SCP-████-JP 学園都市キヴォトス 作:サイト8192
2024年某月某日。
pipipipiという耳障りな規則的な電子音が鳴り響き、今年38歳になる彼、ロイド・マークソン、アメリカ合衆国空軍の大佐は目を覚ました。
まだ眠たい重い瞼をゆっくりと開けるとそこには白い清潔感のある見知らぬ天井が広がる。ここはどこだろうかとぼんやりした頭で一瞬考えるが、直ぐに自分が何処に居るのかを彼は思い出した。
彼は未だpipipipiと耳障りな電子音を鳴り続けさせる枕元の目覚まし時計に手を伸ばすとボタンを押し電子音を強制停止させた。
電子音を止めた彼はしばらく、無気力気味に天井を眺めたが、しばらくして重たい身体を起こすように上半身を起こした。そこは清潔感溢れるキングサイズのベットの上だ。
三人が横に並んで寝てもまだ十分に余裕なスペースがある程の大きなベットを彼は一人で使っていた。
彼は徐に布団を剥すと、ずりずりとベットの淵へと移動し、ベットの近くに置いてあったスリッパを履いて立ち上がった。そして彼は部屋を見渡す。
そこは、天上やベットと同じく、清潔感の溢れる一室だった。最近流行りのデザイナーズハウスの一室の様だ。配色はまるでスターウォーズに出てくる宇宙船の中の様に白色が目立つ。
家具も置かれており、ベットの他、液晶モニターが付いたダイニングテーブルや、IT家電が備わったオープンキッチン等々etc。生活に必要な物はあらかたの物が完備されている。そのデザインはどれも近未来的なデザインの物ばかりだった。
現実味が感じられない光景に彼は頭を掻くと、ちゃんと目を覚ます為にオープンキッチンへと向かう。オープンキッチンへと向かった彼は赤外線消毒機能の付いた棚からマグカップを取り出すとそれをコーヒーメーカーの下に置くとボタンを押しドリップコーヒーを淹れる。
マグカップが一杯になるまでドリップするには少し時間がかかる為、彼はその場から離れると、ダイニングテーブルの液晶モニターに手を触れた。するとそれまで何も映っていなかった液晶モニターが点灯し、彼はメニューを開くと、少し慣れない手つきでメニューを操作してテレビのコントロール画面を操作する。
すると、部屋の何もない白い壁に大きなウィンドウが表示されテレビの映像が映る。それはよく見れば、壁に映し出されているのではなく、天上から映し出されている平面状のホログラム映像によるテレビ画面だった。
『第18区画の行政委員会選挙が本日告示されました。当該区画のレベル0からレベル3職員は告示から168時間内に速やかに投票行動を行って下さい。
続いてクロノスヘッドライン、次のニュースです。給食委員会からのお知らせです。第27区画で発生した52番リニアレールの事故を受けて物資の運搬に遅延が発生しており、52番リニアレールの沿線上区画の複数の職員食堂で本日中の営業を停止もしくは規模を縮小して営業せざるを得ない状況にあると発表されました。本日中の営業を停止する職員食堂及び縮小営業の職員食堂は以下の通りです⸻』
テレビでは朝のニュース番組が放送されている様で、落ち着いた印象のニュースキャスターが今日のニュースをただ淡々と紹介していた。彼の国のニュース番組とは違い、ここのニュース番組はあくまで淡々としていて面白みは欠けるが正確で正しい情報をちゃんと発信していそうだ。
だが、彼はそんなニュース番組には注目一つせず、ダイニングテーブルのメニュー画面をさらに弄ると、この部屋の窓ガラスに関する機能を操作し、窓際へと移動していく。
彼はテレビを点けはしたが、単に彼は騒がしい音が欲しかっただけで、今やっている番組自体に興味がある訳ではなかった。
彼が何やら操作した影響か、窓に景色が表れる。それまで、ただ黒一色であった窓ガラスには景色が表れていた。
彼の足は窓際で止まる。そこには大きな一枚窓があった。部屋の壁の一面が全て窓になっている。窓には木々と草花が生い茂った様子と青い空とそれに浮かぶまばらな白い雲が見える。
彼はそれをしばらく見つめた。彼の視覚がその景色がどう見ても、このガラスを一枚隔てた向こう側にある景色を見えている様にしか見えない。
しかし、木々や草木が生い茂った景色を暫く彼が見ていると唐突にその景色はゆっくりと今度はハワイの海岸の様なマリンブルーの海の景色へと姿を変える。そしてその形式もさらには雄大な砂漠にへと姿を変える。
この部屋の窓ガラス。それは厳密に言えば窓ガラスでは無かった。窓その物が巨大なモニターであり、景色はそこに映し出された映像に過ぎなかった。しかし、映像と言っても、その映像の画質は彼がこれまで見た事も無い様な高画質であり、本物と見分けはつかない様な精度を持っていた。
彼はそんなモニター上に文字通り映る景色とテレビから聞こえてくるニュースキャスターの他愛もないニュースの言行内容を聞きながら、何を考えながらそうしているのか、手を後ろで組み、コーヒーが出来上がるのを待った。
そうしてしばらくするとコーヒーマシンからコーヒーが淹れ終わった事を知らせる電子音が鳴る。彼はその電子音を聞くと、オープンキッチンまで戻り、コーヒーメーカーからドリップされたばかりのコーヒーがなみなみと入ったマグカップを取り出し、ダイニングテーブルのすぐ側で立ったまま一口、口を付けた。
ドリップされたばかりのコーヒーの味わい深い味が口の中に広がり、彼の寝て起きたばかりの脳が処理能力を加速させていく。
彼はふと部屋をもう一度見渡す。非常に品質の高い美味しいコーヒーを飲んで脳がしっかりと覚醒した筈だが、彼はまだ何処か夢うつつの様な、非現実感を感じていた。
だが、何時までも非現実感に酔っている訳にもいかない。彼はコーヒーの入ったマグカップをダイニングテーブルへと置くと、再びオープンキッチンへと向かい、こんがりとトースターで焼いたトースト2枚と、オーブンで焼いたベーコン4枚、それに目玉焼き2つを手際よく作ると、プレートの上にそれを乗せ、最後に電子レンジで容器に入れて温めた冷蔵コーンスープを持ってダイニングテーブルへと戻り、そこで朝食を取った。
その光景は普段、アメリカでやっている彼の朝食と風景も味も何ら変わりも無い。強いて言えば、ベーコンの形が明らかに成形肉感がある事だろう。異様に長方形の形の整ったベーコンだ。
彼は成形肉を普段は食べない。もっとも形はともかく今彼が食べているそのベーコンは普通のベーコンとなんら変わらない味に食感ではあったが。
朝食を取り終えると、食器を直ぐに自動食洗器で片づける。非常に優れた食洗器だ。一度も自分で洗う必要も無く、この自動食洗器は勝手に全てをやってくれる。それこそ、洗い終わった後に自動でベルトコンベア式に棚に食器が元の場所に戻る所まで。
彼は食器の片づけを自動食洗器に全て任せると、自分は洗面室へと向かい歯磨きや洗顔などを済ませ、次にクローゼットの方へと向かい、そこから軍の士官制服を取り出しクローゼットの扉に備え付けの姿鏡を見ながら慣れた手つきで直ぐに着用。また、クローゼットの側にある鉄箱から拳銃を取り出し、ホルスターに入れそれを腰に下げる。
姿鏡で自分の姿を確認し全てが問題無い事を確認すると右腕に付けたお気に入りの腕時計で現在の時刻を確認する。
「そろそろか」
彼はもうすぐ出発するべき時間であると確認すると、玄関の方へと歩みを進めたのだった。
玄関の自動スライドドアを開けると、そこには4人の人物達が直立不動で立っていた。どうやら彼が出てくるのを待っていた様だった。彼を見るなり、その中の一人が前に一歩進み出てきて、彼に敬礼をする。
「おはようございます。本日から警護担当を務めさせて頂く機動部隊FOXの隊長、ユキノです」
「……ああ、こちらこそ、よろしく頼むよ」
