サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
廊下の蛍光灯が一本残らず割れていた。
ガラスの破片が床に散っている。靴の裏でジャリと鳴る。天井からは配線が垂れ下がっている。火花が散っている箇所が二カ所。モブの力がここまで届いていた。
俺は廊下の中央に立っていた。ゼロスラッガーを両手に構える。正面に三人。黒いスーツ。無表情。手から黒紫色の光。
絶花はモブを連れて搬入口の方角へ走った。あと三十メートルで外に出られる。
三人の男が動いた。
一斉に。左右に展開して俺を囲む構え。練されている。素人の動きじゃない。
手前の男が先に来た。黒紫色の光弾。三連射。俺は右へ滑って避ける。一発目が壁を砕く。二発目が天井を削る。三発目をゼロスラッガーで斬る。光が弾けた。
「被験者を返せ」
「断った」
左から二番目の男が突っ込んできた。近接だ。手に黒紫色の光を纏っている。格闘術式か。俺は右腕で受ける。ゼロの力と黒紫色の光がぶつかる。衝撃が腕から肩へ走る。重い。だの弾けない。
「太郎さん!搬入口まであと十五メートル!」
絶花の念話。
「敵は」
『前にも一人。搬入口の前に立ってます』
「何」
『でも夏目さんが』
念話が途切れた。搬入口の方から音がした。打撃音。悲鳴。夏目の声じゃない。男の声だ。
『夏目さんが妖怪たちと止めてます。搬入口は開いてます』
「よし。そのまま出ろ」
『太郎は』
「俺はあとから行く。先に行け」
廊下で三人を相手にしながら絶花の撤退を待つ。時間が欲しい。三十秒でいい。
三番目の男が回り込んできた。俺の背後へ。三人の包囲が完成する。
(囲ませるか)
俺は前に飛んだ。手前の男へ突っ込む。ゼロスラッガーを横薙ぎに振る。男が後ろへ跳ぶ。だの距離が詰まった。俺の拳が男の胸を打つ。ゼロの力で強化した一撃。男が壁へ弾かれる。コンクリートが凹む。
包囲が崩れた。正面が空いた。
俺は廊下の奥へ走った。敵を引き離す。モブとは逆方向だ。
「追え」
男の声。三人の足音が続く。
いい。こっちへ来い。モブから離れればそれでいい。
廊下を三十メートル走った。突き当たり。左へ曲がる。そこは観測区画だった。モブが拘束されていた部屋の隣だ。
部屋に入った。
壊れていた。
モブの力で破損した箇所がそのまま残っている。壁の亀裂。天井の穴。床に散乱したガラスとコンクリート片。観測装置が床に転がっている。さっき浮いて落ちたやつだ。
だの部屋の中にまだ何かあった。
観測装置とは別の機器。壁際に置かれたラック。上に小型の端末が三台並んでいる。画面がついている。赤い光が点滅している。
「これは」
俺は端末に近づいた。画面を見る。
数値が並んでいる。モブの能力反応の記録だ。波長パターン。出力値。変動幅。時系列データ。
「観測データ」
敵はモブだけでなくデータも回収しようとしている。
画面をスクロールする。数値の下に別の表示があった。図面だ。施設の設計図。だの設計図の中に一箇所、見慣れない紋様が描かれていた。
黒紫色じゃない。もっと深い色。黒と紫が混ざったような。だが質が違う。魔術炉の術式とも監視装置の術式とも違う。
(異質だ)
俺は端末の画面を撮った。携帯で。三台分。データを残す。
足音が近づいてくる。三人の男だ。
俺は端末を確認した。一台目には観測データ。二台目には設計図。三台目には——
文字が並んでいた。日本語じゃない。英語でもない。見たことのない文字体系。だのその文字の横に翻訳のような日本語が添えられている。
「接続経路 異界 座標固定 被験体搬送後 座標開放」
異界。
異界の座標。被験体。モブのことだ。モブを異界へ搬送する計画。
