サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
工業地帯の入り口に立った時、地鳴りが足裏を震わせた。
さっきまで映画館で感じていた座席の振動とは質が違う。もっと重く、もっと深い。地面の下を何かが歩いているような、そんな揺れだ。
「あっちだ」
俺は口元を引き締めた。見通しの利く場所に出る。工場の倉庫を兼ねた鉄骨のフェンス沿いに歩を進めれば、土煙が上がっているのが見えた。
「他にも避難していない人ががまだいます」
絶花が低い声で告げた。俺の横で、アンビーが周囲へ視線を走らせている。
「分かってる。まずは状況だ」
倉庫の角を曲がった時、俺は足を止めた。
屋根の上に、何かがある。
最初はそれだけだった。三階建ての工場屋根の上に、ひれ状の突起が並んでいる。背びれだ。鋸の歯みたいに連なった棘が、屋根のラインを越えて空にせり出している。
土煙が流れた。
その向こうから、順番に現れた。
まずは頭。厚みのある顎が見えた。大きな口。口の端から白い牙が並んでいる。頭頂部や側面にひれ状の突起が張り出していて、そこから首が伸びている。首は赤い。というか、頭部から首、肩にかけて赤い外皮が重なっているのだ。凹凸のある硬質な皮膚が、まるで岩殻みたいに重なり合っている。
次に胴体。黒い。首の赤さとは対照的な、黒から濃灰色の胴体。厚い。前から見ると幅があって、横から見ると背びれの棘が鋸歯状に並んでいる。
胸が目に留まった。
黄色から橙色に見える結晶状の器官が集まっている。その部分だけ明らかに質感が違う。今は発光していないが、何かを溜め込んでいるような印象がある。
太い脚が道路を踏んだ。
ドンッ。
足裏から振動が伝わる。窓ガラスが一斉に震える音が周囲の建物から重なった。一歩ごとに地面が沈む。アスファルトに亀裂が走る。
尾が遅れて建物の陰から現れた。根元が太く、先端へ向かって細くなる。それがゆっくりと振れて、倉庫の壁を擦った。金属がきしむ音が響く。
「でかい」
思わず声が出た。
三十メートルはある。いや、それ以上かもしれない。工場の屋根が腰くらいの高さにしか見えない。映画で観た怪獣とはスケールが違う。あの時の座席の振動は、これの余波だったのだ。
「太郎、ここは私が」
絶花が既に動き出していた。声のトーンが変わっている。さっきまで映画の感想を話していた女じゃない。剣士の顔になっている。
「頼む。アンビーは——」
「進行方向を見るわ」
アンビーが俺の言葉を拾った。視線が怪獣の足元から先の道路へ伸びている。どこへ向かっているのか。何を狙っているのか。それを追っている目だ。
俺は怪獣を見上げた。
ネオメガス。シグルド機関が造った人工怪獣。さっきのネオザルスとはまた違う。こいつはもっと大きくて、もっと重そうだ。
ネオメガスが顔を巡らせた。
ゆっくりと。首が動いて、赤い外皮の下の巨体が向きを変える。何かを探すように。何かの命令を待つように。
そして、ある方向へ迷いなく歩き始めた。
「あっちよ」
アンビーの声が低い。
「住宅地の方ね」
俺の背筋に冷たいものが走った。
ネオメガスは迷いがなかった。
一歩。二歩。三歩。一定のペースで、住宅地の方角へ向かっている。
(暴れてるって感じじゃねえな)
俺は思った。さっき倒したネオザルスは咆哮を上げながら破壊を撒き散らしていた。だがこいつは違う。踏み潰すのも、払いのけるのも目の前の障害物だけだ。
ガシャン!
