サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
脚裏から、ぐらりと揺れた。
「え?」
俺は立ち止まった。
アスファルトの下で何かが蠢いたような感覚。目の前の電柱がかすかに震えている。窓ガラスがカタカタと音を立て始めた。
「地震か?」
『いや、違う』
ゼロの声が脳内で弾けた。低く、鋭い。警戒の色が濃い。
『足音だ』
「足音だと?」
その時、遠くから悲鳴が上がった。
「キャアアッ!!」
「なんだあれ!?」
町の中心部の方角だ。夕暮れの空が赤く染まっているその下で、黒い何かが動いている。土煙が上がり、それを切り裂くように何かの尾がしなった。
(尾…?)
ビルの四階くらいの高さを鞭のように振り回すそれは、赤茶色と暗い灰色が入り交じった鱗に覆われていた。背中からは大小の棘が突き出している。まるで動く棘の塊だ。
「太郎、あれ…」
絶花が息を呑んだ。
「見えてる」
土煙が晴れ、やがて全体が現れた。
デカい。
どれくらいデカいかというと、近くの三階建てのアパートの屋根が、やっと肩くらいの高さにしか見えない。いや、それよりも高いかもしれない。夕陽を背に立つそのシルエットは、まるで丘が歩いているようだった。
肩から背中にかけて棘が密集している。まるで岩肌そのものを剥がして貼り付けたような無骨さだ。腕にも脚にも突起があって、一歩踏み出すたびにボゴン、と地面が沈む。
(歩くだけで地響きかよ)
首が動いた。やや長い首がのそりと持ち上がり、頭部がこちらを向く。頭頂や顔の周囲には角状の突起が並んでいて、大きく開かれた口からは鋭い牙が覗いている。喉のあたりには横に重なる節が見えた。まるで蛇が幾重にも巻きついたような不気味な模様だ。
(…何だこいつ)
胸元に視線が吸い寄せられた。青い。
全身が赤茶色と灰色の鱗に覆われているのに、胸だけが淡い青色で光っている。胸骨のあたりが浮き上がるたび、その青が明滅した。まるで心臓の鼓動を外から見せられているようだ。
ドンッ。
一歩。
また地面が沈んだ。アスファルトに亀裂が走り、道路脇のガードレールが歪む。長く太い尾が振り回され、街灯をなぎ倒した。鉄の柱が折れる音が、やけに乾いて聞こえる。
『ネオザルス…ハイパークローン怪獣ネオザルスだ』
ゼロの声が硬い。
『生体兵器だ。どこかの誰かが作り出した人工怪獣にしては、完成度が高すぎる』
「知ってるのか、こいつを?」
『名前くらいは聞いたことがある。だが実物を見るのは初めてだ』
ネオザルスが顔を上げた。
角のある頭部が住宅地の方へ向く。大きな鼻孔が開き、何かの匂いを嗅ぐように震えた。その先には、まだ家に残っている人たちの灯りが見える。
「まずいな…」
俺は舌打ちした。
「太郎!周囲にまだ人がいます!」
絶花が叫ぶ。逃げ遅れた住民たちが、アパートの窓から顔を出したり、路上で立ち尽くしたりしている。携帯を構えて写真を撮ろうとしている奴もいる。
(撮ってる場合かよ!)