(こいつら、モブをこの世界から連れ出すつもりだった)
背筋が冷たくなった。町の外じゃない。世界の外だ。
足音がドアの前で止まった。
俺は端末の電源を落とした。だのデータは消せない。時間がない。持ち出すしかない。端末を三台とも懐へねじ込む。ジャケットが膨れる。だの構わない。
ドアが開いた。
三人の男が入ってくる。
「データを持ち出したな」
手前の男の目が俺の膨らんだジャケットを見た。
「返せと」
「返すかよ」
俺はゼロスラッガーを構えた。狭い部屋だ。三対一では不利だ。だの出入り口は一つ。俺が塞いでいる。
「渡せば危害は加えない」
「今さら何を言ってる。拉致した時点で危害は加えてるだろ」
男が動いた。黒紫色の光弾。狭い部屋で避ける余地がない。
俺は前に出た。避けるより突っ込む方が速い。ゼロスラッガーで光弾を斬り払う。一発。二発。三発目が左腕を掠める。熱い。皮膚が焼ける感覚。だの止まらない。
男の胸にゼロスラッガーを叩き込む。直撃。男が吹き飛ぶ。後ろの二人にぶつかる。三人が重なる。
「太郎!搬入口から出ました!モブは外にいます!」
絶花の念話。
「夏目さんと妖怪たちが周りを守ってます。太郎も早く」
「了解。今出る」
俺はドアへ走った。三人の男が起き上がる前に部屋を出る。廊下を逆走する。観測区画から搬入口へ。百メートル。
背後から足音が追ってくる。だの速い。
廊下の途中で光弾が飛んできた。背中を掠める。ジャケットが裂ける。端末が落ちそうになる。懐を押さえて走る。
搬入口が見えた。開いている。夜の空気が流れ込んでくる。外だ。
飛び出した。
外の空気は冷たい。湿った土の匂い。草の匂い。
「太郎!」
絶花がいた。モブの隣に。夏目がいる。その周りに妖怪たち。小さな影が五つ六つ。大きな影が一つ。鎮守の森のまとめ役だ。
「大丈夫か」
「大丈夫だ。モブは」
「大丈夫です。ちょっとふらふらしますけど」
モブが立っている。顔色が悪い。だの立っている。
「太郎さん。敵が追ってきてます」
夏目が搬入口を指差した。
俺は振り返った。搬入口から男が出てくる。三人。だのそれだけじゃない。外周からもう二人。計五人。
「増援か」
「外周に待機してたんです。私が三人止めましたけど二人抜けました」
夏目の声に申し訳なさが混じる。
「十分だ。止めてくれただけで助かった」
五人が包囲を敷き始めた。俺たちを囲む形。倉庫の前。空き地。
「太郎さん。退路は確保してあります。南側の林道を抜けられます」
「妖怪たちは」
「道を作りました。敵が来たら妨げます。ですが戦うのは彼らの本分じゃないので時間は稼げません」
「わかってる。十分だ」
俺は五人とモブの間に立った。
「絶花」
「はい」
「モブを連れて先に行け。夏目と妖怪たちと一緒に」
「太郎を置いていけない」
「俺が時間を作る。あと三十秒でいい」
「三十秒で」
「追いつく」
絶花がモブを見た。モブが頷いた。
「わかりました。三十秒ですよ」
「ああ」
絶花がモブの手を取った。夏目が前へ出る。妖怪たちが左右に散る。南側の林道へ向かって走り出した。
五人の男が動いた。
俺は前に出た。ゼロスラッガーを構える。だの五対一は分が悪い。
「絶花」
走り出した絶花が振り返った。
「ベリアロク」
絶花の手が動いた。腰の鞘から二本目の刀を抜く。ベリアロク。黒い刀身。天聖とは正反対の光。
「使うんですか」
「使え。俺の後ろを守りながら走れ」
絶花が頷いた。天聖を右手に。ベリアロクを左手に。二刀流。走りながら構える。
俺は五人へ向かって飛び込んだ。
ゼロスラッガーを振る。一人の男の術式を斬る。光が砕ける。二人目が横から来る。俺は体を回して避ける。三本目のゼロスラッガーで払う。
「くそっ、数が多い」
