サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
放課後の校舎は静かだった。
生徒が減っている。一週間前の地震の影響でまだ戻っていない家が多い。廊下に響く足音は俺と絶花の二組分だけだ。
「太郎。ここから始める」
絶花が校門の脇に立った。さっきまほが監視装置を回収した場所だ。壁には何も残っていない。だが何かがあった痕跡は消えきっていない。
壁の表面に微かな粘着痕がある。装置を固定した跡だ。まほは丁寧に剥がしたが、素材の変質までは消せない。
「装置の角度は校門を向いてた。通過する生徒を記録する位置だ」
「他の二箇所と同じ構造だった。体育館裏と電柱。三箇所で三角形を作ってる」
絶花が地面のメモを取り出した。昨日書いた町の略図。三箇所の監視地点に丸がついている。
「三角形の中心は」
「校庭だ」
校庭を見た。広い。四周を建物と塀に囲まれた空間。生徒が集まる場所。だが三角形の中心が校庭全体というわけじゃない。
「絞れるか」
「絞れる。三箇所の視線が交わる一点がある」
絶花が略図に線を引いた。三つの丸からそれぞれ校庭の方角へ線を伸ばす。三本の線が交わる一点。
「昇降口前のベンチだ」
俺は昇降口を見た。確かにベンチがある。生徒が靴を履き替える場所。朝も帰りも必ず通る。モブが毎日必ず通過する位置だ。
「監視の主目的はモブの通過記録。三箇所で囲んで中心点で確認する。入念だ」
「プロの仕事だね」
絶花の声が硬い。
俺は昇降口前のベンチに近づいた。ベンチの脚。地面との接地面。何かあるかもしれない。
しゃがんで見た。
あった。
ベンチの脚の裏側。目立たない位置に細い傷がある。刃物で刻んだような跡だ。だただけじゃない。傷の中に微かな光の残滓がへばりついている。
「絶花。これ見ろ」
絶花が覗き込む。天聖に手を添えたまま。
「術式の痕跡です。もう消えかけてるけど、刻まれた跡は残ってる」
「監視装置と同じ術式か」
「系統は同じ。でもこれは記録じゃない。感知型。誰かがこの位置に来たことを知らせるための」
「つまりベンチに座った人間を監視してた」
「モブが毎日ここで靴を履き替えるのを確認してたんだ」
俺は立ち上がった。
敵はモブの行動パターンを把握している。登校時間。下校時間。通過経路。靴を履き替える位置。全部調べてある。
「いつから調べてたんだ」
「装置の設置は三日前。でもモブの行動パターンを把握するにはもっと前から見てたはずです」
「最低一週間。 observationだけで記録を始める前に」
「そうなると、一週間前の地震より前から」
俺は略図を見た。
一週間前。俺たちが魔術炉の事件を解決する前。ガイアの光が地脈へ流れ込む前。その前から敵はこの町に入っていた。
「地震の前からモブを監視してた。地震の後も続けてる。地震は関係ない。最初からモブが目的だ」
「じゃあ妖怪の失踪は」
「別件かもしれない。し同じ原因かもしれない。まだわからない」
俺たちは校門を出て通学路へ戻った。
* * *
通学路を歩きながら痕跡を探した。
人の往来で消える程度の足跡じゃない。敵は術式を使って痕跡を消す。だが消し忘れがあるはずだ。完璧な仕事なんてない。
「太郎。ここ」
絶花が通学路の脇、灌木の際を指差した。
枝が折れている。自然に折れたんじゃない。人間が通った跡だ。だが通学路の脇を通る必要がある人間はいない。灌木の際は敷地の境界だ。塀がある。塀と灌木の間は三十センチしかない。大人が通れる幅じゃない。
「俺が通れるか」
「太郎は細いから」
「余計なこと言うな」
俺は灌木の際に入った。枝が服に引っかかる。だが通れる。幅は十分だ。
灌木の奥に何かあった。
