サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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目覚める念能力 Part6

放課後の教室は、五人の生徒と俺と絶花だけが残っていた。

 

部活に行かなかった生徒たちがそれぞれの机で宿題をしている。俺と絶花は教室の後ろで待っていた。モブを監視するためじゃない。周囲の安全を確保するためだ。

 

モブは窓際の席に座っている。黒いおかっぱ頭が机に向いている。教科書を開いている。勉強している。

 

何も起きていない。

 

何も起きていないが、俺は見ていた。

 

モブの机の上にある筆箱。鉛筆が三本入っている。そのうち一本が揺れた。

 

微かだ。一ミリか二ミリ。振動みたいな揺れ。だが風じゃない。教室の窓は閉まっている。扇風機も回っていない。

 

モブは気づいていない。鉛筆が揺れたことに。教科書の文字を追っている。

 

(始まったか)

 

俺は絶花に目で合図を送った。絶花が頷く。天聖の柄に手を添えている。

 

二分後。

 

今度はモブの机そのものが鳴った。キリという微かな音。木と木が擦れる音。だが机は動いていない。音だけだ。

 

モブが顔を上げた。周囲を見た。誰かが机を揺らしたのか確認している。だが誰も触れていない。

 

モブは視線を教科書に戻した。だが戻す前に一瞬だけ自分の手を見た。自分の手を疑ったのだ。

 

(気づきかけてる)

 

俺は椅子に深く座った。目立たないように。ただの放課後の生徒のように。

 

*  *  *

 

十分後。

 

別の異変が起きた。

 

モブの隣の席の生徒が立ち上がった。荷物をまとめて帰るのだろう。椅子を引いた時に、モブの机の上の消しゴムが転がった。

 

普通なら消しゴムが転がるだけだ。だが消しゴムは転がらなかった。

 

跳ねた。

 

五センチほど。空中に。机の上で。ボーンと弾んだみたいに。

 

隣の生徒が振り返った。

 

「今の」

 

「あ、ごめん。僕じゃないよ」

 

モブが首を振った。隣の生徒は不思議そうな顔をして教室を出ていった。

 

モブは消しゴムを拾い上げた。手で握った。握りしめた。

 

指が白い。

 

(怖がってる)

 

自分の周囲で起きている現象を怖がっている。まだ自分の力だとは認めていない。でも何かがおかしいと感じている。

 

モブは消しゴムを机に戻した。教科書に目を戻した。だが文字を追っていない。視線が泳いでいる。

 

俺は見ていた。

 

三分。

 

モブの手が震え始めた。

 

勉強しているふりをしている。だが手が震えている。鉛筆を握る指が微かに揺れている。

 

その時、窓が鳴った。

 

ガタ。

 

窓枠が震える音。風じゃない。外は穏やかだ。窓枠が内側から押されたみたいに鳴った。

 

モブが窓を見た。

 

今度は教科書に目を戻さなかった。窓を見ている。窓の向こうに何かを見ているわけじゃない。窓そのものを見ている。窓が鳴ったことを考えている。

 

(本人が気づき始めてる)

 

俺は絶花に念話を送った。

 

『絶花。モブの感情が揺れてる。窓が鳴った』

 

『見てた。段階が上がってる』

 

『ああ。小物から家具サイズに変わった』

 

『このまま強まったら』

 

『教室の生徒を避難させる。タイミングを計れ』

 

『了解』

 

絶花が動いた。目立たないように。教室の残りの生徒に近づいて、小声で話し始めた。

 

「そろそろ部活始まる時間じゃない?」

 

「あ、そうだ。行かなきゃ」

 

生徒たちが荷物をまとめ始めた。絶花の誘導だ。自然に見える。無理に追い出しているわけじゃない。

 

三分で生徒たちが出ていった。教室に残ったのはモブと俺と絶花。

 

モブはまだ窓を見ている。俺と絶花が残っていることに気づいていない。

 

「影山」

 

俺が声をかけた。モブが振り返った。びくりとした。自分以外に人が残っていたことに驚いている。

 

