サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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模倣 Part4

買い物は三人分だ。

日用品の補充と、ついでに賞味期限の近い惣菜を几つか。拠点の食料庫が寂しくなりつつあるのに気づいたのが昼過ぎ、店に着いたのが夕方前だった。

 

「はい、これ」

 

レジ袋を三つ受け取った。店員が手早く詰めて渡してくれる。俺は二つを持ち、残りの一つを絶花に渡そうとした。

 

その時。

 

アンビーの手が伸びた。

 

「持つわ」

 

「あ?」

 

「荷物。持つわ」

 

アンビーが俺の手元の袋と絶花の分まで視線で示して、もう一度手を伸ばした。淡々とした口調。いつも通りの落ち着いた声だ。だがその手はしっかりと袋の持ち手を狙っていた。

 

「運ぶのは得意よ。体力はあるから」

 

「いや、お前が全部持つ必要ねえだろ」

 

俺は袋の持ち手を引いた。アンビーの指先が持ち手を掠めて、空中で行き場を失った。数秒。その手が少し泳いでから、アンビーは膝のあたりに掌を戻した。

 

(なんでこんなことで張り切んだよ)

 

アンビーの目が俺を見た。確かめるような視線。別に責めているわけじゃない。ただ、自分が役に立ちたいのだと、あの短い動作から読み取るには十分だった。

 

「私が持ってもいいのよ」

 

「いいけどよ。別に」『ああ、でもなあ……』

 

俺は袋を持ち直した。アンビーが全部背負う理由がない。こいつは仲間だ。荷物持ちじゃない。

 

「絶花、お前は自分の分持ってくれ。俺が二つ。アンビーは一つでいい」

 

「…分かった」

 

絶花が自分の袋を受け取った。それからアンビーの手にある空いた分を、一つ俺の方へ押し戻した。

 

「アンビー。無理しなくていいですから」

 

「無理じゃないわ」

 

「無理じゃないけど、分担でしょう」

 

絶花の言い方が真っ直ぐだった。アンビーが少し間を置いた。絶花の顔を見て、それから自分の手元を見た。

 

「…分かった」

 

アンビーが一つの袋を受け取った。持ち手を握る指先が少し動いた。握り直している。行き場を失った手が、ようやく目的を見つけた時の手つきだ。

 

三人並んで店を出る。

 

アンビーの歩幅が俺たちに合っている。昨日までは少し遅れていた。今日は並んでいる。

 

「映画でも観に行くか」

 

アンビーがふいに言った。

 

「は?」

 

「映画。観に行かない?」

 

アンビーの視線が俺を見て、それから絶花を見た。琥珀色の瞳の中に、何か楽しみを探している色があった。

 

映画館の前に立てば、上映案内のパネルが目に入る。

今週のラインナップ。新作が三本、再上映が二本。レイトショーもいくつか。

 

アンビーは最初に上映時間を見た。

 

「十九時のが一番都合がいいわね。移動を考えたら」

 

「お前、映画観るのにスケジュール組むのか」

 

「効率は大事よ」

 

淡々と返す。だがその目はパネルの上を滑っている。上映時間の次に作品名を辻り、次にジャンル分けを確認している。順番が筋肉みたいだ。

 

「で、何が見たいんだ」

 

俺が聞いた。アンビーは答えかけた。唇が一文字開いて、止まった。

 

俺の顔を見て、絶花を見た。

 

(何だ)

 

「あなたたちは何が好きなの」

 

「俺に好みを聞くなよ」

 

「聞いてるのよ」

 

アンビーの視線がポスターに戻る。右手が少し上がって、止まった。アクション物のポスターの前だ。指先が二秒ほどそこにあって、隣の sf 洋画のポスターへ移った。そこでも止まらない。もう一つ先の、再上映のコーナーへ。

 

「…王は派手な方が好きそうね」

 

「俺かよ。まあ、間違っちゃねえけど」

 

「私は別に何でもいいです」

 

絶花が言った。

 

「何でもいいってのは一番困るやつだぞ」

 

「困らないです。本当に何でもいいから」

 

「嘘つけ。お前ホラーは絶対無理だろ」

 

「…それは」

 

