陰の実力者(笑)の相棒にさせられて 番外編   作:嫉妬憤怒強欲

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一週間の休みを取れたのに外が暑すぎて遊びに行けませんでした。しかも熱さにやられて夏バテにも。


トライアンドエラー

「熱は下がってますね。体調の方はどうですか?」

「ああ。もう大丈夫だ」

「いや早すぎだろ……」

 

 感染症に罹ってからニ日後にオレは完全復活を果たした。

 灰のアルカリで侵入する細菌の増殖を抑え、松葉茶からビタミンやミネラルを補給、兎もどきの肉と骨と山菜の入った煮込みスープを飲んだことによる体温上昇、兎もどきの大きな毛皮にくるまっての体温保持など、エネルギーの消耗を抑えての持久戦で見事オレの免疫機能が病原菌に勝ったのだ。

 

「ねえ、皆から色々話は聞いたけど……猪サイズのアルミラージを素手で倒したって本当なの?」

 

 診察が終わった時、新顔がオレに声をかけてきた。

 猫耳と赤い猫目、濃いピンクのメッシュが入った黒のショートのおかっぱヘアが特徴的な、小柄な獣人の少女で、アジト襲撃時にオレが治療した六人目の検体だ。名前はカズサという。

 ジナイーダたちが森で食糧の調達をしていた際に行き倒れていたところを発見し、保護した。

 避難所まで連れてきて話を聞いたところ、一度は遠い人里のところまで逃げようと試みたが、イオリ達同様人と接するのが怖くなって思いとどまり、地図を頼りにここまで引き返したのだが途中で凶暴な魔獣に遭遇し、なんとか逃げ切ったものの食糧を落としてしまい空腹で行き倒れてしまったとのことだ。

 カズサにもイオリ達の時同様、オレから教団のことやこれからのことについて説明した後にここでしばらく共に暮らすことを提案したら、彼女は少し迷ったものの最終的にイエスと答えた。

 

「ああ。まあ、成り行きでな」

「じゃあ、スライムを美味しそうに食べたってのも?」

「あ、ああ………まあ、な」

「ん……私の干しスライム、ボス気に入ってた」

「ええ……」

「あ、あはは…」

 

 正直な話、シロコが用意した干しスライムは意外といけた。ツルツルとした食感にさっぱりした味わい。口に運んだ刹那、口の中一杯に美味しさが詰まった爆弾が爆発したような感覚に襲われたのは不覚だった。その後皆から奇異の視線を向けられたが。

 

「ところでチナツ……あれはどうなってる?」

「あっ、はい。もう十分に固まっていますよ」

「?あれ?」

「また感染症に罹らないために必要なものだ。オレが闘病中、チナツに代わりに作って貰っていた」

「その必要なものって?」

「石鹸」

「せっ!?」

 

 衛生面の改善。感染症に対する基本的な対策として、身の回りを清潔に保つことや、免疫力を低下させないことが大切である。簡単な話が地球でも常識のうがいと手洗い、十分な睡眠の確保を習慣化させることだ。この中の手洗いに関しては、物体に付着した細菌やウイルスを物理的に洗い落とす除菌効果がある石鹸が必要になる。

 

「えっと……石鹼の原料はなにか知らないけど、こんな森の中で作れるものなの?」

「できるぞ。今回使う材料は灰とイオリ達が食糧調達で採ってきたオリーブだけだ」

「は、はい?」

 

 灰の主成分は炭酸カリウムで、水に溶けると強いアルカリ性になることから、

 

 石鹸の原料である苛性ソーダ(別名水酸化ナトリウム)や炭酸ソーダはここにはないが、灰で代用できる。

 灰の中には炭酸カリウムという水に溶けると強いアルカリ性になるものが含まれていて、この性質を利用すると、灰を使って石鹸を作ることができる。

 作り方は簡単だ。まず熱湯に一晩煮詰めていた灰からアルカリ成分である灰汁を布によるろ過で抽出する。それをオリーブを絞ったら出てくる植物油脂に加え、温めながら混ぜ合わせる。その後混ぜたものを樹皮からつくった型に流し込み、常温で1日置いておくだけでいい。

 なお今回使った灰は、油脂と反応するカリウムを多く含む雑草を燃やしたということは皆には黙っておく。

 

「こちらです」

「だいぶ固まってるな…」

 

 チナツが持ってきた型を剝がしてみると、どれも目標の固形状になっていた。試しに水筒の水を少しかける。

 

