サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
臨時拠点にしていた絶花の旧宅は、地震の爪痕をそのまま残していた。
塀にひびが入り、庭の木が根元から傾いている。道路も割れている。アスファルトが持ち上がって段差になっている場所もある。まほが地面に手をかざして地脈の状態を確かめていた。
「流れは正常です。完全に戻るまであと半日」
「町の人たちは」
「避難は済んでいます。戻るのは明日以降でしょう」
俺は縁側に座って空を見ていた。朝日が上がりきって、青空が広がっている。瓦屋根の向こうに山が見える。さっきまで戦っていた山だ。もう静かだ。
「駒王町へはいつ戻る」
「今日の午後には。八坂様への報告は済んでいますが、リアスさんへの連絡がまだです」
「だな」
絶花が縁側の隣に座った。天聖を膝に置いている。手入れは済んだらしい。刀身が朝日を反射している。
「太郎。まほさんのこと、リアスさんにどう説明しますか」
「そのまま説明する。八坂の下で部隊長をやってた猫又が家臣になった。以上だ」
「リアスさん驚きますよ」
「驚かせとけ」
あんなが庭の隅で術式の破片を箱に詰めている。ソラは井戸のそばで顔を洗っていた。タオルで髪を拭いている。
まほは道路の割れ目を調べ終えて、こちらへ戻ってきた。
「太郎。地脈の修復は自然に任せます。人為的に手を加える必要はありません」
「わかった」
「それと、救出した妖怪たちの移送先ですが——」
まほの言葉が止まった。
俺も顔を上げた。
音が聞こえる。遠くから。低い。一定のリズム。エンジン音だ。だが普通のバイクじゃない。もっと静かだ。電気の駆動音に近い。高周波の唸りが少しずつ大きくなる。
「車か」
「バイクです」
まほが言った。目を細めて音の方向を見ている。
「一台。こちらへ向かってます」
道路の向こう、曲がり角の先から白い影が現れた。
白・青・赤の三色に塗り分けられた電動スポーツバイクだ。車体は低く、タイヤが太い。走行音はほとんどしない。風を切る音だけが近づいてくる。
バイクは俺たちの前で止まった。ブレーキの音が短く響く。
運転手がキックスタンドを立てて、両足を地面につけた。
ヘルメットに手をかける。
外す。
赤褐色の髪が朝日に照らされた。肩まで届く長さだ。褐色寄りの肌。太めの眉。青緑色の瞳。同年代の少女にしては背が高い。百七十近くあるんじゃないか。
白を基調に青と赤を加えたライダージャケット。肩と肘にプロテクターが入っている。手袋を嵌めたまま、ヘルメットを胸元へ抱えた。
彼女は俺たちを見渡した。
五人。全員が彼女を見ている。
一歩下がった。視線が泳いだ。口が開いて、すぐ閉じた。
「あ…」
言葉が詰まっている。
だが、俺の顔を見つけた瞬間肩から力が抜けた。ふう、と息が漏れる。握っていた手袋を緩める仕草。指先の力が抜けていくのが見えた。
「唯我さん」
「スレッタ?」
俺は立ち上がった。縁側から飛び降りる。
「お前、なんでここに」
「地震の報道を見たんです。この辺りが震源だって。唯我さんの連絡がずっと取れなくて…」
「連絡って、俺携帯持ってないぞ」
「知ってます。だから学校にも聞いたんですけど、唯我さんがここにいるって情報もなくて。それで、エアリアルで来ました」
「エアリアル?」
「愛車の名前です」
スレッタがバイクを軽く叩いた。白い車体。青と赤のライン。確かに速そうだ。だが、ここまで来るのにどれだけ走った。
「お前、どこから来た」
「駒王町からです」
「何時間かかった」
「四時間です。途中で充電を二回しました」
四時間。電動バイクで四時間。朝の早い時間に出たとして、深夜から走り続けた計算になる。
「馬鹿かお前」
「で、でも、唯我さんが無事か分からなかったので」
スレッタが言葉を詰まらせた。手袋を握る指に力が戻る。ヘルメットを抱える腕が少し震えている。長距離運転の疲労だろう。
絶花が縁側から降りてきた。
「太郎。知り合いですか」
「ああ。駒王学園一年の時の同級生。スレッタ・マーキュリー」
「宮本絶花です。太郎の幼馴染みです」
絶花が名乗った。スレッタが絶花を見る。視線が一瞬、俺と絶花の間を行き来した。
「幼馴染み…」
「はい。太郎とは小学校から一緒です」
「そうなんですね。私は一年の時だけ同じクラスでした」
スレッタが頭を下げた。丁寧だ。だが緊張している。視線が絶花から他の三人へ移る。
あんなが箱を抱えたまま近づいてきた。
「明智あんな。よろしく。このバイク、すごいね。電動スポーツタイプ? 加速どう?」
