サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
調査拠点へ戻ったのは昼前だった。
絶花の旧宅の庭にシートを広げて、あんなが端末を操作している。スレッタから預かった身分証の情報を照合しているらしい。ソラは井戸のそばで妖怪たちへ渡す水を用意している。まほは庭の隅で地脈の残滓を確認していた。
俺は縁側に座って空を見ていた。
スレッタが俺の前に立った。
「唯我さん。報告します」
「ああ」
「地下で会った研究員に、エアリアルの一基を解析してもらいました。その時に、何かが仕込まれた可能性があります」
「見たのか」
「直接は。でも、エアリアルがいつもより冷たいんです。それに」
スレッタが言葉を切った。手袋を握る指が白い。
「私が信じたからです。解析を受けさせたのは私です」
「スレッタ」
俺が呼んだときだった。
空気が変わった。
風が止まったんじゃない。逆だ。風が生まれた。下から上へ。地面から空へ向かう突風。砂埃が舞い上がる。木の枝がしなる。庭のシートが捲れ上がる。
「何だ」
俺は立ち上がった。
スレッタの周囲に浮かんでいたビットステイヴ。十一基の盾。それが動いた。
スレッタの意思じゃない。
「エアリアル、戻ってきてください」
スレッタが叫んだ。手を伸ばす。だがビットは止まらない。十一基が一斉に上空へ浮上する。スレッタの手をすり抜けて。俺たちの横を押し退けて。
「エアリアル!」
スレッタの声が裏返る。
十一基が空へ上がる。高度を上げる。町の上空。円環状に並ぶ。等間隔に。まるで機械が設計したみたいに正確な円を作る。
「スレッタ、接続を切れ」
「でも」
「今すぐ切れ!」
スレッタが震える手を握り締める。目を閉じる。神器との感覚を遮断しようとしている。だが遅かった。
十一基の端末から黒紫色の術式が伸びた。
各端末から一本ずつ。十一本の線が円の中心へ集まる。線が交差する。中心に巨大な魔法陣が形成される。円環状の術式。その中央に——人工魔術炉。
「あれは…」
まほが庭の隅から走ってくる。
「地脈からガイアの光を吸い上げています。地下の残滓を全部」
地割れの方角から青い光が立ち上る。空へ吸い上げられていく。ガイアの力。昨日の夜に戦った残り香。それが全部、空の魔術炉へ流れ込んでいる。
空が暗くなる。
昼なのに夜みたいだ。雲じゃない。光が吸い上げられて薄暗くなっている。太陽は見える。だが光が届かない。不自然な暗さ。
風が強くなる。低い振動音。ゴゴゴという地響き。窓ガラスが震える音が聞こえる。近所の家々からざわめきが聞こえる。住民が出てきている。
「何が起きた」
俺は思考を回す。何が起きた。誰が仕掛けた。住民をどう守る。
「あんな、身分証は」
「今調べてる。ちょっと待って」
あんなが端末を必死に操作している。十秒。二十秒。
「偽物だ」
「何」
「この身分証、登録番号が存在しない。研究所も実在しない。全部偽装」
あんなが顔を上げた。珍しく真剣な顔だ。
「スレッタ、あの研究員は偽物だった」
スレッタの顔から血の気が引く。
「私が…解析を許したから」
「説明は後だ」
俺はスレッタの肩を掴んだ。揺れている。だが立たせる。
「住民を先に逃がすぞ。絶花、まほ、地上の亀裂を見てくれ。これ以上広がるなら塞ぐ」
「はい」
「あんな、ソラ、住民の避難誘導を頼む。町内放送か直接叫べ。とにかく外へ出すな」
「了解」
「ソラ、妖怪たちも移動させろ」
「はい!」
四人が動く。絶花とまほは地割れの方へ走る。あんなとソラは町の方へ。
俺はスレッタを見た。
「お前はここに残れ。神器との接続は切ったまま。安全な場所にいろ」
「でも」
「でもじゃない。今は町を守るのが先だ」
スレッタは小さく返事をした。
「はい」
だが視線は空から離れていない。奪われた十一基を見ている。俺の指示を聞いている。だが体は動いていない。
俺はスレッタから手を離した。住民避難の指示を飛ばすために念話を開く。まほへ、絶花へ、あんなへ。
三分後。
異変への対応を終えて振り返ると、スレッタがいない。
庭を見る。井戸のそばを見る。縁側を見る。どこにもいない。
愛車エアリアルも消えている。
地面にタイヤ痕が残っていた。急発進した跡だ。泥が跳ねている。タイヤ痕は道路を横切り、町の方角へ——いや違う。人工魔術炉の地上側制御施設の方角だ。地割れの先。空の魔術炉へ繋がる地上の制御点。
「まほ!」
念話を飛ばす。
「スレッタが消えた。タイヤ痕は制御施設の方角だ」
『確認します』
まほの声がすぐ返る。
『タイヤ痕、見つけました。人工魔術炉の地上側制御施設へ続いています。スレッタさん、単独で向かっているようです』
「一人でビットを取り戻そうとしてるんだな」
『おそらく』
俺は空を見た。
十一基のビットステイヴが円環状に並んでいる。黒紫色の術式が中央へ集まり、人工魔術炉を形成している。ガイアの光を吸い上げている。
その光の中で、一基だけほんの少しだけ位置がずれているビットがある。干渉された一基だ。
スレッタはあれを取り戻そうとしている。
俺は拳を握った。
「勝手に一人で背負いやがって」
呟いた。誰にも聞こえない声だ。
空を睨む。十一基の光を。人工魔術炉を。その下で一人走っている旧友を。
住民避難はまだ終わっていない。人工魔術炉による地震はまだ続いている。俺はここを離れられない。
「まほ」
『はい』
「タイヤ痕を追え。スレッタを見つけてくれ。俺は避難が終わり次第向かう」
『了解しました』
まほの光点が盤面の中で動き始める。
俺はもう一度空を見た。
昼の空に浮かぶ十一基の光。
誰かのものじゃないはずだった盾が、誰かの手で奪われている。
「絶対に取り戻す」
空へ向かって言った。届くわけがない。それでも言わずにいられなかった。
次回の王は
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