陰の実力者(笑)の相棒にさせられて 番外編   作:嫉妬憤怒強欲

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休日にあまりの暑さで外出する気もおきず、異世界もののアニメを見てたら思いつきました。


異世界飯

「…川で魚を釣るだけが、何をどうしたら魔獣と戦うことになったんだ。そんな怪我までして…」

「オレに言われてもな」

 

 今日の収穫を持って避難所へと戻った時は大騒ぎだった。

 当然か。オレは左手に兎もどきの鋭い角が刺したままで、その角の持ち主の死骸をリニアとプルセナが担いでいたのだから。

 

「よくあんな大物を仕留めたな。大したものだぞ」

「ん……頑張った。怪我は大丈夫?」

「シロコとアタランテは甘やかすな」

 

 川での経緯を説明すると、食料が手に入ったことに喜ぶ者もいれば、アタランテやシロコのようにオレの頭をなでながら称賛したり、ジナイーダやチナツ、イオリのように頭を抱える者がいたりと反応がバラバラだった。

 

「怪我の方は不可抗力だ。持っていた武器はイオリに取り上げられて、素手でやり合う事になったからな」

「ちょっ、私のせいだって言いたいのかよ!?」

「いや、別にお前のことは責めていない。ただ間が悪かっただけのことだ。今のオレ達は殆ど丸腰の状態にある。今回はなんとかなったが、またあんな魔獣に遭遇した時に全員生き残れる保証はどこにもない。剣を振るったことのない素人ならなおさらな」

「ま、まあ確かにそうだけどさ………というか、そんな状態でなんで平気そうな顔してるんだ?」

 

 イオリは角が刺さったままの左手とオレの顔を交互に見て、畏怖の念を抱いていた。

 

「…さあ、どうしてだろうな」

「さあって……」

「んん!それよりもまず治療が先決だ。治療できる者はいるか?」

「あっ、はい」

 

 ジナイーダの呼びかけにチナツが挙手した。

 

「実家が薬師で、手伝いで縫合の経験は多少あります………」

「あるだけ十分だ。彼の治療を頼む」

「わ、わかりました」

 

 食事の用意をしている皆の邪魔にならないよう、オレとチナツと少し離れて診察を開始する。

 

「あの……イオリが失礼しました。口が悪いところがありますが、悪い子ではないんです」

「別に気にしていない。自分が感情表現に乏しいのは自覚している」

 

 これは転生前から変わっていない。

 

「それで、お前から見てどうだ?」

「え?えっと…無表情はミステリアスな感じでいいと思います」

「そうじゃなくて、傷口の方だ」

「え、あっ、す、すすすすみません!」

 

 勘違いしたのが恥ずかしかったようで、耳まで真っ赤にしながらもチナツは傷口を診る。

 

「角を刺したままなので出血は抑えられていますが、抜くときは注意したほうがいいでしょう。中の骨や筋肉の方は抜かないことには…」

 

 チナツの認識ではそうだろうが、オレが一番危険視しているのは感染症の類だ。

 雑菌まみれの角を突き刺され、多種多様な雑菌を体内に送り込まれたのだ。抗生物質のない異世界では命取りとなる。

 

「ではすぐに傷に効きそうな薬草を採りに――――」

「いや。今から探しに行くんじゃ時間がかかる。ひとまず焚き火の灰が必要だ」

「えっ、灰をですか?」

「灰には雑菌の繁殖を抑える作用がある。水に浸せば消毒剤や石鹸の原料、洗剤にも使えるぞ」

「そ、そうなんですか」

 

 地球の歴史によると植物の灰に含まれる灰汁は人類最古の洗剤と言われ、日本が明治時代に石鹸が登場する前は灰汁で洗濯をしていたそうだ。

 灰の殺菌作用について詳しい説明をするには、アルカリ性云々の話もしなければならないため省略する。

 

「他にも必要なものを言うから用意してくれ」

「は、はい!」

 

