SCP-████-JP 学園都市キヴォトス 作:サイト8192
※サイドストーリー編は本編を閲覧後の閲覧を推奨しています。
Tale_:心理学レポート
サイト8192。そこは本来は、SCP財団日本支部によって、とある山中の森の中に建てられた民間企業の施設に偽装した財団の施設だった。森を切り開いて造成された敷地内に幾つかの大きな建物を有し複雑に入り組んだ地下区画も有した施設。
世界中に点在する財団のサイト施設としては、かなり典型的なサイト施設の一つと言える構造の施設が本来のサイト8192だった。しかし、それは今では完全に昔の話だ。
地球人類の文明はある日突然、何の前触れもなく滅亡した。痕跡を何一つ残さず、文字通り消滅した。その原因がなんだったのか。今だに理由は分からない。
しかし、サイト8192は生き残った。いや、厳密に言えば、サイト8192その物はその他と同じく地球上から消滅した。しかし、生き残った物があった。それがサイト8192の地下区画にて保管されいたSCP-███-JP。別名、高異常性無限倉庫。
これは、一見するとただのコンクリート製の物置だが、外見面積よりも広大な内部空間が存在しているという異常性を有したオブジェクトだった。それでいて、このオブジェクトはそれまでに財団が試したあらゆるダメージを与える試みに耐えたという異常な防御性を有した物だった。
これが、世界の滅亡、所謂、K-クラスシナリオを唯一生き残る事ができた。
幸いだったのは、SCP-███-JPを調査し異常性を知った当時の財団上層部が、この強靭な防御性質と内部の異常空間を利用してK-クラスシナリオが発生した事態を想定して内部に巨大なシェルターを整備した事だろう。
今となってはこの判断は非常に先見性があったと言わざるを得ない。何故ならば、この時の整備がされていなければ、財団はあの原因不明のK-クラスシナリオを組織として生き延びる事は出来なかったからだ。
スクラントン現実錨など対現実改変や対時間改変の対策を施した財団施設は幾つも世界中に存在していたが、あの不明なK-クラスシナリオには全く通用できなかった。
唯一対抗できたのは財団の科学技術をもってしても何故、ここまでの防御性能があるのか説明できなかったSCP-███-JPのみ(もっとも原理を説明ができないオブジェクトなど山ほどあるのだが。その理論で言えば、この手の原理不明の破壊不能なオブジェクトは幾つもあった為、現在でもその内の幾つかは世界の何処かでひっそりと実は生き残っているという可能性はあるかもしれない)。
現在、財団が確認し得る範囲内において、SCP-███-JP以外には財団の施設は地球上には一切残存は確認されていない。
結果、SCP-███-JPはただの倉庫から唯一生き残った財団施設として、サイト8192の付属倉庫という扱いから、あの不明なK-クラスシナリオの発生以降はSCP-███-JP自体にサイト機能及び壊滅した財団本部の全ての役割が引き継がれ、SCP-███-JPはサイト8192その物となった。
もっとも、全てが成功した訳では無い。当時の財団の上層部は防御性の原理が説明できないとして、途中でシェルターとして活用する計画を停止し事実上、ただの倉庫扱いにしてしまった。
施設も完成し物資の搬入もほぼ完了していたというが、職員を常駐させる様な事はしなかった。これが最大の失敗だ。
何故ならば、例の不明なK-クラスシナリオを生き残ったのは、偶然にも荷物をSCP-███-JP内に置きに来ていた当時、サイト8192の施設警備員だったという今のサイト8192のサイト管理官を務めている[データ削除済み]のみだったのだから。
仮に、この絶妙なタイミングで彼(いや、今は彼女と言うべきか?)がSCP-███-JPの中に入っていなければ、その時点で今の財団は存在せず、地球人類の文明は完全に埋没してしまっていただろう。
また、同時期にO5人格搭載計画を断ったLisa.AICが懲罰人事的にSCP-███-JP内の管理をさせられていた事も幸運だったポイントだった。
彼女が居た事によって、現在、財団は曲りなりにも財団として活動できている面が多々存在する。
仮にLisa.AICがSCP-███-JP内の管理をさせられておらず、そこに居なかったら、財団の運命は現在と全く違った物となっているだろう。
