サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
昨日の空は、嘘みたいに青かった。
昨日の今日だっていうのに、空には白い女神の欠片も霧魔の毒気も残っていない。まるで何事もなかったかのように、太陽がのんきに照らしている。
だが地上は違う。
通りのあちこちに青シートが掛けられ、重機が瓦礫を撤去するガッタンガッタンという音が響き渡っていた。アスファルトに穿たれた巨大な足跡や光線で焼かれた亀裂はまだ生々しく残っていて、「日常」ってやつが薄皮一枚張っただけの仮初めのものであることを痛烈に主張している。
「…すごい被害ですね」
ソラが街の様子を見回しながら呟いた。いつもの制服ではなく、今日は私服のパーカー姿だ。目立たないようにとの配慮だが、青い髪と整いすぎた顔立ちのせいで逆に浮いている気がする。
「そりゃそうだろ。百メートル超えの化け物が暴れ回ったんだ。一日で直るわけがない」
俺は瓦礫の山を避けながら歩いた。ポケットに手を突っ込み、眠そうな目で周囲を観察する。人混みの中には昨日の恐怖を引きずった顔と、何も知らない観客のような顔が混在していた。
「それにしても太郎くん。ここが絶花ちゃんが昔住んでた町なんだね」
あんながキョロキョロと珍しそうにしている。彼女の手にはコンビニで買ったばかりのホットドッグが握られている。非常時でも食欲があるのは長所だろう。
「ああ。俺と絶花がガキの頃から知ってる場所だ。あそこにある定食屋のカツカレーは激ウマだったな」
「…太郎。ここではその話はあまり大声でしないでください」
絶花が小声で釘を刺す。彼女は少し居心地が悪そうに肩を窄めていた。
ここは絶花が駒王町へ引っ越す前に暮らしていた町だ。彼女にとっては思い出の場所であり、同時に剣士として孤独だった場所でもある。そのせいか周囲の視線を気にしているようだった。
「悪い悪い。で、どうだ絶花。町の様子は」
「…見た目以上の被害はないと思います。人的被害も軽傷が多くて不幸中の幸いでした」
絶花は冷静に分析した。鋭い目つきが一瞬だけ真剣なものになり、すぐに元の無表情に戻る。
「でも変です」
「何がだ」
「空気が。以前住んでいた時とは空気が違います。もっと…淀んでいるというか」
彼女の言葉に俺も周囲の空気を吸い込んでみた。
確かに少し違うかもしれない。昨日の戦闘でばら撒かれたガイアのエネルギーがまだ地中を漂っているような、奇妙な重さがある。風が吹いても匂いがすぐに消えない感じだ。
その時だった。
グゥゥン…と腹の底に響くような低い音がした。
足裏から頭頂まで、ズシンと重い振動が突き抜ける。
「うわっ!」
あんながバランスを崩しかけた。俺が咄嗟に腕を掴んで支える。
「地震か!?」
揺れは強くはない。だが奇妙だった。普通の地震のようなガタガタとした揺れではなく、波のように足元からドーンと押し上げられるような感覚だ。窓ガラスがビリビリと細かく震える音が街中に響いた。
数秒で揺れは収まった。
「…揺れましたね」
ソラが身構えて周囲を見回す。一般人たちは一瞬立ち止まったものの、「またか」といった様子で足を動かし始めていた。どうやらここ最近は珍しくない現象らしい。
「大丈夫かあんな」
「うん…びっくりした。なんか変な揺れ方だね」
あんながホットドッグを死守しながら胸を撫で下ろす。
「変な揺れ方…か」
絶花が足元をじっと見ていた。
「どうした絶花」
「太郎。この揺れはおかしいです」
彼女は顔を上げて言った。
「私、この町でずっと暮らしていましたから土地の癖は分かります。ここの地盤は硬くて地震なんて滅多に起きない。それにたまに揺れる時はもっと鋭い揺れ方をするはずです。今のは…何かが地中を通ったみたいな鈍い揺れでした」
「地中を通った?」
俺は眉を寄せた。
ちょうどその時だった。
人混みから一人の人影がこちらへ小走りに近づいてくるのが見えた。
和服にエプロンを着けた中年女性。この近くで和菓子屋を営む狸の化身だ。八坂とのパイプ役でもある。
「唯我様! 探しておりました!」
彼女は俺たちを見つけると安堵した表情で駆け寄ってきた。
「どうしたんですか」
「実はお伝えしたいことがありまして…ここ数日、近隣の者たちが次々と姿を消しているのです」