 用意したのはできたての汚染されていない灰、オレ持参の川から採ってきた清潔な水が入った竹製の水筒、灰汁を入れた樹皮製の鍋、布、物資に入っていた縫合用の道具一式だ。

 まずチナツが持ってきた灰を血と混ぜるように傷口周囲に擦り込んでいき、水筒に入った清潔な水でよく洗う。

 洗い終えたら刺さっている角を抜くのだが、この時出血を抑えるために布で左腕を強く縛って圧迫する。

 角を引き抜いた後、傷口を塞ぐために灰汁で煮沸消毒した針と糸で皮膚と筋肉を無理矢理縫ってくっつける。

 

「…こんなものか。助かったチナツ」

「いえ、私は殆ど指示に従っただけで……」

「手伝ってくれただけでもありがたい。オレ一人でやるのは正直大変だった」

 

 最後に包帯で左手を巻いて応急処置はひとまず終了だ。

 あとはとにかく安静に、体温と体力を保持して栄養と水分を取らなければならない。

 

「あっ」

「どうした?」

「木の上にリスがいます」

 

 チナツが指を差した方向を向くと、木の枝の上でリスが松ぼっくりを食べていた。だがこっちに気づいた途端に逃げて行ってしまう。

 

「あっ、逃げちゃいました。この辺りに巣か餌場でもあるのでしょうか?」

「…そうかもな」

 

 

 

「治療は済んだようだな」

「いや。多分これからだろう」

「ん?」

 

 皆のところに戻ると、食事がもうすぐできそうな感じだった。

 川魚は枝の串で刺して火の傍に、猪サイズの兎もどきは切り分けて太い木の棒に紐で括り付け、紐に火が移らないぎりぎりの間隔で下からたき火であぶっている。切り分けたのは、丸焼きだと中まで焼けるのに時間がかかると考えたからだろう。

 肉から滴り落ちた肉汁で火力が上がり、表面に焼き目をつけていく。

 肉から漂ってくる兎もどきの香ばしさが、食欲をかきたてた。

 肉をじっと見つめているリニアとプルセナも同じようで、口から涎をダラダラ垂らし、尻尾をブンブン振っている。

 

「ところで、上に樹皮や布をテントみたいに張ってるのはなんでだ?」

「ああでもして防がないと煙が上がってしまうからな。誰かが煙を見てここの場所を特定されてしまうのはまずい」

「成程」

 

 ジナイーダは色々と考えているな。

 

「あのう………今更ですが、魔獣に肉は食べても大丈夫なのですか?」

 

 オレが思っていたことを代弁するように、チナツはジナイーダにおそるおそる質問する。

 

「ん?問題ないぞ。普通の動物と違って見た目があれなのもいるが、有害なものが入ってなければ食べれないことはない。軍にいた頃、野営中に鳥羽と二対の翼を生やした蛇を仕留めて食べたことがあったが問題なかった」

「食べたんですか!?」

「マジかよ…」

 

 イオリまで驚いている。蛇の魔獣を食べるなんて、ジナイーダ結構ワイルドだな。

 

「栄養補給をしなければ万全の状態で戦えないからな。好き嫌いは言っていられない。ちなみに蛇は鶏肉みたいな味がして意外といけた」

「感想まで言わなくていいから」

 

 ちなみにシロコ達獣人勢は、狩りで獲った魔獣を食べることがあるようで抵抗はないとのこと。

 

「それじゃあ兎もどきも?」

「いや、アルミラージは食べたことがないな。王侯貴族や大商人が利用するどこかの高級レストランで扱っていると聞いたことはあるが………」

「あら、ジナイーダさんもご存知でしたか」

 

 昨日治療した白髪のエルフ、テスタロッサが兎もどきの話に食いついた。

 

「一部のお店で特殊な高級料理として極まれに出てくることがありますね。なんでもあまりの美味に、大金を払ってまで食べたいという貴族の方が結構いるとか」

 

 あの兎もどきが貴族の間で人気とは知らなかった。というかテスタロッサの奴、兎もどきというより貴族方面の話に詳しそうだな。見た目が気品溢れる令嬢といった感じだから貴族の出なのか?

