サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
まほが立ち上がったところで、俺は一つだけ確認しておくことにした。
「お前、八坂のところで何をやってたんだ」
「部隊を率いていました」
まほは振り返らずに答えた。弓袋を背負い直しながら、淡々と続ける。
「妖怪で編成された遊撃部隊です。主に防衛と集団戦を担当していました。退任したのは……まあ、色々と」
「色々と、ね」
「はい。今は八坂様の下で単独行動が主です」
それ以上は語らなかった。俺も聞かなかった。部隊長を退いた理由を詮索するのは野暮だ。俺だって自分の過去を全部話す気はない。
ちょうどその時、民家の陰から声がした。
「あら、まほちゃんじゃないか」
和菓子屋の狸女が戻ってきていた。俺たちの様子を見に来たらしい。彼女はまほの顔を見て、ぱっと表情を緩めた。
「久しぶりだねえ。八坂の戦車が来てくれたなら心強い」
「戦車?」
俺が聞き返すと、狸女は楽しそうに笑った。
「そうさ。まほちゃんは八坂さんのところで一番の守りの名手でね。部隊を組めば鉄壁。前線を支える戦車みたいだって、みんながそう呼んでたんだよ」
「……その呼び方はやめてください」
まほの声が少しだけ硬くなった。狸女は気にせずけらけら笑っている。
「照れてるのかい。本当のことさ。まほちゃんが隊を組めば妖怪の被害は半分になったもんだ」
「今は単独です」
「はいはい。で、調査はどうだい」
狸女が俺たちを見回した。俺は手短に説明した。
「地脈に沿ってガイアの力が流れてる。それが地震と妖怪の失踪に関係してる可能性が高い。まだ断定はできないが」
「ガイア……ゾグと戦った時の力かい」
「ああ。ゾグ戦で放出されたガイアのエネルギーが消えずに地中へ残ってる。それが地面を温め、地震を起こし妖怪を消している。少なくとも範囲と発生地点は一致してる」
狸女の顔が少し曇った。彼女もこの町に長く住む者の一人だ。仲間が消えていることに心を痛めているのだろう。
「まほちゃん。頼んだよ」
「はい。八坂様の命令ですので」
まほは短く答えた。狸女は俺たちに一礼して、また人混みの中へ戻っていった。
「拠点へ移動する」
俺は三人とまほに向けて言った。
「ここで立ち話をしていても始まらない。俺の部屋で情報をまとめる。まほ、お前も来い」
「あなたの部屋、ですか」
「文句あるか」
「いいえ。効率的です」
まほはあっさり頷いた。潔い。無駄な抵抗をしない性格らしい。
「歩きながらでいい。今までに分かったことを共有する」
俺は歩き出した。四人が続く。絶花が隣に並び、あんなとソラが後ろに付きまほは最後尾からついてくる。五人の足音が路地に響いた。
「まず地震だ。この町は地盤が硬くて地震が少ない。だが昨日から局地的な揺れが頻発してる。揺れ方も普通じゃない。地中を何かが通るような鈍い揺れだ」
「私も確認しました」
まほが後ろから言った。
「地脈の流れに沿って振動が伝わっています。ガイアの力そのものが脈動している。鼓動に近い現象です」
「鼓動」
「はい。心臓のように打っている。その拍動が地面を揺らしている」
なるほど。鼓動か。ガイアの力が地脈を血管にして脈打っている。変な話だが、納得できる比喩だ。
「次に妖怪の失踪だ。消えたのは五件。全部が北西から南東へ伸びる地脈の線上にある」
「失踪の順序は」
まほが聞いた。
「分からん。狸女の話だと数日前から相次いで、としか」
「調べます。順序が分かれば流れの方向と速度が特定できる」
「頼む」
まほは頷いただけだった。だがその一言には妙な重みがあった。調べる、と言った瞬間に彼女の中で何かが組み上がったような気配があった。部隊長をしていただけのことはある。仕事の進め方を知っている。
「太郎さん。あの、西住さんって結構すごい人なんですか」
ソラが小声で聞いてきた。