絶花が視線を逸らした。図星らしい。

 

アンビーがポスターの間で指を止めた。

 

「これ」

 

再上映の一本。宇宙を舞台にしたSF冒険物のポスター。古いけれど、劇場での上映は久しぶりだと書いてある。

 

「これなら三人とも楽しめると思う」

 

アンビーの声はいつも通り落ち着いていた。だが指先はポスターから離さなかった。

 

「宇宙物か」

 

俺はポスターを見た。青い星と宇宙船。タイトルの下には「孤独な旅が終わる場所」と宣伝文句。

 

「展開は分かるけど、これ二時間半か。長いな」

 

「長いのは問題ないわ。中身が濃いなら」

 

アンビーはそう言ってポスターの端を指差した。

 

「ここ。『帰る場所を探す物語』って書いてある」

 

「それ冒険の標語みたいなもんだろ。どうせ最後は仲間と出会って仲間と帰るんだろ」

 

「それは典型的な展開ね。でも、この船のデザイン。軍用じゃない」

 

アンビーの指が宇宙船の絵に止まった。

 

「民生用の船なのに、宇宙港から出発してる。つまり追われてるのか、それとも逃げてるのか」

 

「逃げてるのか」

 

「それなら冒険じゃなくて逃避行になる。帰る場所を探す、というより失くした場所を思い出す話かもしれない」

 

真面目だ。ポスター一枚からそこまで読み取るか。俺は別のポスターに目をやった。

 

「こっちのアクション物はどうだ。怪獣映画だぞ。俺にはこっちの方が親近感ある」

 

「怪獣映画?」

 

「地球の守り神と侵略怪獣が戦うやつ」

 

「…それ、あなたの話に似てない?」

 

「似てねえよ」

 

絶花がポスターを見比べた。

 

「怪獣映画は最後は地球が助かるから安心して観られます」

 

「ネタバレ自供したぞ絶花」

 

「王が聞いたんです」

 

「聞いてねえ」

 

アンビーは二本のポスターを交互に見た。

 

「怪獣映画もいいわね。でも三人で観るなら、展開が読める方が退屈しないかもしれない」

 

「退屈しない展開になるのかよ」

 

「議論しながら観られるから。あなたのツッコミが冴えるわ」

 

「俺のツッコミを映画館で披露する気かよ」

 

アンビーの口元が少しだけ動いた。笑ったのかもしれない。

 

「宇宙物は静かな映画です」

 

絶花がぽつりと言った。

 

「戦闘があっても、音がないとか。宇宙って無音でしょう。静かな映画も観たいです」

 

「絶花お前静かなのが好きだったのか」

 

「…たまには」

 

俺は二人を見た。アンビーは宇宙物。絶花は静かな映画。俺はアクション。正直言えばどれでもいい。三人で観られるなら。

 

「まあいい。宇宙物で」

 

「決まりね」

 

アンビーが頷いた。

 

「この映画、ラストは分からないわ。でも終わり方が綺麗だと聞いたことがある。三人で観るにはいいと思う」

 

「綺麗な終わり方か」

 

「ええ。物語がちゃんと終わる映画は少ないから」

 

アンビーの声が少し静かになった。だがすぐにまたいつもの調子に戻った。

 

「十九時の回ね。時間は十分」

 

「じゃあチケット買ってくるか」

 

俺はポスターから目を離してチケット売り場に向かった。アンビーと絶花が後ろからついてくる。

 

「映画館のポップコーンは必須よ」

 

「食い物の話をするな。腹が減る」

 

「王、出発前に食べて来ればよかったんです」

 

「うるせえ」

 

照明が落ちた。

闇が客席を覆う。隣の絶花の肩が薄っすらと見えるだけ。アンビーの顔はもう分からない。だが呼吸だけは聞こえる。静かに整えられた呼吸。画面の光が反転して、闇の中に青い弧を描いた。

宇宙が映し出される。

星の海。無音。上映開始だ。

 

映画は静かに始まった。

宇宙船が漂う。民生用の船。アンビーがポスターで指差した通りだ。古い型の船体に傷が走っている。追われているのか、逃げているのか——まだ分からない。

俺は肘掛けに腕を置いた。座席の振動が掌に伝わる。船のエンジン音なのか、映画館の音響なのか。その曖昧さがいい。

 

