サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
揺れが止まった町は静かだった。
いつもなら聞こえる車の音もない。住民が避難してまだ戻っていないからだ。代わりに鳥の声が多い。人がいなくなった町を鳥が取り戻したみたいだ。
道路の亀裂に応急修理のテープが貼られている。俺たちが戦っている間に誰かが仮止めしたのだろう。傾いた電柱にロープが張られている。手際がいい。町の人が自分たちで守った跡だ。
絶花が地割れの方角から走ってきた。
「太郎。地脈の状態、完全に戻りました。ガイアの光も地中へ還っています」
「揺れは」
「収まっています。あと一時間もすれば自然に修復が始まる程度です」
絶花は息を整えながら報告する。天聖を腰に戻して、泥のついたスカートの裾を払っている。
あんなとソラが住民の避難方向から歩いてくる。
「避難完了。全員無事。けが人なし」
あんなが手を挙げた。珍しく真面目な報告だ。
「妖怪たちも全員無事です! 避難ポイントから戻り始めてます」
ソラが後ろから元気な声を出す。青い髪が風に揺れている。
六人が揃った。
* * *
まほが地面に地図を広げた。
泥で描いた見取り図。さっきの戦闘で使ったやつだ。だが今日はさらに書き足されている。まほの指が地図の上を走る。
「ここがゾグ撃破の地点です。ガイアの光が地脈へ流入したのはこの位置」
指が一点を叩く。町の南側。ゾグを倒した場所だ。
「光は地脈に沿って北へ流れました。ここを経由して、ここへ」
指が線をなぞる。南から北へ。地脈の経路だ。
「魔術炉が光を吸い上げていた経路はこの五本。全てこの一点へ集まっていました」
町外れの地下施設。俺たちが入った坑道の場所だ。
「戦闘後に回復した範囲はここからここまで。地脈の流れは正常に戻っています」
まほが地図の上に手を置いた。
「ですが、一点だけ不明な点があります」
「何だ」
「ガイアの光が地脈へ流入した時点で、既に魔術炉の制御術式が稼働していました。ゾグ撃破から魔術炉の起動まで、十分もかかっていません」
「つまり」
「ゾグを倒す前に、魔術炉の準備が整っていた。ガイアの光が流れ込むのを待っていた」
俺は黙った。
ゾグとの戦闘は予期せぬものではなかった。だが魔術炉の準備がゾグ以前から進んでいたとすれば、敵は俺たちの戦いを前提に動いていたことになる。
「スレッタ」
俺が呼ぶと、スレッタが体を固くした。ビットが周囲で静止する。
「お前がビットを奪われた経緯。話してくれ」
スレッタは一瞬目を伏せてから、顔を上げた。
「地下で負傷した研究員に会いました。地脈を調べに来たと言って。身分証を見せて。怪我をしていて。私が応急処置をして。それでビットの解析を頼まれて」
「条件は」
「直接触れないこと。一基だけ。異常があれば切る。三つの条件を出しました」
「条件は守られたか」
「守られました。その場では。でも一基だけ後から戻ってきた時に、冷たくなっていて」
スレッタの声が途切れた。だが無理に続けた。
「あの人が、一基に制御術式を仕込んだんだと思います。私が許可した一基だけ。それが他の十基と合体した時に、術式が共有された」
「そうか」
俺は責めなかった。責める必要がなかった。
「お前の判断が悪かったとは言わない。条件を出した。直接触らせなかった。慎重だった。だが相手はそれを計算に入れていた」
スレッタが俺を見た。青緑の瞳が揺れている。
「計算に入れていた」
「研究員を装って、怪我をして、身分証を見せて。お前が出す条件を予期して、その条件の中で術式を仕込める方法を選んだ。相手はお前の慎重さを知っていた」
「私の性格を知っていたんですか」
「お前と俺が同級生だということを知っていた。お前が怪我人を見捨てない性格だということを知っていた。お前が条件を出すほど慎重だということを知っていた」
スレッタの指が白くなった。ビットを握る手に力が入っている。
「つまり相手は俺たちの周辺を調べていた。少なくともお前のことを。ビットの構造も。地脈の流れも」
「それだと、いつから」
「そこがわからない。ゾグ以前かもしれない。もっと前かもしれない。八坂に聞く必要がある」