彼は自分の警護担当だというユキノと名乗った人物の自己紹介に対して軽く答えると、その人物の容姿を見る。明るい黒髪のロングヘアに紅い瞳が特徴的な人物。服装は無難な黒い戦闘服に黒いパトロールキャップに黒いブーツ。警備員か警察官の様な格好だ。肩には黒い自動小銃が提げられている。
見れば他の3人も同じ様な服装をしていた。違う点は肩に担いでいる装備の違いと容姿だけだろう。
「簡単に隊員の紹介をさせて頂きます。こちらは副隊長のニコ。ポイントマンのクルミ。狙撃手のオトギです。何か要件があれば私達にお申し付け下さい。可能な限り対応します」
ユキノはこの場に居る警護担当の人物を一人づつ簡潔に紹介した。
ユキノの紹介を受けた者達がそれぞれ、紹介される度に一歩前に出てきて彼に「よろしくお願いします」との一言を添えながら敬礼を行う。極めて儀礼的でそれ以上でもそれ以下でもない無難な挨拶だ。彼も敬礼で答える。
「よろしく。ロイド・マークソン、アメリカ合衆国空軍大佐だ。何か用向きが出来たら頼らせてもらうよ。それはそうと……もしかして、ずっと待ってたのかい?」
「仕事ですので」
ちょっとした疑問をユキノに尋ねてみるがその一言で済まされた。まぁ、警護の仕事なんて言うものはこんな物かと思い直ぐに疑問は消える。だが、彼はその人物の容姿をまじまじと見てしまった。
「私の顔に何か……?」
「いや、申し訳ない。向こうじゃ君たちみたいな存在と接する事は無いからね。つい、じろじろと見てしまった。すまない。それじゃあ、行こうか」
「はい。ご案内します」
初対面の相手の顔をじろじろと見る等、あまり褒められた行動ではないが、彼はついついそうした行動を取ってしまった。彼はユキノに謝罪を述べると話題を終え、今日のスケジュールを消化するべく警護要員に案内を促した。
そのユキノの後に付いて行く形で彼は警護要員達に前後を挟まれる形で共に通路を進んで行った。
「そう言えば、ポイントマンに狙撃手と言っていたけど君達は特殊部隊の小隊か何かなのかい?」
「はい。その様な認識で構いません」
「ふむ……警護は君達、4人だけで?」
「本日は初日ですので顔合わせも兼ねて全員で対応しますが、明日からは2名づつの交代で警護に当たらさせて頂きます。欠員が出た場合や、警護上の理由によってはその都度、増員も許可されています。
……私達だけではご心配の様でしたら、さらに増員も可能ですが」
「私はここに詳しくないから、それは君たちの判断に任せるよ。それに君達の動きを見れば、君達が精鋭だという事は充分に分かるからね。君達の判断に従うよ」
「分かりました」
彼は先程の紹介で抱いたもう一つの疑問を投げかけ、それに対してもユキノは簡潔に答えを述べ解消する。
ユキノは心配であれば警護要員の増員をするという話に対して明らかに不機嫌さを滲み出していたが、彼がプロの判断に従う趣旨の返答で返すと、まだ彼とユキノは出会ったばかりだが、彼はユキノについて、それまでの様子から感情を表には出しにくい人物だと彼は思っていたが、思いの他、若干、満足気な反応を示した。
彼はユキノがそれだけ、自分の部隊に自信を持っている表れだろうと理解する。
そんなユキノに対し彼はというと、先導するユキノの後ろから、先ほど謝ったにもかかわらず、その視線は常にユキノへ自然と向けたままだった。
やがて、彼と警護要員はエレベーターホールへと到着し、ユキノがボタンを押して呼び出したエレベーターへと乗り込んだ。
そこまでの間、彼の滞在している部屋から通路そしてエレベーターホールからエレベーターの中に至るまでの道のりは自室の中と同じくとても清潔感が溢れており、その様子も近未来の雰囲気を醸し出していた。
そして下降を始めるエレベーターの中で彼は窓の外を見る。エレベーターは側面が強化ガラスとなっていた。自室の中にあったような液晶モニターによる窓ではなく、本物の窓ガラスだ。強化ガラスの向こうには本物の景色が見える。
ガラス越しに彼の目にその先の景色が写り込む。その景色を見ながら、しばし、彼はやはり、まだ自分が夢の中にいるかの様な、何処か夢うつつな気分のままだった。起きてから、もうそれなりに時間が経過しているにも拘らず、非現実感が未だに彼の感覚を支配する。
彼が非現実感を感じざるを得ない光景。それが朝起きてから現在に至るまで続いていた。近未来的な自室や廊下。そして、今、彼の目の前に広がる光景……。
そこには、エレベーターの中と外とを隔てる強化ガラスの向こう側には、巨大都市空間が広がっていた。それもただの都市ではない。
建物……と言って良いのだろうか。それは一概に1つの独立した建物が無数に存在している極一般的な都市の概念には当てはまらず、とにかく、彼の視界の全てを様々な構造物が満たしていた。構造物の各所には彼がその人生でそれまで見た事も無い程の巨大な液晶モニターが多数存在しており、そこには疎らに雲の浮いた青空が映し出されていた。そこに本物の青空は無い。
この都市空間を彼のここに来る前までの知識の中で例えるならそう、それは大型ショッピングモールや大型豪華客船によく似ていた。大型ショッピングモールや大型豪華客船の中には吹き抜け構造やその天上に青空の絵が描かれている事がある。また、一つの建物や客船などの構造物の中に外の街並みを再現しその天上に青空の絵が描かれている物もある。
専門用語で言えば、スカイシーリングやインドアストリートの手法を採用した空間であるが、彼の居る都市空間はまさにその手法を採用した空間だった。だが、彼の知るショッピングモールや豪華客船の規模とは違い、彼の目の前にはまさに空前絶後の規模感があった。
彼が見える範囲だけでも高層ビルが何棟でも収まりそうな巨大な空間にその手法が為されていた。仮に上や下を覗き込んでも、その底を見通す事はできないだろう。
また、右や左、前を見ても、それは同じだった。例えるならば、ニューヨークのビル群の中心部のビルの中層から見てマンハッタン島の端を見る事はできないだろう。なぜならば、ビルに視界を遮られてそこまで遠くを見通す事はできないからだ。それはこの彼の居る都市空間においても同じであり、都市空間内に存在している構造物によってその隅々を見通す事は出来なかった。
さらに、この都市空間が彼の知るショッピングモールや豪華客船、都市と違うのは、規模だけでなく、その近未来的なデザインだろう。どこまでも未来的なデザインが続いている。それは彼の自室や廊下に至るまで。
そしてよく都市空間を注目すれば、構造物間を縦横無尽にレールの様な物が各所に都市空間内に伸びており、そこを例えるならば大型自家用車程のサイズのモノレールやエレベーターの様な乗り物が運行しているのも見えた。
彼の目の前に広がっている光景。それは、まさに未来都市と形容できた。
そして、そんな未来都市の光景が広がるエレベーターの強化ガラスの内側には、彼とその警護要員達が居る。彼は警護要員達を静かに見続ける。
ユキノ、ニコ、クルミ、オトギと日本人の様な名前を名乗った警護要員達。だが、彼にはこの4人が日本人には到底見えない。それは人種がどうだとか、そういう次元の話ではなかった。
4人の姿は、服装や装備こそ何らおかしくは無かった。だが、それを身に着けているのは、明るい黒髪のロングヘア、ピンク色の髪、クルミ色の髪、金髪の髪。大きな……いや大きすぎる、紅い瞳、黄緑色の瞳、青い瞳。染めたりカラーコンタクトと言った類では一切ない自然な色。
そして、よく見れば警護要員達の被っている頭の黒いパトロールキャップには2つ穴が空けられており、その穴から飛び出ているそれぞれの髪色と同じ色の狐の様な耳。ラスベガスのカジノに居るバニーガールのつけ耳の様なちゃちな物ではない。明らかに本物の、生きた耳がそこにはある。その頭の上に宗教画の光輪の様な光の輪……。