「ほら。確認してみろ」

「あっ、うん」

 

 カズサが水に濡れた表面を手で軽く擦ると、少しだけ泡が出た。

 

「泡が!?」

「マジかよ。本当に石鹼ができた」

「貴族にしか出回っていない高級品だというのに…」

 

 そういえば明治初期の日本でも、石鹼は一般庶民には手の届かない貴重品だったな。国内に石鹸工場ができた後は気軽に使えるようになったが。

 

「ふーん……ありあわせの物で作るとか、やるねキミ」

「よくやったのはチナツだ」

「いえ、私はただ指示に従っただけです。ただ、紙の方はなかなかうまくいかなくてですね………」

「え?かみ?髪?神?」

「紙は植物の繊維を絡ませながら薄く平らに成形したものだ。葉っぱや枝、その辺に生えている雑草からでもできるぞ」

「ざ、雑草………」

 

 感情を表に出さない感じのカズサが混乱しだし、目が三白眼気味になって猫目っぽさが強くなったように見えた。

 

 使う材料は雑草と石鹸作りで使ったのと同じ灰汁だ。

 まず雑草を適当な大きさに切って水洗いし、灰汁を混ぜた水で煮る。この時、灰汁のアルカリ成分が木材の成分同士をくっつける接着剤の役割をしているリグニンを溶かしてバラバラにする。

 水で洗って指で触るとばらばらになる程度になったら竹で作ったザルに移し、水でもみ洗いすると緑色の肉が剝がれて白い繊維が出てくる。

 繊維と不純物を分離したら切り株台の上に繊維を広げ、石で叩いで繊維どうしを1本ずつに分けていき、もう一度ザルに移して水洗いで不純物を取り除く。

 最後にある程度水気を切ったら布の上に均一に繊維を広げていき、もう一枚の布を被せてから重い石を乗せる。上から圧力をかけることで水気が絞り出されるのとともに、全体的に厚みが調整される。

 あとは水気が切れたら陽の光に当てて乾燥させ、繊維の主成分であるセルロースが水素結合で結びつけば出来上がり………なんだが。

 

「なんニャこれ?」

「見た目ボロボロでところどころ緑色が混じってるの」

「ご、ごめんなさい。私がもう少し上手に作れたら……」

「いや問題ない。ありあわせでここまで作れたのなら上出来だ」

 

 やはり灰汁だと分解に限界があるか。表面が粗くて緑色が混じって微妙だが書ければいい。

 先を細く尖らせた炭で文字を書いてみると問題なくいけた。

 

「よくなにもない森の中で色々作れるね……」

「森の中なら何もないということはない。必要な材料と特性さえ知っていればこのくらい簡単に作れる」

 

 といっても、オレの頭の中にある知識でどこまでいけるかのテストの一環だが。

 

「また作れるから、外から戻ってきた時に石鹸で手を綺麗にするようにな」

「え〜なんか面倒くさそうニャ」

「川の水で洗うだけで十分なの」

「いや。水だけだと洗い落とせない菌もある。最悪、オレのと同じ感染症に罹って寝込んでしまうこともありえる」

「そ、それは困るニャ」

「ぜ、善処するの」

「それやらない奴が言うセリフだぞプルセナ」

「…ふむ。汝の方針なら異論はない」

「ん…ボスに従う」

 

 実例を挙げたことで獣人勢の説得に成功した。エルフ勢の多くは一般では高級品である石鹸を使うのに戸惑っていたが、また作れるのならいいかとありがたく受け取った。

 

「あー…でも石鹸があるならやっぱりあれも欲しいよね?お風呂、とか」

「ん?」

「女の子は臭いとかに敏感だからねぇ。身体の汚れも綺麗に落としてから、あったかいお風呂に浸かったり」

 

 モニカがチラッとこっちを見ながら含みのある言い方をする。お風呂も作って欲しいと催促しているようだ。

 まあ、衛生面の改善を考えれば必要か。考えてみよう。

 

「……快復後早々石鹸をプレゼントしてくれるのはありがたいが、訓練のことを忘れていないだろうな?」

「勿論忘れていない。だが魔力制御の鍛錬とは別に武器を使っての戦闘訓練もさせておきたい。この前みたいな魔獣と遭遇しても身を守れるようにな」

「………ふむ。一理あるが、肝心の人数分の武器がないぞ。枝を尖らせて槍にするか?」

「それじゃあ武器として心許ない」

「あちしら獣人に武器は必要ないニャ。爪とか使うのが普通ニャし」

「素早く動く時手を使うから邪魔なの」

「ん?いや、私がいたところでは普通に弓や剣を使っていたが」

「ニャ?」

「の?」

「ん………私のところもそうだった」

「私はど田舎にいたから狩猟用のしか見たことがないけどね…」

「ニャ?ニャ?」

「の?」

 