「あ、はい。加速は速いです。でも航続距離が短くて、充電が…」
「へえ。モーターの出力は?」
「あの、詳しくは…」
「あとで見せて。興味ある」
あんなが目を輝かせている。スレッタは少し押され気味だ。
ソラがタオルを首にかけたまま走ってきた。
「ソラ・ハレワタールです! 四時間も一人で走ってきたんですか? すごいです! ヒーローみたいです!」
「ヒーローでは…ただ心配だっただけで」
スレッタが照れたように視線を落とした。ソラの勢いに圧倒されている。
まほが最後に前に出た。
「西住まほです。長距離運転お疲れさまでした。水分補給を。脱水症状が出る前に」
「あ、ありがとうございます」
まほがペットボトルを差し出す。スレッタが受け取る。手袋を外して飲む。一気に半分飲んだ。
「ふう…」
「残りも飲んでください。四時間の運転は体力を使います」
「はい…」
スレッタが素直に頷く。まほは淡々としているが、相手の疲労を正確に見抜いている。
俺はスレッタを見た。
赤褐色の髪。褐色の肌。青緑の瞳。一年の時と同じだ。背はさらに伸びたかもしれない。ライダージャケットの下に制服は着ていない。私服だ。白いシャツにジーンズ。上からジャケットを羽織っている。
「スレッタ。俺は無事だ。見ての通り、五体満足でここにいる」
「はい。見て、わかりました」
「で、どうするんだ。また四時間かけて帰るのか」
「あ…」
スレッタが固まった。帰ることを考えていなかったらしい。
「充電が…」
「足りないのか」
「半分くらいです。駒王町まで持つかどうか」
「だろうな」
俺は振り返った。四人がスレッタを見ている。
「今日の午後、駒王町へ戻る予定だ。スレッタも一緒に来るか。車で戻るから、バイクは積める」
「いいんですか」
「置いてくわけにもいかないだろ」
「ありがとうございます」
スレッタが深く頭を下げた。その拍子にヘルメットが胸からずり落ちそうになって、慌てて抱え直す。不器用な動きだ。一年の時と変わらない。
「唯我さん」
「何だ」
「本当に、無事でよかったです」
スレッタが顔を上げた。青緑の瞳がまっすぐ俺を見ている。心配してくれたのが伝わってくる。言葉にすると照れるから、俺は何も言わなかった。代わりに軽く手を振った。
「とりあえず中に入れ。朝飯まだなら食え」
「はい」
スレッタがバイクを押して庭へ入る。あんながすぐに駆け寄って車体を観察し始めた。ソラが飲み物を追加で持ってくる。まほが歩きながらスレッタの様子を横目で確認している。絶花が俺の隣に来た。
「太郎」
「何だ」
「あの子、太郎のこと心配してわざわざ来たんですよね」
「そうみたいだな」
「ふうん」
絶花はそれ以上何も言わなかった。ただ、スレッタの背中をじっと見ていた。桃色の瞳に、何か測るような光があった。
俺は空を見上げた。昼前の太陽が高くなっている。今日の午後には駒王町へ戻る。リアスへの報告。スレッタの帰宅。まほの正式な紹介。やることは山積みだ。
だが、今は飯だ。
「スレッタ。パンでいいか」
「何でも大丈夫です」
「遠慮すんな。食えるなら何でもいいだろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
スレッタが微笑んだ。疲れているのに、笑顔はちゃんとしている。一年の時からそうだった。誰かのために無理をする奴だ。
俺は縁側へ戻った。絶花が隣に座る。まほが向かいに座る。あんながスレッタのバイクを眺めながら庭に立っている。ソラがパンと飲み物を運んでくる。スレッタが俺の斜め前に座った。
六人になった。
「あの、皆さんと唯我さんはどういう…」
スレッタが聞きかけて、止まった。聞いていいのか迷っている。
「家臣だ」
俺が言うと、スレッタが目を丸くした。
「家臣?」
「そういう関係。詳しくは後で説明する。今は飯を食え」
「は、はい」
スレッタがパンを手に取った。まだ戸惑っている。無理もない。一年前は普通のクラスメイトだったのに、今は王と家臣だなんて言われても意味がわからないだろう。
「唯我さん」
「何だ」
「一年の時と、変わってないですね」
「当たり前だろ。一年で人間変わるかよ」
「でも、家臣がいるって聞いてびっくりしました」
「まあ、そうだろうな」
俺はパンを一口かじった。絶花がお茶を差し出す。まほが静かに食べている。あんながスレッタへバイクの質問を続けている。ソラが笑っている。
スレッタは俺を見てそれから周りの五人を見た。緊張した顔が、少しずつ緩んでいく。
「唯我さん」
「何だ」
「ここに来てよかったです」
