の声と同時に、白い手のひらから光が放たれた。
白い光。純白の破壊光線。
音はなかった。いや音が遅れて来た。光が地面を掠めた瞬間、ドォォォンという遅すぎる爆音が腹に響いた。地面が白く焼かれた。焼かれたというより、消された。アスファルトも土も草木も、光が通った場所だけ何もなくなった。真空の線が地面に刻まれている。
「うわっ!」
あんなが悲鳴を上げた。俺があんなを抱えて横に跳んだ直後、俺たちがいた場所を白い光線が通り過ぎた。一秒遅ければ消滅していた。
「攻撃してきました! ゾグが攻撃を!」
ソラが叫んだ。既に空中にいる。ルーンを展開して霧魔の群れを牽制している。
「分かってる!」
俺はあんなを地面に降ろした。
「あんな、そこでじっとしてろ。動くなよ」
「う、うん」
あんなが頷く。顔が青い。だが泣いていない。強い奴だ。
俺は立ち上がった。空の白い女神を見上げた。まだ手のひらを向けている。次の光線が来る。確実に来る。
(変身するしかない)
『相棒。頼む』
ゼロの声が響いた。覚悟の声だ。
俺は左手首のブレスレットに手をかけた。ウルトライズアイを取り外す。ゼロの目元を象ったデバイス。黒とガンメタリックの外装。発光ラインが脈打つ。
空の女神が再び手のひらを向けた。白い光が掌に集束していく。
こっちだ。
俺はウルトライズアイを掲げた。
「行くぞ相棒」
『ああ。二万年早いぜ、って言ってやろうぜ』
「そういう冗談言ってる場合かよ」
口ではそう言いながら、俺は笑った。
白い光が放たれた。ゾグの破壊光線が俺に向かって落下してくる。
その直前。
俺は変身した。
光が、弾けた。
俺の光だ。ウルトライズアイから溢れ出した銀と赤の光が、ゾグの白い破壊光線と正面から衝突した。
ドォォォン!!
二つの光が空中で激突し、爆散した。衝撃波が廃工場の屋根を剥がし、鉄骨がきしむ音が夜空に響く。
煙が晴れた時。
そこに立っていたのは、銀と赤の巨人。
(こいつがゾグか)
『相棒、気をつけろ。ゾグは強い。本気で強い。油差してかかると殺される』
ゼロの声が脳内で響く。冗談が混じっていない。本気だ。
「ああ。わかってる」
俺は構えた。左拳を前に。右拳を腰に。宇宙拳法の基本姿勢。
夜空に、銀と白が対峙した。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王