 リニアとプルセナの部族は爪という原始的な武器を使う派、アタランテとシロコの方は剣や弓を使う派、カズサは狩猟用を見たことがあるってことは武器を使う派か。

 人間のように武器を使うものと野生の獣とほぼ変わらないタイプに綺麗に分かれたな。

 

「…プルセナ、お前帰ったら石鹼でちゃんと手を洗えよ。不潔だから」

「ふ、不潔!?」

「うわぁ………女の子に容赦ない」

「衛生面の話だ。素早く動く時に手を使うってことは、四本足の獣と同じ走り方をするってことは感染症を引き起こす多くの菌がいる地面に触ったってことだ。そんな手で食べ物を取って食べれば菌が口の中を通って全身に回るぞ。あとリニアも…爪の裏にも菌が入るから念入りにな」

「にゃ!?」

「爪の間に相手の返り血や肉片が僅かでも残っていれば菌が繫殖してしまう」

「そ、それじゃあ毛繕いもできないニャ!」

 

 毛繕いって……まんま猫だな。

 

「汚い……ボスに汚いって言われたの」

「爪にばい菌いっぱい……ばい菌いっぱい……」

 

 二人共今にも泣きそうな顔をしていた。少し効き過ぎたか。

 酷い言い方だが、二人が石鹼の使用や武器を使っての訓練に自主的に取り組ませるには効果的だ。無理矢理やらせても、身に付くものも身に付かない。

 

「訓練をするのは生き延びる力をつけるためだ。別にお前たちのやり方を否定するつもりはないが、いつまでも同じ手が通用するとは限らない。それに勿体無いとオレは思う」

「ニャ?勿体無い?」

「大抵の獣人には獣の耳と尻尾がついているが、人間やエルフ同様言葉で意思疎通ができるし道具を使える。そこが獣人と獣との大きな違いだ」

 

 カラスやラッコみたいに道具を使う動物は色々いるが、火を使えるのは人間とエルフ、獣人だけ。

 

「獣人の高い身体能力と戦闘技術……この二つを合わせれば無敵の存在になれる、というのがオレの見立てだ」

 

 もし獣人が部族同士でいがみ合わずに一つの共同体を形成していれば、武力で人間やエルフに勝っていたかもしれない。

 

「無敵……」

「誰にも負けない最強……」

 

 くいついて来たな。

 

「………まあ、とはいえ強制はよくないな。やはり二人は食料の調達に集中して―――」

「や、やるにゃボス!戦い方教えて欲しいニャ!」

「私達を最強に欲しいの!」

 

 アホ二人が食いついた。

 

「うわぁ…口が上手いってこういうことを言うんだね」

「説得力があると言って欲しいなモニカ」

 

 アホ二人がやる気になったとはいえ、最強になれるかどうかは二人の頑張り次第だ。

 アホでもアホなりに考えて行動できればいい。

 それができずに成長しないアホは本当のアホだ。

 

 

 

♢♢

 

「ぶえっくしょん!!」

「うわ、汚いわよデルタ…」

「う~ん…まだ鼻がムズムズするのです」

「今戻ったよアルファ様。あれ?なんかワンちゃん鼻水まみれだけど……」

「お帰りなさいゼータ。この前のアジト襲撃の際に、研究室で燃やされた薬品の刺激臭でデルタの鼻がやられてしまったの」

「獣人の鋭い嗅覚が仇になったわけか」

「イータの見立てだとしばらくすればすぐに良くなるだろうとのことだけど……その頃にはもう追跡はできないわね」

「追跡?誰の?」

「そんなことより雌猫!今デルタのことまた犬呼ばわりしたのです!」

「ワンちゃんにワンちゃんって何が悪いのさ?ワンちゃん」

「デルタ犬じゃないもん!」

「……はあ」

 

♢♢

 

 

 身を護る武器を作るなら精巧なものがいいが、木彫りのような手作業となると腕の立つ加工職人が必要になってくる。勿論そんな職人はここにいない。とると、加工方法は手作業ではなく工作機械……道具を作るための道具の使用が良い。

 

「旋盤を作る」

「?せん、ばん?」

 