 

「ですがあのようなサイズが入ったという話は聞いたことはありません」

「そもそも普通の兎と同じくらいまでしか大きくならない筈なんだけど?」

「大きいだけじゃない。図体に似合わず小回りが利くうえに学習能力が高かった。おそらく普通の魔剣士だったらあっさり負けていた」

「ふーん…それじゃあこれは変異個体かなにかかな?」

「変異個体?なんだそれは?」

 

 蒼銀髪のエルフ、モニカから聞き慣れない単語をこぼした。

 

「突然変異なのか何が原因なのかは分からないけど、たまに魔獣の中から普通の範疇には収まらないぶっ飛んだヤツが出てくるらしいよ」

「聞いたことがあるな。それらの個体は通常の種に比べて強く危険なため、軍や各国の冒険者ギルドや魔剣士協会でも優先的に討伐を推奨されているそうだが、遭遇する確率は宝くじで一等を当てるぐらい極稀だ」

「………その遭遇する確率が低い危険な個体と、さっき殺し合ったんだが?」

「「「あっ」」」

「……まああれだね。ドンマイ」

 

 モニカから滅茶苦茶軽い言葉をかけられた。ドンマイで済む話じゃない。オレはとんでもなく運が悪いことになる。

 

「そ、そういえばアルミラージを解体したときにこんなものを体内で見つけたぞ」

 

 周りが何とも言えない微妙な空気になる中、ジナイーダは話題を変えようと懐からなにかを出してオレに手渡した。それは小石サイズはある血の様に真っ赤なルビーの結晶だった。

 

「それは?」

「これは魔石といってな。魔獣の体内から稀に採れる魔力の塊だ」

「魔力の?」

「どういう原理か詳しくは知らないが、魔獣の体内を巡る魔力が他のものと混ざって結晶化するらしい。普通は上位種や寿命の長い魔獣からしか取れないんだが、変異種から採れるなんてかなり幸運だぞ」

 

 なんか歯石や尿石みたいだが、よく見ると結晶から微量の魔力が内包されているのを感じ取れた。

 ちなみに魔剣士用の剣の材料であるミスリルは魔”鉱”石の部類に入るらしい。

 

「……それで、これになにか使い道はあるのか?」

「使い道?さあ?魔石は外気に触れさせたままだと中の魔力が霧散してしまうからな」

「ですが結晶自体は残るので、貴族の装飾品として使われるというケースはありますね。そういう方達になら高く売れると思いますわよ」

「へえ、テスタロッサさん詳しいですね」

 

 装飾品でしか使い道がない、か。もっといろいろなことに利用できそうなのにな。

 

「そんなことより早くお肉食べたいにゃー」

「お腹と背中がくっつきそうなぐらいペコペコなのー」

 

 リニアとプルセナはそろそろ我慢の限界のようだ。

 

「………食事にするか」

 

 薄く切った丸太を鍋敷きの代わりにし、その上に魚の串焼きと切り分けた兎もどきのこんがり焼き、物資に入っていた硬いパンを載せてから各々に渡す。全員に渡ったところで食べ始めた。

 

「むっ、これは!?」(ジナイーダ)

「何だこれっ、うまっ!?」(イオリ)

「美味しいッ!私こんなに美味しい物初めて食べましたっ」(チナツ)

「ん…少し燻製っぽくなっていてすごく美味しい」(シロコ)

「香辛料などの味付けがされてなくてどうかと思ってましたが、これはこれでいけますわね」(テスタロッサ)

「成程ね、貴族に人気なのも納得だね」(モニカ)

「……見た目は兎だというのに、味は上質な岩イノシシの肉に近いな」(アタランテ)

「モグモグモグモグ」(リニア)

「むしゃむしゃむしゃむしゃ」(プルセナ)