彼の目の前には強化ガラスの向こう側に広がる近未来的な都市空間と、同じエレベーター内に居るまるで最近流行りの日本のカートゥーンの出てきそうな姿をした、明らかに人間ではない生命体の姿。
彼はそんな近未来的な都市空間と明らかに彼と同じ人間ではない警護要員達(これからはFOX小隊とでも呼ぼうか)を内心、夢うつつに見ながら、この状況に至るまでの彼のそれまでの常識では到底推し量る事のできない非現実の連続を思い出す。
全ての始まりは彼がCIAの極秘作戦に空軍からの参加者として選抜された頃からだ。それまで一介のパイロットに過ぎなかった彼であったが、イラクでアフガニスタンでアフリカでCIAの作戦をサポートするパイロットになった。
そうしてCIAの作戦に携わる内に、CIAでの評価が上がったのか次第に明らかにアメリカの国家機密に近い作戦に次々と従事させられる事になった。
そうしたある日の事だ。彼はアメリカ空軍ネリス試験訓練場に配属が決定した。通称、エリア51として知られる有名な基地だ。彼はUFOや宇宙人など到底信じておらず、極めて軍規を守るまじめな性格だったのも、この基地に配属される理由の一つだったのかもしれないとも彼は思う。
しかし、そうしたオカルトとは無関係の彼がネリス試験訓練場で見聞きしたのは、それまでの彼の常識を覆すような物ばかりだった。
中でも秘匿呼称ブラックナイトと称される存在を知ったのは彼が今、陥っている非日常の状況への扉を開けた原因だろう。
ブラックナイト⸻アメリカ合衆国軍やCIA、NASAなどがそう呼んでいる存在。1954年にまだアメリカの人工衛星はおろか、世界初の人工衛星であるソ連のスプートニクすら打ち上げられていない時代にアメリカ空軍が確認した地球の衛星軌道上を周回する謎の人工衛星群。一体いつ誰が打ち上げたのかも分からぬ衛星にアメリカ軍はブラックナイトとの秘匿呼称を付けた。この秘匿呼称はその後、範囲が拡大されブラックナイトを指す言葉はもはや人工衛星の事を指すに留まらなくなっている。
ブラックナイトに指定される存在は主に2つに分けられた。1つはブラックナイト-1からブラックナイト-12までの人工衛星群。そして、ブラックナイト-13とブラックナイト-14に指定されているブラックナイト運用者の基地だ。
ブラックナイトはアメリカの宇宙開発史の始まりから共にあったと言っても過言ではない。宇宙への進出によって、その存在をアメリカ合衆国政府は認識し、その後にアポロ計画中におけるブラックナイト側からのアプローチによるファーストコンタクトを経て、アメリカとブラックナイトは様々な協定を結び今日に至る。彼がこの未来都市に居るのも、この協定による物だ。
協定により、アメリカはブラックナイトの運用者の本拠地であるブラックナイト-14に指定されているこの基地⸻未来都市に使節として担当官を3年毎に派遣し常駐させる事ができる。彼はこの度の担当官だった。
彼はネリス試験訓練場でパイロットとして活動をしていく内に、世間では一切表にならない常識の裏にある世界を知り、そして、ブラックナイトが地球を遥か昔から良く言えば見守り、悪く言えば監視し続けている事を知った。
そして、監視者とアメリカはアポロ計画におけるファーストコンタクトを経て協力関係にあり、ブラックナイトはアメリカの協力を得て地球圏で衛星軌道上からの監視活動を盤石の物とし、対するアメリカは監視者から見返りに技術供与を受け、今日におけるIT技術やステルス技術の進歩の裏には監視者が居る事を知った。監視者からの技術供与が無ければ
つまり、ネリス試験訓練場で政府が宇宙人の研究をしているだの、UFOを開発しているだのという巷の与太話はあながち間違ってはいなかったのだ。元来、陰謀論を眉唾物だと思っていた彼はここで認識を改める事となった。
とはいえ、ここまでの事を知れる立場となった彼が、ただのパイロットの立場な訳がない。ここまでの機密情報を得られる重要な立場にまで、ネリス試験訓練場での彼の立場は昇華したという事だ。
彼はそれまでのパイロットとしての任務での実績を買われて、2024年度のブラックナイト-14へのアメリカの担当官へと選ばれた。本来であれば外交官が選ばれてしかるべきであろうが、行先の都合上、パイロットの中から選ばれるのが、慣例となっていた。
なぜ、パイロットの中から選ばれるのが慣例となっているのか。その理由は単純かつ明快だ。何故ならば、ブラックナイト-14は地球から遥か彼方、地球の衛星軌道など生ぬるいと感じる程の長距離、火星軌道と木星軌道の中間宙域に当たる宇宙空間にあるからである。
選ばれてからは大変だ。彼は担当官として必要な事を数カ月以内に全て網羅して覚えなければならず、さらには担当官になるまで知らされていなかった、さらなるブラックナイトの運用者に関する機密情報のレクチャーを受ける羽目となった。
そして全てのレクチャーが終わり、いざ彼が出発する日になった。出発は夜だった。まさか自分が宇宙に行くことになるなど、それまでの人生では夢にも思っていなかった為、彼にしては珍しく強烈な緊張感を味わった。
そうして、緊張する彼、慌ただしく様々な作業を行う作業員たちが居る中、ネリス試験訓練場の滑走路に現れたのは、とっくに引退した筈のスペースシャトルだった。
なぜスペースシャトルが格納庫から出てきたのか。スペースシャトルは引退した筈では無いかと、滑走路脇で重厚な宇宙服を身に纏いながらも、ヘルメットだけはその時はまだ被っていなかった彼は椅子に座りながら、近くの作業員に聞いた。
作業員曰く、そのスペースシャトルこそが、彼を乗せて宇宙へと運ぶ手段だと言うのだ。彼はスペースシャトルを知っている。スペースシャトルはロケットに載せて打ち上げて使う物だ。滑走路から飛び立てる代物ではない。それとも、これからロケットにでも詰め込むのだろうか。しかし、彼はスペースプレーンで宇宙に行くとは聞いてはいたが、ロケットで宇宙に行くとは聞いてはいない。怪訝に彼は思ったが、作業員の口から返って来た言葉は、その時の彼を驚かせるに充分だった。
このスペースシャトルがスペースプレーンなのだそうだった。誰が目の前のスペースシャトルを見てスペースプレーンだと看破できるだろうか。それ程までに目の前のそれは2011年に運用が終了されたスペースシャトルその物だったのである。
そうこうしている内に滑走路上のスペースシャトルの格納庫の扉が開けられ、ブラックナイトにアメリカ政府から提供される品々が積み込まれる様子が見て取れた。
あの機体のどこに宇宙まで行くほどの燃料を積めるのか。彼は疑問でならなかった。そんなスペースシャトルもとい、スペースプレーンの尾翼にはアメリカ合衆国旗とその隣には、ブラックナイトの運用者が使っているマークが描かれていたのだった。このスペースプレーンもブラックナイトの技術による物だった。
スペースプレーンは驚くべき物だった。こんな物で本当に宇宙空間まで行けるのかと、半信半疑な彼であったが、スペースプレーンはブースターからの轟音を轟かせながら、なんなく、大気圏を離脱し、宇宙空間へと到達する事ができた。
なお、彼はパイロットであったが、彼がスペースプレーンを操縦した訳では無い。スペースプレーンの操縦室への扉は固く施錠され、誰も中に入れない様になっていた。
操縦室の中はオートパイロットなのか、それとも自分以外に人が乗っているのかも彼には分からなかった。その状況に不安を感じもしたが、それでも、ネリス試験訓練場で勤務をしていれば、説明されない事などこれまでも幾らでもあった為、深く詮索をしようとは思わなかった。
彼は乗員室に一人で乗り込み自動音声で流れる指示に従いながら椅子に座っていただけであった。