「絶花!アンビーと一緒に避難してくれ!」
「…あなたはどうするの?」
「…あいつをぶっ倒す!」
「無茶すぎない」
そう言ったアンビーの疑問の声を他所に、俺は真っすぐとウルトライズアイを使い、そのままウルトラマンゼロへと変身する。
そのまま、巨大化すると共に、瞬時にコスモライズへもすぐになる。
ネオザルスの胸元が光った。
青い光が明滅し、喉の奥でエネルギーが充填される気配がする。あれは——。
『来るぞ相棒!ホーミングビームだ!』
ゼロの警告と同時に、ネオザルスの口が開いた。青白い光弾がこっちへ向かって放たれる。自律追尾型のビーム。逃げても追ってくる厄介な代物だ。
「チッ、先手必勝ってか!」
俺は腕を振り、ゼロスラッガーを飛ばす。二本の刃が光弾に向かって回転しながら突進した。ガギンッ!激突音と共にビームが弾かれ、空へ逸れていく。
(今のうちに——)
「絶花!アンビー!避難誘導を頼む!こっちは俺とギレーヌでやる!」
『分かりました!』『了解』
地上から二つの声が返ってくる。振り返ると、絶花が近くの住民に声を掛け、アンビーが周囲を警戒しながら避難ルートを確保していた。二人とも手慣れている。心配はいらない。
俺は改めてネオザルスへ向き直った。
「さて——相棒、行くぞ」
『ああ。だが、このままじゃ時間がかかりすぎる。一気に決めるぞ』
「了解」
俺はウルトライズブレスレットからウルトライズアイを取り外した。
既にゼロコスモライズへ変身しているが、今度は違う。王国の力を使う。家臣と共鳴し、その力を一時的に宿す——俺の役割は、この場面でレオの力を呼び覚ますことだ。
「ギレーヌ、聞こえてるか」
『……ああ』
脳内に直接届くような低い声。獣人の騎士ギレーヌの声だ。遠くにいるはずなのに、その気配ははっきりと感じ取れる。
「お前の剣を借りるぞ。レオの力を、俺に貸してくれ」
『まぁ良いだろう』
ギレーヌの声が静かに響いた。迷いがない。ただ、確信だけがそこにあった。
俺はウルトライズアイを握りしめた。コスモレコードのスキャナーが起動し、光が走る。
「コスモライズ——レオ!」
トリガーを押す。
光が弾けた。
* * *
ドンッ!!
地面が揺れた。
土煙が巻き上がる。空気を裂くような轟音と共に、赤い巨体が着地した。
ウルトラマンレオ。
赤を基調としたシンプルなデザイン。だが、その体には無駄が一切ない。歴戦の戦士だけが纏う研ぎ澄まされた気配が、全身から溢れ出していた。
(すげえ…)
ゼロと並んで戦ってきたウルトラ戦士は何人もいる。だが、レオの気配はどこか違う。鋭い、というよりは静かだ。静かに燃える炎のような——そんな印象だった。
レオが顔を上げる。カラータイマーが一瞬だけ青く光った。その瞳がネオザルスを捉える。距離を測るような視線。足元の状況を確認するような視線。そして、相手の重心を見極めるような鋭い一瞥。
踏み込む前の距離の取り方が妙に洗練されている。ただ近づくのではない。一歩先の状況を読みながら、最小限の動きで最適な位置へ移動していく。獣人としての身体能力と、長年の実戦経験が融合した、理想的な間合いの取り方だ。
「頼むぞ、ギレーヌ」
ゼロが隣で構えた。ゼロスラッガーを手に持ち、軽く足を開いて構える。いつものように挑発的な笑みを浮かべているが、その目は真剣だった。
「ふんっ、それにしても、巨体というのもな」
そうしながら、ギレーヌが変身したレオは、その手には炎の刃を生み出した。
「…凄いな」「あぁ、師匠が使わなかった戦法だな」
ネオザルスが動いた。
ドンッ!!
地面が沈む。片足を前に踏み出しただけで、アスファルトが蜘蛛の巣状に亀裂を走らせる。巨体が前傾し、肩の棘が俺たちの方へ向く。あの棘だらけの腕が、丸太のように振り下ろされた。
「来たッ!!」
『相棒、俺が受ける!お前は回り込め!』
俺は即座に判断した。ゼロの声が脳内で弾ける前にはもう身体は動いていた。
ゼロが正面へ出る。ゼロスラッガーを交叉させ、ネオザルスの腕を頭上で受け止めた。
ドガガガガッ!!