俺は懐の通信端末を取り出した。八坂との回線を開く。
「八坂。報告する」
『聞いている。地上の戦闘から地下の施設まで、概要は把握している。補足してくれ』
八坂の声が端末から漏れる。落ち着いた声だ。
「人工魔術炉を破壊した。ガイアの光は地脈へ還った。町の被害は軽微。住民と妖怪の避難は完了。全員無事だ」
『わかった。不明点は』
「三つある。一つ、魔術炉がガイアの光を待ち受けていた構造だった。ゾグ撃破より前に準備が完成していた可能性が高い」
『そうだろうな。地脈の流入経路を逆算すれば、炉の起動タイミングはゾグ戦の数時間前になる』
「二つ、スレッタの神器に制御術式を仕込んだ人物がいる。研究員を装っていた。身分証は偽物だった。ビットの構造と地脈の流れを知っていた」
『人物の特定は今後の課題だ。身分証の偽造元を追跡できる』
「三つ、制御中枢が黒紫色の駒を持っていた。王国の駒と同じ形状だが色が違う」
沈黙があった。三秒。
『……黒紫色の駒。それは記録に残しておけ。後で確認する』
八坂の声が少し低くなった。
「それと、スレッタ・マーキュリーが俺の家臣になった。女王の駒を受け取っている」
『知っている。女王の契約反応はこちらでも感知した』
「いつから知ってた」
『今朝だ。契約が成立した瞬間に』
「そうか」
『太郎。引き続き調査が必要な事項を整理する。一、魔術炉の準備経路と期間。二、研究員を装った人物の特定。三、黒紫色の駒の来源。四、ガイアの光が地脈へ流入した際の異常の有無。以上四点を次までに確認しろ』
「わかった」
『それとスレッタ・マーキュリーの件だが』
八坂が少し間を置いた。
『彼女の所属については俺からも確認を取る。お前の家臣である以上、俺との連絡役としての立場も整理する必要がある』
「まほの時と同じか」
『同じだ。西住まほの件も正式に処理しておけ。彼女の駒は戦車。スレッタの駒は女王。二つの駒が同じ盤上にある意味を、お前が把握しておく必要がある』
「わかってる」
『では頼んだぞ』
通信が切れた。
俺は端末を懐にしまった。
* * *
風が吹いた。
町の上空に雲が流れている。さっきまでの不自然な暗さは消えている。普通の昼だ。
俺は五人を見た。
絶花が地図を片付けている。あんなが端末を操作している。ソラが井戸のそばで水を飲んでいる。まほが弓の手入れをしている。
スレッタが俺の横に立っている。十一基のビットが周囲で静かに動いている。
「スレッタ」
「はい」
「改めて紹介する。スレッタ・マーキュリー。俺の元同級生で、今は俺の家臣だ。女王の駒を受け取った」
五人がスレッタを見た。
「わたしは、自分の意思で太郎さんの家臣になりました。女王の駒を、自分で選んで受け取りました」
スレッタの声が少し震えた。だが途切れない。
「エアリアルを取り戻せたのは、皆さんが力を貸してくれたからです。一人では取り戻せませんでした。だから、これからも皆さんと一緒に進みたいです」
スレッタが頭を下げた。深く。丁寧に。
十一基のビットがスレッタの周囲で一斉に動いた。頭を下げるスレッタを囲むように。まるで一緒に礼をしているみたいに。
「よろしくお願いします」
絶花が最初に頷いた。
「宮本絶花です。同じ家臣です。よろしくお願いします」
「明智あんな。あんなでいいよ。バイク見せてね」
「ソラ・ハレワタールです! ヒーローの仲間ですね!」
「西住まほです。戦車です。よろしく」
四人の声が重なった。
スレッタが顔を上げた。青緑の瞳が潤んでいる。だが笑っている。
「はい。よろしくお願いします」
六人だ。
王が一人。家臣が五人。
絶花とまほとあんなとソラとスレッタ。十一基のビットと一本の弓と一振りの刀と六つのルーンと一挺の弓。
俺は空を見上げた。
青い空。白い雲。太陽が高い。
魔術炉の準備経路には未解明の点がある。研究員の正体も不明だ。黒紫色の駒の意味もわからない。
だが今日は終わりだ。
「帰るぞ。腹が減った」
俺の言葉に六つの声が返った。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王