 

 絶賛の嵐だな。魔獣の肉を食べるのに躊躇いがあったイオリとチナツからも好評で、リニアとプルセナに至っては物凄い勢いで肉に齧り付いている。

 オレも食べるとするか。

 包帯が汚れるのを避けるため右手だけ使う。

 まずは兎もどきのこんがり焼きを口に運ぶ。

 

「これは……美味しいな……」

 

 衝撃を分散した柔らかい筋肉は、焼いたことで僅かに硬くなったが噛み切れないほどでもなく、噛めば噛むほど口の中に肉と脂の旨味が広がっていく。

 干し肉なんかとは一線を駕す味だ。

 クズリのように凶暴なあの兎もどきがこれほどとは………ひょっとしたらチルドレン育成施設の訓練で倒した兎もどきの死体を、処分と称して教官連中が美味しく頂いていたのかもしれないな。

 そんなことを考えながら黙々と食べていると、視線が多く集まっているのに遅まきながら気が付いた。

 

「どうかしたか……? そんな、意外なものを見る目でオレを見て……」

「えっと、その、そんなに美味しそうに食べるとは思わなくて………」

「初めて会った時から人形のように全然表情が変わらなかったしな」

「それに角が手に刺さっていても痛がる素振りも見せなかったし」

 

 代表してチナツが答える。賛同するジナイーダやイオリたち。

 

「そんなに顔に出てたか?」

「「「「「「「「「うん(はい)(ああ)(ニャ)(なの)(ええ)」」」」」」」」」

 

 マジか。自分でも意外だった。

 

「ボスが一瞬だけ別人に入れ替わったと思ったニャ」

「きっとボスは美味しい食べ物に弱いの」

 

 獣人二人聞こえてるぞ。

 

「でもまあいいんじゃない?ちゃんと人間らしい部分があるってことがわかったし」

「ん…いいと思う」

「ええ。無垢な子供のようでとても可愛らしいですわ」

 

 テスタロッサの言う可愛いは褒め言葉なんだろうが、男のオレにはなんか複雑だ。

 ここには鏡がないから、自分がどんな顔をしていたのか確認できない。

 

「……ところでリニアとプルセナ。どうしてオレをボスと呼んでるんだ?」

「にゃ?そりゃあボスが群れの中で一番強そうだからにゃ」

「大きなアルミラージを素手で仕留めるのなんてそうそういないの」

「そんな適当な………オレはてっきり上手く取り入って食事を多く頂こうという下心からだと」

「にゃにゃにゃにゃにゃんのことかにゃ!?」

「そそそそそんなことみみ微塵も考えてないのッ!」

「………」

 

 当たってた。ものすごく動揺している二人を見て皆は呆れていた。

 

「ほほう?随分と甘ったれているなお前たち。特別ハードメニューで根性を叩き直す必要がありそうだ」

「と、特別ハードメニュー!?」

「獣人族の基準に合わせたきつい特訓だ。なに、体力はあるから簡単には死にはせんだろう。一歩間違えなければだが」

「い、一歩間違えたら死ぬの!?」

「そ、それだけは勘弁ニャ!」

「ごめんなさいなの!リニアに受けさせるから私だけは許して欲しいの」

「そうニャ、あちしだけ受け……ってうえぇ!?」

 

 真っ青な顔で鬼教官に許しを請う二人。というかプルセナの奴、サラッとリニアを差し出そうとしたぞ。

 

 アホ二人は放っておいて食事を続ける。

 魚の串焼きも中身までよく焼けていているし、硬いパンは肉から出てきた脂を塗りつけると僅かに柔らかくなって相性が良かった。

 

 

「ボスぅ、食べてにゃいで助けてほしいニャ~!」

「なの~!」

 

 

 

♢♢

 

 

 廃屋の中で横たわるオレの額に、チナツの手のひらが触れる。

 

「………すごい熱です」

 