金属と角質がぶつかり合う音が夜空を切り裂く。腕の棘がスラッガーの刃を掠め、火花が散る。ゼロの足が地面にめり込む。ガタガタと亀裂が広がり、そこから土煙が舞い上がる。
(重い…!スラッガーで受けてもこれかよ)
『くっ…重いのは分かってたが、ここまでとはな…!』
ゼロが歯を食いしばるのが伝わってくる。だが、受けている。あの怪力を正面から止めている。さすがは俺の相棒だ。
その間に俺は——いや、レオの身体で横へ踏み込んだ。
ネオザルスの視界の端、左側。死角へ滑り込む。足元の地面が不安定だが、ギレーヌの体感がそれを補う。重心を低く落とし、土煙の中を一足飛びで懐へ入る。
(距離は——これくらいか)
ネオザルスの太い腕が振り下ろされた反動で、脇が空いている。そこへ、レオの蹴りが入った。
ドガンッ!!
肋の下、脇腹あたりへ回し蹴りが突き刺さる。鱗の皮膚がキリキリと音を立てる。硬い。蹴った足に衝撃が返ってきた。だが——効いてはいる。ネオザルスの巨体が僅かに傾いた。
「効いたか!」
『太郎、尾だ!来るぞ!!』
ゼロの警告。
俺は反射的に上へ跳んだ。
ビュンッ!!
足元を何かが通り過ぎる。長く太い尾が、鞭のように横薙ぎに振られた。今の、俺の足を掠めた。間一髪だ。
(近接戦だからって尾を忘れてた…!)
着地。だが足場が悪い。砕けたアスファルトの上に降り立ち、バランスを崩しそうになる。ギレーヌの感覚が即座に重心を立て直した。
ネオザルスの尾が、二撃目を振り上げている。今度は上からだ。
「太郎、右へ!」
ゼロが叫ぶと同時に、俺は右へ踏み出した。
ドスンッ!!
尾がさっき俺がいた場所に叩きつけられる。地面にクレーターが出来た。飛び散る砕石が頬を掠める。
(近い…!)
だが、これで隙が出来た。尾を振り抜いた勢いで、ネオザルスの体勢が僅かに崩れている。
今だ。
俺はネオザルスの腕を外へ払った。レオの掌が、振り上げられたネオザルスの右腕を外側に弾く。手刀のような一閃。硬い鱗に掌が打ちつけられ、バキッという音が響く。ネオザルスの体が右へ回る。
(今こいつの左脇が開いた——!)
『俺に任せろ!』
ゼロが動く。ネオザルスの体勢が崩れた左側へ、ゼロが滑り込む。スラッガーを手に持ち替え、逆手で握り直した。
ドガンッ!!
ゼロスラッガーの腹が、ネオザルスの脇腹に叩き込まれる。打撃音が響く。ネオザルスが呻くような唸り声を上げた。初めてだ。こいつが痛みの声を上げたのは。
(つながった…!)
俺とゼロの連携。俺が体勢を崩し、ゼロがそこへ打撃を入れる。一つの流れだ。呼吸が合っている。
ネオザルスが二歩下がった。地面がボコボコと隆起する。
(下がった…?)
ネオザルスが距離を取った。巨体を一旦引いて、低い唸り声を上げる。角のある頭部が俺たちを睨み、喉の奥で何かが膨れる音がした。
そして——胸の青い部分が、明滅し始めた。
ポウッ、ポウッ、と。心臓の鼓動よりも遅く、確かな明滅。光が集まっていく。
『太郎、あれは——』
「ホーミングビームの準備だ。さっきよりデカい」
俺は身構えた。ゼロもスラッガーを構え直す。
ネオザルスの胸が、青白い光を集めて輝き始めた。
ネオザルスの胸が、爆ぜた。
ドオォォン!!
青白い光弾が放たれる。さっきのビームとは比べ物にならない。サッカーボール大の光球が、夜空を裂いて一直線にこちらへ迫ってくる。速度も威力も段違いだ。
「来るッ!!」
『俺が引き受ける!お前は回避だ!』
ゼロが叫ぶと同時に、俺の身体は勝手に動いていた。右へ跳び、地面を転がる。ゼロは正面へ踏み込み、ゼロスラッガーを構えた。
ドガンッ!!
光弾がスラッガーに当たる。衝撃。ゼロの腕が弾かれ、光弾が軌道を逸らした。右上へ跳ねた——はずだった。
(…え?)