右側の倉庫の壁が崩れた。ネオメガスの腕が擦れただけで、鉄骨が折れて瓦礫が散る。だが、その隣の倉庫には手を出さない。進行方向に邪魔なものだけを排除している。
ふいにネオメガスが足を止めた。
ドンッ。
最後の一歩が地面にめり込む。巨大な体が止まる。首が右へ傾いた。赤い外皮の下で、頭が何かを探るように動く。
一秒。二秒。
そして、頭の向きと足の運びが同時に変わった。右へ。ほんの少しだけ方向を変えて、また歩き出す。
「……止まった」
俺は呟いた。さっきまで真っ直ぐだった進路が、わずかに逸れている。
「進路を変えたわね」
アンビーの声が隣から聞こえた。振り返ると、彼女はネオメガスを見上げながら眉をひそめていた。
「指示を受けている可能性がある」
「は?」
「見て。動きが不自然」
アンビーはネオメガスを指差した。
「周りで音がしても反応しない。倉庫が崩れた音にも耳を動かさなかった。ただ、一度止まった後、頭と足が同時に動いて進路を変えた。自分で判断してる動きじゃない」
俺はネオメガスを見た。
確かに、アンビーの言う通りだ。暴れているにしては行動が限られている。破壊の対象が選別されている。止まった時の間も、何かを待っていたような間だった。
「つまり、誰かがこいつを操ってるってことか」
「操ってるか、指示を送ってるか。どちらかね」
アンビーは淡々と言った。
「機関のやり方に似てる。個体を制御して目的を遂行する。怪獣を造ったのも、制御してるのも同じ組織かもしれない」
「制御装置の位置は分かるか?」
「ここからじゃ分からない。頭部か胸部に何かあるかもしれないけど、今は断定できない」
アンビーは首を振った。
「ただ、指示を送ってる人間がどこかにいる。それだけは確か」
俺はネオメガスを見上げた。
指示を待つ怪獣。命令で動く巨獣。その背後にいるのは、やっぱりシグルド機関か。それとも別の誰かか。
「避難はほぼ完了したよね」
絶花が戻ってきた。額に汗が滲んでいるが、声は落ち着いている。
「よし。迎撃は俺とゼロでやる。アンビーは避難誘導を続けてくれ」
「分かったわ」
アンビーは短く答えた。だが視線はまだネオメガスに向けられている。
「気をつけて。こいつはただの怪獣じゃない」
「分かってる」
俺はウルトライズアイを握りしめた。
ゼロの声が脳内で響く。
『相棒、行くぞ』
「ああ。行こうぜ」
光が弾けた。
アンビーが人々のいる方向へ走り出した。
「アンビー、気をつけろよ!」
「分かってる!」
短い返事だけが返ってくる。彼女の背中はもう人混みに紛れていた。
俺は前へ出た。絶花も隣に並ぶ。
「行くぞ、絶花」
「はい」
ウルトライズアイを握りしめる。ゼロの意識が高まるのを感じた。
「コスモライズ!」
光が弾け、俺の身体が変容する。視界が高くなる。全身が光に包まれ、赤と銀の巨人——ウルトラマンゼロへと姿が変わった。
隣で絶花も変身する。彼女の手から放たれた光が周囲を照らし、青と銀の巨人——ウルトラマンZが姿を現した。
(こいつでかいな)
変身後の視界でネオメガスを見上げる。三十メートル級と聞いていたが、実物はそれ以上かもしれない。俺たちの肩くらいまであるのがこの高さだ。頭上の背びれが空を裂くように突き出している。
「太郎、進路を塞ぐぞ」
『分かってる』
俺とZはネオメガスの進行方向へ回り込んだ。市街地との距離は百メートルほど。ここで止めなければ、住宅地まで一直線だ。
ネオメガスが俺たちに気づいた。
赤い外皮に覆われた頭部がゆっくりとこちらを向く。大きな口が開き、白い牙が並ぶ。その目は無機質だった。感情がない。ただ命令に従うだけの機械のような目だ。
「通さねえよ」
俺はゼロスラッガーを構えた。
その瞬間、ネオメガスの肩が持ち上がった。
(来る!)
太い腕が振り下ろされる。風圧が顔を叩く。巨大な爪が俺の頭上へ迫ってくる。軌道は一直線。速い。だが、見える。
「ゼロ!」
Zの声が響いた。
俺は両腕を突き出し、ネオメガスの腕を受け止めた。
ドガァン!!
衝撃が全身を貫く。地面が砕け、足元が沈む。腕の骨がきしむ。重い。これほどの質量が一気に落ちてきたのだ。普通の怪獣とは違う。これは、岩の塊が落ちてきたような重さだ。
「ぐっ……!」
足元のアスファルトがさらに亀裂を走らせ、崩れ始める。押し込まれる。そのまま地面に押しつぶされる——!
