サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
放課後の教室は、五人の生徒と俺と絶花だけが残っていた。
部活に行かなかった生徒たちがそれぞれの机で宿題をしている。俺と絶花は教室の後ろで待っていた。モブを監視するためじゃない。周囲の安全を確保するためだ。
モブは窓際の席に座っている。黒いおかっぱ頭が机に向いている。教科書を開いている。勉強している。
何も起きていない。
何も起きていないが、俺は見ていた。
モブの机の上にある筆箱。鉛筆が三本入っている。そのうち一本が揺れた。
微かだ。一ミリか二ミリ。振動みたいな揺れ。だが風じゃない。教室の窓は閉まっている。扇風機も回っていない。
モブは気づいていない。鉛筆が揺れたことに。教科書の文字を追っている。
(始まったか)
俺は絶花に目で合図を送った。絶花が頷く。天聖の柄に手を添えている。
二分後。
今度はモブの机そのものが鳴った。キリという微かな音。木と木が擦れる音。だが机は動いていない。音だけだ。
モブが顔を上げた。周囲を見た。誰かが机を揺らしたのか確認している。だが誰も触れていない。
モブは視線を教科書に戻した。だが戻す前に一瞬だけ自分の手を見た。自分の手を疑ったのだ。
(気づきかけてる)
俺は椅子に深く座った。目立たないように。ただの放課後の生徒のように。
* * *
十分後。
別の異変が起きた。
モブの隣の席の生徒が立ち上がった。荷物をまとめて帰るのだろう。椅子を引いた時に、モブの机の上の消しゴムが転がった。
普通なら消しゴムが転がるだけだ。だが消しゴムは転がらなかった。
跳ねた。
五センチほど。空中に。机の上で。ボーンと弾んだみたいに。
隣の生徒が振り返った。
「今の」
「あ、ごめん。僕じゃないよ」
モブが首を振った。隣の生徒は不思議そうな顔をして教室を出ていった。
モブは消しゴムを拾い上げた。手で握った。握りしめた。
指が白い。
(怖がってる)
自分の周囲で起きている現象を怖がっている。まだ自分の力だとは認めていない。でも何かがおかしいと感じている。
モブは消しゴムを机に戻した。教科書に目を戻した。だが文字を追っていない。視線が泳いでいる。
俺は見ていた。
三分。
モブの手が震え始めた。
勉強しているふりをしている。だが手が震えている。鉛筆を握る指が微かに揺れている。
その時、窓が鳴った。
ガタ。
窓枠が震える音。風じゃない。外は穏やかだ。窓枠が内側から押されたみたいに鳴った。
モブが窓を見た。
今度は教科書に目を戻さなかった。窓を見ている。窓の向こうに何かを見ているわけじゃない。窓そのものを見ている。窓が鳴ったことを考えている。
(本人が気づき始めてる)
俺は絶花に念話を送った。
『絶花。モブの感情が揺れてる。窓が鳴った』
『見てた。段階が上がってる』
『ああ。小物から家具サイズに変わった』
『このまま強まったら』
『教室の生徒を避難させる。タイミングを計れ』
『了解』
絶花が動いた。目立たないように。教室の残りの生徒に近づいて、小声で話し始めた。
「そろそろ部活始まる時間じゃない?」
「あ、そうだ。行かなきゃ」
生徒たちが荷物をまとめ始めた。絶花の誘導だ。自然に見える。無理に追い出しているわけじゃない。
三分で生徒たちが出ていった。教室に残ったのはモブと俺と絶花。
モブはまだ窓を見ている。俺と絶花が残っていることに気づいていない。
「影山」
俺が声をかけた。モブが振り返った。びくりとした。自分以外に人が残っていたことに驚いている。
「あ、すみません。まだいました」
「いいよ。帰るのか」
「あ、はい。もう帰ります」
モブが立ち上がった。
立ち上がった瞬間、机が揺れた。ガタガタと音がする。揺れが止まらない。
モブが机を見た。
机は揺れている。だが床は揺れていない。地震じゃない。モブの机だけが揺れている。
「何で」
モブの声が震えた。
「僕、何もしてないのに」
俺は立ち上がった。ゆっくりと。脅さないように。
「影山。落ち着け」
「でも、机が」
「わかってる。深呼吸しろ」
「は、はい」
モブが息を吸った。吸って吐いた。机の揺れが少しだけ収まった。まだ揺れているが音は小さくなった。
「いいか。何も怖いことはない。俺とこいつでいるから」
絶花がモブの横に来た。自然に。机の揺れを気にせず。
「影山くん。大丈夫だよ」
絶花の声が柔らかい。天聖には触れていない。剣士の顔じゃなくて友達の顔だ。
モブが絶花を見た。桃色の瞳。鋭い目つき。だが絶花は笑っていた。無理に笑っているわけじゃない。自然に。
「大丈夫だから。深呼吸して」
モブが頷いた。もう一度深呼吸した。
机の揺れが止まった。
完全に止まった。
モブが自分の手を見た。両手を広げている。手のひらを見ている。
「僕が」
言いかけて止めた。認めたくない。自分の力が関係していることを認めたくない。
「風かな。窓が開いてたのかも」
言い訳だ。窓は閉まっている。俺と絶花は知っている。だしモブも本当は知っている。でも認めたくない。
「そうかもな」
俺は合わせた。無理に認めさせる必要がない。今は。
