サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
夏目が案内してくれた場所は町外れの鎮守の森だった。
古い社がある。鳥居の朱色は剥げかけている。苔が石段を覆っている。人の手が入っていない。だが気配はある。
俺が感じる前から絶花が気づいていた。天聖の柄に手を添えて歩幅を狭めている。俺の斜め後ろ。護衛の位置だ。
「太郎。十体以上」
「わかってる」
森の中から見ている。木の陰から。草の茂みから。社の裏から。視線が俺たちに集まっている。
警戒している。俺たちを。
「夏目」
「はい。皆さん、少し待ってください。僕が話します」
夏目が前に出た。俺と絶花の前へ。自分が盾になる位置だ。
「皆さん。この方は太郎さんと絶花さんです。先週、この町の事件を解決した人たちです」
森が揺れた。風じゃない。妖怪たちがざわめいた。
「人間だ」
声がした。低い。木の陰から。
「人間が来た」
「夏目様、なぜ人間を」
「帰れ」
声が重なる。怖がっている。怒っている。両方だ。
夏目は動かない。声を荒げない。待っている。
ざわめきが収まった。三十秒ほどで。
「話を聞いてください。お願いします」
夏目の声が柔らかい。命令じゃない。頼みだ。
沈黙。
「…聞こう」
声がした。社の裏から。先ほどの低い声とは別の声だ。落ち着いている。
社の裏から一歩出た。
大きな影だ。俺の背丈より高い。熊みたいな体格だが熊じゃない。顔は人間に近い。だが目が違う。金色の瞳が暗闇で光っている。毛むくじゃらの腕。太い指。
「私はこの森のまとめ役だ。名は要らぬ。夏目が連れてきたなら話くらいは聞く」
夏目が振り返った。俺に目配せをする。話せという合図だ。
俺は一歩前に出た。
「唯我太郎です。こっちは宮本絶花」
「人間の名など要らぬ。用件を言え」
言葉は粗い。だが敵意はない。警戒しているだけだ。
「この町で起きていることについて話がある。あんたたちも巻き込れてる」
「巻き込まれておる。佐吉もお松も三郎もいなくなった。お前たちの事件のせいか」
「かもしれない。し違うかもしれない。それを確かめに来た」
「確かめるだと」
「ああ。俺たちは事件を解決した。だが全てが終わったわけじゃない。まだ町に異変が残ってる。あんたたちの仲間がいなくなったのもその一部だ」
大きな妖怪が俺を見下ろした。金色の瞳が俺を射抜いている。
「お前たちは八坂の手下か」
「違う。八坂とは協力関係にあるが部下じゃない」
「八坂と組んでおるなら八坂の手下と同じだ」
「そういうあんたたちも八坂の領域の外側で暮らしてるんだろ。独立してるなら話くらい聞けるはずだ」
大きな妖怪が鼻を鳴らした。
「口が達者な人間だ」
「達者じゃない。ただ事実を話してるだけだ」
「…続けろ」
俺は略図を取り出した。地面に広げる。
「学校の周りに監視装置が仕掛けられてた。三日前に。町の外から来た誰かが設置した」
「町の外」
「ああ。町の南側から侵入した気配がある。あんたたちも感じてるはずだ」
大きな妖怪の目が変わった。
「感じておる。三日前の夜。南から入った気配。人間に似ているが違う」
「その気配が学校の周りで装置を仕掛けた。監視対象は中学二年の生徒だ。影山茂夫。モブと呼ばれてる」
「あの子供か」
「知ってるのか」
「学校の近くにおる。よく見かける。目立たない子供だ。何も問題はない子だ」
「その子が監視されてる。理由はまだわからない。だが敵はその子の潛在能力を利用しようとしてる」
「利用」
「兵器か魔力源か。具体的な目的は不明だ。だが監視してる事実は確実だ」
大きな妖怪が腕を組んだ。毛むくじゃらの腕が重なる。
「それでお前たちは何をしようとしておる」
「モブを守る。監視を続けてる敵の正体を突き止める。あんたたちの仲間の失踪も調べる」
「守ると言うが、お前たちの仲間でもない子供をなぜ」
「理由が必要か」
「必要だ。人間が人間のために動くには理由があるはずだ」
俺は少し考えた。
「放っておけば面倒になる。それだけだ」
「面倒」
「ああ。敵がモブの力を利用すればこの町がどうなるか。あんたたちの暮らしもどうなるか。全部面倒になる。だから止める」
大きな妖怪は俺の顔をじっと見た。五秒。十秒。
「嘘をついておらんな」
「嘘じゃない」
「嘘をついてはおらん。だが全部を言っておらん。面倒になるから守る。それはお前のやり方じゃない」
「何で俺のやり方がわかるんだ」
「目が笑っておらん。本当に面倒だと思っている人間はもっと面倒くさそうな顔をする。お前は面倒だと言いながら真剣だ」
俺は黙った。
「夏目」
大きな妖怪が夏目を見た。
「こいつらを信じられるか」
夏目は迷わなかった。
「はい。太郎さんたちは妖怪を傷つけません。先週も妖怪たちを助けました。僕が保証します」
「お前の保証は重い。だがお前一人の保証では足らぬかもしれん」
「でしたら皆さんに聞いてください。太郎さんたちと関わって危なかったことがあるかどうか」
森が静かになった。
数秒して小さな声がした。
「ない」
「助けてもらった」
「怖くない」
声が木の陰から草の茂みから社の裏から。それぞれが短く言った。
大きな妖怪は頷いた。
「わかった。夏目の保証と皆の言葉で信じる。ただし」
「ただし」
「我々はお前たちの仲間にはならん。八坂の領域にもお前たちの王国にも入らん。ここは我々の土地だ。我々のやり方で守る」