 食事が終わった後、しばらく休んでいたら急に体調が悪くなった。

 出てる症状として、発熱に寒気と身体全体を襲う浮遊感、鈍い節々の痛み、頭痛にじっとりと滲む汗……咳は出ていない。

 どうやら予想通り、オレは異世界で感染症に罹ってしまったようだ。

 やはり出血を抑えるためとはいえ、長い時間角を刺したままにしたのは失敗だったか。

 

「………お前でも病気になるんだな」

「お前はいったいオレをなんだと思っているんだ?」

「イオリ、病人に対して失礼ですよ!」

 

 イオリを咎めるチナツの姿が霞んで見える。かなりの重傷だ。

 

「………しばらくは動けそうにない。悪いが、魔力制御の訓練は今度にしてくれ。代わりにジナイーダの特訓を――――」

「いや、今日の特訓は全て中止にする」

 

 オレが言い終わる前に、ジナイーダの口から予想外の言葉が出て皆驚いていた。

 

「別にオレのことは気にしないでいいんだぞ」

「そう言われて、はいそうですかと納得できるものじゃない。皆お前を心配して訓練に身が入らないのでは意味がないからな」

 

 頭を少し上げて周りを確認すると、何人かが心配そうな目でオレの様子を伺っていた。イオリはそっぽを向いているが、時折チラチラとこっちを見ている。だがモニカの方は興味なさそうに隅で髪を弄っていた。

 悪魔憑きを治してやったとはいえ、すぐに心配されるほど仲良くなれるわけではない。

 

「代わりにこの後森で食糧を採集する。ついでになにか病気に効きそうな薬草も探しておく」

「…そうか。それならリスを探してみてくれ」

「リス?」 

「ん…わかった。今晩のオカズに獲ってくる」

「えっ!?あんな可愛い生き物を食べる気ですか!?」

「違う。オレが欲しいのはリスが好物にしている松ぼっくりの木の葉っぱだ」

 

 食事前に見かけたリスは松ぼっくりを食べていた。つまり近くに松か杉の木が生えているということだ。

 

「その葉っぱも薬草になるのか?」

「薬草じゃないが、細かく刻んだのをお湯につけてお茶にしてから飲めば十分な効能があるはずだ」

 

 高熱は侵入した病原体を免疫機構が攻撃するのを体が発熱し援護している証拠だが、発熱にはエネルギーを消費する。体温を火やお湯などで上げ、温かくすることでエネルギー消費を抑えなければならない。そして、可能なら身体に効く成分も摂取もするべきだ。

 

「見つけたら採ってきてくれ」

「わ、わかった」

「私はここで彼を看ています」

「ああ、ここは任せる」

 

 チナツが此処に残ってオレを看病するようだ。容態が急変した時に対応できるのは見習い薬師の彼女だけだから妥当か。

 

「ボス」

「?どうしたシロコ」

 

 リニアとプルセナの真似か、シロコもオレのことをボスと呼ぶようになった。

 

「ん…体を冷やすといけない。これで温まって」

 

 シロコから白いモフモフした大きな毛布をかけられた。

 

「なあ、これってまさか…」

「アルミラージの毛皮。しっかりナメした」

「あ、うん…助かる」

「ん…」

 

 感染源だったものを毛布にするのは色々複雑だが、シロコなりの気遣いなのだろうからもらっておく。

 

「あと頭の部分で被り物も作ったけどいる?」

「いや、それはお前にあげる」

 

 体は人間、頭は兎ってなんかホラー映画に出てきそうだから遠慮しておいた。

 チナツ以外の全員が森の奥へ向かうのを見届けたオレは目を閉じる。

 

 

 

 

 そこはかつていた白い部屋だった。

 

 白い机と、白い椅子と、そして白い簡素な服を着た多くの幼い子供たち。

 身寄りのない孤児、表には出せない隠し子など、皆訳ありでかき集められた者たちだ。

 