担当官の派遣は毎回たった1人だけの派遣だった。それはブラックナイト-14が地球人類にとっては、ブラックナイトの協力無しで地球人類の純粋な科学技術だけでは、まだまだ人間を送り届ける事すらできない程までに遠い場所にあった為である。ブラックナイトが提供する移動手段に依存しなければならない以上、その移動にはいくら協力関係を結んでいる相手とはいえ、不安が付きまとう。その結果として、軍は万が一の犠牲を最小限に抑える為、1人しか派遣していなかった。
もっとも、昔は数名近くを毎回、送り込んでいたらしかったが、ネリス試験訓練場の秘密を一般社会に流布しようとした者が過去に何人か出てきた為、情報保安上の理由から現在では1人しか選ばれない事になっている。
政府が抑えきれなかった情報が今日、陰謀論として世間一般で様々な尾ひれがついてエリア51の話として広まっているのだろうと彼は思った。
それ以外にも、現在は双方の間にいつでも安定してやり取りする事ができる通信回線が設けられている事によって現地に送る担当官が事実上形骸化しつつあるという理由もあった。
パイロットとしての仕事が無い彼であったが、スペースプレーンで仕事はあった。それは地球への定時連絡と格納庫内の貨物に異常が無いかを確認する事である。
その他は、筋力維持を目的としたストレッチや、持ち込みが許可されていた作業員から暇つぶし用に渡されていたタブレット内にあった映画やドラマ、ゲームや電子書籍で時間を潰した。最初の内は初めての本物の無重力に感動し無重力を楽しんでいたが、それは最初の1日で飽きた。
この宇宙の旅がどの様な物になるか。彼は一応、基地で聞かされていた。基地での説明によれば、途中、ブラックナイト-13に立ち寄り、そこまでが2日。ブラックナイト-14までは数カ月との事だった。
これを聞いた時、彼は半信半疑だった。軍を疑う訳では無いが、現代最新鋭のロケットであるスペースXが開発中のスターシップのカタログスペックでもブラックナイト-14までは1年半はかかる。それが数カ月など信じがたかったが、その認識を彼は数カ月後に改める事になる。
ブラックナイト-13へは予定通りの日程で到着した。
ブラックナイト-13に指定されているブラックナイトの運用者の基地は月面の雨の海と呼ばれる地域に存在している。
スペースプレーンが月面に近づいても、外見からは一切、基地があるなど分からなかった。彼は自分が今、歴史の教科書の存在であるアポロ計画の有名な宇宙飛行士達が見ていたのと同じ月の表面の光景を見ている事に感動を覚えていたが、その感動はすぐに驚愕の感情に塗り替えられて行く事となる。
スペースプレーンは雨の海に近づくと徐々に高度を下げていった。そしてついには速度も落として、ゆっくりと月面に降下してしまった。
その時点では彼の目ではまだ、ただの月面の灰色の荒野が窓の外には広がっているだけだった。しかし、突然、地面が下降を始め、スペースプレーンを地下空間へと格納した。そして下降した先には地下トンネルがあり、スペースプレーンはそのトンネル内を自走して移動、その後にエアロックを通って、巨大な格納庫へと駐機した。ブラックナイト-13は地下基地だったのだ。
そこで、彼は一旦、スペースプレーンから降ろされた。理由を聞けば、機体の調整を行うとの事だった。巨大な格納庫内は空気で満たされており、彼は宇宙服のマスクを外した状態でスペースプレーンから降りる事ができた。
スペースプレーンから降りた彼は驚愕した。上を飛んでいる時は基地があるなんて事は一切、分からなかった。だが、この時の彼の目の前にはここがあの荒野の月面とは思えない程までに巨大でしっかりとした格納庫が広がっていたのである。国際宇宙ステーションなど比べ様もない事は明らかだ。
だが、彼が真に驚愕したのは、それでは無かった。もちろん壮大な地下施設にも驚いたのは事実であったが、それ以上にも彼を驚かせたのは格納庫内で働く者達の姿であった。
それは、人型のロボット達であった。黒色の人型のロボット達が格納庫内でせっせと仕事をしていたのだ。最初は宇宙服の類かと思ったが、スペースプレーンから降りてきた彼に近寄って来た集団を見てその考えが間違いである事を知った。宇宙服なのではなく、間違いなく人型のロボットだった。だが、その動きは地球のロボットとは違い、ぎこちなくはなく、しっかりと人間の動きをしていた。
それだけではない。ロボット達は彼に対して完璧な人間の口調で話しかけてきたのだ。彼のブラックナイト-13への到着を歓迎する言葉と、スペースプレーンの調整中の2日間、ブラックナイト-13で彼を面倒見るという、仕事関連の話だ。
彼は余りにも人間的すぎるロボットの登場に驚きつつ、自分がある事を誤解していた事に気がついた。自我のあるロボットが働いている事自体はネリス試験訓練場でも説明されていた。現地の手続きに関しても。
しかし、彼はそのロボットについて、あくまでただのロボットが働いている、つまりは機械的にロボットとして働いている様子を想像していた。ターミネーターとかスターウォーズのドロイドとか、ピクサーのWALL・Eに出てくる様なロボットが働いていると思っていた。
だが、実際にはブラックナイト-13で働いていたのは文字通り自我のあり、非常に人間らしいロボット達だった。彼は驚愕しつつも、すぐに我を取り戻し、流れる様に手続きを終わらせ、ブラックナイト-13での滞在ルールなどを説明を聞き、その後は宇宙服を脱いで案内係のロボットに案内されて広いブラックナイト-13内を移動して一時滞在用の部屋へと通された。
ブラックナイト-13は驚くべき施設だった。彼ら(ロボット達)曰く、アメリカ政府がブラックナイト-13に指定している施設は、月面エリア-32と呼ばれるらしかった。到着したばかりの時は彼格納庫だけでも驚愕していたが、実際には格納庫など施設の氷山の一角にしか過ぎなかった。
月面エリア-32には格納庫以外にも様々な広大な施設が内包されていた。彼自身はそのごく一部しか入れなかったが、それでも月面エリア-32の壮大さに驚愕するには充分だった。
そして、人型のあのロボット達も格納庫だけでなく、基地内の至る所で働いている様子が見て取れ、その働きざまや、彼が訪れた娯楽施設などでは、人間の様に遊戯に勤しんでいる姿も目撃できた。聞けば、この月面エリア-32はこの個性豊かな自我を持ったロボット達のみによって運用されているらしかった。
食堂では宇宙食ではなく、地球上の様なしっかりとした料理を食べる事が出来た。もっとも、ロボットは食事をしない様で食堂の利用者は彼だけだったが。流石にそこは普通にロボットなのかと彼は思った。
そうして驚きに満ちた月での2日間はあっという間に過ぎ、彼は再びスペースプレーンに乗って月面エリア-32を後にした。
そして、再び出発した後、彼はスペースプレーンの機内で月面エリア-32の施設内の随所にブラックナイトの運用者が使用しているマークが描かれていた事を思い出したのだった。
今思えば、彼が非日常の沼に完全にハマり切ったのは月面エリア-32への滞在からだろう。
月面エリア-32から再びスペースプレーンに乗り飛び立った後は、月面エリア-32での衝撃が嘘のように特に刺激のない日々を送った。
やる事はただひたすらに、ネリス試験訓練場への定時連絡、格納庫内の物資の確認、ストレッチ、タブレットでの暇つぶしに終始した。
そんな日々が続き、だが同時にみるみる内に遠ざかって行く地球に何処か自分は今どこに向かっているのかという潜在的な恐怖感情も抱いたが、それは定時連絡によってネリス試験訓練場の管制官とビデオ通話する事によって和らげられた。
そして、月面エリア-32を跳び立ち数か月後、スペースプレーンは最終目的地に到着する事になる。