 旋盤とは加工する材料を回転させながら工具で切削加工する工作機械のことで、中でも金属を切削するのが金属旋盤、木を削るのが木工旋盤である。

 いきなり工業レベルのモノは無理なため、まずは簡単で最も原始的な木工旋盤を作る。

 使う材料はチョッパータイプの磔器と太い枝四本、蔓から作った長いロープと短いのを数本、薪用に適当に半分に割っていた丸太、皮を剥いで乾燥させておいた加工用の丸太、近くに生えている木1本丸ごと。

 

 手順としてはこんな感じだ。

①外に出て、木の中で横方向に伸びる太い枝の真下を作業場所とする。

②軸を支えるための足として四本の太い枝を設置し、二本ずつ交差させるように合わせて短いロープで縛って固定。 

③加工用の丸太を軸とし、竹の交差部分の上に乗せる。

④長いロープを頭上にある枝に結んでから軸に2回巻き付け、半割れの丸太に結んで完成。この時丸太の端が地面につくようにロープの長さを調整する。

 

「なんニャこれ?」

「また変なのを作ったの」

「まさかこれが武器なの?」

「いいやカズサ。道具を作るための道具だ」

「は?」

「まあ見てろ」

 

 丸太の断面に足を乗せて踏むと、予想通り軸が回転した。脚の上下の往復をやれば連動して反転する。

 

「にゃにゃ!?ボスが紐を踏んだら、竹がくるくる回りだしたにゃ!?」

「どうなってるの!?」

「…見た限りだと踏む力を回転に変換させているみたいだね」

「その通りだモニカ」

 

 オレが作ったのはいわゆる足踏み式旋盤で、地球に実在する古代エジプトの時代の弓錐式を参考にした。足踏み式にしたのは加工中に両手が塞がらないし、腕に対し足の力は三倍で体重を利用できるという利点があったからだ。

 原始的な仕掛け故に、周りにあるもので容易に作ることができたのだが実際に作るのは初めてなため、試運転は大事だ。

 まず試しに丸太を加工して、棍棒を作ってみる。

 丸太を回転させながら表面にチョッパーの刃を押し当てていくと……。

 

「にゃにゃ!?丸太の形がだんだん変わってきたニャ!?」

「石のところからシュルシュルって紐みたいなのがでてきてるの!」

「紐みたいなのは木くずだ」

 

 いい感じだ。押し当てている刃物は動かさず、材料を回すだけで簡単に削れていくため、少しずつ回転中心から表面までの距離が均一になるように形が整っていく。

しかも力を入れなくても自然に刃が進んでいく。

 垂直に刃を当てれば溝が、先端から斜めの角度で刃を当てながら少しずつ斜めに動かしていくと円錐台の形状に、押し当てる力を変化させながら左右に動かすと曲面状に加工できた。

 

 先端側を打撃部分として太く重く、手元側は握りやすい太さになるよう差をつけて加工していく。

 

「こんなものか…」

 

 握り部分に複数の細い溝を、柄部分に曲面を入れたところでロープから外し、ジナイーダに渡す。

 

「……凄いな。刃を当てながら回すというシンプルな作業だけでここまで精巧なものを」

「作ったのは棍棒だというのに見事な造形ですわね。表面のざらつきがないどころか滑らかですし」

「普通の手作業だと、時間をかけながら少しずつ削っていってやっとだってのにね。腕利きの木彫り職人や芸術家が泣いちゃうかも……」

「でもこの方法だと丸いのしか作れないんじゃないの?」

「「「「「「「「「あっ」」」」」」」」」

 

 カズサが鋭い指摘をしてきたが問題ない。

 

「ここから更に一工夫入れる」

 

 皆が棍棒に注意がいっている間に次の加工を始めていた。細い丸太の表面と内側を加工して円筒状の形に。これを2つに切り分けて軸受けにする。

 次に加工済みの丸棒の先に兎もどきの角を括り付け、軸受けに通して回せばドリルの出来上がりだ。

 試しに丸太を回転する兎もどきの角の先に押し当てる。すると、回転中の角がドリルと同じ要領で丸太に穴をあけていった。

 丈夫で鋭いだけのことはある。あの時兎もどきが回転を使っていたら、オレの左手は完全にダメになっていたかもしれないな。

 

 威力を確認したら丸太をドリルから抜き、本命の加工を始める。

 少し大きめの平らな石の表面に炭で円を描き、円に沿って大まかに打ち欠く。それから円の中心にドリルで穴を開けていき、開けた穴が四角形になるように石の角度を調整しながらドリルで削っていく。四角の穴に四角く削った軸の先端をはめ込めば回転中に石が滑ることを防げる。

 

「え、まさか鍛冶屋で見かけるあれを?」

 

 あとは旋盤と同じ要領で周囲に石を当てて削っていけば、回転砥石の出来上が――――

 

 バキっ!

