サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
買い物は三人分だ。
日用品の補充と、ついでに賞味期限の近い惣菜を几つか。拠点の食料庫が寂しくなりつつあるのに気づいたのが昼過ぎ、店に着いたのが夕方前だった。
「はい、これ」
レジ袋を三つ受け取った。店員が手早く詰めて渡してくれる。俺は二つを持ち、残りの一つを絶花に渡そうとした。
その時。
アンビーの手が伸びた。
「持つわ」
「あ?」
「荷物。持つわ」
アンビーが俺の手元の袋と絶花の分まで視線で示して、もう一度手を伸ばした。淡々とした口調。いつも通りの落ち着いた声だ。だがその手はしっかりと袋の持ち手を狙っていた。
「運ぶのは得意よ。体力はあるから」
「いや、お前が全部持つ必要ねえだろ」
俺は袋の持ち手を引いた。アンビーの指先が持ち手を掠めて、空中で行き場を失った。数秒。その手が少し泳いでから、アンビーは膝のあたりに掌を戻した。
(なんでこんなことで張り切んだよ)
アンビーの目が俺を見た。確かめるような視線。別に責めているわけじゃない。ただ、自分が役に立ちたいのだと、あの短い動作から読み取るには十分だった。
「私が持ってもいいのよ」
「いいけどよ。別に」『ああ、でもなあ……』
俺は袋を持ち直した。アンビーが全部背負う理由がない。こいつは仲間だ。荷物持ちじゃない。
「絶花、お前は自分の分持ってくれ。俺が二つ。アンビーは一つでいい」
「…分かった」
絶花が自分の袋を受け取った。それからアンビーの手にある空いた分を、一つ俺の方へ押し戻した。
「アンビー。無理しなくていいですから」
「無理じゃないわ」
「無理じゃないけど、分担でしょう」
絶花の言い方が真っ直ぐだった。アンビーが少し間を置いた。絶花の顔を見て、それから自分の手元を見た。
「…分かった」
アンビーが一つの袋を受け取った。持ち手を握る指先が少し動いた。握り直している。行き場を失った手が、ようやく目的を見つけた時の手つきだ。
三人並んで店を出る。
アンビーの歩幅が俺たちに合っている。昨日までは少し遅れていた。今日は並んでいる。
「映画でも観に行くか」
アンビーがふいに言った。
「は?」
「映画。観に行かない?」
アンビーの視線が俺を見て、それから絶花を見た。琥珀色の瞳の中に、何か楽しみを探している色があった。
映画館の前に立てば、上映案内のパネルが目に入る。
今週のラインナップ。新作が三本、再上映が二本。レイトショーもいくつか。
アンビーは最初に上映時間を見た。
「十九時のが一番都合がいいわね。移動を考えたら」
「お前、映画観るのにスケジュール組むのか」
「効率は大事よ」
淡々と返す。だがその目はパネルの上を滑っている。上映時間の次に作品名を辻り、次にジャンル分けを確認している。順番が筋肉みたいだ。
「で、何が見たいんだ」
俺が聞いた。アンビーは答えかけた。唇が一文字開いて、止まった。
俺の顔を見て、絶花を見た。
(何だ)
「あなたたちは何が好きなの」
「俺に好みを聞くなよ」
「聞いてるのよ」
アンビーの視線がポスターに戻る。右手が少し上がって、止まった。アクション物のポスターの前だ。指先が二秒ほどそこにあって、隣の sf 洋画のポスターへ移った。そこでも止まらない。もう一つ先の、再上映のコーナーへ。
「…王は派手な方が好きそうね」
「俺かよ。まあ、間違っちゃねえけど」
「私は別に何でもいいです」
絶花が言った。
「何でもいいってのは一番困るやつだぞ」
「困らないです。本当に何でもいいから」
「嘘つけ。お前ホラーは絶対無理だろ」
「…それは」