「帰るぞ。送っていく」
「え、いいです」
「いいから。暗くなる」
モブは迷った。だし拒否しなかった。俺と絶花について来た。
* * *
通学路を歩いた。
三人で並んで歩く。モブは真ん中。俺が左。絶花が右。
モブは黙っている。何か考えている。自分の手を見たり空を見たりしている。
俺は周囲を警戒していた。
通学路の角。電柱の根元。灌木の際。一週間前の痕跡があった場所。
念話を飛ばす。
『夏目。状況は』
夏目の声が念話に届く。少し息が上がっている。
『太郎さん。妖怪たちが騒いでます』
『騒いでる』
『はい。監視の気配が強くなったと。今までより近い』
『近い』
『学校の周りにいた気配が動いてます。通学路の方角へ』
俺は通学路を見た。
人通りがない。生徒たちはもう帰った。商店は閉まっている。
だの気配はある。
俺の盤面には載らない気配。だが感じる。背中の後ろ。五十メートルほど離れた位置。
(ついてきてる)
俺は振り返らなかった。振り返れば敵に気づかれる。
『絶花。後ろ五十メートル。ついてきてる』
『わかってる。右の路地に入れば確認できる』
『入るな。まだだ』
『了解』
モブは気づいていない。俺たちの念話にも。後ろの気配にも。自分の中の出来事で精一杯だ。
歩き続けた。
角を曲がった。
その時だった。
モブの足元で空き缶が跳ねた。
さっきまでの小さな動きじゃない。三十センチほど跳ねた。音がした。カランと。
モブが止まった。
空き缶を見ている。
空き缶は地面に落ちて転がった。モブの方角へ。モブの足元へ戻ってきた。
「何で」
モブの声が震えた。
「僕のところに来た。何で」
「影山」
「僕がやったんですか。僕が」
「落ち着け」
「でも違いますよね。空き缶が勝手に動くわけないですよね。風ですよね。風のせいですよね」
モブが俺を見た。答えを求めている。風のせいだと言ってほしい。偶然だと言ってほしい。
俺は言えなかった。嘘をつくのは得意じゃない。
「風じゃないかもしれない。だがお前がやったわけじゃないかもしれない。今はわからない」
「わからない」
「ああ。だから落ち着け。わかるまで待て」
モブが頷いた。だが目が泳いでいる。不安が消えていない。
(自分の力が周囲を傷つけるかもしれない。それが怖い)
俺はモブの肩を掴んだ。軽く。
「大丈夫だ。俺たちがいる」
「唯我さん」
「何も起きない。俺たちがいる限り」
モブの手が握りしめられた。だの震えは止まった。少しだけ。
「帰ろう」
「はい」
三人で歩き出した。
* * *
モブの家の前で別れた。
「ありがとう。唯我さん。宮本さん」
「ああ。また明日」
「また明日学校で」
絶花が手を振った。モブは軽く頭を下げて家に入った。ドアが閉まった。
俺は家の前で立ち止まった。
「太郎」
「何だ」
「後ろの気配」
「消えた。角を曲がってから消えた」
「見失った」
「いや。見失ったんじゃない。消えた。敵が自分から消えた」
「なぜ」
「観測終了だ。十分なデータを取った」
俺は通学路を見た。
角の方角。敵がいた位置。
「敵はモブの能力反応を記録してた。空き缶が跳ねた時の反応を。机が揺れた時の反応を。全部」
「記録してどうする」
「確保に使う。データが揃ったら動く」
「つまり」
「もう監視だけじゃない。確保に来る」
絶花の顔が硬くなった。
「いつ」
「わからない。だの近い。今日の反応が予想以上だったなら早まる」
俺はモブの家を見た。窓の明かりがついた。モブの部屋だろう。
「夏目」
念話を飛ばす。
『太郎さん』
『監視の気配消えた。敵は観測を終えた。次は確保に来る可能性がある』
『…わかりました。妖怪たちに警戒を続けさせます』
『頼む。モブの家の周りに妖怪を配置できるか』
『やってみます。ただし無理はさせません』
『わかってる。無理させるな。あくまで見てるだけだ』
『はい』
念話を切った。
俺は絶花を見た。
「今日から交替でモブの家の前を見張る」
「私が最初」
「いや俺が最初だ。お前は帰って休め」
「太郎こそ」
「俺は夜の方が得意だ」
絶花は反論しかけて止めた。俺の目を見て何かを読んだのだろう。
「わかった。明日の朝替わる」
「ああ」
絶花が歩き出した。通学路を。家の方角へ。
俺は残った。
モブの家の前。街灯の下。夜が深くなる。
窓の明かりが消えた。モブが寝たのか。
俺は街灯に寄りかかった。
夜の町。静かだ。虫の音が聞こえる。
だの静けさは表面だけだ。その下に何かが動いている。
敵は動きを変えた。監視から確保へ。
次はいつ来る。
俺は盤面を展開した。黒と金の升目。光点が四つ。絶花。まほ。あんな。ソラ。スレッタ。
モブの点はない。まだ家臣じゃないから。
(守らなきゃならん)
理由は面倒だからだ。そう言い聞かせた。大きな妖怪には見抜かれた。だと自分には嘘をつける。
空き缶がもう一度だけ跳ねた。
モブの家の前。窓の下。音もしないほど小さく。
本人は寝ているのに。
力が夢の中で漏れている。
(覚醒が近い)
俺は空き缶を見つめた。
夜が長くなりそうだった。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王