サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
朝が来た。
拠点の縁側に座っている。絶花の旧宅だ。庭の草が伸びている。一週間分の手入れが追いついていない。だが空は晴れている。
モブが庭にいた。
井戸のそばに座っている。自分の手を見ている。両手を広げて。手のひらを眺めている。
昨日の夜からずっとこうだ。時々手を見る。何かを確かめるみたいに。
俺は何も言わなかった。言う必要がない。モブが自分で見つけるのを待つしかない。
「太郎」
絶花が麦茶を持ってきた。コップを二つ。俺とモブの分。
「モブに渡してくれ」
「自分で行きなよ」
「面倒だな」
「太郎が連れてきたんだから太郎が面倒見なさい」
絶花がコップを俺の手に押し付けて庭へ出ていった。天聖の手入れをしている。布で刀身を拭いている。朝の光に金色が反射する。
俺は立ち上がった。コップを持ってモブのところへ行く。
「ほら」
「あ、ありがとうございます」
モブがコップを受け取った。飲む。喉が鳴る。一気に半分飲んだ。
「飲み足りないか」
「大丈夫です。ちょうどよかったです」
俺はモブの隣に座った。井戸のそば。石が冷たい。
「影山」
「はい」
「昨夜のことだが」
「はい」
モブの手がコップを握りしめた。指が白くなる。
「僕の力で倉庫が壊れかけました。皆さんを巻き込むところでした」
「巻き込まれてない。壊れてない。お前が止めた」
「止めたんじゃありません。皆さんの声が聞こえたから少しだけ落ち着けただけです」
「それが止めたんだろ」
モブは黙った。コップの中の麦茶が揺れている。手が震えている。
「僕この力怖いです。制御できない。いつまた暴走するかわからない。皆さんを傷つけるかもしれない」
「傷つけない」
「どうして言い切れるんですか」
「お前が怖がってるからだ。怖がってる人間は自分の力で人を傷つけない。怖がらなくなった時に怖いんだ」
モブが俺を見た。青緑の瞳。不安がある。だのその奥に何かがある。俺の言葉を噛み砕いている。
「でも怖いだけじゃ何もできないです」
「何もしなくていい」
「え」
「今は何もしなくていい。力を使わなくていい。お前は普通の中学生だろ。学校に行って宿題をして部活をして帰る。それでいい」
「でも力は消えないです」
「消えない。だが使わなきゃ暴走もしない。昨日は怖かったから暴走した。怖くならなきゃ大丈夫だ」
「怖くならないようにするんですか」
「怖くなったら俺たちを呼べ。一人で怖がるな。それだけだ」
モブの目が揺れた。不安と安堵が混ざっている。完全に納得した顔じゃない。だの少しは軽くなったはずだ。
「唯我さん」
「何だ」
「僕仲間に入るんですか。王国とか」
「急ぐな。今は考えなくていい」
「でも皆さんは僕を助けてくれた。何か返したいです」
「返す必要はない。俺たちは面倒だから助けただけだ」
「面倒だから」
「ああ。放っておけばもっと面倒になるから助けた。お前が気にする必要はない」
モブは俺の顔をじっと見た。何か言いたそうだったが口を閉じた。代わりに小さく頷いた。
「わかりました。でも何かあったら呼んでください。僕にできることがあれば」
「ある」
「何ですか」
「宿題見せろ。俺数学苦手だ」
モブが瞬きした。一秒。二秒。
「えっと数学は得意です」
「じゃあ頼む」
「はい」
モブの口元が少しだけ緩んだ。笑いとも呼べない微かな変化。だの昨日よりはましだ。
* * *
午後になった。
夏目が来た。一人じゃない。足元に小さな影が二つ。妖怪だ。
「太郎さん。報告に来ました」