絶花が視線を逸らした。図星らしい。
アンビーがポスターの間で指を止めた。
「これ」
再上映の一本。宇宙を舞台にしたSF冒険物のポスター。古いけれど、劇場での上映は久しぶりだと書いてある。
「これなら三人とも楽しめると思う」
アンビーの声はいつも通り落ち着いていた。だが指先はポスターから離さなかった。
「宇宙物か」
俺はポスターを見た。青い星と宇宙船。タイトルの下には「孤独な旅が終わる場所」と宣伝文句。
「展開は分かるけど、これ二時間半か。長いな」
「長いのは問題ないわ。中身が濃いなら」
アンビーはそう言ってポスターの端を指差した。
「ここ。『帰る場所を探す物語』って書いてある」
「それ冒険の標語みたいなもんだろ。どうせ最後は仲間と出会って仲間と帰るんだろ」
「それは典型的な展開ね。でも、この船のデザイン。軍用じゃない」
アンビーの指が宇宙船の絵に止まった。
「民生用の船なのに、宇宙港から出発してる。つまり追われてるのか、それとも逃げてるのか」
「逃げてるのか」
「それなら冒険じゃなくて逃避行になる。帰る場所を探す、というより失くした場所を思い出す話かもしれない」
真面目だ。ポスター一枚からそこまで読み取るか。俺は別のポスターに目をやった。
「こっちのアクション物はどうだ。怪獣映画だぞ。俺にはこっちの方が親近感ある」
「怪獣映画?」
「地球の守り神と侵略怪獣が戦うやつ」
「…それ、あなたの話に似てない?」
「似てねえよ」
絶花がポスターを見比べた。
「怪獣映画は最後は地球が助かるから安心して観られます」
「ネタバレ自供したぞ絶花」
「王が聞いたんです」
「聞いてねえ」
アンビーは二本のポスターを交互に見た。
「怪獣映画もいいわね。でも三人で観るなら、展開が読める方が退屈しないかもしれない」
「退屈しない展開になるのかよ」
「議論しながら観られるから。あなたのツッコミが冴えるわ」
「俺のツッコミを映画館で披露する気かよ」
アンビーの口元が少しだけ動いた。笑ったのかもしれない。
「宇宙物は静かな映画です」
絶花がぽつりと言った。
「戦闘があっても、音がないとか。宇宙って無音でしょう。静かな映画も観たいです」
「絶花お前静かなのが好きだったのか」
「…たまには」
俺は二人を見た。アンビーは宇宙物。絶花は静かな映画。俺はアクション。正直言えばどれでもいい。三人で観られるなら。
「まあいい。宇宙物で」
「決まりね」
アンビーが頷いた。
「この映画、ラストは分からないわ。でも終わり方が綺麗だと聞いたことがある。三人で観るにはいいと思う」
「綺麗な終わり方か」
「ええ。物語がちゃんと終わる映画は少ないから」
アンビーの声が少し静かになった。だがすぐにまたいつもの調子に戻った。
「十九時の回ね。時間は十分」
「じゃあチケット買ってくるか」
俺はポスターから目を離してチケット売り場に向かった。アンビーと絶花が後ろからついてくる。
「映画館のポップコーンは必須よ」
「食い物の話をするな。腹が減る」
「王、出発前に食べて来ればよかったんです」
「うるせえ」
照明が落ちた。
闇が客席を覆う。隣の絶花の肩が薄っすらと見えるだけ。アンビーの顔はもう分からない。だが呼吸だけは聞こえる。静かに整えられた呼吸。画面の光が反転して、闇の中に青い弧を描いた。
宇宙が映し出される。
星の海。無音。上映開始だ。
映画は静かに始まった。
宇宙船が漂う。民生用の船。アンビーがポスターで指差した通りだ。古い型の船体に傷が走っている。追われているのか、逃げているのか——まだ分からない。
俺は肘掛けに腕を置いた。座席の振動が掌に伝わる。船のエンジン音なのか、映画館の音響なのか。その曖昧さがいい。