地面の土が掘り返されている。小さな穴。十センチほどの深さ。中は空だ。何かを埋めて後で掘り出した跡だ。
「ここにも装置があったのか」
「回収されたんですね。敵が気づかれたと思って回収した」
「まほが装置を回収したのと同じタイミングで、敵も自分のを回収した。俺たちが動いたのに反応した」
「逃げた」
「まだ逃げてないかもしれない。別の場所に移しただけかも」
俺は穴を見た。土が新しい。掘り返したのは今日だ。数時間以内。
「太郎。あっちも」
絶花が通学路の先を指差した。五十メートル先。電柱の根元。さっきまほが装置を回収した場所だ。
電柱の根元に人が立っていた跡がある。泥の付着。靴跡。だが靴跡が不自然だ。
「靴跡が一つしかない」
「一つ」
「立った跡がある。でも歩いた跡がない。ここに来てここから消えた」
「術式で移動した」
「転移か」
俺は靴跡を見た。サイズは中くらい。成人男性のものかもしれない。だが断定できない。術式で移動する人間の靴跡は信用できない。偽装できる。
「絶花。この靴跡から何か読めるか」
「天聖で斬れば残留反応が出る。でも痕跡が消える」
「消えていい。情報が欲しい」
絶花が天聖を抜いた。金色の粒子が浮かぶ。刀身を靴跡の上にかざす。触れない。空を切る程度の距離。
「——斬」
一太刀。空気だけを斬る。だが反応はあった。
天聖の刀身に微かな光がまとわりつく。黒い。いや黒紫だ。
「この色」
「見たことある」
一週間前の魔術炉。制御中枢。黒紫色の術式。
「魔術炉と同じ系統だ」
「同じ敵か」
「確証はない。でも色が同じ。系統が同じ」
絶花が天聖を納めた。刀身にまとわりついた黒紫色の光は消えた。だが情報は残った。
「太郎。魔術炉の時と同じ連中だとしたら」
「一週間前の事件が終わってない。続いてる」
俺は略図に書き足した。監視装置の三箇所。ベンチの感知術式。灌木の際の回収痕。電柱の転移跡。
「侵入経路を絞れるか」
「電柱の転移跡が起点だ。ここから校門、体育館裏、通学路の三箇所へ移動した。転移で来て転移で消えた」
「転移の出発点は」
「わからない。でも転移の距離に限界がある。遠すぎたら痕跡が残る。この町の中に拠点があるはずだ」
「拠点」
「敵が潛んでいる場所。装置を保管して、モブを監視して、妖怪を調査してる場所」
俺は町を見渡した。住宅街。商店街。裏山。空き地。
探す範囲が広い。だが絞れる。転移の有効範囲を前提にすれば。
「まほに転移の痕跡分析を頼めるか」
「連絡します」
絶花が端末を取り出した。
* * *
待ち合わせ場所は神社の境内だ。
夏目が来た。一人じゃない。足元に小さな影が二つ。妖怪だ。
「報告があります」
夏目が境内の石段に座った。妖怪たちが夏目の両脇に座る。
「聞いてくれ」
俺は頷いた。
「妖怪たちに聞きました。佐吉さんたちがいなくなった夜のこと。それと、その前後に見慣れない気配があったか」
「あったのか」
「ありました。三日前の夜。町の南側から入ってきた気配です」
「南側」
俺の盤面で町の南側を確認する。ゾグと戦った場所だ。
「南側から入ってきた。それから学校の方角へ向かった。妖怪たちはその気配を避けた。怖かったから」
「気配の特徴は」
「人間じゃない。でも妖怪でもない。どちらともつかないものだそうです」
「どちらともつかない」
「はい。妖怪たちは人間の気配に似てるけど違うと言ってます。魔力がある。でも使い方が違う。慣れてない感じだと」
「慣れてない」
「普段から魔力を使っていない人間が、急に使えるようになった。そんな感じだと」
俺は考えた。
慣れてない魔力。人間に似た気配。だが人間じゃない。黒紫色の術式。監視装置。転移。
「夏目。その気配、今も町にいると思うか」
