SCP-████-JP 学園都市キヴォトス   作:サイト8192

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Tale_IF:塗り替えられた世界_4/5

 彼がサイト-8192に担当官として地球から遠路遥々と派遣されて気づけば1ヵ月は経っていた。

 この1ヵ月間は彼にとって激動の日々⸻ではなく、実質、海外旅行と学生の工場見学を掛け合わせたかの様な極めて穏やかな日々であったが、それでも、彼のそれまでの人生において、幾つもの衝撃の連続を浴びせられた期間には違いは無かった。

 

 彼がこの1ヵ月間何をやっていたかと言えば、まず最初に行った事はサイト-8192内、ニューサンクトゥムに隣接するブロックに設置されているアメリカ合衆国の弁務官室へと足を向ける事だった。

 カヤとの豪勢だが、その一方で合成感の強い見た目のフレンチ料理のレストランでランチを採った後、彼はカヤとはその場で分かれ、直ぐにユキノ達、FOX小隊のメンバーと弁務官室へと向かった。

 

 弁務官室は一言で言えば、古き良きアメリカであった。

 室とは言っても、多数の部屋を抱える3フロアで構成されていて、歴とした施設だった。面積的には充分に下手な学校位は余裕であるだろう。弁務官室の中には多数の人々が使用した形跡⸻というか生活感が残っていた。

 資料によれば、この弁務官室は合衆国と財団が互いに協定を結んでから、ほんの少し後から設置されたらしく、具体的には1980年に設置されたとの事だった。

 弁務官室という外交上の施設として機能していた事から、防諜対策などの観点から、フロアの内装や管理は全て、合衆国が行っていたらしく弁務官室の中は、このサイト-8192の未来都市の様相に反して、極めてアメリカ的な内装が施されていた。

 

 ただ、非常に時代を感じさせる物ばかりだった。家具、オフィス用具、絨毯、調度品、書類が収められた書類棚、重厚な金庫、コンピュータ、警備室、機械室、等々が見られたが、そのどれもが1980年代から1990年代頃の雰囲気を感じさせていた。

 オフィスルームで、IBMの古めかしいデスクトップPCや電子式タイプライターが整然と並ぶ姿は、部屋の窓ガラスの向こうの景色⸻ニューヨークの様な街並みを描いた照明に照らされた絵(恐らくは防諜対策で、財団側の電子機器をフロアから全て排除した結果、景色が映る液晶モニターまで取り外し代わりに設置した物だろう)⸻とも相まってある意味壮観だ。

 弁務官室はまるで昔のアメリカにタイムスリップしたかの様な感覚を彼に与えた。

 

 カヤの話や資料に書かれている記録によれば、昔はサイト-8192に対して合衆国側は複数人を派遣していたらしい為、恐らくは、この現在の弁務官室のレトロ一色な光景は、担当官の人数が削減され、これらを使う者が地球から来なくなった後も、ここに放置された結果なのだろうと予想した。

 地球からこれだけ遠く離れた宇宙の彼方では、これだけの量の物を片付けるのは財団の協力を全面的に仰がなければ、かなり厳しいだろう。協力をむやみに頼む事は相手にいらぬ借りを与える事にも繋がる。放置しても特に問題が無いのであれば、放置しておけというのは、上の人間が考えそうな事だった。

 もしくは、ここにあるのは古くても、もしも世間一般に知られればアメリカどころか世界を揺るがす事になるだろう最重要国家機密情報の塊ばかりだ。であるならば、下手に地球に持ち帰るのも情報漏洩の危険性を考えれば、このまま、ここに置いておく方が極めて安全だという判断なのかもしれない。

 

 引継ぎ書類の中には、このたった1人で使うには余りにも広い弁務官室について書かれた箇所もあり、弁務官室の107号室という部屋が現代業務に使える様に内装が整えられ、なおかつ、そこの机の中に、より詳細な引継ぎ書類が入っているから確認する様に書かれていた。

 107号室はその他の部屋が全て1980年代から1990年代頃で時間がストップしているかの様な様相になっているのに対して、一転して現代的な内装が施されていた。

 部屋のサイズは1人で使うにはちょうど良い程の広さで、1人用のデスクとソファーセット一式、モダンな絨毯、書類棚、ロッカー、金庫、デスクトップPC、外付けハードディスク一式、光ディスクやUSBメモリの類、冷蔵庫、電話機、プリンター、シュレッダー、アメリカ国旗のスタンドフラッグ、絵画が置かれていた。

 デスクを含め調度品の類に関しては元からあった古い物が流用されている様ではあったが、その上にのったデスクトップPCは数年前の型番の物ではあったが、マイクロソフト製のデスクトップPCでOSはちゃんとWindows11がインストールされていたし、外付けハードディスク、光ディスクやUSBメモリの類、冷蔵庫、電話機、プリンター、シュレッダーに関しても特段古い物でも無かった。