三十分ほど経った頃だった。

画面の中で船が小さな惑星に近づいている。主人公が窓から星を見上げる。ただそれだけの場面。だがその構図が——何か記憶に引っかかった。

隣のアンビーが身を乗り出した。

肘掛けに置いた指が止まっている。画面の光が琥珀色の瞳に映っている。瞬きが減っている。呼吸が一拍だけ止まったのが分かった。

(何を見てる)

画面の中の星か。主人公の背中か。それとも——帰る場所を探す船の航跡か。

アンビーの指が動き出した。ゆっくりと。肘掛けの縁を辿る。息を吐いた。長い、細い息。肩の力が抜けた。

「……いいわね」

ささやきだった。独り言かもしれない。俺は聞かなかったことにした。だが口元が少しだけ緩んでいたのは見た。

俺も画面に視線を戻した。主人公の横顔。星を映す瞳。確かに悪くない場面だ。

 

映画は続いた。

戦闘の場面で座席が振動した。絶花が小さく身じろぎしたのが分かった。音がない宇宙での爆発。無音の衝撃。絶花の言った通りだ。静かな映画。

俺は楽しんでいた。隣のアンビーが身を乗り出したり指を止めたりするのを、ちらちらと見ながら。

(映画を観ている時くらい、兵士のいない時間だ)

 

やがて画面が暗転した。

エンドロールが流れる。静かな音楽。客席にため息がいくつか重なる。

照明が戻った。

俺は目を瞬かせた。光が眩しい。隣を見た。

アンビーがこちらを見ていた。瞳がまだ画面の残像を宿しているみたいに少しだけ潤んでいた。だがすぐにいつもの表情に戻った。

「終わったわね」

「ああ」

絶花が席から立ち上がる。俺も続いた。アンビーは最後に立ち上がった。座席の肘掛けから指が離れるのが一瞬遅かった。

 

映画館の休憩スペースに落ち着いた。

自動販売機で買った飲み物を手に、ベンチに三人並んで座る。まだ 上映館の空気が肌に残っている。暗闇の余韻だ。

 

「で、どうだった」

 

俺は何気なく聞いた。絶花が先に答えるかと思ったが、アンビーの方がカップを両手で包んだまま口を開いた。

 

「主人公が船の窓を拭く場面」

 

「窓を拭く?」

 

俺は眉を上げた。あの場面だ。確かにあった。主人公が袖でガラスを拭って、星を見る。五秒くらいの場面だ。

 

「あそこが一番良かったのか。戦闘もあるぞ」

 

「戦闘も良かったわ。でも、あの場面——」

 

アンビーが言葉を探した。カップを持つ指が少し止まる。

 

「汚れた窓を自分で拭いて、外を見た。誰に頼まれた訳でもない。ただ見えたから拭いた」

 

「…それがいいのか」

 

「自分で選んでるから」

 

アンビーの声が少しだけ続いた。いつもより言葉が多い。

 

「戦闘の時は誰かに守られてる。でもあの場面は、自分で窓を拭いて自分で星を見た。それだけのことなんだけど」

 

カップを持つ手が止まった。俺と絶花の顔を交互に見てから、アンビーは少し息を吐いた。

 

「…意外とそういうのが大事なのかもしれない、って」

 

俺は黙った。

言いたいことが何となく分かった気がした。だが言葉にはしなかった。

 

「私はあの静かな場面が良かったです」

 

絶花が口を開いた。

 

「音がないでしょう。宇宙で爆発しても音がしない。あれが、なんか…」

 

「なんか?」

 

「正しいな、と思って。現実もそうだから」

 

絶花が小さく言った。アンビーが絶花を見た。一拍。

 

「…そうね。現実は静かに変わっていく」

 

アンビーの声が少し柔らかくなった。俺は二人の間を行き来する空気を感じた。同じ場面を見て、違う場所に目を留めた。三人それぞれの受け取り方。

 

「俺はさ、あのラストが良かったよ」

 

俺も言った。

 

「帰る場所がなくても、進んでた。最後まで進んでた。あれはかっこいい」

 