それはハッキリ言ってまたしても彼の常識からして驚愕であった。彼は最終目的地であるブラックナイト-14に来るまでの間に彼の乗るスペースプレーンの窓から火星を横切るのを見た。
現在、世界最先端のロケットであるスペースXのスターシップのカタログスペックですら火星まで3~6カ月はかかる筈だった。それが明らかに、その半分よりちょっと多い程度でしかない期間で火星にまで到達してしまったのである。そして、そのままさらに日付が経ち、スペースプレーンは火星と木星と中間宙域にまで難なくスケジュール通りに到着してしまった。スターシップで1年半はかかる距離を数カ月で。
これを驚愕しないでいられるだろうか。彼は自分が騙されているのではないかと疑いもしたが、見る見る内に遠ざかる地球と、まじかに迫った火星を横切った事で嫌でも彼が自分の持つ一般常識では測れない速度で移動している事を嫌でも理解する。
そうして、最終目的地であるブラックナイト-14に到達した訳だが、その到達速度に驚いたのと同時に、彼はそこでも驚愕に支配される事となった。
ブラックナイト-14を彼は機体前方部を映したカメラ映像を映した自身の座る座席前に設置されたモニターと窓の外から見る事ができたのだが、彼はブラックナイト-14にスペースプレーンが近づいていくに従って大きな違和感を感じた。
最初、カメラ映像によって彼はブラックナイト-14を見た。それは漆黒の宇宙空間の映像の中に中央にぽつんと、白い線の様な物が浮かんで見えた。もうすぐ到着だと気構える彼であったが、その映像を見ながら気が付く。おかしくはないかと。
自動音声による案内とモニター上に表示されたルート表記によれば、スペースプレーンが到着するまでにまだ数分はかかるとされていた。にも拘らず、もう既にブラックナイト-14が見えている。
スペースプレーンは物凄い速さで移動している為、地球上においては移動に時間のかかる距離でも数分で到達してしまう。もちろん目的地に近づいている事で減速はしているとは思うが。だが、それを考慮しても、まだそれなりに距離が離れているにも拘らず、既にブラックナイト-14が見えていると言うのはどういう事なのかと、彼は思った。
大きさを探ろうとモニターと格闘するが、あいにく何も無い宇宙空間上にブラックナイト-14は浮かんでいる為、地球とは違い距離感覚が上手くつかめない。
そのまま暫く、目線を逸らさぬままに彼はモニターに映る映像を見続けた。時間経過と共に、ブラックナイト-14がどんどんと近づき姿形が見える様になってくる。
そしてしばらくして、彼は気が付いた。彼はブラックナイト-14が自分の想像よりも遥かに大きい事に。
スペースプレーンがブラックナイト-14のすぐ近くにまで近づいた事で彼はようやくブラックナイト-14の全貌を知る事になった。
ブラックナイト-14は、壮大な宇宙ステーションだった。いや、宇宙ステーションや宇宙基地などという言葉では、もの足りなさすらある。何故ならば、全長56m以上もある彼の乗るスペースプレーンが、まるで豆粒かの様に感じてしまう程までに大きかったからだ。
白い外壁、所々に見えるむき出しの配管らしき構造、あちこちにあるロボットアームかドッキングベイの様に見える構造もある。それらによって構成された巨大な四角柱状の構造物と、その上にまるでピラミッドを薄く伸ばしたかの様に載っている四角柱状の構造物の幅よりも大きな構造物。大きく分けると、その二つを組み合わせたかの様な形状をしたのがブラックナイト-14とアメリカ政府では呼ばれているブラックナイト運用者の基地であった。
彼はその規模に愕然とした。彼はスペースプレーンの窓から直にそれを見て、月面エリア-32よりもその規模に驚愕し、また同時にブラックナイトの運用者が自分達よりも科学技術で遥かに優れている事を改めて認識した。
ネリス試験訓練場ではブラックナイト-13やブラックナイト-14が具体的にどの様な物であるのかは大雑把にしか教えられなかった。機密情報の漏洩を防ぐ為らしかったが、彼はこんな物に向かわされるなら、事前に言ってくれと内心強く思った。自分はこんな物を作れる得体の知れない者達の懐に単身で行かなければならないのだ。得体の知れなさに内心恐怖した。
ブラックナイトの運用者の科学技術が地球のそれよりも遥かに優れている事は彼も理解していたつもりだった。ネリス試験訓練場では彼も様々な常識離れした代物を目にしてきたからだ。
だが、ネリス試験訓練場で彼が感じていた認識よりも、いざ本当にブラックナイト運用者のすぐ近くにまで迫った事で、それまでの自身の認識が全く足りなかった事に気が付いた。現実は彼の認識の何倍も強烈であった。
スティーヴン・スピルバーグの有名なSF映画、未知からの遭遇の作中で降下してきた宇宙人の円盤に近づいて行った人々はきっと自分と同じ感情だったのだろうと彼は思った。
そんな、様々な感情が渦巻き、整理がつかぬままにスペースプレーンはブラックナイト-14⸻巨大宇宙ステーションの最下層付近に設置されているドッキングベイに速度をどんどん減速していき接続。彼はついに地球を飛び立って数カ月の宇宙の旅を終えたのだった。
彼は月面エリア-32と同じ様に黒い人型のロボットの出迎えを受けた。ただ、月面エリア-32の時よりも若干名、出迎えは多かった様に感じられた。
巨大宇宙ステーションの中は、月面エリア-32と同じ様に黒い人型のロボット達が働いている様だった。
彼はこれだけ巨大な宇宙ステーションを作るだけの技術力があるのだから、もしかしたら人工重力とかそういう技術によって巨大宇宙ステーションの中は地球と同じ重力に保たれているかもしれないと思ったが、そんな事は無く、巨大宇宙ステーションの中は普通に無重力空間だった。
ただし、そこで働く人型の黒いロボット達は、普通に地面を歩いている個体が多かった。稀に普通に無重力状態で浮かんで進んでいるロボットも見かけたが、出迎え兼、案内係のロボット達に聞いたところ、ロボット達曰く、ロボット達の足には電磁石が設置されているらしく、必要に応じて電源をONやOFFに切り替えて歩いたり、浮かんだりして移動しているらしかった。
物を運ぶ際は無重力を利用する方が効率が良く、一方で普通にしている時には床を歩いたほうが実は効率が良いという説明も受けた。
彼は、話を聞いて、ようは2001年宇宙の旅の重力靴と同じ様な物だと理解した。
なお、到着早々に彼はスペースプレーンから降ろされ、巨大宇宙ステーション内をロボットの案内で移動させられる事になったのだが、この時に彼は自分の乗ってきたスペースプレーンを一体誰がそれまで操縦していたのかを知る事になった。
彼が、巨大宇宙ステーションの中は生命維持機能が整っているとの事で宇宙服を脱ぎ身軽な状態となってスペースプレーンから降りて、そこで彼の到着を待っていたロボットと到着手続きをその場で行っていたのだが、その時、スペースプレーンから降りてくる2名のロボットの姿が見えた。
彼が降りて以降、スペースプレーンに乗り込む者は誰も居なかった筈だった。にも関わらずスペースプレーンの中から現れた2体のロボット。
答えは一つだった。この2体のロボットは彼と一緒にスペースプレーンに乗っていたのだ。それがいつからかは分からない。ネリス試験訓練場から発進した時には既に乗り込んでいたのか、それとも月面エリア-32から乗り込んでいたのか。
いずれにせよ、2体のロボットはスペースプレーンに乗っていたのだ。
では、そうだとすると、2体のロボットは一体何処に乗っていたのか。彼以外に乗客は居なかった。
そうなると可能性としては2つが残される。一つはスペースプレーンの格納庫内に積まれた荷物の中身がロボットであったという可能性。十分有り得そうな話だ。
そして、もう一つは、スペースプレーン内において彼が唯一入る事ができなかった操縦室だ。
