サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
スレッタがいない。
上層の調査を終えて合流地点へ戻ったときまず気づいたのはそれだった。十一基のビットステイヴが浮かんでいない。いつもならスレッタの周囲を旋回しているはずの盾の群れが、どこにもない。
「スレッタは」
俺が聞くと、あんなが顔を上げた。
「さっきまでここにいたけど。ちょっと目を離した隙に」
「まほは」
「いない」
絶花が通路の奥を見ている。天聖に手を添えたまま。
「まほさんもいません。でも、足音がする」
確かに聞こえる。二つ分じゃない。一つ分だ。遠い。地下施設の下層へ向かう通路の方角から。
俺は走った。絶花とあんなとソラが続く。
通路を曲がると、まほがいた。
地下施設へ続く暗い道の手前。進路を塞ぐわけじゃない。少し離れた場所に立って、静かに話しかけている。
その先に、スレッタの背中があった。
一人で歩いている。地下への暗い道へ向かって。
周囲にビットは一基もない。
スレッタの右手が宙に浮いている。無意識に伸ばした手。そこにあるはずの盾を探している。空いた空間を掴もうとする指。何も掴めない。それでも手を下ろさない。
「スレッタ」
まほの声。静かだ。命令じゃない。
スレッタが足を止めた。だが振り返らない。
「どこへ行くつもりですか」
「……地下施設へ」
「何をしに」
「エアリアルを、取り戻しに」
スレッタの声が途切れる。握り締めた手袋が軋む音が聞こえた気がした。
「私が、あの人を信じたから。解析を受けさせたから。エアリアルが……だから、私が取り戻さないと」
「一人で」
「はい。私の責任です。私が判断を誤った。だから私が行くべきです」
まほは動かなかった。進路を塞がない。ただ、少しだけ首を傾げた。
「責任を感じることと、一人で危険へ入ることは同じではない」
「でも、仲間を巻き込めば今度こそ誰かを傷つける」
「今度こそ、ですか」
まほの声が少しだけ低くなった。
「……私も、同じことを考えていた時期があります」
スレッタが初めて振り返った。暗い通路の中で、青緑の瞳がまほを見ている。
「八坂様の下で部隊長をしていました。部下を守りたいと思っていました。でも、任せられなかった。自分でやらなければ失敗すると。自分だけが傷つけば済むと」
まほは淡々と話す。感情を乗せない声。だが、言葉の端々に重みがある。
「結果、部下が持ち場を離れて私を助けようとした。三人が負傷しました。私が全てを抱えたせいで」
スレッタの手袋を握る指が少し緩んだ。
「私は部隊長を退きました。自分には資格がないと。でも、それだけでは終わらなかった。逃げただけでした」
「……それでも、怖くないんですか」
スレッタの声が掠れている。
まほは一歩近づいた。距離を詰めすぎない。二歩分の空間を残して止まる。
「怖いです。今も。仲間を信じて任せることが。また失敗するかもしれないと」
まほが自分の手を見た。戦車の駒を受け取った手だ。
「でも、信じないまま進む方が、同じ失敗を繰り返す。私はそう学びました。失敗を取り消すことはできない。でも、その後の選択は変えられる」
沈黙。
スレッタが遠くを見上げた。地下施設の方角。その奥に浮かぶ十一基の微かな光。奪われたビットステイヴが、まだそこにある。
冷たい風が吹き抜ける。地脈の振動が足の裏に伝わる。
「十一基を一人で取り戻す必要はない」
まほの声。
「お前が一基を受け持つなら、残りは私達に任せろ」
スレッタはすぐに返事をしなかった。ビットを見上げている。握った手袋。俯いた視線。
長い沈黙。
その間に俺と絶花とあんなとソラが追いついた。足音を聞いて、スレッタが振り返る。
俺は何も言わなかった。まほの言葉を遮らない。
スレッタは俺を見た。それから絶花を見て、あんなを見てソラを見た。最後にまほへ戻る。
地下施設へ向けていた足が、止まった。
スレッタは一歩下がった。まほの隣へ戻る。
「……唯我さん」
「何だ」
「話したいことがあります」
スレッタの声は震えていた。だが逃げていない。自分から言おうとしている。
「あの人に、エアリアルを解析させました。その時に何かが仕込まれたんだと思います。私が……騙されたんです」
握った手袋がまだ軋んでいる。だが、俯いた顔はもう上げている。
「どうすればいいか、わかりません。でも一人で行こうとしたのは間違いでした」
俺は頷いた。
「話せ。全部」
スレッタが頷き返す。青緑の瞳が少しだけ潤んでいる。だが涙は落ちない。
十一基の光が遠くで揺れている。
次回の王は
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