「あ、すみません。まだいました」

 

「いいよ。帰るのか」

 

「あ、はい。もう帰ります」

 

モブが立ち上がった。

 

立ち上がった瞬間、机が揺れた。ガタガタと音がする。揺れが止まらない。

 

モブが机を見た。

 

机は揺れている。だが床は揺れていない。地震じゃない。モブの机だけが揺れている。

 

「何で」

 

モブの声が震えた。

 

「僕、何もしてないのに」

 

俺は立ち上がった。ゆっくりと。脅さないように。

 

「影山。落ち着け」

 

「でも、机が」

 

「わかってる。深呼吸しろ」

 

「は、はい」

 

モブが息を吸った。吸って吐いた。机の揺れが少しだけ収まった。まだ揺れているが音は小さくなった。

 

「いいか。何も怖いことはない。俺とこいつでいるから」

 

絶花がモブの横に来た。自然に。机の揺れを気にせず。

 

「影山くん。大丈夫だよ」

 

絶花の声が柔らかい。天聖には触れていない。剣士の顔じゃなくて友達の顔だ。

 

モブが絶花を見た。桃色の瞳。鋭い目つき。だが絶花は笑っていた。無理に笑っているわけじゃない。自然に。

 

「大丈夫だから。深呼吸して」

 

モブが頷いた。もう一度深呼吸した。

 

机の揺れが止まった。

 

完全に止まった。

 

モブが自分の手を見た。両手を広げている。手のひらを見ている。

 

「僕が」

 

言いかけて止めた。認めたくない。自分の力が関係していることを認めたくない。

 

「風かな。窓が開いてたのかも」

 

言い訳だ。窓は閉まっている。俺と絶花は知っている。だしモブも本当は知っている。でも認めたくない。

 

「そうかもな」

 

俺は合わせた。無理に認めさせる必要がない。今は。

 

「帰るぞ。送っていく」

 

「え、いいです」

 

「いいから。暗くなる」

 

モブは迷った。だし拒否しなかった。俺と絶花について来た。

 

*  *  *

 

通学路を歩いた。

 

三人で並んで歩く。モブは真ん中。俺が左。絶花が右。

 

モブは黙っている。何か考えている。自分の手を見たり空を見たりしている。

 

俺は周囲を警戒していた。

 

通学路の角。電柱の根元。灌木の際。一週間前の痕跡があった場所。

 

念話を飛ばす。

 

『夏目。状況は』

 

夏目の声が念話に届く。少し息が上がっている。

 

『太郎さん。妖怪たちが騒いでます』

 

『騒いでる』

 

『はい。監視の気配が強くなったと。今までより近い』

 

『近い』

 

『学校の周りにいた気配が動いてます。通学路の方角へ』

 

俺は通学路を見た。

 

人通りがない。生徒たちはもう帰った。商店は閉まっている。

 

だの気配はある。

 

俺の盤面には載らない気配。だが感じる。背中の後ろ。五十メートルほど離れた位置。

 

(ついてきてる)

 

俺は振り返らなかった。振り返れば敵に気づかれる。

 

『絶花。後ろ五十メートル。ついてきてる』

 

『わかってる。右の路地に入れば確認できる』

 

『入るな。まだだ』

 

『了解』

 

モブは気づいていない。俺たちの念話にも。後ろの気配にも。自分の中の出来事で精一杯だ。

 

歩き続けた。

 

角を曲がった。

 

その時だった。

 

モブの足元で空き缶が跳ねた。

 

さっきまでの小さな動きじゃない。三十センチほど跳ねた。音がした。カランと。

 

モブが止まった。

 

空き缶を見ている。

 

空き缶は地面に落ちて転がった。モブの方角へ。モブの足元へ戻ってきた。

 

「何で」

 

モブの声が震えた。

 

「僕のところに来た。何で」

 

「影山」

 

「僕がやったんですか。僕が」

 

「落ち着け」

 

「でも違いますよね。空き缶が勝手に動くわけないですよね。風ですよね。風のせいですよね」

 