「たぶんな。八坂が寄越すくらいだからな」
「戦車、かあ」
「お前も兵士だろ。お互い様だ」
「はい! 負けません!」
「何にだ」
ソラは答えなかった。ただ前を向いて歩き出した。背筋が伸びている。まほが後ろにいるのが気になるらしい。同年代の実力者に負けたくないという気持ちが伝わってくる。
(まあ、いい刺激になるだろ)
俺はポケットに手を突っ込んで歩いた。頭の中では王の駒が四つの光点を表示している。絶花、あんな、ソラ。そしてもう一つまだ登録されていないが近くにいる存在。まほの気配だ。王の駒には登録されていないが、彼女の存在は盤面の上に確かに見えている。
(戦車、ね)
その言葉が妙に引っかかった。俺の神器にも戦車の駒はある。前衛を支える駒。守りの要。彼女がその名で呼ばれているのは偶然か、それとも。
(まあいい。今は情報を集めるのが先だ)
拠点のマンションが見えてきた。六階の窓に夕日が反射している。
俺は階段を上がりながら、後ろの四人に言った。
「狭いぞ。覚悟しろ」
「分かっています」
まほが淡々と答えた。覚悟の問題なのか、それは。
俺の部屋は相変わらず狭かった。
六畳一間に大人一人と女子四人。物理的に酸素が足りない気がする。あんなが持ってきたおにぎりの海苔の匂いが充満しているのも余計に狭く感じる要因だ。
「地図はこれです」
絶花が勉強机の上に町の地図を広げた。さすが元住人だ。駅前の書店で買ってきた市販の地図に、手書きで細かい路地まで書き込んである。
まほが地図の前に立った。彼女は迷いなくペンを走らせた。
「地震の発生地点。一昨昨日の夜から今朝までに記録された揺れの中心点はここ、ここ、そしてここ。北西から南東へ並んでいます」
赤い丸が三つ打たれる。
「次に妖怪が失踪した場所。報告があった五件はここからここまで。発生地点の南側に固まっています」
青い丸が五つ。
「そしてソラさんが上空から確認した光の脈動。この線に沿って地面が発光していました」
緑の線が地図を斜めに横切る。
赤い丸も青い丸も緑の線もほぼ重なっていた。
「見事に一致してますね」
まほがペンを置いて言った。顔には感嘆の色はない。ただ事実を確認しただけだ。元部隊長の分析は無駄がない。俺が言う前に結論が出ている。
「ガイアの力が地脈に流れ込み拍動している。その拍動が地震を起こし地脈上に住む妖怪を消失させている。これが現在判明している因果関係です」
「異論はない」
俺は頷いた。
「で、どう動くかだ」
俺は三人を見た。
「絶花。土地勘はお前が一番だ。町の裏路地や地脈に近い場所も知ってるはずだ。ルート選びは任せる」
「はい。古い地下水路も知っています。地表より近く通れる場所があるかもしれません」
絶花が自信ありげに答える。
「あんな。お前はセンサーだ。ガイアの力に反応してるのはお前と絶花だ。地脈から漏れる微弱なエネルギーを感じ取れるのはお前らだけだ」
「私がセンサー…? うん分かった。なんか温かい方へ案内すればいいんだね」
あんなが胸元の駒を握った。
「ソラ。空だ。お前の目は高性能だ。地上からじゃ見えない地脈の歪みや行方不明の妖怪の痕跡を上空から探せ」
「はい! お任せください太郎さん! 空からしっかり見張ります!」
ソラが背筋を伸ばして敬礼した。ヴァルキリーの礼儀作法か単なるポーズか。
役割は決まった。
絶花が道を切り開きあんなが反応を追いソラが上空からサポートする。
俺は全体を見て判断を下す。
「まほ。お前は俺と一緒に動く」
「了解です」
まほは短く答えた。だがその目は俺を見ていなかった。俺と家臣たちのやり取りを見ていた。
彼女が何を見ているのか分かった。指揮官としての俺だ。俺が独断で命令を下すのかそれとも家臣の意見を聞くのか。八坂は俺を推したが彼女はまだ判断していない。
「行くぞ」
俺はドアを開けた。
廊下に出て階段へ向かう。
その時だった。
グォォォン!!