光弾が、空中で止まった。いや、止まったのではない。軌道を変えたのだ。
キィィィン——。
鋭い音と共に、光弾がUターンする。まるで生き物のように空気を舐めながら、再びこちらへ向かってきた。
「嘘だろ…!?」
『追尾してやがる…!今度は俺を追ってきてる!』
ゼロの背後から、光弾が迫る。ヒュンッ、ヒュンッ、と音を立てながら、まるで執拗に獲物を追う猟犬のように。
(住宅地の方へ行くわけにはいかねえ…!)
俺は即座に判断した。
「ゼロ!こっちだ!街から離れるぞ!」
『分かってる!』
ゼロが北東へ向かって跳ぶ。開けた土地の方角だ。住宅地とは逆。俺もそれに続いた。
光弾が追ってくる。背中でキリキリという音が響く。距離が縮まっている。振り返れば、青白い光が真っ直ぐに迫っていた。
(速い…!)
『タロウ、今度は右から来るぞ!』
「左もだ!二発に増えてやがる!」
さっきの一撃で分裂したのか。二つの光弾が、左右から挟み撃ちに迫ってくる。回避する余地が狭い。
(このままじゃ——)
『俺が一発を引きつける!残りを頼む!』
「任せろ!」
ゼロが右から来る光弾へ向かって跳んだ。自ら進路に飛び込む形だ。ゼロスラッガーを振り抜き、光弾を打ち落とそうとする。
ガギンッ!
甲高い音が響き、ゼロのスラッガーが光弾を弾く。だが完全には消えない。光弾は砕け、小さな破片となってゼロの周囲に散らばった。回避には成功したが、時間稼ぎにはなった。
その間に——左から迫る残りの光弾。
(今だ!)
俺は振り返り、右手を突き出した。ギレーヌの感覚が、光弾の軌道を正確に読み取る。あと二秒でこちらへ届く。その二秒で——。
「レオ——!!」
叫びと共に、掌から光球が放たれる。レオビームの前段階。小さな光の塊が、迫り来る光弾へ向かって突き進んだ。
ドォォォン!!
光と光が衝突した。
爆風が吹き荒れる。俺は地面に足を食い込ませ、必死に踏ん張った。背後の建物がガタガタと揺れる。窓ガラスが割れる音が遠くで聞こえた。
(耐えろ…!)
全身に圧力がかかる。レオの身体ごと押し流されそうだ。だが、ギレーヌの感覚が重心を支える。膝が笑いそうになるのを、無理やりこらえた。
数秒後、爆風が収まった。
俺は息を吐き、周囲を見回す。光弾は消えていた。残骸すらない。完全に相殺した。
「…やったか」
『ああ。だが、次も来るぞ』
ゼロの声。振り返ると、ゼロがこちらへ合流してくる。スラッガーを構え直し、ネオザルスの方へ向き直った。
ネオザルスが唸り声を上げる。胸の光は消えたが、怒りに満ちた咆哮が夜空に響き渡った。
俺とゼロは並んで立った。ネオザルスの正面へ。
(次は——)
「行くぞ、太郎」
「おう、ゼロ」
ネオザルスが吠えた。
耳を劈くような咆哮と共に、巨体が再び動き出す。踏み出した一歩で地面が陥没し、俺たちの足元が揺れた。
「止めねえと住宅地に到達するぞ!」
『分かってる!』
ゼロが正面から飛び出す。ネオザルスの振り下ろした右腕をスラッガーで弾き、流れるように左へ回り込む。だがネオザルスは簡単には止まらない。左腕を横薙ぎに振り、ゼロを弾き飛ばそうとする。
『太郎、聞け』
ゼロの声が戦闘中だというのに妙に静かだった。
『こいつの身体を見ろ。皮膚、角、棘、尾——全部が自然な生態系から外れてる』
「どういう意味だ」
『これはただの怪獣じゃない。色々な怪獣の遺伝子を組み込んで造られた存在だ。バイオテクノロジーで設計された改造怪獣——それがハイパークローン怪獣ネオザルスだ』
ドガンッ!
