サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
朝の光が窓から差し込んでいた。
俺は目を覚まし、天井を見つめたまま数秒動かなかった。昨日のことが夢じゃなかったことを、身体の節々の痛みが教えてくれている。ネオメガス戦の余韻。変身の反動。ゼロとの一体化の疲れ。全部が重なって、筋肉が悲鳴を上げていた。
「起きたか、太郎」
ゼロの声が頭の中に響く。いつもの調子だ。
「ああ。なんとかな」
俺は体を起こした。リビングの方から、鍋の音と湯気が漂ってくる。絶花か。朝食の準備をしているのだろう。
「アンビーは」
『まだ寝てるだろ。昨日は相当動いたからな』
「そうか」
俺は立ち上がり、洗面所へ向かった。顔を洗い、鏡の中の自分を見る。少しだけやつれている。だが目は覚めていた。
リビングに戻ると、絶花が食卓に朝食を並べていた。
「おはよう、太郎。昨日はお疲れ様」
「おう。絶花もな」
「はい。少し筋肉痛ですが、問題ありません」
絶花は淡々と答えたが、その手つきにはいつもの丁寧さがあった。彼女は動じない。何があっても、基本は変わらない。
「アンビーはまだか?」
「ええ。起こしてきますか?」
「いや、待ってみよう。昨日は遅かったしな」
俺は食卓に座り、湯飲みを手に取った。温かい茶が喉を通る。身体が少しずつ目覚めていくのを感じる。
* * *
食事が終わる頃になって、アンビーの部屋のドアが開いた。
「おはよう」
アンビーがリビングに姿を現した。いつもの緑と黒の服。ヘッドホンは首にかけている。顔色は悪くないが、目の下に少し隈が見えた。
「おはよう、アンビー。調子はどうだ?」
「大丈夫。少し眠れなかっただけ」
アンビーは短く答え、食卓に座った。絶花が既に用意していた朝食の前に座る。
「ありがとう、絶花」
「どういたしまして」
アンビーは黙って食事を始めた。いつもなら少し話しながら食べるのに、今日は静かだ。箸が皿の上を動く音だけが聞こえる。
俺はアンビーの様子を観察していた。何かを考えている。それも、あまり愉快ではないことを。
* * *
食事が終わると、アンビーは立ち上がった。
「私、少し出てくるわ」
「どこへ行くんだ?」
「散歩。気分転換」
アンビーは玄関へ向かった。その背中に、微かな迷いがあるのを俺は見逃さなかった。
「待て、アンビー」
俺は立ち上がり、彼女の後を追った。玄関先で、アンビーが足を止める。
「何?」
「本当はどこへ行くつもりだった?」
俺は問い詰めた。アンビーの目が泳いだ。
「…散歩よ」
「嘘つけ。荷物が少ない。外出用の荷物じゃない。出て行くつもりだろ」
アンビーの手には小さなバッグがあった。着替えと最低限の身の回り品。一晩くらいならどこでも泊まれる程度の荷物だ。
「…分かったわ」
アンビーは観念したように肩を落とした。
「やっぱり、迷惑をかけたわ。私のせいで、怪獣が来た。あなたたちを危険な目に遭わせた」
「それが理由か?」
「当たり前でしょ。私がここにいれば、また怪獣が来るかもしれない。機関が私を追ってきて、あなたたちに危害が及ぶかもしれない」
アンビーの声が震えた。感情を押し殺そうとしているのが分かった。
「だったら、私がいなくなればいい。そうすれば、あなたたちは安全よ」
「それでお前はどうする」
「私のことは心配しないで。一人でもなんとかなる」
アンビーは背を向け、ドアノブに手をかけた。
「待て」
俺は彼女の腕を掴んだ。アンビーが振り返る。琥珀色の瞳が揺れていた。
「アンビー、お前は俺たちと暮らして何が悪い」
「…悪くないけど」
「だったら、なぜ出て行こうとする」
「危険だからよ。私がいれば、あなたたちが」
「危険なのは俺たちの勝手だ」
俺は断言した。
「俺たちが選んだんだ。お前を助けて、ここに置いて。それは俺たちの意思だ。お前が決めることじゃない」
アンビーの目が見開かれた。
「でも」
「それに、お前一人で行って、どうやって生きるつもりだ。金はあるのか。住む場所は。食事は」
「…それは」
「ここには全部ある。飯もある。屋根もある。映画だって観られる」
アンビーの表情が変わった。映画という言葉に反応したのだ。
「映画…」
「そうだ。次は来月、宇宙物の続編を観に行く約束したろ。あれは三人で行く約束だ」
アンビーは黙った。ポケットの中で、昨日畳んだチラシを握りしめているのが分かった。
「俺たちは家族じゃない。けど、仲間だ。お前がここにいたいなら、ここにいろ。嫌なら、出て行け。それはお前が決めることだ」
俺はアンビーの腕を離した。
「選べ、アンビー。どこへ行くか。ここに残るか」
* * *
沈黙が流れた。
アンビーは俯いたまま動かなかった。長い沈黙。だが俺は急かさなかった。彼女の答えを待った。
やがて、アンビーが顔を上げた。
「…私、ここにいたい」
か細い声だった。だが、はっきりと言った。
「ここにいたい。太郎たちと一緒に。映画も観たい。ご飯も美味しいし、部屋も温かい」
アンビーの目に涙が滲んだ。それを拭おうともせず、言葉を続けた。
「でも、本当にいいの? 私がいると、また怪獣が来るかもしれない。あなたたちを危険に」
「だから何だ」
俺は言った。
「危険は俺たちの日常だ。怪獣だって来るし、敵だって現れる。お前がいなくても、それは変わらない」
「でも」
「お前がいるから、俺たちは強くなる。そうだろ、絶花」
俺は振り返った。絶花がリビングの入り口に立っていた。いつから聞いていたのか。だが、その表情は静かだった。
「はい。アンビーがいてくれたから、昨日は避難誘導がうまくいきました。アンビーがいなければ、もっと被害が出ていたかもしれません」
「絶花…」
「アンビー、あなたは仲間です。それは変わらない。だから、ここにいてください」
絶花の言葉に、アンビーの涙がこぼれた。
「…ありがとう」
アンビーは泣きながら笑った。不器用な笑顔だった。だが、俺にはそれが何より嬉しく見えた。
「よし。決まりだ」
俺はアンビーのバッグを取り上げた。
「これは返す。お前の部屋に置いとけ」
「…うん」
アンビーは頷き、リビングへ戻っていった。俺もその後を追った。
「太郎」
ゼロの声が頭の中に響いた。
「よく言ったな、相棒」
「当たり前だろ。仲間を見捨てる趣味はない」
『ああ。それがお前だ』
俺は小さく笑った。
リビングでは、絶花がもう一度お茶を淹れていた。アンビーが席に座り、湯気の立つ湯飲みを両手で包んでいる。
「ねえ、太郎」
「ん?」
「映画、本当に来月行ける?」
「行ける。約束だろ」
「…うん」
アンビーは湯飲みを口に運んだ。その表情は、もう迷っていなかった。
「ここにいさせてくれて、ありがとう」
「礼はいい。飯を食え」
「はい」
アンビーは頷き、再び食事を始めた。いつもの静かな食卓が戻ってきた。だが、そこには確かな絆が生まれていた。
(これでいい)
俺は心の中で呟いた。
アンビーはここに残る。俺たちと一緒に。それが、彼女の選んだ答えだ。
次回の王は
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