SCP-███-JPのシェルターと今のサイト管理官だけが生き残っても、当時はただの一介の施設警備員であった彼には殆ど何も出来なかった筈だ。
何故ならば、SCP-███-JP内には多くの設備があるとはいえ、そのどれもが専門設備であり、扱うには専門的な知識が必要になるからだ。ただの施設警備員には荷が重すぎる。
紙媒体のマニュアル等を読み込んで使い方をマスターするにしても、ただの一介の施設警備員が独学で完全に設備を運用できる程までに全ての使い方を覚えるには、どんなに少なく見積もっても十年以上もの時間が必要だろう。研究に必要な科学的知識なども含めれば数十年レベルの時間は必要の筈だ。
つまり、現在の財団があるのは二つの偶然が重なり合っていたからだ。この一つでも噛み合っていなければ、現在の財団は存在し得ない。
この偶然があってこそ現在の財団は首の皮一枚で繋がり組織として生き残っている。今回は偶然によって財団は助けられたが、偶然に助けられている時点で既に危機管理の側面上で言えば失敗と言えた。
もちろん、当時の財団上層部の判断も間違ってはいない。K-クラスシナリオの発生に備えたシェルターというのは、何よりも生存性が重要視される。場合によっては地球人類の未来を託す事にもなる。
安全性をきちんと説明できない得体の知れない物に人類の未来を預けるのは、それはそれで危機管理という側面で見れば正しくはないからだ。
しかし、結果論としては、SCP-███-JPが生き残っている事から、シェルターとしての利用は継続されるべきだったと言えるだろう。
これで、SCP-███-JPに何らかの危険な性質が明らかになっているのであれば、話は違ったかもしれないが、あくまで、防御性について理論的な説明が出来なかっただけで、それ以外には危険な性質等は明らかになっていなかったのだから。
しかし、財団の最大の失敗はそれ以外に存在する。それは⸻。
「あーもう!なんで、ここはこんなにも居住性が最悪なんでしょうかね!?」
サイト8192。その一角にある、とある執務室内、休憩時間中に一人の少女が声を挙げていた。
その少女は自身のピンク色の長い髪を振り乱し、椅子に深く座り込んで背もたれに全体重を預け天井を見上げていた。
そんな少女の目の前のデスクの上には世にも珍しい7画面のマルチモニター搭載のノートパソコンが1台と先程までインスタントコーヒーが注がれていた空のマグカップ、書類が幾つもファイリングされたファイルが数点、ノートパソコンと有線接続され乱雑にデスクの上に置かれたインカム、財団支給の携帯端末、デジタル置き時計などが置かれている。
彼女、不知火カヤ。情報通信統括管理局長代行兼、サイト警備主任代行は憤っていた。怒っていた。とにかくイライラしていた。
彼女がここまで憤っている理由。それは単純かつ明快だった。それは、自身の職場の居住環境が彼女にとって耐えがたい程までに最悪であるという事だ。
彼女は天井を見る。その高い高い天井を。
それもその筈、だってこの部屋の天井、高さが18m以上もあるのだから。いや、ここを部屋と呼ぶのも彼女からすれば、おこがましかった。何故ならば彼女の今居る執務室、そこは、広さこそは一般的な執務室程の広さであるが、その壁は高さ2mの金属と壁材を組み合わせただけの、超簡易的な壁だったからである。
だが、天井までの高さは18m以上だ。壁の高さが2mという事は、あと16m以上は必要な筈だが、そこを埋める壁は存在していない。していないのだ。
百歩譲ってここを部屋だと仮定しよう。その部屋の中には自身が使用しているデスクと椅子以外には、来客用の簡易ソファセットと部屋の端っこに申し訳程度に置かれている観葉植物の木が置かれているが、ハッキリ言って彼女からすれば、ここが部屋だという事にしている口実にしか見えない。
彼女が今居る執務室はサイト8192内に4室ある大型物資保管庫の一つ、その広大な空間の中の一角に作られた簡易的な執務室だった。
彼女の居る執務室の周囲には彼女が利用している執務室以外にも、他の職員達が使用している執務室やオフィスが内装こそ違えど、同じ様な簡易的な壁で作られていた。