その時、横から光が走った。
Zがネオメガスの腕を横から叩いた。ガギンッという金属音が響く。衝撃でネオメガスの腕が逸れ、俺の身体にかかる圧力が軽くなる。
「今だ、太郎!」
「助かった!」
俺は腕を押し返し、ネオメガスと距離を取った。足元はボロボロだ。アスファルトが粉々に砕け、コンクリートの土台が露出している。
(一撃でこれかよ)
ネオメガスを見上げる。至近距離で見ると、その赤い外皮の凹凸がよく分かる。ざらざらとした岩殻のような質感。首の周りは特に厚く、まるで鎧を着ているみたいだ。
口元の牙が光を反射して白く光る。そこから漏れる吐息が生温かい風となって顔に当たる。
「太郎、大丈夫か?」
『ああ。やっぱり重いな、こいつ』
『でも、受け止められた。俺たちならやれる』
ゼロの声に、俺は頷いた。
Zが隣に並ぶ。二刀を構え、ネオメガスと向き合う。
「次はこっちから行くぞ」
「おう」
俺たちはネオメガスと向き直った。
赤と黒の巨体が、ゆっくりと構えを取る。次の攻撃が来る。
(来い、ネオメガス)
俺は拳を握りしめた。
ネオメガスが腕を振るうたびに世界が揺れる。
俺はネオメガスの正面に立っていた。こいつを市街地から遠ざけるのが今の俺の役目だ。ゼロスラッガーを構え、ネオメガスの視線を自分に縫い付ける。
「太郎、左だ!」
Zの声。俺は横へステップを踏んだ。ネオメガスの尾が空を切る。風圧で視界が揺れる。だが——その揺れの中に、見えた。
足元だ。
俺の靴の底より下。瓦礫に埋もれた通路。ビルの一部が崩れて道を塞いでいる。そしてその瓦礫の隙間に、人がいる。
(逃げ遅れたか!)
アンビーがもうそこにいた。
俺がネオメガスを引きつけている間に、彼女は瓦礫の山へ駆け込んでいたのだ。しゃがみこんで瓦礫の隙間を覗き込んでいる。動かせる石を一枚一枚取り除いていく。小さな手が瓦礫の縁を掴み、引き抜く。
(速い)
避難誘導の時と同じ手つきだ。だが今は一人の命を扱っている。その指先が迷いなく動いている。
瓦礫の向こうから手が伸びた。住民の手だ。アンビーがその手を握った。引き寄せる。肩を貸す体勢へと体を寄せる。
ドォン!
遠くで爆発音がした。ネオメガスが又別の建物を破壊した音だ。地面が揺れる。アンビーの足が一瞬止まった。
だが——止まったのは一瞬だけだった。
彼女は足を止めた時、隣にいた住民の顔を見た。
「大丈夫。行けるわ」
短い声。静かで、落ち着いた声。映画で聞いたような、物語の中の台詞じゃない。ただ目の前の人間に向かって、事実を伝える声だ。
アンビーは住民の腕を自分の肩に乗せた。そして一歩ずつ、瓦礫の隙間を抜けていく。俺の視界の端で、二人の影が動くのが見える。アンビーの小さな肩が住民の体重を支えている。だが歩調は揃っていた。
(しっかりしてんな)
俺は思った。映画で見た主人公のセリフを口にする彼女じゃない。今の彼女は、瓦礫の中を一歩ずつ歩いている。それが答えだ。
アンビーが住民を遮蔽物の向こうへ送った。建物の陰。安全な場所だ。住民の腕がアンビーの肩から離れる。
アンビーがこちらを向いた。
俺と目が合う。距離はある。だが彼女の声は届いた。
「避難完了!」
短く手を挙げる。その手は震えていなかった。
「分かった!」
俺は叫び返した。そしてネオメガスへ向き直る。
(後は俺たちがやる)
俺はゼロスラッガーを握り直した。
「避難完了」
アンビーの声が風に乗って届いた。
俺は頷き、ネオメガスへ向き直った。
「行くぞ、太郎」
「ああ」
ゼロの声。Zも隣で構えを取る。さっきまで市街地を守るためだけに動いていた。だが今は違う。こいつを止める。それが俺たちの役目だ。
ネオメガスが吠えた。
グルルル…ガァァァ!!