スレッタがそう言った。俺は何も答えずにパンをかじった。朝の光が六人の上に降りていた。
午後、駒王町へ戻る。それまで、この町で少し休もう。
「バイク、ここでいいですか」
スレッタがエアリアルを縁側の横へ停めようとした。スタンドをかけようと体を傾けた、その時だ。
風が止まった。
ただ止まったんじゃない。世界が呼吸を忘れたみたいに、空気の流れが凍りついた。
俺は背筋が伸びた。さっきまでの平和な朝食の空気が、一瞬で消えた。
地面の亀裂だ。
道路に走っていたひび割れの隙間から、淡い光が漏れた。一瞬だけ。だが見間違えるはずがない。昨夜、地脈が暴走した時に見た色だ。ガイアの光。
「スレッタ、離れろ」
俺が声を上げるより速かった。
スレッタの周囲に光が集まったからだ。
白、青、赤。三色の光が彼女を取り巻き、空気中に薄い装甲板みたいな形を作っていく。
エアリアルの車体じゃない。スレッタのすぐ横、浮遊する位置に現れたのだ。
一基。
四角く切り出されたような薄い盾。ビットステイヴだ。音がした。金属音じゃない。ガラスを爪で軽く弾いたみたいな、澄んだ高い音が響く。
その背後に、霞みたいな輪郭が浮かんだ。十一基。盾の形が重なって見える。だが実体化しない。一瞬浮かんで、すぐ霧散した。出現したのは目の前の一基だけだ。
「え…」
スレッタが固まった。ヘルメットを抱えたまま、自分の横に浮いている盾を見ている。
俺はスレッタと地面の亀裂の間に割り込んだ。彼女を引っ張って離そうとした。だが、スレッタの顔を見て手を止めた。
戸惑っている。だが恐怖じゃない。
スレッタはおずおずと手を伸ばした。浮遊するビットへ。指先が装甲に触れる。
触れた瞬間、彼女の指が微かに震えた。だがすぐに指を添えた。まるで温かいものに触れるみたいに。
「エアリアル」
静かに呼びかけた。愛車と同じ名前。いや、こいつの本当の名前か。
「お前が出したんじゃないのか」
俺は問うた。スレッタが顔を上げる。青緑の瞳が揺れている。
「違います。エアリアルが、自分から出てきました」
「自分から」
「はい。私が呼んだんじゃありません。でも、怒ってるわけでもなくて…」
スレッタがビットを見つめた。装甲に添えた指が、少しだけ動く。
「何かを、知らせようとしてます」
「何に反応してるんだ」
絶花が声を上げた。天聖の柄に手をかけている。臨戦態勢だ。
「このビット、地脈の光に向いてる。地下だ」
ビットの先端が、道路の亀裂を指していた。まっすぐに。地下の奥へ向かう角度で。
「まほ」
俺が呼ぶと、まほが一歩前に出た。目を閉じている。猫又の感覚を研ぎ澄ませている。
「地脈へ意識を集中させます」
五秒。十秒。
まほが目を開けた。琥珀色の瞳が、亀裂の光を捉えている。
「ガイアの光です」
「まだ残ってたのか」
「完全には消えていません。地脈の奥底に、まだ名残がある。それが彼女の神器を呼んでいます」
「呼んでる」
「はい。昨夜の戦闘で撒き散らされたガイアの残存エネルギーが、まだ地脈にへばりついています。それがスレッタの神器の波長と共鳴している」
俺は舌打ちした。苛立ちが喉の奥で焼ける。
終わってなかったんだ。炉は壊した。魔獣は倒した。だが光は消えてない。そして今度は、一年の時の同級生まで巻き込んだ。
「スレッタ」
「はい」
「お前のエアリアルは、何を知らせようとしてる」
スレッタがビットを見た。ビットの装甲が、淡く明滅する。スレッタの指に応えるみたいに。
「怯えてるんじゃありません。導こうとしてます」
「どこへ」
「あっちです」
スレッタが指差した。ビットの先端と同じ方向。亀裂の下。地脈の奥。
「面倒だな」
俺は言った。本心だ。飯も食えねえのかよ。
だが、放っておけない。このまま帰れば、光がどうなるかわからない。スレッタの神器が反応し続けるなら、無視して駒王町へ戻るわけにはいかない。
「帰るのを延期する」
全員が俺を見た。
「もう一度調べるぞ。地下の何が呼んでるのか」
スレッタが頷いた。不安そうな顔だ。だが逃げ出す顔じゃない。ビットの装甲に添えた指が、しっかりしている。
「唯我さん。私も、行きます」
「当たり前だ。お前の相棒が指差してるんだろ。一緒に来い」
俺は亀裂を見下ろした。淡い光がまだ漏れている。地脈の奥底。ガイアの残り香。
長い夜は明けたはずだった。だが朝の光の中に、まだ影が残っているらしい。
「行くぞ。全員」
俺は歩き出した。五人の足音が、そして一基のビットが浮遊する音が、背後からついてきた。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王