説明を遮るように、ネオザルスの尾が振り上げられた。俺は一歩踏み込み、その尾を掌で受け流す。ズシンとした衝撃が腕を走り、地面に足がめり込む。硬い。鱗の一枚一枚に違う質感が混じっているのが分かる。
(色々な怪獣の遺伝子、か)
グランドタイラントの戦いを思い出す。あいつも複数の怪獣が合体して生まれた存在だった。だがネオザルスはそれとは違う。合体じゃない。最初から一つの個体として設計され造られた。
「つまり誰かが造ってここへ送り込んだってことか」
『そういうこと、だが少なくとも、裏で糸を引いてる奴がいる』
ネオザルスが再び咆哮した。胸の青い部分が僅かに光る。次のホーミングビームの予兆だ。だが今はまだ充填されていない。今なら。
「太郎、チャンスだ。あいつの体制を崩せ。俺がそこへ入る」
『了解』
俺はネオザルスへ向かって走り出した。ギレーヌの感覚が、ネオザルスの動きを正確に読み取る。尾が振り上げられる。先読み。俺は足を止めずに右へステップを踏んだ。尾が空を切る。風圧だけで頬が切れそうだ。
その隙に、ネオザルスの右腕が迫る。俺は身体を沈め、その腕を外へ払った。レオの掌がネオザルスの腕を叩く。バキッという音と共に、ネオザルスの体勢が崩れる。重心が右へ流れた。
「今だゼロ!!」
『任せろ!!』
ゼロが踏み込んだ。ネオザルスの崩れた左側へ、ゼロスラッガーを逆手に構えて突っ込む。俺は逆方向へ回り込み、ネオザルスの逃げ場を塞いだ。
(決める——!)
ゼロと目が合う。短い合図。呼吸が合う。
ネオザルスが再び距離を取った。
巨体が数歩後退し、低い唸り声を上げる。胸の青い部分が明滅を始めた。さっきよりも強い光。充填速度が速い。
「来るぞ、太郎」
「ああ」
俺とゼロは同時に後退した。ネオザルスとの距離を確保する。ここからなら、あいつのビームが来ても対処できる。いや、対処しなきゃいけない。
(決めないと)
ネオザルスの胸の光が強くなる。ホーミングビームだ。さっきみたいに回避して相殺して、ってやっていたらキリがない。一撃で決める必要がある。
「ゼロ、やるか」
「ああ。俺とお前で——」
ゼロが俺の前に出た。
レオの身体が一歩後ろに下がり、ゼロの背中を庇う位置に構える。前と後ろ。二段構え。その意図を俺は即座に理解した。
(これか)
ゼロが腰を落とした。膝を曲げ重心を下げ、両足を肩幅より少し広めに開く。安定した構え。だが、ただ安定しているだけじゃない。全身の筋肉が、力を溜めるために微かに震えているのが分かる。
「太郎、続けろ」
「分かった」
俺はゼロの背後に立った。距離は一歩。近すぎず遠すぎず、お互いの気配を感じ取れる位置。
そして——腕を動かした。
ゼロが右手を上げる。俺も右手を上げる。空気を裂くような動き。同時に、左手も上げる。二つの腕が、空間で重なる。
手を合わせる位置。高さ。角度。
ゼロが合わせた右手に、俺の右手が重なる。ぴたりと、二つの掌が合わさった。次に左手。ゼロの左手と俺の左手が、反対側で重なる。
(力が——)
掌を通じて、ゼロの力が流れ込んでくる。熱い。まるで炎を握っているようだ。だが、熱くて気持ちいい。俺の中にあるレオの力と、ゼロの力が共鳴し始める。
足元を固めた。
砕けたアスファルトの上で、土煙が舞う。だが俺の足は揺るがない。ギレーヌの感覚が、地面の感触を正確に読み取り、最適な足の置き方を選んでいる。
腕に光が集まり始めた。
ゼロの腕から溢れ出す光と、俺の腕から溢れ出す光。二つの光が、手元で渦を巻きながら集束していく。赤と青と金。三つの色が混ざり合い、一つの光へと昇華されていく。
呼吸を合わせた。
吸って——吐いて。
ゼロの呼吸と、俺の呼吸が完全に同期する。心臓の鼓動まで合っている。ゼロの鼓動が俺の胸に響き、俺の鼓動がゼロの背中に伝わる。
(すげえ……)
先ほどまでの格闘とは違う。殴る蹴る、という直接的な力のぶつけ合いではない。もっと静かで、もっと重い。二つの力を一つにする——その緊張感。
ネオザルスが咆哮した。
胸の青い光が最大まで膨れ上がる。角のある頭部がこちらを向き、赤い目が俺たちを睨みつける。牙が剥き出しになり、喉の奥でエネルギーが膨張する音がした。
来る。
だが、こっちも準備は出来ている。
手元に集まった光が、眩いほどに輝き始めた。今にも弾けそうなほどのエネルギー。だが、まだだ。もっと集めないといけない。あいつのホーミングビームを上回る威力で——一撃で。
「太郎」
「ああ」
二人の声が重なった。
「行くぞ」
「おう」
光が、手元で完全に一つになった。
ネオザルスの口が開いた。
ゴォォォン!!