「姿を消す? 誰が」
「私たち妖怪です」
彼女は声を潜めた。
「古くからこの地に住む者たちが何の前触れもなく消えているのです。戦いに巻き込まれたわけでもなく…ただ忽然と。昨日今日だけで五人目です」
俺は絶花を見た。絶花も俺を見ていた。
地震と妖怪の失踪。
偶然にしては出来すぎている。
「…地中の異変と妖怪の消失か」
俺は顎に手を当てた。
昨日ゾグと戦った際に放出されたウルトラマンガイアの力は強大だった。その余波が地脈へ流れ込み何らかの影響を及ぼしている可能性はある。
「場所は分かりますか」
「はい。消えた者たちの家はこの北側に固まっています」
和菓子屋の狸女が指差す方向は先ほど地震の震源っぽかった方角と一致していた。
「分かりました。調べてみます」
俺が答えると彼女は深く頭を下げて人混みへ消えていった。
「行くぞお前ら」
俺は北側へ向けて歩き出した。
「太郎さん! もしかして地震と失踪事件に関係があると?」
ソラが追いかけてくる。
「かもしれねえし違うかもしれねえ。だが確かめなきゃ始まらねえだろ」
歩きながら俺は考える。
もしガイアの力が地脈を汚染しているならただの地震じゃ済まないかもしれない。
妖怪たちが消えたということは何者かが彼らを排除しているのかそれとも誘い込んでいるのか。
面倒なことになりそうだとは思った。
だが逃げるわけにはいかない。
俺の足元から響く微かな地鳴りがまるで事態の深刻さを警告しているみたいだったからだ。
絶花が先頭を歩いていた。
当たり前だと思った。ここは彼女の庭だ。十余年この町で暮らした記憶が、彼女の足に道を覚えさせている。俺が知らない裏路地や抜け道を、絶花は無意識に選んでいく。
「ここを曲がります。大通りより速いです」
絶花が角を指した。古い商店の裏手を抜ける細い路地。壁には苔が生え、足元には割れた瓦が散っている。俺たちの知らない町がここにあった。
「妖怪が消えた五件の住所、覚えてるか」
「三件は古い町並みの北側、二件は山際の集落です。全部歩いて十五分以内の範囲です」
「狭いな」
「この町自体が狭いですから」
絶花の声は平坦だった。だが歩く速度が速い。彼女なりに焦っているのだろう。かつて暮らした町で起きている異変。放っておけるわけがない。
最初の現場に着いた。
古い長屋だ。戸は閉まり、表に小さな狐の石像が置かれている。留守じゃない。中に誰もいないのだ。何日も前から。
「ここに住んでいたのは狐の化身です。三日前に消えました」
絶花が石像の前で膝をついた。手を地面に当てる。
「…太郎」
「何だ」
「地面が温かいです」
俺も触った。確かに温かい。昨日の地震の名残かと思ったが、それにしては熱すぎる。まるで温泉の源脈の上に座っているような、じんわりとした深い熱だ。
「あんな、どうだ」
「うん…何かある。駒が少し反応してる」
あんなが胸元の兵士の駒を押さえた。金色の光が指の隙間から漏れている。微弱だが確かに反応している。
次の現場へ移動した。五分ほど歩いた場所にある古い蔵。ここにも妖怪はいなかった。表の木札が傾き、何日も手入れされていない。
地面に手を当てた。温かい。さっきと同じだ。
「ソラ。空から見て気づいたことはないか」
「はい。少し上空から見ると…何でしょう、地面に薄い線みたいなものが見えます。光ってるんです」
俺は目を細めた。肉眼では見えない。だしソラの視力は人間のそれではない。
「線? 方向は」
「北西から南東へ。まっすぐ伸びてます」
北西から南東。俺の頭の中で、昨日の記憶が蘇った。ゾグが出現した方向。白い女神が降りてきた方位。そして地震の震源っぽかった方角。
三つ目の現場。山際の古い民家。ここでも地面が温かく、ソラが言う光の線が通っていた。
「絶花。この町の地脈の走向を知ってるか」
「…昔、祖母から聞いたことがあります。この町の地脈は北西から南東へ貫いていると」
「ソラが見た線の方向と同じだ」
俺は地面を見た。目を凝らす。普通には見えない。だが、目の端だけ何かを捉えた。土の表面に滲む淡い光。赤い。いや正確には赤と金が混じった光だ。
見覚えがあった。