「聞く」
夏目が縁側に座った。妖怪たちが夏目の足元に潛り込む。日向が暖かい。猫みたいだ。だが猫じゃない。
「妖怪たちの様子ですが、昨夜の件で警戒が強まりました。町の境界を見張り始めています」
「独断でか」
「いえ。僕が提案しました。彼らが了承しました」
「了承しただけで命令じゃないんだな」
「命令できません。彼らは僕の部下じゃないので」
「わかってる。独立した集団だろ」
「はい。八坂様の領域の外側で自分たちの土地を守る。その範囲で協力します」
「十分だ」
夏目は頷いた。妖怪の一つが夏目の袖から顔を出した。丸い顔。老人の妖怪だ。鎮守の森で会ったやつだ。
「太郎さん。この子が何か言いたいそうです」
老人妖怪が俺を見た。皺の深い顔。金色の目。
「昨夜のあいつら。南へ消えた。境界の外へ。我々は追わなかった。だが見た」
「何を見た」
「南の空に光が立った。一瞬だけ。あいつらが消えた場所から」
「光」
「紫の光。柱みたいに。一瞬で消えた」
紫の光。柱。転移の痕跡かもしれない。だの監視装置の黒紫色とは違う。
「いつだ」
「昨夜の終わり。丑の刻くらい」
深夜二時頃か。俺たちが拠点を脱出した後だ。
「その光、前に見たことがあるか」
「ない。初めてだ。だが感じた。あれはこの世界のものではないと」
この世界のものではない。
異界。端末に記録された文字。スレッタのビットが反応した文字。そして昨夜の紫の光。
「わかった。ありがとう」
老人妖怪が頷いて夏目の袖に戻った。
「夏目。これからも妖怪たちとの連絡を頼む」
「はい。続けます。ただし彼らの意思を尊重します。無理はさせません」
「ああ。それでいい」
夏目が立ち上がった。妖怪たちも一緒に。
「太郎さん。影山くんは大丈夫ですか」
「大丈夫だ。たぶん」
「たぶん」
「確証がない。だの見捨ててない。それでいいだろ」
「はい。十分です」
夏目が微笑んだ。穏やかな笑みだ。心配しているが押し付けない。
「また来ます」
「ああ」
夏目が帰っていった。小さな影が二つついていく。
* * *
夕方。
俺と絶花は拠点の中で端末を並べていた。三台。昨夜回収した敵の記録。
「太郎。この設計図」
絶花が一台目の画面を指差した。
「魔術炉と同じ地脈利用の設計だ。一週間前の事件と同じ技術を使ってる」
「同じ設計者か」
「いや設計者は違う。だの教科書が同じだ。地脈から力を吸い上げて別の用途に変換する。魔術炉はガイアの光を吸い上げた。こっちはモブの力を吸い上げるつもりだった」
「地脈を介してモブの力を抽出する」
「そう。地脈とモブの超能力を接続して別の世界へ送る。そのための装置がこの設計図」
「異界への送電線路か」
俺は二台目の画面を見た。観測データ。モブの能力反応の記録。
「数値が上がってる。最初は三〇〇だったのが最後は九〇〇〇超えてる」
「九〇〇〇」
「監視装置の基準値が六〇〇〇だった。それを超えてる」
「暴走時の数値か」
「そうだ。倉庫でモブが暴走した時の反応。敵はそれを記録してた」
「データは持ち出されたか」
「端末三台は俺が確保した。だの倉庫にまだ装置があったかもしれない。敵が撤退前に何を持ち出したか確認できない」
「最悪全部コピーされてる」
「あり得る」
俺は三台目の画面を見た。異界の文字。
「スレッタのビットが反応した文字だ」
「エアリアルが」
「ああ。微かだが反応した。スレッタの神器と異界に何か関係があるかもしれない」
「スレッタに聞いたか」
「聞いた。本人もわからないと言ってた。だのビットが動いたのは事実だ」
絶花が端末を置いた。
