サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
## 三章 見えない視線が校庭を這う
坂を降りて通学路へ戻ると、モブの姿はもうなかった。
角を曲がった先。帰宅方向だ。俺は追わなかった。追う理由がない。まだ何も起きていない。
「太郎さん。どうしますか」
夏目が隣に立った。淡い色の髪が夕日に透けている。妖怪たちの気配を感じ取る目は、まだ坂の上に向いている。
「まず失踪した妖怪を探す。それとモブの周辺。両方だ」
「同時にですか」
「同時だ。どっちも放置できない」
絶花が通学路の先を見ている。校門の方角。さっき掲示板の紙が揺れた場所だ。
「太郎。あそこ」
絶花が顎で示した。
校門の脇。掲示板の裏側。夕日の当たらない死角。
何かがある。
俺にも見えた。物理的なものだ。小さな光。点滅している。赤い。一秒に一回。
「監視装置か」
「たぶん。術式の反応も混ざってる」
絶花が歩き出した。俺と夏目も続く。
校門の脇に回り込むと、それは壁に貼り付けられていた。
小さな金属片。五センチほどの薄い板。表面に術式が刻まれている。赤い光が点滅している。誰かがここから校門を通過する人間を記録している。
「これ、ずっとここにあったんですか」
夏目が聞いた。
「わからない。だが新しい。せいぜい二、三日だ」
俺は板に触らずに観察した。術式の構造。記録型。対象を限定して監視するタイプだ。
「絶花。解析できるか」
「天聖で切れば止まるけど、切ったら記録が消える」
「残したい」
「なら読むしかない。まほさんに頼むのが早い」
「そうだな」
俺は盤面を展開した。足元に黒と金の升目。まほの光点を呼ぶ。
『太郎。何かあったか』
まほの声が念話で届く。一週間前よりずっと滑らかだ。慣れたのだろう。
「監視装置を見つけた。術式の解析を頼みたい。場所は校門の脇」
『行きます。五分で』
「頼む」
盤面を閉じる。
夏目が板を見つめている。眉をひそめている。
「これ、誰が」
「敵だ。まだわからないが、この町の人間じゃない」
「僕にも何か感じます。嫌な気配です」
夏目の言葉に絶花が反応した。
「妖怪も感じてるか」
「はい。この辺りの妖怪たちが怯えています。見慣れない気配が学校の周りを探っているって」
「見慣れない気配」
「僕も詳しくは。でも昨日からずっとです」
俺は校門の周囲を見渡した。他にもあるかもしれない。一箇所だけじゃない。複数設置されていれば、監視範囲が広い。対象を絞っている。
「夏目。妖怪たちに聞けるか。他に同じ気配がある場所を」
「聞いてみます」
夏目が目を閉じた。妖怪たちと話している。俺には見えないが、夏目の表情が変わる。集中している。情報を集めている。
十秒。
「三箇所あります。校門のここ。体育館の裏。それと通学路の電柱」
「三箇所」
「はい。全部同じ気配です」
絶花が動いた。
「体育館の裏と電柱。確認してきます」
「頼む。俺はここでまほを待つ」
絶花が走り出した。天聖を腰に戻したまま。音もなく。
夏目が俺を見た。
「あなたたちは、こういうことを普段から」
「ああ。この町で何か起きれば調べる。俺たちの役目だ」
「役目」
「家臣の仕事だ」
夏目はそれ以上聞かなかった。だが俺を見る目が少し変わった。値踏みじゃない。理解しようとしている目だ。
五分後、まほが来た。
白いシャツにジーンズ。弓は持っていない。だが右手に小さな端末。術式解析用だ。
「これですね」
まほが板に近づく。触れずに手をかざす。端末の画面に術式の構造が浮かぶ。
「記録型の監視術式です。対象を限定して通過を記録しています」
「対象は」
まほの指が端末を操作する。術式のパラメータを読む。数秒。
「年齢。性別。魔力反応の有無。それと」
まほの指が止まった。
「特定の個人を識別する波長パターンが設定されています」
「個人」
「はい。これ、誰か一人を狙って設置されてます」
俺はまほを見た。
「誰だ」
まほが端末を操作する。記録された通過データを読む。術式が記録した人間の中から対象に一致するものを探す。
三秒。
「影山茂夫。中学二年。この学校の生徒です」
モブだ。
俺は校門を見た。さっきモブが通った門だ。記録されている。モブがこの門を通過するたびに、術式が反応している。
「いつから」
「記録の開始日は三日前。それ以前のデータはありません」
「三日前からモブを監視してる」
「そうです。この術式はモブが持つ何かの波長を記録しています」
「何の波長だ」
「魔力反応じゃありません。もっと別の。この端末では判別できない種類です」
まほの声が淡々としている。だが内容は重い。
俺は盤面にモブの光点を置こうとした。だが光点が現れない。当たり前だ。モブは俺の家臣じゃない。盤面に乗らない。
「太郎」
絶花が戻ってきた。走ってきた。息が少し上がっている。
「体育館裏と電柱。両方に同じ装置があった。どっちも同じ術式。同じ対象」
「モブだな」
「そうみたい。それと」
絶花が手のひらを開いた。小さな紙片。装置の裏から剥がしたラベルのようなものだ。
「これ、装置に貼ってあった。文字が読めない。でも数字は読める」
紙片には記号と数字が並んでいる。
「六〇〇〇」
まほが覗き込んだ。
「単位は何ですか」
「わからない。でも六〇〇〇って書いてある。四桁だ」
「六〇〇〇…」