 ここではその訳ありの子供たちが教育を受けていた。

 あらゆる分野を担当する講師たちは表の世界で問題を起こした連中ばかりで、提示されるカリキュラムも普通の子供では耐えれそうもないものだった。

 

 行き過ぎた教育に音を上げて脱落するものが多く、無事に修了したとしても感情の欠如などの副作用が残る者が殆どだった。

 そんな異常な場所に生まれた時からいたオレは時が経つごとに次々と脱落していく子供達を見送った。

 

 一人オレに助けを求めるのがいたが、オレにはどうすることもできなかった。

 そして最後には白い空間にオレ以外誰もいなくなった。

 最後の1人になったとしてもオレがここから出ることは叶わない。生まれた時から生涯サンプルとしてここに留まることは決まっていた。

 

 オレは一人机の上にあるテスト用紙の解答欄に答えを書き込んでいく。

 すると机に影が出来る。誰かが内界に侵入してきたのだ。

 

「■■■」

「────」

 

 この窮屈な部屋で、オレの名前を呼ぶ者はたった一人だけ。

 だがオレは特に反応を返すことはしなかった。

 何故男がオレを呼んだのか、何を話そうとしているのか。その全てがどうでも良かったからだ。

 

「■■■、よく覚えておけ。『力』を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ」

 

 

 

 

「っ……」

 

 鈍い節々の痛みに、反応のなかった身体の感覚が徐々に戻ってくる。長いこと暗闇にいた視界が光に照らされて照準を失い、またも視界全体がぼやける。

 

 そうだった。オレは感染症に罹って寝ていたんだった。

 まだ熱があるな。

 

「あっ、起きましたか」

 

 戻ってきた視界の先に、布を持つチナツがいた。

 

「お気分はどうですか?」

「まだ良くないが、少しばかり起き上がれそうだ。皆は?」

「全員無事に帰ってきました。今夕食を作っているところです。そろそろ出来上がるころだと思います」

「そうか…例の葉っぱは?」

「見つけたみたいです。なんか針状のトゲトゲとしていましたが…………」

 

 それだな。

 

「身体を拭いたら持ってきますね」

 

 え?

 

「上を脱がしますね」

「いや、それくらい自分でやるから」

「なに言ってるんですか。貴方は病人なのですから。身体がだるいんでしょ?」

「確かにそうだが……」

「なら恥ずかしがらないで私に脱がせてください!」

「ちょ、言い方。しかもそんな大きな声で言ったら――――」

 

「チナツがボスに迫るのかにゃ!?」

「奥手に見えて結構大胆なの」

「ち、チチチチチチナツ!?い、いいいいったいそいつとなにおっぱじめる気なんだよ!?」

 

 ほら。勘違いしてリニアとプルセナ、イオリまでも慌てて入ってきた。

 

「?三人共、いったいなにを言って………」

 

 三人と自分が先程口にした言葉を思い出して数秒、チナツの顔が茹蛸の様に真っ赤になった。

 

「ち、違います!汗を大量にかいているので、身体を冷やさないように拭こうとしていただけですよ!」

「ニャーんだ、そういうことだったのかニャ!」

「紛らわしいの。むっつりさんなイオリなんか変な想像してたの」

「だ、誰がむっつりさんだコラ!?」

 

 チナツは病人の前で騒ぐなと言って三人を追い出した後、オレの上半身を布で拭いていく。 先程のやり取りのせいか、チナツはその間ずっと静かでとても気まずかった。

 

「……もう終わった?」

 

 汗を拭き終えたところでシロコがノックして入ってきた。手には木の樹皮から作られた鍋と竹筒製の水筒が握られている。

 

「代わりに持って来てくれたのですか?なんかすみません」

「ん……問題ない。早く元気になって欲しいのは私も同じ」

 

 やだ、シロコ滅茶苦茶良い子。

 

「言われた通りお湯に刻んだ葉っぱを入れたら緑色になった……」

「それでいい」

 