青白い光線が放たれる。さっきまでのホーミングビームとは違う。太い。光の柱が一直線にこちらへ迫ってくる。空気を焦がすような轟音と共に、夜の闇を白く染め上げる。
「今だ、ゼロ!!」
「ああ!!」
俺たちは同時に腕を突き出した。
レオゼロダブルフラッシャー。
ゼロの力とレオの力が手元で完全に一つになった光が放たれる。赤と青と金が混ざり合った光の奔流。太く、眩く、まっすぐにネオザルスの光線へ向かって突き進む。
ドォォォォン!!
二つの光線が激突した。
衝突点が白く爆ぜる。まるで小さな太陽が生まれたようだ。光と光が押し合い、せめぎ合い、鍔迫り合いの様相を呈する。ビリビリと空気が震え、耳鳴りが止まない。
(押し負けるな…!)
俺は地面を踏み締めた。足元のアスファルトが砕け、土が舞い上がる。レオの身体が前に傾きそうになるのを、ギレーヌの感覚が支える。膝を曲げ、重心を落とし一歩も引かない構えを維持する。
ゼロの背中が熱い。汗が伝うのが分かる。だがその背中は微動だにしない。
『負けるな、太郎!』
「言われなくても!!」
俺は叫び、腕に更なる力を込めた。レオの力が応える。ギレーヌの魂が、俺の中で燃え上がる。もっとだ。もっと力を。
合体光線が、押し返し始めた。
じりじりと、少しずつ。ネオザルスの光線が後退していく。青白い光が押され、白い光が前へ前へと進んでいく。
(行け…!行けえ!!)
ぐんぐんと押し込んでいく。ネオザルスの巨体が、光線の圧力に負けて後ろへ下がり始めた。足が地面を削り、土煙が上がる。
そして——
合体光線が、ネオザルスの光線を完全に飲み込んだ。
そのまま、まっすぐにネオザルスの胸部へ直撃する。
ドガアアアン!!
爆音が響き渡った。ネオザルスの胸部——青い部分が光に貫かれる。巨体が大きくのけぞった。悲鳴のような咆哮が上がる。尾が地面を激しく打ちつけ、アスファルトを粉々に砕いた。
俺は構えを解かなかった。まだ終わりじゃない。光線を押し込み続ける。とどめを刺すまで。
ネオザルスの身体が、内側から光り始めた。
亀裂が走る。胸部から全身へ、光の筋が広がっていく。鱗の一枚一枚が剥がれ落ち、その下から白い光が溢れ出す。
「終わりだ!」
俺は叫んだ。
直後——ネオザルスが爆散した。
ドォォォン!!