三人目が俺の背中を打つ。衝撃。前のめりになる。だの倒れない。四人居目の術式が飛んでくる。避けきれない。
バリン。
黒い閃光が術式を斬った。
絶花だ。背後からベリアロクで術式を斬り払った。
「三十秒まだです」
「余計なことするな」
「三十秒まで一緒にいます」
絶花の天聖が右から薙ぐ。金色の粒子が闇に散る。ベリアロクが左から突く。黒い刃が光が光弾を砕く。二本の剣が別々の軌道を描く。天聖は防ぐ。ベリアロクは壊す。
「太郎さん行ってください!私が止めます」
「お前がモブと行け」
「モブくんは夏目さんが!私は太郎の後ろです!」
モブの姿が遠ざかっている。夏目と妖怪たちが囲んで走っている。もう三十メートル先。
「ちっ。わかった。突っ切るぞ」
俺と絶花が同時に走った。
五人の男が追ってくる。だの絶花が後ろで足止めする。天聖で一人の刀を弾く。ベリアロクで別の一人の術式を砕く。二刀流で二人同時に相手にしている。
「行け太郎!」
俺は走った。ゼロスラッガーで前方の敵を払いながら。南側の林道へ。
林道に入った瞬間、妖怪たちが動いた。
地面から根が伸びる。木の枝が横に倒れる。道を作りながら敵の進路を塞ぐ。
「通ってください」
夏目の声が聞こえる。
俺は走った。モブの横に着く。
「大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
「走れるか」
「走れます」
「走れ」
二人で走った。夏目が前を案内する。妖怪たちが左右を固める。
背後で音がする。戦闘音。絶花がまだ戦っている。
「太郎!絶花が」
「わかってる」
俺は振り返った。
林道の入り口で絶花が二人の男と打ち合っている。天聖とベリアロク。金と黒。二つの刃が闇の中で交錯する。
三人目の男が絶花の背後から近づいていた。
「絶花!後ろ!」
絶花が振り返らずにベリアロクを背後に振った。黒い刃が男の術式を砕く。だの隙ができた。正面の男が術式を放つ。
絶花が跳ぶ。術式を避ける。だの着地で足が滑る。地面が濡れている。苔だ。
「絶花!」
俺は走った。戻る。ゼロスラッガーで男の術式を斬る。絶花の手を掴む。引く。
「立て」
「立てます」
絶花が立った。二刀を構えたまま。
「撤退する」
「はい」
俺と絶花が背中合わせで後ろへ下がる。男たちが追ってくる。
だのそこで男たちが止まった。
林道の入り口に大きな影が立っていた。熊みたいな妖怪。鎮守の森のまとめ役だ。
「ここから先は我々の土地だ」
低い声が響く。男たちが足を止めた。
「入るなら通さん」
妖怪の後ろから小さな影が次々と現れる。五つ六つ。地域の妖怪たち。
男たちが対峙した。五人対妖怪たち。
三秒。
男が下がった。
「引き上げろ。データは回収済みだ」
手前の男が指示を出した。五人が一斉に後退する。倉庫の方角へ。だの倉庫へは戻らない。更に南へ。町の外へ。
「逃げた」
「追うか」
「追わない」
大きな妖怪が言った。
「我々の土地から出た。それ以上は追わん」
「わかった」
俺は頷いた。追撃は無理だ。それにモブがいる。モブを安全な場所へ運ぶのが先だ。
「夏目。退路は」
「安全です。この林道を抜けたら町の境界に出ます」
「頼む」
俺はモブを見た。顔色が白い。だの立っている。足も動いている。
「影山。もう少しだ。歩けるか」
「はい。歩けます」
「よし」
六人と妖怪たちが林道を歩いた。
* * *
町の境界に出たとき、夜空が広がっていた。
星が見える。風が吹いている。倉庫の中とは空気が違う。
モブが地面に座り込んだ。膝が折れたのだ。
「すみません。ちょっと」
「いい。休め」
俺も座った。地面に。草の上。
絶花が隣に座った。天聖とベリアロクを腰に戻す。二本の鞘が並ぶ。