「かっこいい、か」

 

アンビーが小さく繰り返した。カップをもう一度口に運ぶ。飲み物が温くなっている。

 

「あなたらしいわね」

 

「らしいって何」

 

「分からない?」

 

「分からねえよ」

 

アンビーは答えなかった。だのその沈黙が、何かを含んでいた。

 

アンビーの手が、ベンチの肘掛けに置かれたチラシを拾い上げた。

 

「次回作」

 

横にあった上映予定のチラシだ。来月公開の新作。宇宙を舞台にした冒険物のようだ。アンビーはそれをしばらく見つめてから、俺たちの方へ差し出した。

 

「来月。これ」

 

「ああ、続編かよ」

 

俺はチラシを受け取った。前作の主人公が戻ってくるらしい。タイトルの下に「帰る場所は、自分で決める」と書いてある。

 

(さっきの映画と似たような売り文句だな)

 

「観たいわ」

 

アンビーの声は淡々としていた。だがチラシを指差す手が少し前に出ている。自分から見たいと言った。それがさっきまでの彼女とは少し違う。

 

「面白そうですね」

 

絶花がチラシを覗き込んだ。

 

「前作の続きなら、前のを見てからの方がいいです」

 

「そうね。前作も観ておくべきね」

 

アンビーが頷いた。それから一拍置いて、俺たちの顔を見た。

 

「また、三人で来られるかしら」

 

問いかけだった。声は落ち着いていた。だがチラシの端を握る指先が少し止まった。返事を待つ間の沈黙。視線が俺と絶花の間を一度だけ往復した。

 

「当たり前だろ」

 

俺は即答した。

 

「面白かったんだから。次も来るよ」

 

「私も……特に予定はないですし」

 

絶花が少し言い淀んでから付け足した。

 

「映画は……たまにはいいです」

 

「たまには、かよ」

 

「毎週は無理です」

 

俺が笑って、アンビーの口元が僅かに緩んだ。

 

アンビーはチラシを持ち直した。指先が紙の端を整える。折り目を丁寧に合わせて、畳み始めた。几帳面な手つきだ。まるで何かをしまい込むというより、大切に仕舞う動作だった。

 

「じゃあ、来月」

 

アンビーは畳んだチラシをポケットに入れた。

 

「楽しみね」

 

その声はいつもの通り落ち着いていた。だが「楽しみ」という言葉を、こいつは今まで一度も使ったことがなかった。

 

ポケットの通信端末が震えた。

低い振動。映画館の喧騒に紛れて、一瞬だけ聞き逃しそうになる。だが俺の手は条件反射で端末を取り出していた。

 

「……少し待て」

 

アンビーの言葉を遮ってしまった。さっきまでの会話の余韻がまだ唇に残っている。だが掌の中の振動はそれを上書きした。

 

『太郎、緊急だ』

 

ギレーヌの声だった。低く鋭い。

 

『北東の工業地帯に怪獣反応。大型。今のところ市街地への進行はないが、いずれこちらへ向かう可能性がある』

 

「了解。規模は」

 

『三十メートル級。姿はまだ確認できていない。ただし、周辺の工場地帯に被害が出ている』

 

「分かった。すぐに行く」

 

通信を切った。アンビーと絶花の視線が同時に俺に向いた。二人とも、俺の声の変化に気づいたのだろう。

 

「王、何があったんですか」

 

絶花が先に尋ねた。手にはまだ飲みかけのカップ。だが指先に力が入っている。

 

「北東の工業地帯に怪獣が出た」

 

短く告げた。それだけで十分だった。アンビーがポケットから畳んだチラシを取り出し、もう一度だけ見てから仕舞い直した。視線が周囲を一巡する。出口の位置。人々の流れ。逃げ道の確認。彼女の目は、さっきまで映画の主人公を見ていた瞳ではなくなっていた。

 

「行きましょう」

 

アンビーの声は落ち着いていた。だが立ち上がる動作は素早い。絶花も無言でカップを捨て、腰の剣に手を添えた。

 

俺たちは顔を見合わせた。言葉は必要なかった。ただ互いの目を見て、頷いた。

 

映画の余韻は、そこで途切れた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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