「求めてない。王国に入れとは言わない。ただ情報を共有してくれ。敵の動きを知りたい。あんたたちが見たものを教えてくれれば十分だ」
「情報共有か。それはできる」
大きな妖怪が手を伸ばした。太い指で地面の略図を指差した。
「南から入った気配。三日前の夜。我々はそれを追った。町の境界まで。境界で気配が止まった。そして学校の方角へ向かった」
「町の境界で止まった」
「一度戻ったのだ。何かを確認するように。それから学校の方角へ」
「境界に何かあったのか」
「跡があった。人間が立った跡。ただし」
「ただし」
「跡が二種類あった。片方は消えた。片方は残った。残った方は今もある」
「今もある」
「行けばわかる。町の境界。南側の道の脇」
俺は略図に書き足した。町の南側。境界の位置。
「もう一つ」
大きな妖怪が続けた。
「昨夜、気配が動いた。学校の方角から南へ。境界の方角へ。戻ったのかもしれん」
「戻った。つまり拠点が南側にある可能性がある」
「我々はそこまで追わん。境界より外は我々の土地ではない」
「わかった。そこから先は俺たちが調べる」
大きな妖怪が頷いた。
「夏目。お前が窓口になれ。我々が見たものをこいつらに伝えろ」
「はい」
「それと一つ」
大きな妖怪が俺を見た。
「あの子供。影山茂夫。あの子には何も言うな」
「言わない。俺たちもそう判断してる」
「そうか。ならよい」
大きな妖怪は社の裏へ戻っていった。背中が闇に消える。
森の中から視線が消えた。妖怪たちがそれぞれの場所へ戻っていく。ざわめきが遠ざかる。
「太郎さん」
夏目が言った。
「ありがとうございます。皆さんに無理をさせなかったこと」
「当然だ。俺たちの都合であんたたちを巻き込むつもりはない」
夏目は頷いた。安心した顔だ。
* * *
鎮守の森を出て町の南側へ向かった。
日が完全に沈んでいた。星が見える。街灯がまばらだ。この辺りは住宅地の端だ。人通りがない。
「太郎。境界の位置はここか」
絶花が略図を確認しながら歩く。
「ああ。この道の脇だ」
道の脇に草が生えている。田んぼとの境目。土の盛り土。
「あった」
絶花がしゃがんだ。草の陰に足跡がある。二種類。
一つは浅い。踵が沈んでいない。軽い足跡だ。だがもう一つは深い。しっかりと地面を踏んだ跡。
「二種類。大きな妖怪が言った通りだ」
「浅い方は消えかけてる。深い方は残ってる」
「深い方を見てくれ」
俺はしゃがんだ。絶花が天聖を取り出す。
「斬るか」
「いや。まず観察する」
足跡の形。サイズ。成人男性。靴の紋様が残っている。だが一つだけおかしい。
「絶花。この足跡、左右で深さが違う」
「左が深い。右が浅い」
「右足を引きずってるわけじゃない。左足で踏み出して右足を引き寄せてる。立ち止まった跡だ」
「立って何かを見てた」
「南から町を見てた」
俺は立ち上がった。足跡の方角を見る。
南から北へ。町の方角だ。
「ここに立って町を見てた。それから学校の方角へ向かった。三日前の夜に」
「もう一つの浅い足跡は」
「別の日だ。浅い。急いでた。戻ってきた時の跡かもしれない」
「昨夜戻ったという証言と一致する」
俺は略図に書き足した。境界の足跡。二種類。侵入方向と退避方向。
「太郎。これ」
絶花が足跡の近くの草を指差した。
草が折れている。だが自然に折れたんじゃない。何かが置かれて後で回収された跡だ。灌木の際の穴と同じ。
「ここにも装置があった」
「回収された。敵が気づかれたと思って回収したのか、それとも定期的に回収してるのか」
「定期的だと思う」
「なぜ」
「足跡が二種類ある。来て戻って来て戻った。往復してる。装置を設置して回収してまた設置してる」
「巡回監視か」
「そう。敵は一箇所に留まってない。町の中と外を往復してる。拠点は境界の外側」
「南側の外か。探す範囲が絞れた」
「あとまほの転移痕跡分析と合わせれば」
俺は空を見上げた。
星が多い。月がない。暗い夜だ。
「太郎」
「何だ」
「夏目さん、大丈夫かな」
「あいつなら大丈夫だ。妖怪たちがついてる」
「そうだね」
絶花が天聖を腰に戻した。
俺たちは歩き出した。境界から町の方角へ。
背後に森の気配が残っている。妖怪たちの気配。
独立した集団。八坂の領域の外側。夏目を窓口にした情報共有。
俺の王国には入らない。だが敵に対しては同じ方向を向いている。
それでいい。全部を味方にする必要はない。同じ方向を向いていれば。
「明日、まほの分析結果が出たら南側を探す」
「はい」
「モブの周辺の監視は夏目に頼んでる。今日の会談で妖怪たちも協力する」
「動いた方がいいね」
「まだだ。敵が動くのを待つ。こちらから動けば敵も警戒する」
「待つのか」
「待つのが一番面倒なんだよ」
絶花が少しだけ笑った。
「それ、本当に面倒だと思ってる顔だね」
「うるさい」
通学路を歩いた。家々の明かりが灯っている。
どこかで空き缶が転がる音がした気がした。だが振り返らなかった。
明日、南側を探す。
敵の拠点が見つかるかもしれない。
見つからないかもしれない。
だが必ず見つける。
それが俺のやり方だ。面倒だと言いながら、結局最後までやる。
それを大きな妖怪には見抜かれた。悔しいが否定できない。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王