 

「あ」

 

 軸受けと軸を支えていた枝の足が見事に折れ、加工中の石を付けた軸が地面に落下した。

 少しずれていたらオレの左足を下敷きにしていたな。

 

「あー…石の重量に耐えられなかったみたいだね」

「……土台から見直す必要があるな。悪いが時間をくれ」

「あ、ああ……」

 

 失敗したな。重量に耐えれる構造だけでなく素材自体も変える必要がある。普通の木だと折れてしまう。川付近に生えていた竹を使うのも検討してみるとして、可能なら軸の回転力も上げたい。石を削るともなると、いくら脚の力で速度を上げようと丸棒の軸の回転ではまったく足りないためその辺りの改善も考えるべきだ。幸い設計図を書き込むための紙ができたからなんとかなる。

 

 とりあえず作り直した足踏み式旋盤で、訓練用の武器として柄や打撃部分を設けない直線状の丸棒を人数分作った。

 

「……急にシンプルな形になったね」

「こんな細い棒っ切れで訓練できるのかニャ?」

「しばらくはそれで我慢してくれ」

 

 棒は使いやすくて作りがシンプルなため、カットする長さしだいで剣や長物の代わりになるという利点がある。突けば槍、払えば矛、振るえば剣になる自由自在の万能武器だ。

 欠点があるとすれば当てた時の接触面積が広く力をかける方向に対して強度が弱いという点だが、訓練用でそこまで強度を求めていないため問題ない。

 ちなみにオレのは両腕を伸ばした時の長さに合わせ、剣を使い慣れているジナイーダのには、より剣に近い形状にするため握り部分に鍔がついているような形状にした。

 

 

 あとは………。

 

「………確認だがジナイーダ。軍にいた時、剣はどういう風に振るえと教えたんだ?」 

「ん?振るう時?相手に目一杯、力と魔力を込めて叩き斬るだけだが?」

 

………やっぱりか。どいつもこいつも雑なアドバイスしかしない。

 

「オレと模擬戦をするぞ」

「え?え?」

 

 手始めに、この鬼教官から鍛え直す必要がありそうだ。

 

 

 

 開けた場所に移動したオレ達は互いに棒を持って向かい合う。

 

「道具を作ってからすぐ模擬戦だなんて急すぎないか?」 

「ちゃんと使えるかのテストだ。結果次第で棒っ切れ呼ばわりしたリニアも納得するだろうし」

「にゃ!?」

 

 まあ納得させるのは観戦しているリニアではなく、対戦相手のジナイーダだが。

 軍に所属していたジナイーダに『お前らの剣術しょぼいからオレが代わりに指導する』といきなりストレートに言っても納得しない。言葉よりも結果の方が伝わりやすい時もある。

 

 模擬戦は魔力を使わないマス形式で行われる。

 マスというのは軽い実戦形式の稽古で、お互い攻撃は相手に当てずに、技や返し流れの確認をする感じだそうだ。

 

「ではイオリ、号令を頼む」

「わ、わかった」

 

 互いに一定距離を保って構える。

 

「じゃ、じゃあ……はじめ!」

 

 イオリの号令がその場に響く。

 

「はあっ!!」

 

 号令と同時、ジナイーダの踏み込みが入る。

 重心はぶれていない。歩幅も合っている。駆けるスピードは鍛えているだけあって中々のものだ。

 動きはちゃんとしているようだ。

 だがフェイントも何もなく、どこに攻撃するかが丸分かりのテレフォンパンチだ。

 

 振るうは剣と同じ要領での左胴打ち、か。

 

 オレの読み通りに襲い来る棒を、オレは前に出て受ける。

 自身の棒の両端を柔らかく持ち、力が生まれる前段階の振り切る前のタイミングで当たっても折れることはない。

 ガードしたままジナイーダの棒に負荷をかけず棒の表面に沿って滑り込み、鍔元に一気にプレッシャーをかける。

 肩に向かって真っ直ぐ力がかけられたことで、振り切る前の腕が伸びきった状態のジナイーダの身体は後方へとよろけてしまった。

 

「なっ」

 