全身の筋肉が痙攣し、背びれが逆立つ。胸の結晶状器官が光り始めた。黄色から橙色へ。脈動する光が口元へと集まっていく。
(来る)
俺は胸の発光を見た。これだけは分かる。あれが点滅すれば次は熱線だ。だが、それだけじゃない。顎がわずかに動く。射線の方向を決める動きだ。あれを見れば、どこを狙っているか分かる。
ネオメガスの顎が俺の方へ向いた。
(こっちか)
俺は動かなかった。顎が完全に向きを決めるまで待つ。一瞬。だがその一瞬で相手の狙いが定まる。
「太郎!」
Zの声。彼女は既に位置を変えていた。俺の斜め後ろ。同じ射線に並ばない位置だ。
ネオメガスの口が開いた。
「今だ!」
俺は横へ踏み込んだ。
ドォォン!!
熱線が俺の肩を掠める。熱。光。だが当たらない。かわした。ゼロの身体がアスファルトを削りながら横へ滑る。熱線は後方の地面を焦がし爆発した。
(今!)
「Z!」
「はい!」
Zが動いた。俺が熱線をかわした瞬間、彼女はネオメガスの側面へ滑り込んでいた。二刀が光を放ち、ネオメガスの太い脚へと叩きつけられる。
ドガン!!
金属音。硬い外皮に刃が弾かれる。だが衝撃は伝わった。ネオメガスの脚がぐらりと揺れる。踏ん張っていた右脚がずれ、巨体が傾いた。
「ぐぅぅ…!」
ネオメガスがバランスを取ろうと長い尾を地面へ叩きつける。ガガガッ!アスファルトが砕け、土煙が舞う。だが支えきれない。
「太郎、今!」
『分かってる!』
俺は走った。傾いたネオメガスの正面へ。胸の結晶状器官がまだ光っている。だが体勢を崩していては狙いが定まらない。
ドンッ!
ネオメガスが片膝をついた。
地響き。土煙。だが巨体が沈んだ。その向こうに射線が開く。
「いける!」
俺は叫んだ。ゼロスラッガーを構え、Zと視線を交わす。
「行くぞ!」
「はい!」
ネオメガスの爪が地面へ食い込んだ。
ズズズ…!
アスファルトを削りながら巨体が持ち上がる。赤い首がのそりと上がり、無機質な目が俺たちを捉えた。胸の結晶状器官が再び脈動を始める。黄色から橙色へ。光が強くなる。
(まだ撃つ気か)
だが今度は——こっちも準備ができている。
「太郎、行くぞ」
「ああ」
俺とZは視線を交わした。互いの位置を確認する。ネオメガスとの距離。射線の角度。風向き。全部一瞬で頭に入る。
ゼロスラッガーを構える代わりに、俺は両腕を十字に組んだ。ワイドゼロショットの構え。ゼロの光が腕に集まるのが分かる。
Zも腕を構えた。彼女の光線技。ゼロと同じく腕を交差させる。
ネオメガスの胸が最大まで輝いた。
「ゼロ!」
『Z!』
「放て!!」
同時に二つの光線が放たれた。
ワイドゼロショット。
Zの光線。
二つの光が空中で交差し、一つの太い光の奔流となってネオメガスへ向かう。
ドォォォォン!!
直撃。
光線がネオメガスの胸の結晶状器官を貫いた。巨体が揺れる。踏ん張ろうとする太い脚。だが光の圧力に押されて後退する。地面が削れ、土煙が舞う。長い尾がバランスを取ろうと地面を叩きつける。
ガガッ!
尾がアスファルトを砕く。だが支えきれない。片膝が再び地につく。巨体が傾く。胸の結晶状器官が砕け、光が内部から溢れ出した。
「押せ!」
『ああ!』
俺は腕にさらに力を込めた。光線が太くなる。Zの光線も重なる。二つの力が一つになり、ネオメガスを飲み込んでいく。
ネオメガスが最後の咆哮を上げた。
ガァァァァァ!!
だが声は光に遮られ、すぐに消えた。巨体が光の中へ沈んでいく。赤い外皮が砕け、黒い胴体が崩れ、長い尾が力なく地面に落ちる。
そして——
ドォォン!!