「太郎。敵は異界と繋がってる。モブの力を異界へ送る計画だった。それを止めた。だの敵は生きてる。また来る」
「わかってる」
「次はもっと準備して来る」
「わかってる」
「だから準備しなきゃ」
「わかってるって言ってるだろ」
「わかってるなら顔上げなよ。ずっと端末見てる」
俺は顔を上げた。絶花がいた。桃色の瞳。鋭い目つき。だの今は柔らかい。
「太郎。一人で抱え込むな」
「抱え込んでない」
「抱え込んでる。いつもそう」
「そうか」
「そうだよ。まほさんにもスレッタさんにもあんなにもソラにも頼れる。夏目さんもいる。モブくんも」
「モブは守る側だろ」
「守られるだけじゃない。あの子も何かできるかもしれない」
「まだ無理だ。力が制御できてない」
「制御できるようになったら」
「なったら考える」
絶花は頷いた。だの納得していない顔だ。
「太郎」
「何だ」
「八坂さんに報告した方がいい。異界の文字も設計図も全部」
「報告する。まほ経由で」
「うん。お願い」
俺は端末を片付けた。三台。懐にしまう。重い。異界の文字が重い。
* * *
夜になった。
モブは拠点の客間で寝ている。絶花が毛布をかけた。モブはすぐに寝落ちした。昨日の疲労が残っている。
俺は縁側に座って空を見ていた。星が多い。月はない。
「太郎」
絶花が隣に来た。
「寝ないのか」
「もう少し後にする。お前は寝ろ」
「太郎が起きてるなら私も起きてる」
「そういうのを一人で抱え込むって言うんだよ」
「これは抱え込むじゃない。一緒にいるだけだ」
「同じだろ」
「同じじゃない。お前がいるから俺がいる。それだけだ」
絶花は黙った。隣に座った。肩が触れるか触れないかの距離。
夜の風が吹いた。草の匂い。土の匂い。
「太郎」
「何だ」
「次の敵、強いかな」
「わからない。だの異界と繋がってるなら今までの敵より厄介かもしれない」
「厄介か」
「ああ。面倒だ」
「面倒なら私が斬る」
「お前まかせりゃ全部斬るだろ」
「斬れないものもあるよ。でも斬れるものは斬る」
「頼もしいな」
「当然でしょ。私は太郎の家臣だから」
俺は絶花を見た。桃色の瞳が闇の中で光っている。
「ああ。頼りにしてる」
「うん」
夜が深くなった。
* * *
* * *
町の南。五キロ先。更に南へ十キロ。
廃道の脇に建物があった。倉庫ではない。もっと深い。地下へ続く入り口がある。地表には小さな小屋しか見えない。だの地下は広い。
階段を降りる。三メートル。五メートル。十メートル。コンクリートの壁。鉄の扉。
扉の奥に部屋があった。
暗い。照明は壁際の青い光だけ。機械的な光だ。装置が並んでいる。モニターが三つ。キーボード。通信機器。
部屋の中央に椅子があった。
男が座っている。
四十代後半。背が高い。引き締まった体。スーツじゃない。黒いコート。白いシャツ。髪が白い。だの老けてはいない。白髪が似合っている。整った顔立ち。だの目が冷たい。
独尊次郎。
男はモニターを見ていた。三つの画面。一つには座標の数値。一つには文字列。一つには映像。
映像は昨夜のものだ。倉庫の外。太郎と絶花がモブを連れて脱出する映像。
「能力反応 九七二〇。想定を三割超えた」
独尊次郎が呟いた。声が低い。だの響く。
「被験体の確保には失敗した。だのデータは取れた」
モニターの一つを操作する。数値が流れる。モブの能力反応の時系列データ。
「この数値が再現できれば装置の調整は完了する。被験体がいなくても再現できる」
独尊次郎が立ち上がった。
コートの内側から手を伸ばす。胸元。何かを取り出した。
駒だ。