イメージとしては災害時に設営される体育館内の避難所が良い例えだった。災害時、そういった場では段ボールや布などを使って簡易的に部屋を作る事があるが、現在のサイト8192内の職員の職場は概ねがその様な雰囲気を醸し出していた。この様な簡易的な職場エリアがサイト内の大型物資保管庫の幾つかに点在している。
避難所と違う点があるとすれば、壁は簡易的とはいえ、恐らくは自動小銃を乱射しても貫通できない位の頑丈な壁を割と使っているという点と内装は職務に必要な範囲ではしっかりとしているという点位だろう。
室内を照らす照明はデスクライトを除けば、遥か18mの彼方にある大型物資倉庫備え付けの照明だ。
照明に関して言えば、明るさの面で言えば別に問題は無いが、やはり部屋を暗くしたい時というのはあるもので、大型物資倉庫備え付けの照明は個人の一存では消す事は出来ない為、部屋の中の明るさを全く調整できない。仮眠を取る時は、アイマスクをするか、眠れなくて困った職員が作った仮眠室に行って寝るしかない。
空調に関しても大型物資倉庫という大きな部屋の中に居る訳だから、調整など出来る筈もない。一応、過ごしやすいとされる気温に調整はされているが、これもやはり部屋ごとに調整できないというのは不便この上ない。
大型物資倉庫内に作られた仮眠室はサイト内で一番最悪の部屋だ。天井の照明の光を避けるべく、天上が完全に板張りにされており、中は自由に照明を点けたり消したりできるのは良いが、完全に閉めっきりとなった室内は空調が整備されていない為に、空気が淀みがちで、それに対する対抗策は扇風機のみという状況だ。
この為、財団職員は仮眠を取る場合、アイマスクを付けて明るくも空調の利いた場所で仮眠をとるか、澱んだ空気を承知で暗い仮眠室で仮眠をとるかの二択を迫られる。
ハッキリ言って居住エリアを除けば、収容室やDクラスの独房の方が良い環境だ(しっかり壁も空調も照明もある)。
それ以外にも浴場やトイレも全て仮設だ。
彼女にとって一番許せないのは執務室の壁が2mより先が無い事だ。プライバシーの欠片もないじゃないかと、いつも思う。
一応、アクティブ騒音低減システムによって室内から出る音は外部には漏れない工夫がされている。だから、今さっき、彼女が出した不満の声も例え誰かが廊下を歩いていたとしても聞こえる事はないだろう。しかし、やはり気持ち的な問題として、しっかり壁があるのと無いのとでは全然違った。
彼女と同じ事を思っている財団職員は恐らくそれなりに多いだろう。だが、彼女は前の職場環境と今の職場環境を比較してしまい、誰よりも不満の感情が強かった。恐らく彼女程、不満を抱いている財団職員も他には居ないだろう。なぜならば、他の財団職員は不満に思いつつも、まだ許容できている範囲内なのだから。
これで、もしも財団職員の居住エリアまでも、この有様であったのだとしたら、財団職員の不満はもっと強い物となったかもしれないが、流石に住居エリアは照明や空調が完全完備されたコンテナ式の簡易施設がサイト内に設けられている。
もっともDクラスを除いた半数近くの財団職員はSCP-████-JP内でフィールドワークやその他任務に就いている為、サイト内には居ないから文句を言う必要も余り無いとも言えるのだが。
「工夫の観点がおかしいんですよ!なんですか!?アクティブ騒音低減システムって!それよりももっと対策するべき所があったんじゃないですか!?」
彼女はそう愚痴をこぼすとうなだれる。
彼女は強く思う。
財団の最大の失敗。それは、シェルターとして建設されたにもかかわらず、居住性が殆ど皆無だという事だ。
このサイト8192。シェルターという観点で見れば、確かにシェルターとしての要件は満たしているかもしれないが、人間が住むと言う事を殆ど考慮されていない。水も電気も空調も整備されているし、食料だって自給自足可能な設備も確かに整えられている。コーヒーだって飲み放題にできる設備まで整えられている(昔から財団職員にとってコーヒーはなくてはならない飲み物だった様だ)。
生活に一通り必要な物は長期間に渡って自給自足が出来る体制が整えられている。
しかし、居住性という観点が完全に抜け落ちている。このシェルターは4つの大型物資倉庫とその内、一つの大型物資倉庫から伸びる通路の先にある収容エリアの大きく分けて2つのエリアから成り立っているが、この中でまともに居住性が担保された施設は収容エリアしかない。