三十分ほど経った頃だった。
画面の中で船が小さな惑星に近づいている。主人公が窓から星を見上げる。ただそれだけの場面。だがその構図が——何か記憶に引っかかった。
隣のアンビーが身を乗り出した。
肘掛けに置いた指が止まっている。画面の光が琥珀色の瞳に映っている。瞬きが減っている。呼吸が一拍だけ止まったのが分かった。
(何を見てる)
画面の中の星か。主人公の背中か。それとも——帰る場所を探す船の航跡か。
アンビーの指が動き出した。ゆっくりと。肘掛けの縁を辿る。息を吐いた。長い、細い息。肩の力が抜けた。
「……いいわね」
ささやきだった。独り言かもしれない。俺は聞かなかったことにした。だが口元が少しだけ緩んでいたのは見た。
俺も画面に視線を戻した。主人公の横顔。星を映す瞳。確かに悪くない場面だ。
映画は続いた。
戦闘の場面で座席が振動した。絶花が小さく身じろぎしたのが分かった。音がない宇宙での爆発。無音の衝撃。絶花の言った通りだ。静かな映画。
俺は楽しんでいた。隣のアンビーが身を乗り出したり指を止めたりするのを、ちらちらと見ながら。
(映画を観ている時くらい、兵士のいない時間だ)
やがて画面が暗転した。
エンドロールが流れる。静かな音楽。客席にため息がいくつか重なる。
照明が戻った。
俺は目を瞬かせた。光が眩しい。隣を見た。
アンビーがこちらを見ていた。瞳がまだ画面の残像を宿しているみたいに少しだけ潤んでいた。だがすぐにいつもの表情に戻った。
「終わったわね」
「ああ」
絶花が席から立ち上がる。俺も続いた。アンビーは最後に立ち上がった。座席の肘掛けから指が離れるのが一瞬遅かった。
映画館の休憩スペースに落ち着いた。
自動販売機で買った飲み物を手に、ベンチに三人並んで座る。まだ 上映館の空気が肌に残っている。暗闇の余韻だ。
「で、どうだった」
俺は何気なく聞いた。絶花が先に答えるかと思ったが、アンビーの方がカップを両手で包んだまま口を開いた。
「主人公が船の窓を拭く場面」
「窓を拭く?」
俺は眉を上げた。あの場面だ。確かにあった。主人公が袖でガラスを拭って、星を見る。五秒くらいの場面だ。
「あそこが一番良かったのか。戦闘もあるぞ」
「戦闘も良かったわ。でも、あの場面——」
アンビーが言葉を探した。カップを持つ指が少し止まる。
「汚れた窓を自分で拭いて、外を見た。誰に頼まれた訳でもない。ただ見えたから拭いた」
「…それがいいのか」
「自分で選んでるから」
アンビーの声が少しだけ続いた。いつもより言葉が多い。
「戦闘の時は誰かに守られてる。でもあの場面は、自分で窓を拭いて自分で星を見た。それだけのことなんだけど」
カップを持つ手が止まった。俺と絶花の顔を交互に見てから、アンビーは少し息を吐いた。
「…意外とそういうのが大事なのかもしれない、って」
俺は黙った。
言いたいことが何となく分かった気がした。だが言葉にはしなかった。
「私はあの静かな場面が良かったです」
絶花が口を開いた。
「音がないでしょう。宇宙で爆発しても音がしない。あれが、なんか…」
「なんか?」
「正しいな、と思って。現実もそうだから」
絶花が小さく言った。アンビーが絶花を見た。一拍。
「…そうね。現実は静かに変わっていく」
アンビーの声が少し柔らかくなった。俺は二人の間を行き来する空気を感じた。同じ場面を見て、違う場所に目を留めた。三人それぞれの受け取り方。
「俺はさ、あのラストが良かったよ」
俺も言った。
「帰る場所がなくても、進んでた。最後まで進んでた。あれはかっこいい」
「かっこいい、か」