爆風が吹き荒れる。俺は腕で顔を庇い、踏ん張った。レオの身体が押し流されそうになるが、ギレーヌの感覚が足を支える。ゼロも同じように構えを維持している。
光の粒子が、夜空に降り注いだ。まるで星屑のように。赤茶色だった巨体が、無数の光の粒となって消えていく。
やがて爆煙が収まり——
俺とゼロは、並んで立っていた。
構えを解く。腕を下ろし、肩の力を抜く。ゼロも同じようにスラッガーを収めた。
「やったか」
『ああ。終わったな』
ゼロの声が、どこか安堵に満ちていた。俺も同じ気持ちだった。
「王〜〜〜!!」
後ろから声がした。振り返ると、絶花とアンビーが駆け寄ってくる。絶花は剣を手にしたまま、アンビーは周囲を警戒しながら。
「お疲れ様です、王!」
「ああ。避難は?」
「完了しました。全員無事です」
「そうか。よくやった」
俺は頷いた。隣でアンビーが、爆煙の跡を見つめている。
「…終わったの?」
「ああ。終わった」
アンビーは黙って光の粒子が消えていく空を見上げた。その横顔に、何か思うところがあるように見えたが、今は聞かない。
(後で聞こう)
俺はそう思った。今は——まずは、この夜を終わらせることだ。
* * *
避難者の声が遠ざかっていく。
まだ空気中に砂埃が漂っている。ネオザルスがいた場所には、光の粒子が最後の残滓のように浮遊していた。爆煙は晴れたが、焦臭さが鼻に残る。
俺は絶花とアンビーのもとへ戻った。変身を解き、ウルトライズアイをブレスレットに戻す。ゼロの意識が脳内で静かに安堵したのを感じた。
「二人とも、無事か」
「はい。王も」絶花が剣を下ろして小さく息を吐いた。「避難誘導は完了しました。負傷者はいません」
「そうか。助かったよ、二人とも」
俺は素直に言った。今回は俺たちが前線で暴れている間、地上の避難を任せたのは絶花とアンビーだ。あの規模の怪獣戦で、人的被害ゼロは並大抵のことじゃない。
「アンビー、お前も無事だな」
「ええ。問題ないわ」
アンビーが淡々と答える。いつもの調子だ。短く、無駄がなく、感情の波がない。
だが——。
「一つ報告がある。あいつ、ネオザルスはただの怪獣じゃなかった」
俺は言った。アンビーの顔を見ながら。
「人為的に造られた改造怪獣だ。誰かが色々な怪獣の遺伝子を組み込んで設計した。自然発生じゃない。ゼロが言っていた」
「……改造怪獣」
アンビーが繰り返した。
一拍、遅れた。
ほんの一瞬。会話の間に、薄膜のような沈黙が挟まった。アンビーの手が——剣を収めかけていた手が、途中で止まった。
(……?)
俺はその間に気づいた。アンビーの視線が俺から外れ、ネオザルスがいた場所——もう何もない、光の粒子だけが漂う空へ向いた。
琥珀色の瞳が、何かを見ているようだった。いや、何かを思い出しているようだと言った方が正しいかもしれない。
「アンビー」
絶花が呼んだ。
声に反応して、アンビーの視線が戻った。手が動き出し、剣を腰へ収める。いつもの手つきに戻った。無駄のない、実務的な動き。
「……ごめんなさい。何か言った?」
「いや。無事か聞いただけだ」
「無事よ。問題ないわ」
アンビーは短く答えた。いつもの返答だ。
だが——。
俺の手元には、さっきの一拍が残っていた。アンビーの視線が向いた先。改造怪獣という言葉に反応した手の止まり。そして絶花に呼ばれて戻った顔。
(何かあるな)
俺は感じた。だが今ここで聞く言葉ではない。アンビーの表情には何も出ていない。手つきも視線も、もういつもの彼女に戻っている。
ただ——。
その沈黙だけが、俺の中に残った。
「太郎、戻りましょう。拠点で報告をまとめないと」絶花が言った。
「ああ。そうだな」
俺は頷いた。三人で歩き出す。アンビーは無言でついてくる。いつも通りの距離感で、いつも通りの足取りだ。
だが俺の背中には、さっきのアンビーの目が残っていた。
何かを——何かを知っている目だった。
* * *
拠点へ戻る道すがら、アンビーはいつもの短い返答を繰り返した。「ええ」「問題ないわ」「大丈夫」。絶花も特に何も言わず、ただ歩いた。
ただ、一度だけアンビーが夜空を見上げた。星が幾つか見えていた。光の粒子はもう消えていたが、その場所には何も残っていない。
俺は何も聞かなかった。
聞くなら、本人が話し始めた時だ。
夜の風が、三人の背中を押していく。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王