昨日の戦い。ガイアの力が絶花とあんなを包んだ時。ガンマフューチャーへ変身した時。フォトンビクトリウムへ変身した時。あの時の光と同じ色だ。
「絶花。お前の胸だ。天聖がどうだ」
絶花が胸元に手を当てた。金色の粒子が漏れる。だが今日は、そこに赤い光が混じっていた。
「…反応しています。昨日まではなかった色です」
「あんなもだ」
あんなの駒からも同じ赤い光が漏れている。二人の身体に残ったガイアの力が、地面の光に共鳴している。
俺は立ち上がった。
答えは出た。出てしまった。
「ガイアの力だ」
俺は言った。
「昨日ゾグを倒した時、ガイアのエネルギーが全部消えたわけじゃない。残りが地脈へ流れ込んだ。それが地面を熱くし、地震を起こし、妖怪を消している」
沈黙が落ちた。
「じゃあ…私たちが昨日使った力が原因だと」
絶花が低く言った。
「使ったんじゃない。ゾグとの戦闘で漏れ出したんだ。意図したことじゃない」
「でも結果的にこの町の妖怪たちが消えているんです」
絶花の声に僅かな痛みが滲んだ。彼女の町だ。かつての隣人たちが消えている。原因が自分たちの戦闘の余波だと知れば辛いのも分かる。
「原因は分かった。だがまだ足りない」
俺は地面の光を見つめた。
「ガイアの力が地脈へ流れ込んだのは事実だ。だが流れ込んだ力が勝手に妖怪を消しているのか、それとも何かがその力を利用しているのか。それはまだ分からない」
「何かが…利用している可能性があるってことですか」
ソラが眉を寄せた。
「断定はしない。ただガイアのエネルギーが地脈を通って流れているだけなら、妖怪が忽然と消える理由としては説明しきれない。地震は起きる。地熱は上がる。だが生き物が消えるのは別の要因が必要だ」
俺の脳内で、王の駒が微かに振動した。外部からの接続要求だ。念話網以外の通信。携帯の着信だ。
ポケットから携帯を取り出した。画面を見る。八坂だ。
「…八坂からだ」
俺は電話に出た。
『太郎君。状況は把握している』
八坂の声が筒抜けで響いた。電話ではなく念話だ。声にいつもの余裕がある。
『地震と妖怪の失踪。君たちが気づいているなら話は早い。こちらでも地脈の異常反応を検知している。詳細な調査が必要だ』
「ああ、こっちも同じ結論に達した。ガイアの力が地脈へ残ってる」
『分かった。調査に詳しい者を一人派遣する。到着次第合流してくれ。君たちの分析とこちらのデータを突き合わせれば、原因の特定が早まる』
「誰を寄越すんだ」
『私の部隊長を務めていた者だ。実戦経験もある。安心していい』
通信が切れた。
俺は携帯を仕舞った。三人が俺を見ている。
「八坂から調査員が来る。合流してから詳しく調べるそうだ」
「八坂さんの部下…ですか。どんな人なんですか」
ソラが首を傾げた。
「知らねえよ。来れば分かるだろ」
俺は地面の淡い光をもう一度見た。赤と金の光が、地脈に沿って脈打っている。まるで町そのものが新しい血管を獲得したみたいに。
(ガイアの力が地脈に根を張っている。これが自然な流亡なのか、人為的な何かなのか)
答えはまだ出ない。
だが、もうすぐ来る誰かがその鍵を持っているかもしれない。
俺は北の空を見上げた。山の稜線が朝靄に霞んでいる。その向こうで、何かが息づいているような気がした。
三人で待った。
場所は山際の古い民家の軒先だ。庇が日差しを遮り、瓦礫の山から少し離れた場所に小さな空間がある。そこに座り込んで、来るべき誰かを待った。
「八坂って人来るの遅いのかしら」
あんながおにぎりを齧りながら言った。どこで買ったのかコンビニの袋が膝の上にある。
「来るのは八坂じゃない。八坂の部下だ」
「じゃあ誰が来るの」
「知らん」
「太郎くん相変わらずですね」
絶花は民家の壁に背を預けて目を閉じていた。休んでいるのではない。耳を澄ませている。剣士としての習性だ。周囲の気配を常に把握しようとしている。
ソラは軒先から空を見上げていた。背中の翼は出していないが、時折肩が動く。無意識に羽ばたこうとしているのだ。
十分ほど待った。
足音が聞こえた。
遅くない。だが速くもない。一定の間隔で、途切れずに。瓦礫を踏む音がしない。瓦礫を避けて歩いているのではなく、最初から瓦礫のない場所を選んで歩いているような足運びだ。
俺は目を開けた。
通りの向こうから一人の少女が歩いてきた。