腹の底がひしゃげるような重低音が響いた。
昨日とは比べ物にならないほど強い揺れだ。
「うわっ!」
あんなが壁にぶつかる。絶花が咄嗟に支えた。
「余震か!」
俺は手すりを掴んで体勢を立て直した。だが揺れが収まらない。むしろ強くなっている。
床が波打っているように見えた。ミシミシと建物全体が悲鳴を上げる。
「みんな無事か!」
『はい!』『大丈夫!』『へいきです!』
念話と生声が重なる。
揺れは十秒ほど続いて収まった。
だが何かが変わっていた。
あんなが胸元を押さえて顔を上げた。
「太郎くん…なんか変」
「どうした」
「さっきまで一つだったのが…二つに分かれた」
「二つ?」
「温かいのが二つに分かれて流れてる。こっちと…あっち」
あんなが指差した。一方は北東へ。もう一方は南西へ。
地脈が分岐したのだ。
「分岐点はどこだ」
「たぶん…この辺り」
あんなが指した場所は地図で確認した発生地点の中間点だった。
(一本道じゃないのかよ)
「西住さん。これは…」
ソラがまほを見た。まほは目を閉じて何かを探っているようだった。
「二つの流れがあります。一本は北東へ山の方へ。もう一本は南西へ町の中心部へ」
まほが目を開けた。静かな目に初めて焦りの色が浮かんでいた。
「しかも南西へ向かった流れの方が強い。町の中へ流れ込んでいます」
俺は舌打ちした。
一本なら追えばよかった。だが二つになったら手がない。
「二手に分かれるぞ」
即断した。
だがどっちへ誰を行かせるか。
まほの視線が俺に突き刺さる。
王よ判断せよと。
二手に分かれた。
あんなが指し示した二つの方向。北東へ向かう流れと、南西へ向かう流れ。北東は山の方へ。南西は町の中心部へ。まほが言った通り、南西の方が強い。
だが俺の目は北東を見ていた。
山の斜面から煙が上がっている。土煙だ。斜面が崩れた。
「太郎さん! あれ!」
ソラが空から叫んだ。彼女は既に翼を展開していた。青い瞳が鋭く北東の山肌を捉えている。
「斜面が崩れてます。土砂が流れていく! あの下に…誰かいます!」
誰か。妖怪だ。あの山際には古くから住む妖怪たちの集落がある。狸女が言っていた場所だ。地脈の上に住んでいるから消えたはずの連中だが、まだ残っている者もいるかもしれない。
「崩落が広がってます。巻き込まれる可能性が高い」
まほが低く言った。彼女の目は南西を見ていた。町の中心部。地脈の反応が強い方。
「手掛かりは南西です。北東の崩落は二次被害。優先すべきは——」
「救助だ」
俺は遮った。
まほが俺を見た。静かな目がわずかに硬くなった。反論を呑み込んだ顔だ。
「南西の反応が強いのは分かってる。だがあの斜面の下にいる連中を放置したら、調査が終わる頃には死んでるだろ」
「…非効率です」
「効率の話をしてるんじゃない」
俺は三人を見た。
「絶花。斜面の下へ。残ってる妖怪を探せ。土地を知ってるお前が一番早い」
「了解しました」
絶花が駆け出した。迷いがない。彼女の足取りは迷わず崩落現場の側面へ向かう。この町の道を知り尽くしている足運びだ。
「ソラ。上から位置を教えろ。埋まってる場所と逃げ道を特定しろ」
「はい!」
ソラが青い翼を広げて跳び上がった。風圧が俺の髪を揺らす。上空へ消える一瞬で、彼女は既に地表を俯瞰し始めていた。