彼は自分の乗ったスペースプレーンがどうやって操縦されているのか分からなかった事を思い返すと、ロボットが格納庫の荷物に紛れていたというよりもパイロットとして乗っていたと考える方が自然だと思った。2体という数も操縦士と副操縦士と考えれば、当てはまる人数だ。
操縦室のパイロットがロボットであったのなら、色々と説明がつく。硬く施錠された操縦室の扉。オートパイロットで飛行しているのではないのであれば、中にパイロットが居る筈だが、食事や生理現象の処理などを操縦室という限られた空間で出来るかどうかと考えれば疑問だ。だが、そもそもが人間では無く、ロボットが操縦していたのであれば、食事も生理現象の処理も必要ない。
もっとも、それを確かめる事を彼はしなかった。説明されないという事は、何かしら意図があったのだろうと、彼自身のそれまでの様々な機密に触れてきた経験から判断したのだった。
彼の到着を歓迎した案内役のロボットは彼をさらに巨大宇宙ステーションの中へと誘った。巨大宇宙ステーションはかなり複雑な構造な様であり、幾重もある通路やエレベーター、果てはカートの様な乗り物まで存在していた。とはいえ、ここまで巨大な宇宙ステーションである。それは当然と言えば当然だった。内部は上も下もまるで大学の実験室を思わせる様な清潔な白い様相をしており、やはりここでも時々、あちらこちらに、ブラックナイトの運用者が使っているマークが描かれているのを見た。
彼はただ案内されるがままに、ロボットの後に付いて行った。そして、乗り物などを乗り継ぎながら、10分か、20分ほど移動を続けて、恐らくは巨大宇宙ステーションの最深部である、ひときは巨大な空間に通された。
そこはジャンボジェット機が数機はすっぽりと収まりそうな程、巨大な白い空間で、天上もジャンボジェット機の機首方向を上に向けても収まりそうな程に高かった。そこは奇妙な空間だった。
最初は格納庫の類かと彼は考えたが、格納庫にしては中には殆ど何も無かった。ただ、天上の白い照明が白い実験室の様な室内を照らしているだけだ。
最初は何も無いように感じたが、しかし、よく見れば、このだだっ広い空間の中に不自然な物が1つ存在した。
この空間に重厚な巨大なハッチを開けて入ったばかりの時は、気づかなかったが、すぐに、この空間の中央に何かがある事に気が付いた。案内役のロボット達はその中央にある物体の方へと向かい、彼もそれに付いて行った。
この時、彼は内心、宇宙人に誘拐された人間の様な気分になっていた。これから自分はどうなるのだろうかという疑念が頭を過っていたが、事ここに至っては、もはや地球からも遠く離れ、逃げる事もかなわない。彼はもしそうならと内心、かなりの緊張感を持ってロボット達に付いて行った。
巨大な白い空間の中央にあったのは、彼から見てとうていこの巨大な空間には似つかわしくない代物だった。
それは打ちっぱなしの無機質なコンクリートの立方体であった。大きさは物置程のサイズしかなかった。正面には重厚な金属製のハッチがあり、そのハッチにはブラックナイト運用者のマークが描かれている。
そのコンクリートの立方体は近づいて初めて気づいた事であるが、そのコンクリートの立方体の周囲の床は他よりも一段低くなっていて、まるで水を抜いた深さ2mのプールを見ている様だった。その一段低くなっている所に鉄骨で台座が組まれており、その上にコンクリートの立方体は鎮座し、ハッチの前には足場が組まれ、段差なくハッチと床とを行き来できる様にされていた。
なぜ、こんなコンクリートの立方体がこんな空間の中央に置かれているのか彼は訝しんだが、どうやらロボット達の目的地はこのコンクリートの立方体の様だった。
ロボットの1体がコンクリートの立方体のハッチを開けると、彼に向って自分達はここまでしか案内できません。以降は向こうに居る担当者に引き継ぎます。と言ってきた。また、この先は重力があるので気をつける様にとも。
彼はロボットが言っている意味が解らなかった。こんな小さなコンクリートの立方体に担当者が?そもそもこのコンクリートの立方体は何なのか?あんなコンクリートの立方体に入って何をしろというのか?終いには彼は最悪の想像として自分を始末する為のガス室なんじゃないかとすら考える。
だが、そんな彼を余所にロボット達は開け放たれたコンクリートの立方体のハッチへと誘った。彼は恐る恐る一歩を生み出し、変な汗をかき、心臓の鼓動を挙げながらコンクリートの立方体の方へと歩みを進めた。
そして、彼は気が付いた。徐々にコンクリートの立方体のハッチに近づいていくにつれて、ハッチの向こう側の様子がおかしい事に。普通に考えればこの程度の大きさしかないコンクリートの立方体の空間の中は、物置程度の大きさしか無いはずだ。しかし、彼の眼には……。
彼は開け放たれたハッチの一歩手前で彼はその向こう側を凝視して強い違和感を感じて目を見開く。生唾をごくりと呑み込む。そして彼はハッチの向こう側に一歩足を進め、その中へと入ったのだった。
ハッチの向こう側の景色がおかしかった。
先ほどまで彼は何も無い巨大な白い実験室の様な空間にいた筈だ。それが、ハッチを越えるとそこには見た目通りの小さなコンクリート製の物置が……ではなく、先ほどの巨大な白い実験室の様な空間と遜色ない程の巨大な空間だった。
そこも白い実験室の様な様相で、彼は一瞬、先ほどと同じ空間の中かと思ったが、直ぐにそれは違う事が分かった。ハッチを越えた先の空間は明らかに部屋の構造自体が違っていたのだ。
見る限りそれは幾つもの大きな立方体の機械らしき物でピクセル数の低いボクセル化球体を作ったかの様な、はたまたジャングルジムとでも表現した方が良いのか、何とも形容しがたい構造の巨大空間だった。
ピクセル数の低いボクセル化球体というのはかなり言い得て妙だろう。ピクセル数の低いボクセル化球体を内側から見たらきっとこんな景色だ。それにロボットの言う通りハッチを越えたら本当に重力があった。しかも地球と変わらない程の重力がだ。
そんな球体内の中央に二車線道路程の幅がありそうな橋が一直線に伸びており、彼はそこに立っており、ちょうど球体内の中央部に居る形だった。
明らかに狭いコンクリート製の物置の中でも無ければ、ハッチを潜る前に居た空間と同じでもない全く別の空間だ。彼は困惑して背後を見る。重力がある事にも驚いたがそれよりも……。
振り返った背後には変わらず開け放たれた状態のハッチがあった。ハッチの向こうにはロボット達が変わらず居る。
しかし、それを見て困惑した。ハッチが彼の目の前にある。それは良い。だが、彼の目の前にはハッチしか無かったのだ。
厳密に言えば、ハッチとその周囲に申し訳程度にコンクリートの枠がある。だが、それだけだ。彼は物置サイズのコンクリートの立方体の中に入った筈だった。まかり間違ってもハッチを越えて全く別の球状空間に居る筈がないし、物置サイズのコンクリートの立方体の中に入ったのだから、そのハッチを振り返れば、そこにはハッチと壁が見えなければ、おかしいのだ。
だが現実に彼の目の前には開け離れたハッチ、その向こうに見える先ほどまでの空間、そして、有る筈の壁の方を見れば、そこに壁はなく、球体状の空間が広がっている。
彼はハッチに近づき、その後ろにまわった。ハッチの裏側はただのコンクリート壁だった。正面にまわれば、ハッチは未だ開け放たれており、その向こうにロボット達と空間が見えているにも関わらずにだ。
また、この驚きの前には半ば、どうでも良い事であるが、ハッチの後ろを見た事で彼の今立っている球状空間内の橋はこのハッチに対して伸びており、ハッチの後ろ側の方面の橋はすぐに行き止まりとなっていた。
彼はあまりの事態に驚愕と困惑すると、普段の彼であれば絶対にしない様な行動をとってしまう。