 虚を突かれて体勢が崩れたところに、そのまま彼女の首元へと一直線に奔らせる。

 そのまま一撃ではなく寸止めだ。

 

「え?なに?なんなの?」

「ジナの姐さんが先に攻撃したはずニャのに……!?」

「滑り込んだ?」

 

 離れて見ていたリニア達、眼前のジナイーダも驚いて固まっていた。

 

「いつまで呆けてる?」

「―――っ!」

 

 寸止めの棒を下ろして下がると、すぐさま体勢を立て直して突貫してくるジナイーダ。

 今度は上段からの真っ向斬りか。パワーとスピードで押し込もうという魂胆のようだ。

 オレは左脚を半歩退き、右半身を前に出しながら右手で握る側を軽く振り上げ、迫りくる棒に横方向から当てる。

 どんなに強いパワーでも、一直線ならば横合いからの力に弱い。

 勢いが弱ったところに上から被せるように巻いていき、巻いた勢いを利用してくるりと棒の前後を入れ替え、上段から振り下ろしてジナイーダの頭に当たるすんでのところでピタリと止めた。

 

「…なんだその戦い方は?」

「棒術………いや、杖術の真似事だ」

「ぼう…じょう、じゅつ?そんな技があるのか?」

 

 やはり知らないか。

 

「詳しい説明は後でするが………どうする?もう終わりにするか?」

 

 後ろに下がってそう問いかけるが、ジナイーダの眼はまだ闘志と熱意を保っており、それはまだこの試合が終わらないことを暗示していた。

 

「―――まだまだだぁッ!」

 

 仕切り直しと言わんばかりに更に勢いを増して襲い掛かってきた。

 

 …今度はこっちが攻める番だ。

 下段からの斬り上げをオレは半歩退いて躱し、剣を握る時と同じ要領で振るう。

 

 地球の剣道において、剣を持つ時の悪い例がバットを握るように両手とも間隔を空けずに握ることだ。これだと腕の振り幅+αしか剣は動かないし動きも読みやすい。

 剣を持つ時には右手を鍔に付け、左手は柄の端にかかるように柔らかく握る。

 右手を支点に、左手を力点にして剣を振る。

 梃子の原理でわずか数センチ動かしただけで切っ先は数十センチから1メートルも動く。

 さらに腕や体捌きを加えることで剣は自在に変化し、切っ先の可動域を一平方メートル以上まで広がる。これを素人が見切ることは不可能だ。

 

「くっ」

 

 ジナイーダはすぐさま応戦するが、彼女の握り方はバットのそれだった。素早く動きで可動域をカバーしてなんとか持ち堪えているが少しずつオレに押されている。

 だが負けじと技を仕掛けてきた。

 片足を浮かせ、全身をコマのように回転させながら棒を振るってきたのだ。

 回転で発生する遠心力と加速を利用しての力技で一気に振り払う気か。

 

 悪くない。実戦だったら相手の守りもろとも両断するだろう。

 

 それなら………

 

「……ッ!?」

 

 ジナイーダの回転に合わせて彼女の背中側に倒れ込むように低い姿勢で回り込んだ。

 回転斬りを躱しつつ死角に入ったことで、彼女の目にはオレが突然消えたように見えただろう。

 今の状態だとオレの視界からジナイーダの顔は覗けないが、剣が止まっている様子から彼女が驚いていることは分かった。

 

「一本」

 

 がら空きとなった彼女の後頭部へ棒を軽く当てて、オレが後ろにいることに彼女は漸く気付く。

 

「続けるか?」

「――無論だ!!」

 

 返答と同時、またジナイーダが突貫してくる。

 そうしてオレとジナイーダは、都合十分ほどの打ち合いを演じた。

 

 

 それから数十分後。

 

「……参っ、た……!」

 

 肩で息をするジナイーダがついに膝をつき、悔しさに溢れた声で降参を告げたのだった。

 

 




コロナやインフルエンザに罹って苦しい思いをしてから衛生面を気にし始めました。

抗生物質のない異世界となると、外から帰ってからの手洗い・うがいは重要です。

移動中に地面を触ったりとかすれば尚更………。

「………デルタ。貴女帰ってきた時にちゃんと手を洗ってるのかしら?」
「ひゅ」
「そういえば馬鹿犬、教団の連中を屠った時爪を使ってたような気が……」
「も、もも勿論です。ば、バッチリやってるのです」
「………デルタ。こっちを見て言いなさい」
「ひっ!」
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