「いると思います。妖怪たちがまだ怯えています。気配が消えてない」
「どこに」
「南側から入って学校の方角へ向かった。今も学校の周りにいる可能性が高いです」
俺は絶花と顔を見合わせた。
学校の周り。監視装置があった場所。転移の痕跡があった場所。全てが学校周辺に集中している。
「太郎さん」
夏目が俺を見た。
「一つお願いがあります」
「何だ」
「僕が知ってる妖怪たちはこの辺りのだけです。八坂様の領域の外側で暮らす妖怪たち。でもこの町にはもっと妖怪がいます。八坂様の領域の中にも。僕が話せない妖怪たちにも、協力を頼みたいです」
「八坂の妖怪たちにか」
「はい。あの気配について知っているかもしれない。僕では聞けない相手でも、太郎さんたちなら」
「八坂には俺から話す。まほも繋がってる」
「ありがとうございます」
夏目が頭を下げた。妖怪たちも一緒に頭を下げた。小さな影が二つ、揺れる。
「夏目。一つ確認だ。その気配が町に入ったの、三日前の夜だな」
「はい」
「三日前は監視装置が設置された日と同じだ」
「同じ…」
「監視装置を設置したのと、気配が町に入ったのが同日。同じ人物の可能性が高い」
「町の外から来て、装置を設置して、まだ町にいる」
「そういうことだ」
俺は略図に書き足した。南側からの侵入経路。気配の移動方向。学校周辺への集中。
「侵入経路は南側。拠点は学校周辺。目的はモブの監視。そして妖怪の失踪とも関わってる可能性」
「繋がってるんですね」
「繋がってる。まだ全部は見えないが、線はある」
絶花が端末をしまった。
「まほさんから返信来ました。転移の痕跡分析、今夜中に結果が出るそうです」
「よし。今日はここまでだ。明日、結果が出たら動く」
俺は境内を見渡した。
一週間前に戦った場所だ。石段は補修されている。灯籠は直っている。だて空気はまだ重い。
「夏目。お前の安全も気をつけろ。敵は妖怪にも興味がある。失踪した妖怪たちを攫ったのが敵だとしたら、お前も狙われる」
「わかっています。でも僕は大丈夫です。妖怪たちが教えてくれます。危ないときは」
足元の妖怪が頷いた。小さな頭が縦に動く。
「頼むぞ」
夏目が立ち上がった。妖怪たちを連れて石段を降りる。
「太郎さん。また明日」
「ああ」
夏目の背中が境内を出ていく。小さな影が二つ、その後ろをついていく。
俺と絶花は残った。
「太郎」
「何だ」
「夏目さん、信頼できる」
「ああ」
「でも敵のことがまだ何もわからない。正体も目的も。モブを兵器にするのか、魔力源にするのか。それとも別の何かか」
「わからない。だの一つだけ確実なことがある」
「何」
「敵はまだこの町にいる。そしてモブは何も知らない。俺たちが動く前に何か起きるなら、それが最初の手がかりだ」
絶花は黙った。天聖の柄を握っている。
「帰るぞ。明日も学校だ」
「はい」
石段を降りた。
通学路を歩く。夕日が沈んで空が紫になっている。
家々の明かりが灯り始めた。
通学路の角。さっきモブが曲がった角だ。
空き缶が転がっていた。
俺は見た。空き缶が微かに動いた。二センチ。音もしない。
モブはもういない。だしモブがいた場所の近くで物が動いた。
本人がいなくても物が動く。感情が強く残った場所に。力が周囲に滲んでいる。
(覚醒が近い)
俺は空き缶を見つめた。動かない。もう動かない。
だが確かに動いた。
絶花も見ていた。何も言わなかった。
俺たちはそのまま歩いた。
夜の町に、見えない足跡が残っていた。
次回の王は
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妖怪王
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幻想王