普通、仕事で初めて訪れた場所で、気になる場所があるからと言って相手に断りもなく、来た道を戻るような事はしないだろう。だが、彼は完全に動転しきってしまっていた。
彼は再びハッチを越えてロボット達の居る空間と球状空間とを行き来し、これがなんのトリックも無い現実である事を理解する。
ロボット達が居る空間に戻ると、コンクリートの立方体は確かにそこにあった。その背後にまわっても、その空間になんら異常はない。だが、ハッチの向こう側を見れば相変わらずコンクリートに立方体の面積よりも明らかに遥かに広い空間が広がっていて全く別の様相を示していた。
再びハッチを潜るとやはりあの、球状空間の橋の上に居て、背後を見れば開け放たれたハッチだけが見え、その向こうにロボット達の居る別の空間が見えた。
彼は困惑と驚愕を隠せないが、これが現実だった。
すると、不意に橋の向こうの扉が開き、数名の一団が彼の元へと歩みを進めてきた。彼はその一団を見る。その一団がまだ遠くに居る時は、彼はその一団がロボットでは無く人だと思った。色合いなどからそう判断した。ロボット達が言っていた、こちら側の出迎えというのが来たのかと彼は思った。
流石に事ここに至っては、混乱と驚愕によって完全に挙動不審な行動をしていた彼も、現実に引き戻され、仕事モードを再び取り繕った。
だが、そのこちら側の出迎えの集団は人では無かった。ロボットでも無かった。この一団が近づきその全貌が明らかになるにつれて彼はもう何度目になるかも分からない驚愕をする。
そこには、人型であるが、日本のカートゥーンの様な見た目の生命体が居たのだ。しかも理解しがたい事にその頭部の上には宗教画によく描かれている光輪の様な物さえ見える。そしてそれを見て彼は直感的に理解する。ブラックナイトの運用者とはこの奇妙な生命体達なのだと。
その一団を率いていたのは濃いグレーのロングスカートの制服を身に纏った髪がピンク色の人物(いや、この生命体の見た目からは少女と呼ぶべきか?)だった。
ピンク色の髪の少女は笑みを彼に向けて彼の近くで歩みを止めると彼に言ったのだった。「ようこそ、お待ちしておりました。ロイド・マークソン大佐……ですね?これから3年間よろしくお願い致します」と。
彼はその後、彼女と握手を交わし、彼女の言葉を半ば上の空で聞いていた。彼女は今日はもう長旅でお疲れでしょうから、滞在用のお部屋に案内させますので、ゆっくりとお休みくださいと言った。彼はそれを了承し、彼女らに付いて行く形で、球状空間から出て、その先に停車されていた電動カートに乗り込み長く複雑な広い通路を移動。やがてピンク色の髪の少女と幾人とはその場で分かれ、彼女の部下と見られる数名と移動した。
ピンク色の髪の少女とは別れる前に幾く事か話した気はするが正直何を話したのか覚えていなかった。そして、彼は歴代のアメリカ合衆国からの担当官が使用したとされる滞在用の部屋に向かい、その道中で今度は巨大な未来都市を目撃し、再び衝撃を受け、そして今朝、彼が目覚めた滞在用の部屋に通され、一通り使い方を説明されて、彼女たちの部下達とも別れ、そして夜が明け現在に至るのだった。
はっきり言って、彼が朝を迎えても現実感が無いのは当然であった。
なぜならば、ここまで彼は彼の常識に照らして非現実的な事のオンパレードをごく短期間に受けてしまったからだ。
宇宙に出る事だけでも彼からすれば、とんでもない事だったのに、スペースシャトルに似たスペースプレーンでの地球出発。人類が行って帰って来る事が未だに限界の筈の月面に存在する巨大地下基地、月面エリア-32。人間と瓜二つとも言える自我を持った人型ロボットとの遭遇。本来であれば1年半はかかる筈の場所に僅か数カ月で到達するというスピード。巨大宇宙ステーション。全く別の場所に繋がるハッチ。そのハッチを越えてさらに進むと遭遇した日本のカートゥーンの様な見た目の未知の生命体、そしてその先に広がる未来都市……。
昨日までは何カ月もの間、宇宙飛行士として無重力空間の中、宇宙食を食べながら宇宙の旅を歩んでいた。
それが、地球から遥かに遠く離れた場所の筈なのに、地球と変わらぬ重力の下、未来都市でふかふかのベットの上で目覚め、未来的家電を使いながら、普通の朝食を食べ、宇宙服で名は無く士官制服を着て過ごしているのだ。
これが夢なんじゃないかと思ってしまう、彼を覆っている非現実感は仕方なかった。常識の中で暮らしている者であれば、誰もが彼の立場になれば、彼と同じ反応を示してしまうだろう。
「担当官、もうすぐ目的地に到着いたします」
「……ああ。分かった」
ユキノの言葉で彼は現実に戻る。どれ程、考え込んでしまっていただろうか。10分か20分以上は考え込んでしまっていた様に思う。その間、かなりの距離を移動した。少なくとも十数ブロックは移動しているだろう。
彼は自身の乗るモノレール風の乗り物の窓の外を見る。相変わらず、出発した時と同じように未来都市が永延と続いている。
彼はその景色を見ながら、そろそろ、ちゃんとしないといけないなと気合を入れ直すのだった。
また同時に、この窓の外の未来都市やこの車内の中でも所々にあるマーク、または巨大宇宙ステーションでも、月面エリア-32でも所々に見る事が出来たブラックナイト運用者のマークを見て思う。
ここは完全にブラックナイトの運用者の場所。アメリカ軍内で使用されている秘匿呼称つまりはコードネームを彼女らの前で使う事は今の自分の担当官としての立場を考えれば、余り好ましくはないだろう。
アメリカ軍ではブラックナイト運用者の事を単にブラックナイトや、ブラックナイト-14・グループなどと呼んでいるが、それは言わば身内の話だ。
身内で使われているブラックナイトという秘匿呼称は、ここに居る間は、しばらくの間は封印するべきだなと彼は思った。相手に無礼があってはいけない。
そして、窓の外にふと見えた未来都市を構成する高層ビル程のサイズのある構造物の壁面に大きく描かれたブラックナイト運用者のマークを目で追い、小さく呟いた。
「SCP財団か……」
SCP財団。アメリカ合衆国政府内においてブラックナイト-14・グループの秘匿呼称で呼ばれている全てのブラックナイトを運用している団体の名前。
情報統制を厳格化する為、担当官である彼でさえ、その詳しい情報は、現地での詳しい彼の任務内容と共に、現地で説明されるとしか聞かされていない。彼が知っている事は数少ない。
彼が知っているのは、このSCP財団と呼ばれる組織が遥か昔から存在し、地球を宇宙から監視している事。SCP財団が現在の地球の科学力を凌駕する非常に高度な水準を有している事(ただし、その科学力は人類の遥かな先を行く未来、それこそスタートレックみたいな高度過ぎるSF染みた物という訳ではなく、何処か現代との延長線上に感じられる)。SCP財団を構成する人員は人間ではなくロボットの他、人間ではない知的生命体によって運営されている事。SCP財団を運営するロボットや知的生命体に関する文面上の知識(ロボットとは月面エリア-32で。彼女らとはこの場所に来て初めて姿を見た。それ以前に彼が写真などで姿を見た事は無い)。SCP財団とアメリカ合衆国が互いに協定を結んでいる事等くらいだ。
SCP財団が何者で、彼らの施設が厳密にどんな物であるかを彼は殆ど知らない。だからこそ、この未来都市を目前として驚愕に打ちひしがれていたのだ。
彼は考える。今回のSCP財団への派遣任務。彼は現地にてSCP財団からその詳しい内容が直接、伝達されると聞かされている。前任者の担当官との直接的な引継ぎ業務等も無い。こんな事は相互の組織間によほどの信頼関係が成り立っていなければ成立しない事だ。
そう考えると、アメリカ合衆国政府はSCP財団に対して相当な信頼を寄せているのだろうと、彼は推測した。