モブが俺を見た。答えを求めている。風のせいだと言ってほしい。偶然だと言ってほしい。

 

俺は言えなかった。嘘をつくのは得意じゃない。

 

「風じゃないかもしれない。だがお前がやったわけじゃないかもしれない。今はわからない」

 

「わからない」

 

「ああ。だから落ち着け。わかるまで待て」

 

モブが頷いた。だが目が泳いでいる。不安が消えていない。

 

(自分の力が周囲を傷つけるかもしれない。それが怖い)

 

俺はモブの肩を掴んだ。軽く。

 

「大丈夫だ。俺たちがいる」

 

「唯我さん」

 

「何も起きない。俺たちがいる限り」

 

モブの手が握りしめられた。だの震えは止まった。少しだけ。

 

「帰ろう」

 

「はい」

 

三人で歩き出した。

 

*  *  *

 

モブの家の前で別れた。

 

「ありがとう。唯我さん。宮本さん」

 

「ああ。また明日」

 

「また明日学校で」

 

絶花が手を振った。モブは軽く頭を下げて家に入った。ドアが閉まった。

 

俺は家の前で立ち止まった。

 

「太郎」

 

「何だ」

 

「後ろの気配」

 

「消えた。角を曲がってから消えた」

 

「見失った」

 

「いや。見失ったんじゃない。消えた。敵が自分から消えた」

 

「なぜ」

 

「観測終了だ。十分なデータを取った」

 

俺は通学路を見た。

 

角の方角。敵がいた位置。

 

「敵はモブの能力反応を記録してた。空き缶が跳ねた時の反応を。机が揺れた時の反応を。全部」

 

「記録してどうする」

 

「確保に使う。データが揃ったら動く」

 

「つまり」

 

「もう監視だけじゃない。確保に来る」

 

絶花の顔が硬くなった。

 

「いつ」

 

「わからない。だの近い。今日の反応が予想以上だったなら早まる」

 

俺はモブの家を見た。窓の明かりがついた。モブの部屋だろう。

 

「夏目」

 

念話を飛ばす。

 

『太郎さん』

 

『監視の気配消えた。敵は観測を終えた。次は確保に来る可能性がある』

 

『…わかりました。妖怪たちに警戒を続けさせます』

 

『頼む。モブの家の周りに妖怪を配置できるか』

 

『やってみます。ただし無理はさせません』

 

『わかってる。無理させるな。あくまで見てるだけだ』

 

『はい』

 

念話を切った。

 

俺は絶花を見た。

 

「今日から交替でモブの家の前を見張る」

 

「私が最初」

 

「いや俺が最初だ。お前は帰って休め」

 

「太郎こそ」

 

「俺は夜の方が得意だ」

 

絶花は反論しかけて止めた。俺の目を見て何かを読んだのだろう。

 

「わかった。明日の朝替わる」

 

「ああ」

 

絶花が歩き出した。通学路を。家の方角へ。

 

俺は残った。

 

モブの家の前。街灯の下。夜が深くなる。

 

窓の明かりが消えた。モブが寝たのか。

 

俺は街灯に寄りかかった。

 

夜の町。静かだ。虫の音が聞こえる。

 

だの静けさは表面だけだ。その下に何かが動いている。

 

敵は動きを変えた。監視から確保へ。

 

次はいつ来る。

 

俺は盤面を展開した。黒と金の升目。光点が四つ。絶花。まほ。あんな。ソラ。スレッタ。

 

モブの点はない。まだ家臣じゃないから。

 

(守らなきゃならん)

 

理由は面倒だからだ。そう言い聞かせた。大きな妖怪には見抜かれた。だと自分には嘘をつける。

 

空き缶がもう一度だけ跳ねた。

 

モブの家の前。窓の下。音もしないほど小さく。

 

本人は寝ているのに。

 

力が夢の中で漏れている。

 

(覚醒が近い)

 

俺は空き缶を見つめた。

 

夜が長くなりそうだった。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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