収容エリアには、始めから収容エリアで勤務する職員向けの各種設備がしっかりと整えられている。しかし、それはあくまで収容エリアで勤務する職員が使える程の規模でしかない。
彼女が前に調べた所によると、このシェルターは非常時には大型物資倉庫内に保管された備蓄物資を使って居住環境を整える事になっていた。つまり、現在のサイト8192の状況はこのシェルターの設計者の想定通りに運営されている事になる。
だが、待ってほしい。このシェルターはK-クラスシナリオに備えて作られた筈だ。最悪、シェルター外に出る事ができない状況も充分に考えられるだろう。にも関わらず、そんな仮設の設備に依存しているのは居住性を余りにも蔑ろにしすぎではないか?少なくとも彼女はそう思っている。
彼女はこのシェルターをクソ設計にした設計者を彼女の柄にもなく、一発殴ってやりたい気分に幾度もなったが生憎、その設計者はもうこの世に居ない。
とはいえ、これでも聞く所によると大分マシになった方だという。一番ひどかった時はオフィスの壁がプラスチック板と白いビニールシートを使って作られていた時もあったそうだ。
サイト管理官を始めとして多くの財団職員がここまで改善に努力したのだという。なんでもその時はDクラスの独房の方が遥かに良い環境に見えたそうだ。ちなみにこの頃には居住エリアもこの有様だったと言う。
彼女は不満はありつつも、ここまで改善してくれた事には感謝しかなかった。仮に自分がその環境に置かれたら、今よりもストレスは極大だっただろう。
(それにプラスαしてあの財務部門長……せめて癒しのコーヒーだけでも得たいという私の要請をあんな簡単に無碍にあつかって!私、あの人嫌いです!)
情報通信統括管理局の仕事は本当に大変だ。忙し過ぎてパンクした連邦生徒会長代行の業務内容量ほどではないが、仕事量は本当に多い。
財団にはセキュリティクリアランスの違う職員が何人も在籍している。時には、そうしたセキュリティクリアランスの異なる職員同士の連絡体制などを密にして当たらねばならない作戦や実験などもある。作戦や実験で無くても日常的にも最低限共有しなければならない情報もある。
情報通信統括管理局はそうした時に任務に必要不可欠な情報は与え、そうでない情報は与えないという財団の情報共有を統括し監督する部署だ。
やってる事は地味だが財団を支える重要な仕事だ。もっとも、恐ろしいのは現在の仕事量も人工知能の上司であるLisa.AICによってかなりサポートされ軽減されているという事だ。彼女が来るまでは、もともとはLisa.AICが殆どやっていた仕事である為、Lisa.AICにサポートが出来ない訳もないのだが、これだけの仕事を日夜処理していたのかと、彼女は素直にLisa.AICに驚かされる。
もうLisa.AICに全部任せて良いんじゃないでしょうか?とも思いもするが、今は例えそれでよくとも財団の規模が拡大していった今後の事を考えれば、余り好ましくなかった。
その為、今、彼女はLisa.AICが担っていた仕事を分担できる優秀な人材として育成されているのだ。彼女のセキュリティクリアランスはレベル4。財団内でも数少ない高位のセキュリティクリアランスを保持している。このレベルの高さが彼女の能力を財団が如何に重要視しているかを示している。
問題は情報通信統括管理局において、その優秀な人材として現状育成されている人材が彼女のみという点だろう。
その為、彼女に仕事が集中している。
彼女は少しでも癒しを求めて、美味しいコーヒーが飲みたかった。だから、財務部門にコーヒー好きの彼女が厳選した美味しいコーヒー豆の調達を要望したのだが、そんな彼女からの要請に対する財務部門長の返事はNOだった。
もっとも、実は彼女に仕事が集中しているのはLisa.AICが彼女を優秀な中間管理業務人材として育成しようと、彼女の持つ中間管理業務能力を鑑みて、あえて大量の仕事を彼女に課しているという一種の教育的側面が強いのだが、その事を彼女は知る良しも無い。