アンビーが小さく繰り返した。カップをもう一度口に運ぶ。飲み物が温くなっている。
「あなたらしいわね」
「らしいって何」
「分からない?」
「分からねえよ」
アンビーは答えなかった。だのその沈黙が、何かを含んでいた。
アンビーの手が、ベンチの肘掛けに置かれたチラシを拾い上げた。
「次回作」
横にあった上映予定のチラシだ。来月公開の新作。宇宙を舞台にした冒険物のようだ。アンビーはそれをしばらく見つめてから、俺たちの方へ差し出した。
「来月。これ」
「ああ、続編かよ」
俺はチラシを受け取った。前作の主人公が戻ってくるらしい。タイトルの下に「帰る場所は、自分で決める」と書いてある。
(さっきの映画と似たような売り文句だな)
「観たいわ」
アンビーの声は淡々としていた。だがチラシを指差す手が少し前に出ている。自分から見たいと言った。それがさっきまでの彼女とは少し違う。
「面白そうですね」
絶花がチラシを覗き込んだ。
「前作の続きなら、前のを見てからの方がいいです」
「そうね。前作も観ておくべきね」
アンビーが頷いた。それから一拍置いて、俺たちの顔を見た。
「また、三人で来られるかしら」
問いかけだった。声は落ち着いていた。だがチラシの端を握る指先が少し止まった。返事を待つ間の沈黙。視線が俺と絶花の間を一度だけ往復した。
「当たり前だろ」
俺は即答した。
「面白かったんだから。次も来るよ」
「私も……特に予定はないですし」
絶花が少し言い淀んでから付け足した。
「映画は……たまにはいいです」
「たまには、かよ」
「毎週は無理です」
俺が笑って、アンビーの口元が僅かに緩んだ。
アンビーはチラシを持ち直した。指先が紙の端を整える。折り目を丁寧に合わせて、畳み始めた。几帳面な手つきだ。まるで何かをしまい込むというより、大切に仕舞う動作だった。
「じゃあ、来月」
アンビーは畳んだチラシをポケットに入れた。
「楽しみね」
その声はいつもの通り落ち着いていた。だが「楽しみ」という言葉を、こいつは今まで一度も使ったことがなかった。
ポケットの通信端末が震えた。
低い振動。映画館の喧騒に紛れて、一瞬だけ聞き逃しそうになる。だが俺の手は条件反射で端末を取り出していた。
「……少し待て」
アンビーの言葉を遮ってしまった。さっきまでの会話の余韻がまだ唇に残っている。だが掌の中の振動はそれを上書きした。
『太郎、緊急だ』
ギレーヌの声だった。低く鋭い。
『北東の工業地帯に怪獣反応。大型。今のところ市街地への進行はないが、いずれこちらへ向かう可能性がある』
「了解。規模は」
『三十メートル級。姿はまだ確認できていない。ただし、周辺の工場地帯に被害が出ている』
「分かった。すぐに行く」
通信を切った。アンビーと絶花の視線が同時に俺に向いた。二人とも、俺の声の変化に気づいたのだろう。
「王、何があったんですか」
絶花が先に尋ねた。手にはまだ飲みかけのカップ。だが指先に力が入っている。
「北東の工業地帯に怪獣が出た」
短く告げた。それだけで十分だった。アンビーがポケットから畳んだチラシを取り出し、もう一度だけ見てから仕舞い直した。視線が周囲を一巡する。出口の位置。人々の流れ。逃げ道の確認。彼女の目は、さっきまで映画の主人公を見ていた瞳ではなくなっていた。
「行きましょう」
アンビーの声は落ち着いていた。だが立ち上がる動作は素早い。絶花も無言でカップを捨て、腰の剣に手を添えた。
俺たちは顔を見合わせた。言葉は必要なかった。ただ互いの目を見て、頷いた。
映画の余韻は、そこで途切れた。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王