まほが考え込んだ。端末を操作する。
「この数字、術式の設定値かもしれません。対象の波長の強度を測る基準値」
「基準値」
「はい。この値を超えたら何かが起動する。そんな設計です」
「モブの波長が六〇〇〇を超えたら」
「何かが起きる。この装置はその監視用です」
俺は紙片を見た。六〇〇〇。四桁の数字。意味はわからない。だがこれが敵の狙いの鍵だ。
* * *
通学路を歩いた。
モブの家の方角だ。まだ帰宅途中かもしれない。あるいはもう家に着いているかもしれない。
俺と絶花と夏目とまほ。四人で歩く。
「太郎さん」
夏目が口を開いた。
「あの子を守るんですか」
「ああ。敵が狙ってるなら放っておけない」
「でもあの子は何も知らない。僕たちが動けば気づかれるかもしれません」
「だから直接は接触しない。遠くから見るだけだ」
夏目は頷いた。だがまだ何か言いたそうだ。
「夏目。何かあるか」
「妖怪たちが怯えている理由がわかりました。あの装置。あれが原因です。妖怪たちはあの装置の気配を感じていたんです。見慣れない。でも危険だと本能でわかる。だから学校の周りから離れていた」
「失踪した妖怪たちも」
「関係あるかもしれません。装置の影響で弱ったところを何かに狙われた可能性があります」
俺は立ち止まった。
「何かに狙われた」
「はい。妖怪たちが言っていました。佐吉さんたちがいなくなった夜、妙な音がしたって。地面の下から。地脈の流れとは違う音」
「地面の下から」
「はい」
俺は空を見た。夕日が沈みかけて空が紫になっている。
三つの異変が繋がり始めている。
監視装置。モブの波長。妖怪の失踪。地面の下の音。
一つの線で結べるか。まだわからない。だが独立した事件じゃない。
「まほ。監視装置の対処は」
「回収して八坂様に送ります。術式の解析は私では限界があります」
「頼む」
「それと太郎」
まほが俺を見た。
「この監視装置、複数ありますが全て同じ設計です。設置した人物は同じ。組織的なものだと推測します」
「組織」
「はい。個人の仕業にしては整いすぎています。装置の数も配置も計算されている」
「わかった。報告に含めてくれ」
「了解しました」
* * *
モブの家の前を通った。
小さな一軒家。表札に影山とある。窓に明かりがついている。誰かいる。モブだろう。もう帰宅している。
俺は立ち止まらずに通り過ぎた。
モブに気づかれるわけにはいかない。まだ何もわかっていない。不安にさせる必要はない。
「あの子、普通に暮らしてますね」
夏目が小さく言った。
「ああ」
「でも力が目覚めかけている。本人は気づいていない」
「そうだ」
「守るんですね」
「守る。理由はそれだけだ」
夏目は俺を見た。何か言いたそうだったが、口を閉じた。
家の窓のカーテンが揺れた。風じゃない。中から誰かが動いた音だ。モブだ。
一瞬だけ、窓辺に空き缶が置かれているのが見えた。机の上。勉強机だろう。窓の近く。
空き缶が動いた。
誰も触れていない。モブも触れていない。だが微かに。数センチ。跳ねた。
俺は見た。夏目も見た。絶花もまほも見た。
「今」
「ああ」
モブは気づいていない。机の上の空き缶が動いたことに。カーテンの向こうで何かが動いたことに。
そのまま歩き続けた。
家の前を通り過ぎて角を曲がる。安全な距離を取ってから俺は立ち止まった。
「見たな」
「見た」
絶花が頷く。
「太郎。あれ、モブの力か」
「ああ。間違いない。感情が揺れた時に物が動く。本人は気づいてない。風のせいだと思ってる」
「でも波長は六〇〇〇に届いていない」
まほが端末を見た。
「今の反応、数値にすると三〇〇程度です。まだ遠い」
「遠いが、確実に上がってる」
「はい。何かの拍子に一気に跳ね上がる可能性があります」
俺はモブの家の方角を見た。
窓の明かりが消えた。もう寝るのか。まだ早い。あるいは別の部屋へ移ったか。
「どうする」
絶花が聞いた。
「まず監視装置の対処。まほ、頼む。それと妖怪の失踪。夏目、協力してくれ。モブは」
俺は少し考えた。
「直接は接触しない。だが常に誰かが見ておく」
「私が見ます」
夏目が言った。
「僕もこの辺りにいます。妖怪たちのこともあるので。モブの様子も見られます」
「頼む。だが無理はするな。お前も狙われる可能性がある」
「わかっています。でも僕は妖怪と人間の間のことをしてきたので。こういうことには慣れています」
夏目は頭を下げた。深く。丁寧に。
「よろしくお願いします。太郎さん。絶花さん。まほさん」
俺は頷いた。
「行くぞ。今日はここまでだ」
四人で歩き出した。
夕日が完全に沈んだ。町に夜が来る。
空き缶の動き。監視装置。妖怪の失踪。地面の下の音。
全部が繋がるかもしれない。まだわからない。
だが一つだけわかった。
モブは知らないまま狙われている。そしてその力は確実に目覚めかけている。
誰かがそれを見ている。俺たち以外の誰かが。もっと遠くから。もっと組織的に。
「次はいつ動く」
絶花が聞いた。
「向こうの出方次第だ。監視が続く限り向こうも動かない。だがいつか動く」
「その前に」
「ああ。手を打つ」
家々の明かりが灯り始めた。夜の町。一週間前の戦いの傷がまだ残る町。
新しい戦いの匂いがした。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王