爆発した。
光が弾け、衝撃波が走る。俺とZは腕で顔を庇い踏ん張った。風圧が全身を叩く。土煙が視界を覆う。
長い時間が過ぎた気がした。
やがて風が止み、静寂が戻った。
俺は構えを解かなかった。
煙の中に何かが動く気配はないか。影が見えるか。耳を澄ます。聞こえるのは風の音だけだ。
「…終わったか」
『ああ。反応はない』
ゼロの声。俺はゆっくりと構えを解いた。
煙が晴れていく。そこにあったのは、巨大な穴だけだった。ネオメガスの姿はない。完全に消滅した。
俺は振り返った。
避難場所の方角。まだ煙が立ち上っているが、人々の声が聞こえる。無事だ。
「太郎」
Zが隣に立った。
「やりましたね」
「ああ。やったな」
俺は頷いた。
ネオメガスは倒した。だが——こいつを操っていた奴はまだいる。その疑念が胸に残ったまま、俺は空を見上げた。
土煙が薄れていく。
砕けた道路。散らばる瓦礫。ひしゃげたガードレール。焦げたアスファルト。戦いの跡が、夕暮れの光の中に生々しく残っていた。
遠くから人の声が戻り始めている。避難していた住民たちが、恐る恐るといった様子で戻ってきているのだ。サイレンの音も聞こえる。
「被害はこの一帯だけか」
俺は周囲を見回した。ネオメガスが暴れた範囲は限られていた。市街地へは進ませなかった。人的被害も——アンビーが最後まで避難誘導を続けてくれたおかげで、最小限で済んでいるはずだ。
「太郎」
絶花が戻ってきた。変身を解き、いつもの姿に戻っている。剣を腰に収め、表情は落ち着いていた。
「住民の確認は終わりました。重傷者はいません」
「そうか。よくやった」
「アンビーが最後まで誘導していましたから」
絶花が視線を向ける。その先にアンビーがいた。
彼女は瓦礫の散らばる道路の端で足を止めていた。
じっと何かを見下ろしている。
「アンビー?」
声をかけたが、返事がない。その背中は微動だにしない。
俺は近づいた。瓦礫を踏み、砕けたアスファルトを越えて。
「どうした」
アンビーが顔だけこちらに向けた。その目は——警戒していた。さっきまでの穏やかなものじゃない。映画の後で見せていた柔らかい目じゃない。機関の話をしていた時の、あの目だ。
「触らないで」
短く言った。俺は足を止めた。
彼女の視線の先を見る。瓦礫に紛れて、小さな破片が落ちていた。
周囲の石片と同じくらいの大きさだ。拳より小さい。だが色が違った。黒ずんだ金属質の表面に、赤い光が筋のように走っている。
「何だ、これ」
俺は呟いた。その瞬間だった。
『——待て』
ゼロの声が脳内に響いた。普段より短い。鋭い。制止の言葉だった。
俺は反射的に足を止めた。手を伸ばそうとしていた手を引っ込める。
「ゼロ?」
『……』
返事がない。
沈黙。俺の意識の中で、ゼロが何かを確かめているような感覚。息を潛め、じっと何かに目を凝らしているような。
『その破片——簡単に触るな』
ようやく返ってきた声は低かった。いつもの威勢の良さが鳴りを潛めている。
「どういう意味だ」
『……分からん。だが、嫌な感じがする。俺の知ってる何かに似ている』
ゼロの声に、初めて聞く警戒の色があった。
俺は破片を見つめた。黒ずんだ金属。赤い光の筋。それが脈動しているように見えるのは、気のせいか。
(ゼロの知ってる何か——)
『今は触るな。回収するなら然るべき手段でやる。素手で触れるな』
「分かった」
俺は頷いた。アンビーも俺の返事を聞いて、破片から一歩下がった。
ゼロが破片を見つめたまま警戒を強めているのが分かる。その意識が俺の中に流れ込んでくる。固い。張り詰めた。何かに対する警戒。
(こいつは、ただの破片じゃない)
俺は確信した。ネオメガスの残骸じゃない。もっと別の何かだ。
夕暮れの空の下赤い光の筋が、小さく脈打っていた。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王