なお、実は本来であれば、いくら教育的意味合いが強いとはいえ、こんなにも彼女一人に仕事が集中する事は無い筈だったのだが、彼女がLisa.AICから課された業務をその度、処理出来てしまった為にLisa.AICは彼女には処理能力があると判断して、彼女の限界量を探る為に仕事量を増やすという循環になってしまっている事実は彼女は知らない方が幸せだろう(ようは彼女が自分自身で仕事を呼び寄せている)。
「はぁ……連邦生徒会の執務室が恋しい……」
彼女は連邦生徒会での日々を回想する。
連邦生徒会に居た頃はそこまで深く考えなかったが、職務を行う環境として見れば、最高の職場環境だった。
過ごしやすい執務室、長時間座っても腰の痛くならない椅子、美味しいコーヒー。
どれをとっても今の彼女の職場環境と比べれば、天と地の差があった。
だが、そんな現在の職場環境に不満がたらたらの彼女であったが、財団その物に不満がある訳ではなかった。
(居住環境ははっきり言って最悪……仕事も多いしコーヒーは泥水の様……でも、財団で働いている事に不満はない)
財団に対する不満は無かった。何故ならば、今の財団の状況を彼女としても充分に理解しているからだ。ただでさえ、組織としては一度、壊滅状態に陥ったのだから仕方ない。
むしろ彼女には財団に対する忠誠心も充分にあるし "自分達がいずれやり遂げなければならない使命" も解っていた。
確かに連邦生徒会の執務室は恋しいし、職場環境は彼女からして最悪だが、それでも今の彼女の頭の中には連邦生徒会に戻るという考えは一切存在しない。
彼女は財団に感謝している。彼女は思う。
財団職員としてここに迎え入れられるまで、彼女は安穏とした日々を送って来た。この世界の真実に目を向けず、気がつけず、ただ日常を過ごしていた。しかし、ここに迎え入れられた事によって彼女の見る世界は完全に180度一変した。
彼女自身の存在も含めて、この世界は異常すぎる。
彼女は科学的観点から見て極めて異常な世界にこれまで住み、そこで、それが普通だと思い込んで過ごし、自分自身も異常な存在の一員であるにも関わらず、それに全く気がつけなかった。
今考えれば、あの世界を当たり前に思っていた自分が恐ろしい。
だが、今は違う。財団のお陰で自分はこの世界の真実を知ったのだ。
異常な状況は正さねばならない。この星を正常な状態に戻す必要がある。今の世界は余りにも不安定過ぎる。先のK-クラスシナリオ未遂事件……虚妄のサンクトゥムの出現もこの世界が不安定である事を示す証拠だ。
財団は現状を打破して地球人類文明を再興する必要性がある。
さもなければ、この事態に陥る前まで陰ながらにして世界を守り続けていた財団の先人達に顔向けできない。
(それに……世界を正しい方向に導くのは超人としての義務ですからね)
彼女は "あの女" とは違う "真の超人" たる自分が世界を正しい方向へと導く、そんな自分の姿を妄想する。
(会長……この世界の道化に過ぎなかった、あなたと違い真実へと辿り着いた私こそが真の超人です)
彼女はしばらく酔いしれた気分に浸ると、ふっと不敵な笑みを浮かべたのだった。
「カヤ局長、よろしいですか?」
「……ええ、どうぞ入って下さい」
するとそんな時だった。ふいに執務室の扉がノックされ、妄想が中断される。そして、彼女の日々の諸々を手伝ってくれている補佐官が入って来たのだった。
「そろそろ前のコーヒーを飲み切っている頃かと思いまして新しいコーヒーをお持ちしました」
「いつもありがとうございます。そこに置いておいて下さい」
補佐官はデスクの上に持っていたトレーの上に乗せていた熱々のコーヒーの入ったマグカップの取っ手を持つと、彼女が指し示したデスクの場所に置く。取っ手をカヤの方向へと向ける配慮は忘れない。その後、空いたトレーの上に空になったマグカップを回収した。
この補佐官は本当に気が利く子だと彼女は思う。
何も言わなくても、コーヒーが空になった頃合いを見計らっていつも次のコーヒーを持ってきてくれるのだ。
彼女はそんな事を思いつつ、届いたばかりのコーヒーを手に取り口に付けた。コーヒーの味にうるさい彼女からすれば、連邦生徒会に居た時に飲んでいたコーヒーと比較すれば泥水の様に感じる様な低品質なコーヒーの味と風味が口に広がる。
「……なんだか甘い物が食べたいですね」
コーヒーを飲んでいた彼女はふとそんな事を呟く。
「カヤ局長が甘い物を食べたいなんて珍しいですね?」