そんな推測をしていると、彼の乗った乗り物⸻ユキノ曰くリニアレールと呼ばれる乗り物らしい⸻が、目的地へと到着する。
リニアレールは都市構造の空中に設置されたレールを走り抜け、その先にある白い構造物の屋上とでも表現できる場所の淵で停車するのだった。
「ここは……」
「連邦生徒会が入るニューサンクトゥムです」
「連邦生徒会?」
「その辺につきましては後程、説明されると思います」
「そうか……」
彼がリニアレールから降りると、そこには大きな広場だった。上を見上げれば、その広場がある場所は巨大な吹き抜け構造の様になっており、それまで彼が通って来た未来都市の街並みも充分に広い広大な空間だったが、この場所は一つ、ずば抜けていた。吹き抜け構造の天井までの高さがそれまでよりも高く、首が痛くなる程、見上げて、ようやく遠くに天上を見る事が出来た。
広場の中央にはユキノからニューサンクトゥムと紹介された1棟の巨大なビルが吹き抜け構造を貫く様に聳え立っている。
見上げてみる限り、その高さは恐らくはドバイにある世界一高い高層ビルであるブルジュ・ハリファと肩を並べる位には大きいだろうなと感じた。
だが、リニアレールで走っていた時に彼の眼下にはさらに下の空間があった事を考えると、この今、彼が立っている広場も恐らくは目の前の巨大な高層ビル構造の一部であり、広場はその中腹地点であると予想出来る為、実際にはこのビルの高さはブルジュ・ハリファよりも遥かに高いだろうなと考えを改め直す。
「それではご案内します」
そう言うユキノを先頭に彼は付いて行き、広大な白い広場を通り抜けて(なお、広場には動く歩道が設置されており、歩き疲れる様な事は無かった)ニューサンクトゥムと呼ばれるビルのエントランスへと入り、そこの受付でユキノやニコが恐らくは入館の手続きを軽く済ませると、そこからさらにエレベーターホールへと移動し高速エレベーターに乗り込みニューサンクトゥムの最上階へと向かった。
それから30秒か40秒程だろうか。それくらいの時間の経過後に彼を乗せたエレベーターは最上階に到着した。到着したエレベーターから降りると、そこはエレベーターホールだったが、エレベーターホールの出入り口はエントランスのエレベーターホールとは違い、左右にスライドして開くタイプのスライドドアによって閉じられており、その近くには受付があった。受付にはFOX小隊と同じ様な服装と武装をした警備の為の人員とみられる数名の者達がおり、彼がFOX小隊に先導されてエレベーターから降りてくるのを見ると受付からぞろぞろと出てきた。
なお、当然の事ながら、これら警備の者達もFOX小隊のメンバーと同じ様に日本のカートゥーンのキャラクターの様な見た目の生命体だ。彼はこの未来都市にやって来てから、ここに来るまでに何度も見たロボット達を一度も見かけていない。この未来都市に居るのは彼が今の所見ている範囲内においては日本のカートゥーンのキャラクターの様な見た目の生命体達だけだ。
ユキノが警備の者と何やら時より彼の方をチラッと見ながら話をする。すると、ユキノの話に警備の者が直ぐに数回頷いたかと思うと、ユキノが彼の元に戻って来た。
「通れるそうです。それでは、責任者の元へご案内させて頂きます」
彼はユキノの言葉に頷いて返答した。そして、閉じられていたスライドドアが自動で開かれ、その先の廊下が露わになる。ユキノを先頭にFOX小隊のメンバーも動き出したため、彼もそれに続いた。途中、警備の者達の前を横切ったが、警備の者達はその際、皆、彼に敬礼をした為、彼も答礼をして、その場を後にした。
彼はFOX小隊もそうだが、キャラクターの様な可愛らしい見た目の割にかなり訓練が行き届いているなと確信した。
それから、彼は通路を進んで、その先にある先ほどまでの扉と同じ様な形態のスライドドアにまで辿り着く。そのスライドドアは、ただし、先ほどまでの扉とは違い、特に手続きもする事無く、彼とFOX小隊の面々が近づいた段階で自動で開かれた。
「失礼します。本年度のアメリカ合衆国からの担当官、ロイド・マークソン大佐をお連れしました」
「ご苦労様です。あなた達は後ろで控えていて下さい」
「はっ」
ユキノは室内に数歩入るなり、室内にいる人物に対して敬礼し報告する。その報告にその人物は了承した様で控えている様に命令した。
室内にいる人物は彼をどうやら待っていた様で部屋の中央に佇んでいた。
ユキノは小声で彼に、どうぞと彼に言うと手で前に行っても良いと丁寧に促した上で、この部屋の主と思われる人物の命令に従いユキノを筆頭にFOX小隊の面々はその場に待機する。
「どうぞ、ロイド・マークソン大佐。こちらに来て遠慮なく掛けて下さい」
「……では、お言葉に甘えて」
彼はこの部屋の主の言葉に従い、部屋にあったソファーに歩みを進めた。彼の入って来た部屋はとても広い部屋だった。最初、彼は何かの運動施設かと思ってしまったが、しかし、部屋の雰囲気からここが執務室である事を感じ取った。
見れば部屋の中央、窓際⸻映像モニターではなくニューサンクトゥムの周囲が見渡せる本物の窓ガラス⸻には執務机があり、その前には来客用のソファーセット、床には部屋一面に広がる青い絨毯が敷かれている。
彼は執務室なのは分かるが何でこんなに無駄に広いんだと思ったがそれは口にしなかった。彼は目の前のこの部屋の主を見る。
この部屋の主、濃いグレーのロングスカートの制服を身に纏った髪がピンク色の人物。それは昨日、あの不思議なコンクリートの立方体の中へと入って、この未来都市にやって来て、初めて彼を出迎えた人物だった。
「それでは失礼します」
彼は相手の招きに応じてソファーに座る。するとピンク色の髪の人物は彼とガラステーブルを挟んで前のソファーに座る……のではなく、広い部屋の隅に置かれている何かしらの台の元へと向かう。
「飲み物は何が良いですか?コーヒーがお勧めですが。紅茶やジュースの類もありますよ」
「えっと……それじゃあコーヒーでお願いします」
どうやら、部屋の隅にある台は嗜好品が置かれている様だった。やがて、ピンク色の髪の人物は薄っすらと笑みを浮かべながら、コーヒーを淹れたコーヒーカップを二つ持ってやって来る。
そして、二つのソファーの間にあるガラスのテーブルの上にコーヒーカップを一つは彼の前に、もう一つはピンク色の髪の人物が自身の前に置いた。
ピンク色の髪の人物が彼とガラスのテーブルを挟んで向こうに立つ。
「昨日はゆっくり休めましたか?」
「ええ、久しぶりのベットでしたので熟睡出来ました」
「それは良かったです。それでは、昨日は着いたばかりで大変だったでしょうから、改めまして自己紹介を。
私は不知火カヤ。このSCP財団を統括する連邦生徒会のO5評議会でO5-1⸻つまりは評議会のメンバーを務めています。私の事はカヤO5評議員とでも呼んで頂いて構いません」
「……連邦生徒会のO5評議会?」
「連邦生徒会は財団全体を統括する組織であり、O5評議会はその中に設置された財団の最高司令部です。厳密には違いますが大統領が数名居て私はその一人と考えて下さっても構いません」
「これは失礼を……国家元首に相当する立場の方でしたか」
「そう、改まらないで下さって結構ですよ。大統領というのはあくまで例えですから」
ピンク色の髪の人物は可笑しそうに小さく笑うが、彼からすれば目の前の人物がまさかSCP財団のトップの一人であるとは思わず、驚きソファーから立ち上がった。
「以後お見知りおきをお願いしますね。ロイド・マークソン大佐」
「こちらこそ。まだほとんど何も知らない状態ではありますが、これから3年間よろしくお願いします。カヤO5評議員」
ピンク色の髪の人物は彼に手を伸ばす。彼はそれを見て、その手を握り二人は握手を交わしたのだった。