 お茶の色合いからして松の葉か。あたりを引いたようだ。

 見た目があれな松の葉だが、500年ほど昔の中国の医薬書によると仙人の長寿の秘薬として親しまれていたそうだ。

 実際様々な薬効成分が含まれている。例を挙げれば体内の余分なコレステロールや有害物質を排出するクロロフィルや、血流を改善する効果があるケルセチン、ビタミン、ミネラルやカルシウム………他にもビタミンA、ビタミンC、ビタミンKなどのビタミンが豊富にだ。最悪食糧が採れなくて松の葉から摂取できれば死にはしないと思う。

 シロコから手渡された水筒に口を付け、ゆっくり中の温かいお茶を飲んでいく。

 清々しい香りと爽やかさ………味わいは強くなく、それほどクセがないがわずかな苦みを感じる。オレには飲みづらくなくて丁度いいが。

 

 次に晩御飯をいただ――――

 

「なんだこれ?」

「砕いたアルミラージの骨と残った肉を入れたスープ。他にも食べれそうな山菜や肉の旨味を強くするためにニリンソウを入れている」

「いや、そっちじゃなくてこれのことだ」

 

 鍋の中には肉や山菜の他に、青みがかった透明な麺みたいな物体が入っていた。

 

「それはスライムの干物。美味しいよ」

 

………。

おかしいな。感染症で耳までおかしくなったみたいだ。

 

「悪い。もう一度言ってくれ」

「美味しいよ?」

「違う。その前だ」

「スライムの干物」

「スライムって、ねばねばした粘液で構成されているあのスライムか?」

「ん……」

「な、なななんでそんなもの入れてるんですか!?」

 

 どうやら聞き間違いじゃなかったようだ。チナツまでドン引きしている。

 

「ボスが早く元気になるよう特別に入れた」

 

 そんな特別いらないんだけどな。

 木で作られたスプーンもどきでスライムを持ち上げてみる。ねばねばしているのかと思ったがそんなことはなく、麵のように固体化していた。

 

「どうやったらスライムの粘液がこんな風になるんだ?」

「作り方は簡単。小突くような感じで軽く叩いてコアを破壊した後、残った粘液を森で採れた酸っぱい果物の果汁を加えたお湯でよく洗って、水分をふき取ってから二週間くらいじっくり外に干しておけば出来上がり」

「…服の他になんか透明なものが干してあったのは気づいてましたが、あれスライムだったんですね」

 

 シロコのぶっ飛んだ行動にチナツが頭を抱えだす。

 

「食べやすいように細く切ったんだけど………ボス、スライム嫌い?」

「嫌い以前に…オレはスライムを食べたなんて一度もない。他の奴はどうか知らないが」

「わ、私だって食べたことありませんよ!」

 

 ちらりと皆の方を見やるが、オレと目が合わないよう全員そっぽを向いていた。こっち見ろ。巻き込まれたくないからってそりゃあないだろ。

 

「ん……食べたくないなら、別にいい」

 

 シュンとあからさまに落ち込むシロコ。彼女の立っていた犬耳もぺたりと垂れ下がり、ふさふさの尻尾は丸まっていた。

 

………仕方ない。

 躊躇いながらも、ゆっくりとスライムの麵を口まで持っていく。

 

「え!?噓!?」

「正気かにゃ!?」

 

 『ええい、ままよ』とはこういう時に使うのだろう。不安を押し殺して一気にスライム麵を啜った。

 

 結構美味しかった。

 





何はともあれ栄養補給ができた主人公であった
異世界飯、ああ異世界飯


本日のメニュー
朝食:硬いパンと干し肉
昼食:アルミラージのこんがり焼きと川魚の串焼きと硬いパン
夜食:アルミラージの残りの肉と砕いた骨と山菜の入ったスープ(一部スライムの麵入り)、松葉茶



異世界ものでよく出てくる魔石を出しました。ドロップするアイテムというより化学的な反応で結晶化したもので、魔力を閉じ込めるという解釈です。密閉性の問題を解決してしまえば………
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