「まぁ、以前なら全然食べなかったんですが、最近、業務をやってると無性に甘い物が食べたくなってしまって。もしかしたら、ここのコーヒーはコーヒーと呼ぶには烏滸がましい程に正直、私の口に合わないので、それでかもしれません」
「今、コーヒーを持ってきた自分の部下にそれ言いますか?」
「不味い物は不味いのですから仕方ありません。なんでしたら今度、本物のコーヒーという物をご馳走しましょうか?認識が180度変わりますよ?」
彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「いいえ、遠慮します。今のコーヒーに満足できなくなりそうなので」
「賢明な判断ですね」
彼女は内心、断られた事に心の中で舌打ちをする。
(真のコーヒーの味を知る仲間を増やすチャンスだと思ったんですが……次の機会を待ちましょうか)
「それで甘い物は何にしますか?ドーナツならサイト内の食堂にあるので直ぐに持ってこれますが」
「コーヒーは美味しくないけどドーナツは美味しいんですよね……」
「ドーナツはお金をかけて仕入れていますからね」
「何でコーヒーはダメでドーナツは良いんですかね……」
「仕事柄、糖分摂取にはうるさい人が多いですからね」
「それでしたらコーヒーも皆、いつも飲んでいるでしょう!?」
「甘い物は疲れを癒やす為ですが、殆どの財団職員にとってコーヒーはカフェイン摂取の為でしかないので」
「そのコーヒーで癒やされる人も居るんですよぉ……」
彼女はデスクの上にぐでーんと突っ伏した。連邦生徒会に居た頃なら自分の部下相手とはいえ、こんな腑抜けた態度は示さなかったが、好きなコーヒーを自由に飲めない状況が続き過ぎて、完全におかしくなってるなと彼女は頭の片隅で思う。
だが、そんな彼女に補佐官は意に返さずに言葉を続ける。
「そう言えば例のK-クラスシナリオ未遂事件の時にこの施設に完備されている培養コーヒーの製造装置で作られたコーヒーを飲んだんですが、それは今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しかったですね」
補佐官の発言にデスクの上に突っ伏していた彼女はピクッと身を震わせた。コーヒー好きの彼女からして、補佐官のその発言は非常に興味惹かれる内容だった。彼女は即座に姿勢を正し復活する。
「私はその時は居なかったので知りませんが、そんなに美味しかったんですか?それは少し興味がそそられますね……まぁ、それを飲める日はサイトが封鎖された時ですから、飲めない日々が続く方が断然良いですが」
「確かにそうですね。それで話を戻しますが、ドーナツにしますか?それ以外なら、次の外出の時に希望があれば何か買ってきますが」
「あなたの次の外出許可が出てる日って明日でしたよね……?なら、ドーナツで良いです」
「分かりました。それではそのように。ああ、それと」
「なんですか?」
「頼まれてた服の洗濯とアイロンがけをやっておきました。自室のクローゼットに仕舞っておきましたが、よろしかったですか?」
「ええ、ありがとうございます。それで構いません」
「それでは失礼します」
そう最後に言うと彼女の補佐官は執務室から出て行った。彼女は再び執務室内に一人になる。
「やはり良くできた子ですね。とても元スケバンだったとは信じられませんね」
彼女は失礼な事を口走るが、これはある種、現在の財団内では多くの職員が元スケバンの生徒だった職員に対して余り口にはしないが、思っている事だった。
現在の財団には様々な生徒(SCP-████-JP-A)が所属している訳だが、その容姿は多種多様バラエティ豊かで、サイト管理官の様な一見、トリニティ生っぽい職員が居るかと思えば、地味(言ってしまえばモブ的に見える)な外見の生徒が不似合いに見える白衣を羽織っていたり(例えるならトリニティの正義実現委員会の黒髪一般委員部員に白衣を着させたらこんな感じに見えるだろうか?)、ゲヘナ生っぽい職員も極少数もいるし、獣耳や尻尾を生やした生徒も居る。本当にSCP-████-JP中から集めてきた感じだ。