「あんな。センサーはお前だ。ガイアの力に反応してるお前なら地脈から漏れる熱で妖怪の居場所が分かるはずだ」
「うん! 温かい方へ案内する!」
あんなが胸元の駒を握りしめて走り出した。
俺は命令を出したが、細かい指示は一つも出していない。どう探すか、どう救うかは各自の判断に任せた。絶花は剣士だ。現場の状況を見ればどう動くべきか分かる。ソラは空から全体を見渡せる。あんなは感覚で場所を特定できる。俺が一々口を出すのは邪魔だ。
まほが動いた。
俺の指示には入っていない。だが彼女は弓袋から弓を抜きながら崩落現場の上段へ回り込んだ。
「拡大を防ぎます」
それだけ言って、弓を引いた。
矢に光が宿る。妖術か。黄色い光が矢じりに集束し、彼女が放つと矢は土煙を切り裂いて崩落の先端に突き刺さった。
ドン。
矢が地面に刺さった瞬間、刺さった場所から光の網が広がった。土砂の流れが光に触れて止まった。物理的な壁ではない。土砂の動きを妖術で抑制しているのだ。
まほは次の矢を引いた。二本目。三本目。正確無比。崩落の先端三箇所に矢が刺さり、光の網が斜面を支える。
「強い…」
あんなが目を丸くした。
まほの体術も異常だった。斜面の上段に立っているが、足場が不安定なはずだ。それでも彼女は微動だにしない。崩れかける土砂の上で、まるで地面に根が生えたように安定している。
「八坂の戦車」
狸女の言葉が頭を過った。なるほど。防衛と集団戦に優れた前衛。部隊を支える要。あれが彼女の本来の姿だ。
十分後。
崩落は止まった。まほの妖術と絶花の誘導で斜面の下にいた三体の妖怪が救出された。小さな狐の化身と古い石の精と、名前の忘れた苔の妖精だ。怪我は軽い。全員歩ける。
「全員確認。死者なし」
ソラが上空から報告した。
俺は安堵の息を吐いた。
まほが弓を下ろして俺の隣に立った。彼女の目は救助された妖怪たちに向けられていた。そして俺を見ずに言った。
「南西の反応はまだ続いています」
「分かってる。行くぞ」
「…」
まほは何も言わなかった。肯定も否定もしない。ただ静かに弓を背負い直した。
だが俺は気づいた。彼女が俺の隣にいる時の間合いが、さっきより半歩近くなっていた。
(認めたわけじゃないだろうな)
認めてない。だが観察を続ける価値はあると判断したのだろう。それでいい。
一行は南西へ向かった。地脈の反応が町の中心部を通過し、さらに南へ伸びている。あんなが追う温かい流れは、町外れの雑木林へ向かっていた。
「反応が一点に集まってます」
あんなが言った。
「この先です」
森の中に古い鳥居が見えた。苔むした石段。傾いた狛犬。忘れられた神社だ。
まほが足を止めた。
「宮本さん」
絶花が振り返った。
「この場所に心当たりはありますか」
絶花が石段を見上げた。桃色の瞳が少し揺れた。
「…あります。幼い頃に、祖母と一緒に来たことがあります」
「何の神社だ」
「確か…地脈を守る祠だったと思います。祖母が『この町の土の心臓だ』と言っていました」
土の心臓。地脈の中心。
俺は石段を見上げた。苔の下から微かに赤い光が漏れている。ガイアの力だ。それが神社の奥へ奥へと流れ込んでいる。
「行くぞ」
俺は最初の一歩を踏み出した。
石段を登る足音が五つ重なった。夕暮れの森に、俺たちの影が伸びていく。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王