「太郎。怪我は」
「掠り傷だ。お前は」
「同じです」
夏目がモブの横にしゃがんだ。水筒を差し出す。モブが受け取って飲む。
「夏目さん」
「はい」
「妖怪たち、大丈夫でしたか」
「大丈夫です。彼らは自分の土地を守っただけです。怪我人はいません」
「よかった」
モブが安堵した顔をした。
俺は懐から端末を取り出した。三台。画面をつける。
観測データ。設計図。異界の文字。
「太郎さん。それ」
夏目が覗き込んだ。
「敵の記録だ。モブの観測データと施設の設計図。それと」
俺は三台目の画面を見せた。
「異界の座標。こいつらはモブをこの世界から連れ出すつもりだった」
「異界」
夏目の顔が変わった。
「異界って、どこへ」
「わからない。だがこの文字、見たことがない。英語でもない。魔術の言語でもない。完全に別の体系だ」
「別の世界」
「ああ。こいつらは別の世界と繋がっている。モブの力を利用するために」
モブが端末を見た。
「僕の力を。別の世界で」
「そうだ。だが失敗した。お前はここにいる。俺たちが連れ戻した」
「唯我さん」
「だから心配するな。残りのことは俺たちがやる」
モブは頷いた。だの不安は消えていない。自分の力が別の世界から狙われているという事実は消えない。
「太郎」
絶花が端末を見ていた。
「この設計図。施設の構造、魔術炉に似てない」
「魔術炉」
「一週間前の。同じ系統じゃないけど、地脈の力を使う設計が似てる」
「繋がってるのか」
「わからない。でも似てる。設計思想が」
俺は端末の画面を撮った。全て。家臣たちに送る準備をする。
「まほ。あんな。ソラ。スレッタ。全員へ送る」
念話を飛ばす。端末の画像を共有する。
『太郎さん。これ』
まほの声。
『異界の座標。この文字体系、私の知識にもありません』
『設計図は魔術炉と別物だよ』
あんなの声。
『でも地脈の利用方法が似てる。同じ設計者じゃないけど同じ教科書を読んでる感じ』
『スレッタです。この文字…エアリアルが反応してます』
スレッタの声。
「反応? エアリアルが」
『はい。微かですが。この文字を見た時にビットが少し動きました』
「スレッタの神器と関係があるかもしれない」
『かもしれないです。でも今は確証がないです』
「わかった。全員、データを保存しておけ。解析は後だ」
念話を切った。
俺は空を見上げた。
星が多い。夜が深い。
敵は逃げた。完全には壊滅していない。データの一部を持ち出しただろう。端末三台は俺が確保したが、倉庫にまだ装置があるかもしれない。
だの今は追えない。モブがいる。怪我人がいる。
「帰るぞ。全員」
俺は立ち上がった。
「太郎さん」
夏目が呼んだ。
「この件、終わってないですね」
「ああ。異界からの手がかりがある限り終わらない」
「僕も協力します。妖怪たちも」
「頼む」
モブが立ち上がった。ふらついたが夏目が支えた。
「唯我さん」
「何だ」
「僕、力を制御できません。でも皆さんに迷惑をかけたくないです。何かできることはありますか」
「ある」
「何ですか」
「生きてろ。それだけでいい」
モブが目を丸くした。
「それだけですか」
「それが一番難しいんだろ。今のお前には」
モブは黙った。それから頷いた。
「はい。頑張ります」
「頑張らなくていい。生きてろ」
「はい」
六人と妖怪たちが歩き出した。
境界から町の方角へ。
夜の風が背中を押した。
懐の端末が重い。異界の文字。観測データ。設計図。
敵はまだいる。世界の外から来た何かがまだいる。
だの今夜は帰る。明日調べる。
長い夜だった。
だの終わった。
今のところは。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王