これは様々な所からの出身者がオペレーション・アナスタシスで定められた手順に則って集められている為に当然と言えば当然な訳だが、総じて概ねその外見は服装を除けば、詳しい者が見れば何処の学園の出身者なのか、風土を何処か雰囲気から感じさせる者が多い印象がある。
しかし、スケバン出身者の職員や、あとはヘルメット団出身者の職員もそうであるが、雇用前に不良行為を行っていた職員は、雇用後には、しっかりと財団の服務規程に則った服装を着こんでいる為、不良的な要素を外見から見つけ出す事はかなり難しくなっていた。元ヘルメット団員の職員なんかは、そもそもヘルメットを被ってないから、もはやヘルメット団だった事を外見から見分ける事は不可能だ。
スケバン出身者の職員やヘルメット団出身者の職員は恐らく財団に雇用されて一番、容姿というか印象が変わった職員と言えるだろう。
「っと、そろそろ勤務時間になりますね……」
デスクの上のデジタル時計を見て彼女は呟く。
彼女からすれば、今の勤務環境は連邦生徒会に比べて遠く及ばないし、サイト内の居住環境は最悪で不満も多い(不良出身者の多くは満足している者も多いが)。
だが、彼女の心の中は財団職員としての使命感と忠誠心に満ちていた。世界を守る為の仕事という充実感があった。
連邦生徒会に居た頃よりも今が遥かに充実している様に感じられた。
彼女はこれが記憶改竄処置によって植え付けられた事だとは、重々理解しているし承知もしている。
彼女だけではない。そもそも記憶改竄処置を受けていないDクラス職員以外の全ての財団職員が彼女と同じだった。
記憶改竄処置を受けていると知った上で彼女らは、進んで自らの業務を日々行っていた。
何故ならば、それが植え付けられたものだとしても、気持ちには逆らえないからだ。財団職員としての使命感、忠誠心、充実感は彼女らに、それを嫌だとは一切思わせない。
だからこそ、彼女らは自ら進んで業務を行い、自分達の "唯一の拠り所" である財団をさらにより働きやすい環境にしようと自ら進んで日夜励んでいた。
例えば、現在の財団職員の大半を占めているのは元不良と元学校で孤立していた生徒だが、やはりその特性上、いじめる側といじめられる側になりやすいタイプの職員が多く在籍しているが、財団は健全な職場環境を目指して、パワハラやいじめ等の諸問題を未然に防ぐ様々な手立てや万が一問題が発生した場合における厳正な対応策等を講じて、この手の問題が発生するのを防いでいる。
こうした安心して働ける職場環境を作る為の活動に対して自ら進んで参加したり、新しい提案や意見を出す職員もいる。意見募集用のプラットフォームを開設すれば様々な意見が積極的に届くと聞く。
職員間の信頼を高める為のオリエンテーションや夏祭り、趣味が合う者同士のサークル活動も積極的に行われている。財団に居るのが嫌であったり疑問に感じるのであれば、この様な活動は行われないだろう。
全ての職員が財団の "目標" を達成するべく一点の曇りもなく邁進している一体感があった。
そこに彼女が連邦生徒会に居た頃のような、政治的駆け引きや、誰かを蹴落そうとする権力闘争などの不純な要素は一切無い。
彼女は財団のこの一体感に心地良さを持っていた。
「それはそうとて、ここが良い職場なのと、環境と業務のストレスは別問題な訳ですが」
まったく、ダイブ装置のゲームが無ければ外にも出ずに、この量の仕事なんて、とても、やってられませんね。と彼女は次にダイブ装置を使える日に何をしようかと考える。
ミレミアム製のダイブ装置は最先端技術が使われているとはいえゲーム機だが、流石、天下のミレミアムが作ったと彼女からして言いたくなる程の高性能装置だ。五感の全てを仮想現実の世界へとダイブさせ、様々な体験をする事ができる。
それと財団が誇る科学技術で作られたAIであるLisa.AICの作った仮想現実が組み合わさり、もはやゲームを越えたリアルな体験ができる。それこそ、ダイブ中は外出していなくても外出している気分になる程には(財団職員の中にはダイブ装置があれば、サイト外に出る必要なんてないと言っている者も居るが、彼女の場合はダイブ中は良いがダイブを終えて現実の世界に戻ってくると、本物を体験したいという欲求にかられる)。聞く所によれば、ダイブ装置自体にもLisa.AIC主導の改造が加えられているとかなんとか。
それならば、納得のクオリティの体験だと言えるだろう。