黒い駒。黒と金ではない。黒と銀。王国の駒とは色が違う。だの形は同じ。チェスの駒。王の形。
帝国の駒。
独尊次郎が駒を握った。駒が光る。銀色の光。だの光はすぐに消える。
「この世界で手に入れた。あの男の神器から派生した駒。王国の駒の鏡像」
独尊次郎は駒を胸元に戻した。
「平行世界への干渉。異界との接続。この駒があれば可能だ」
独尊次郎は部屋の奥へ歩いた。
奥にもう一つの部屋があった。扉があった。開ける。
部屋の中に誰かがいた。
壁に背中を預けて座っている。大剣を床に置いている。刃渡りが長い。身の丈ほどある大剣だ。
女だ。
鍛えられた体つき。細身だが筋肉がついている。戦う体だ。
獣の耳。頭の両側から毛の生えた耳が立っている。人間の耳じゃない。獣の耳だ。
尾が見える。腰の後ろ。長い尾が床に垂れている。
右目に眼帯。黒い眼帯。左目だけが見えている。琥珀色の瞳。鋭い。
灰色の髪。短い。実用主義の短さ。
服装は動きやすいもの。厚手のシャツに革の防具。旅装束だ。
女は独尊次郎を見上げた。琥珀色の瞳が光る。
「起きてたか」
独尊次郎が言った。
「寝てない」
女の声が短い。低い。必要な言葉だけを選ぶ話し方だ。
「任務の話がある」
「聞く」
女は立ち上がらなかった。大剣の柄に手を置いたまま。座ったまま独尊次郎を見上げている。
「この世界に邪魔者がいる。唯我太郎。王国の駒を持つ人間。お前と同じ世界の出身ではないが力は強い」
「知ってる。昨日の映像見た」
「やってくれるか」
「やるかどうかはまだ決めてない」
独尊次郎は眉をひそめなかった。怒る様子もない。
「条件があるのか」
「あんたが言ったこと。悲劇のなかった世界へ行けるって。それが本当かどうか」
女の声が変わった。短さは変わらない。だの一瞬だけ揺れた。
「平行世界への干渉は可能だ。この駒を使えば」
独尊次郎が胸元の駒に手を当てた。
「だの到着できる世界がお前の望む世界かどうかは保証できない」
「保証できない」
「ああ。行ってみなければわからない。だの可能性はある」
「可能性」
女が剣の柄を握りしめた。指が白くなる。
「可能性だけでもいい。なかった世界へ行けるなら」
「エリスという名前だったな」
女の目が変わった。琥珀色の瞳が鋭くなった。だの怒りじゃない。痛みだ。
「その名前を出すな」
「失礼した。だの確認しておきたかった。お前の動機を」
「動機はあんたが言った通りだ。悲劇のなかった世界へ行きたい。それだけだ」
「なら任務を受けろ。唯我太郎とその仲間を排除しろ。そうすれば次の世界へ送る」
女は立ち上がった。
大剣を持ち上げた。重いはずだ。だの片手で持ち上げた。鍛えられた腕。筋肉が動く。
「やる」
「早い決断だな」
「迷う時間はない。もう十分迷った」
女は大剣を肩に担いだ。
「いつ行く」
「明朝。準備は整っている」
独尊次郎が扉を開けた。
「一つ聞いていいか」
女が独尊次郎の背中に声をかけた。
「何だ」
「その少年。唯我太郎。あんたの何だ」
「敵だ」
「それだけか」
「それだけだ」
女は独尊次郎の背中を見ていた。琥珀色の瞳。右目の眼帯の下は見えない。
独尊次郎が出ていった。扉が閉まる。
女は一人になった。
大剣を床に置いた。座り直す。剣の柄に手を置く。
「エリス」
小さく呟いた。
誰にも聞こえない声。
「行ってみる。なかった世界へ。もう一度会えるなら」
剣の柄を握る手が震えていた。だのすぐに止まった。
女は目を閉じた。
明朝、動く。
その前に少しだけ眠る。夢を見ない程度に。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王