制服ではない。動きやすい黒い上下に、脚を締める細身のブーツ。背中には長い布筒が斜めに掛けられている。弓だ。弓袋に入ったままの長弓が背中で揺れている。
十七、八歳。銀色がかった薄い髪を背中で一つに束ねている。顔立ちは整っているが、それ以上に目が目立っていた。静かな目だ。張り詰めているのに冷えている。古い刀の刃に似た静けさがある。
(鍛えられてるな)
一目で分かった。戦う人間の立ち方だ。重心が沈んでいる。歩幅が一定。呼吸が浅くない。無駄がない。訓練を積んだ者だけが身につける体の使い方だ。
少女が俺たちの前に立った。五メートルほど離れて、一度足を止める。距離を測ったのだ。自分に都合のいい間合いを確認してから、一歩だけ近づいた。
「八坂様の命で来ました」
声は低かった。落ち着いている。必要なことだけを言う声だ。
「西住まほです。地脈の調査と皆さんの援護を務めます」
「…名前は聞いてる。俺は唯我太郎だ」
「はい。存じています」
西住まほは短く頷いた。八坂から聞いているのだろう。敵視ではない。だが懐に入る気配もない。俺の目を真っ直ぐ見たまま、少しだけ眇めた。品定めだ。名前を知っていても、中身はまだ測りかねている目だ。
「こちらは宮本絶花とあんなとソラ・ハレワタールだ」
「初めまして」
絶花が軽く頭を下げた。まほはそれに同じように頭を下げた。深すぎず浅すぎない。礼儀はあるが媚びはない。
「…西住さんは、八坂さんの部下なんですよね」
ソラが恐る恐る尋ねた。
「はい。部隊長を務めていました。今はご指名でこちらへ来ました」
「部隊長ってことは強いんですか」
「実戦には出ます」
ソラの質問に、まほは過不足なく答えた。強いかと聞かれて、強いとは言わなかった。出る、とだけ言った。そういう性格らしい。
俺は聞いた。
「八坂からどのくらい聞いてる」
「あなた達がこの町でゾグと戦ったこと。王国の駒という神器の概要。そして現在ガイアの力が地脈へ流れ込んでいることまで」
「全部聞いてるじゃねえか」
「八坂様は情報を出し惜しみなさいません」
まほの口元が微かに動いた。笑ったのか。いや分からない。表情の変化が小さすぎる。
「但し、私自身はまだ何も判断していません。八坂様が信頼しているからといって、私があなたを王として認めたわけではありません。実際に指示を出し、判断を見せてもらわないと」
「…正直だな」
「嘘が下手なので」
嘘が下手。それを正直に言うのもどうかと思うが、少なくとも悪い性格じゃなさそうだ。
「いいですよ。見極めに来い。俺は王だが、王だからって命令に従えとは言わない。お前が納得できる盤面を作る。それ以外は期待するな」
「承知しました」
まほは頷いた。そして、軒先を出て地面に片膝をついた。
手袋をした指が土に触れる。目を閉じる。背中の弓が微かに揺れた。風ではない。彼女の体の奥で何かが動いている。気配を地中へ送っているのだ。
猫又の混血。人間にはない感覚器官が、地下の情報を拾っているのだろう。
「…流れています」
まほが目を開けた。
「地脈に沿って、赤と金の光が流れている。今この瞬間も広がっている。北西から南東へ。速度は徐々に上がっています」
「広がってるのか」
「はい。昨日より今の方が範囲が広い。いずれ町全域へ行き渡る可能性があります」
俺は絶花を見た。絶花が頷く。
「妖怪が消えた場所も、この線の上にあります」
「地脈上の妖怪だけが消えている。ガイアの力が流れる場所だけだ」
まほが立ち上がった。膝についた土を手袋のまま払う。
「妖怪の消失と地脈の異常。二つは関係しています。ですが、ガイアの力そのものが妖怪を消しているのか、それとも別の要因が重なっているのかは、まだ判断材料が足りません」
「同意見だ」
俺は立ち上がった。
「共同で調べる。お前は八坂の派遣で来たんだろう。俺の家臣じゃない。だが今は同じ目的で動く。指揮権の話は後だ。まずは地脈の流向と妖怪の消失範囲を照合する」
「分かりました」
まほが短く答えた。弓袋を背中で直す。
太陽が傾き始めていた。山際の影が長くなる。地面の下では、まだ赤と金の光が脈打っている。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王