彼女はここ最近、休暇や就労後には入り浸る様にダイブ装置の使用申請を出して入り浸っている。ハマっているのはLisa.AICが提供している財団職員向けのリラクゼーションプログラムの内の一つであるトラベルゲームだ。
安直な名前のゲームだが、その名の通り、Lisa.AICが作った複数のオープンワールドの中で旅行を楽しむ事ができるというゲームで、もっぱらこれを利用する者はリゾート地で遊ぶ者が多いが彼女はその中では珍しくキャンプに今、猛烈にハマっていた。
多い仕事量にも関わらず、美味しいコーヒーも飲めず、サイト施設外への外出もできないという状況が絡み合って、いつしか彼女は連邦生徒会に居た頃には考えられない様なキャンプという新しい趣味に目覚めていた。
彼女がどれほどキャンプにハマっているかと言えば、サイト施設外への外出は認められていないにも関わらず、財団から支払われる安い給料の大半をキャンプ道具の購入に充てている程だ(あっ執務室内にテントを設置してそこを仮眠室にしても良いかもしれませんね)。
今の彼女の個人的に一番やりたい事はいつか本物の大自然でこの購入したキャンプ道具を使ってキャンプをする事だ。半年くらい大自然に籠ってみたい。
「次のキャンプはこないだ実装されたばかりの南米のアマゾンの密林地帯で決まりですね」
彼女は次のダイブ装置が使える日に胸を高鳴らせながら、休憩を終えて業務を再開する為にスリープモードにしていたノートパソコンのディスプレイを立ち上げる為、キーボードのボタンを押す。
ディスプレイが立ち上がり光を放ち、白い背景に財団のロゴマークが表示され、今日の後半戦の彼女の仕事が始まったのだった。
⸻⸻。
Lisa.AIC system message
- 監視システムに接続します。
[AIシステムログ]
- モジュール: 心理傾向分析ユニット
- 処理開始: 202█-██-██ 00:00:00
- 現在時刻: 202█-██-██ 15:26:22
- データ取得: カメラフィード(フロア1, フロア2, フロア3...)
[職員データベース照合]
- 職員ID: SCP-████-JP-A-5122
- 氏名: 不知火カヤ
- 現在の勤務状況: 在席
- 行動: PC前で作業中
- 異常: ストレス値の上昇を確認
- 職員ID: SCP-████-JP-A-2111
- 氏名:█████
- 現在の勤務ステータス: 在席
- 行動: 食堂エリアへと向けてオフィスエリアを歩行中
- 異常: 特になし
- 職員ID: SCP-████-JP-A-1838
- 氏名:████
- 現在の勤務ステータス: 在席
- 行動: 大型物資倉庫付属通路から収容エリアへと向けて電動カートで移動中
- 異常: 特になし
- 職員ID: SCP-████-JP-A-1332
- 氏名:█████
- 現在の勤務ステータス: 在席
- 行動: PC前で作業中
- 異常: 特になし
- 職員ID: SCP-████-JP-A-3113
- 氏名:█████
- 現在の勤務ステータス: 在席
- 行動: 実験室にて作業中
- 異常: 特になし
- 職員ID: SCP-████-JP-A-892
- 氏名:█████
⸻⸻⸻⸻⸻⸻
⸻⸻⸻⸻
⸻⸻
[サイト8192施設内勤務状態確認完了]
- 全職員: 正常
- レポート: 勤務状態に問題なし
- 行動分析結果: 心理状態に問題は検出されず
- 行動分析結果に基づく簡易的ミルグラム服従度: 問題は検出されず
- 行動分析結果に基づく改竄記憶状態: 問題は検出されず
- 行動分析結果に基づく改竄認識状態: 問題は検出されず
- 一部の職員の間で業務過多によるストレス値の上昇傾向を確認
- 推奨アクション: 継続的監視の実施及び、より正確な各種判断テストの実施。さらなるストレス軽減策の検討
- 推奨アクションはサイト管理者命令により自動承認
[システムログ]
- 日時: 202█-██-██ 15:26:22
- タスク: 心理傾向分析
- 実施: 心理傾向分析ユニット
- 監視を継続中...
- タスク終了予定日時: 202█-██-██ 23:59:59
- 次回確認予定: 202█-██-██ 00:00:00