 充分に仕事ができる環境が整えられていた。もしもIBMを使えと言われていたら、彼は1ヵ月経った今でも黄ばんだ当時の操作マニュアルと悪戦苦闘を続けていた事だろう。

 

 とはいえ、この執務室で書類仕事などをする事はどうやら無さそうだった。茶封筒に一緒に入っていた鍵を鍵穴に刺して回し開いたデスクの引き出しの中には前任者が置いた、より詳細な引継ぎ書類があった。

 その書類の内容によれば、現在のルールでは基本的に書類仕事はノートPCを持って何処でやっても良い。あえて弁務官室でやる必要は特にない様だった。

 では、弁務官室でやる事と言えば、来客があった場合の対応の他には過去の担当官が作成した書類等を確認したい場合にはする事位で、それ以外には特に無く、警備や清掃に関しても財団に完全委託している為に担当官である彼はやる事は特に無かった(どうやら、合衆国が財団に対して防諜対策を行っていたのは少なくとも、この弁務官室においては今は昔の事の様だ)。

 

  文字通りほぼ巨大な無用の長物と化していた弁務官室だが、それでも彼はこの一ヶ月の前半期間は弁務官室に頻繁に足を運び、所蔵されていた機密書類を読み漁った。

 機密書類には歴代の担当官が収集した財団に関する様々な情報やその分析内容が記されており、それを読み込む事は財団の事を良く知るに最も最短のルートになり得るからだ。

 資料の内容は作成された時代によって、信憑性等に問題がある物もあり、多少のバラつきはあったが、それでも貴重な知見を彼に与えてくれた。

 例えば、資料は作成された時期によって時代背景を伺い知れ、昔の資料程、合衆国は財団に対して高い警戒感を持っていた事が分かり、1980年代後半から1990年代前半にかけて作成された資料の中には、合衆国と財団との間で万が一、戦争や紛争が発生した場合を想定した机上演習の内容などがあり、これは当時を物語る非常に良い例だろう。

 財団についてまだ知らない事が多い彼でさえ、万が一そんな事態が起これば、その戦いの行く末がどうなるかなんていう結果は分かり切っている事とはいえ、その机上演習結果は如何に合衆国と財団との間に隔絶した技術力の差があるかという事を明白に物語り、それを彼に再認識させた。

 殆ど仕事らしい仕事は無いと言っても過言はない、この担当官の任とはいえ、合衆国の言わば代表として財団に赴いている自らの立場の重大性を改めて実感させた。

 

 机上演習の結果はハッキリと言って圧倒的だ。

 仮に全面戦争となった場合、合衆国が出来るのは精々、地球の衛星軌道上の地球観測衛星(ブラックナイト-1から12)の破壊と、良くて月面エリア-32に対する核攻撃による破壊まで。

 財団の本丸である宇宙サイト-76と異常空間内に存在するサイト-8192に対する攻撃は、どうやら、そもそも宇宙サイト-76が反ミームフィールドとか言う代物によって巧妙に隠されている為に、現在の人類の科学技術ではその正確な座標を知る事すら不可能との事で、実質、破壊は不可能だ。

 対する財団側は、月面に施設を構えている以上、月面には豊富な核物質資源が存在している事を考慮すると、核兵器を保有している可能性が高く、合衆国に対していつでも核攻撃を行う事が出来る可能性がある他、非常にSF染みた話ではあるが、どうやら宇宙サイト-76には非常に強力な複数の高出力レーザー照射器が設置されていると言い、その威力は地球のレーザー技術を遥かに凌駕しており、有事になれば、宇宙サイト-76が地球に接近して地上に向けてレーザーによる照射攻撃を行う可能性も充分にあり得るらしかった。その他には小惑星を宇宙船で牽引して地球に落とす戦術も考えられた。

 さらに、財団職員達の単純な戦闘能力も脅威だと指摘されていた。曰く身体が非常に強靭であり、仮に歩兵同士の戦闘になった場合、通常手段では無力化は困難であると。

 また、財団が地球の常識的な物差しでは計り知れない異常技術に精通している事を考慮すると、合衆国側が想定しようもない様な攻撃手段を有している可能性も指摘されていた。

 机上演習の結果はいずれの時代に作成された物も、すべて同じ。合衆国側の敗北を結論付けていた。

 机上演習を行った当時の担当官は、ここまでくるといっそ笑えてくると書類にメモ書きで書き残している程の結果だった。

 

 つまり、彼はこれから3年間、地球最強の超大国である合衆国に対して圧倒的な勝利を実現する事が出来るだけの能力を持った相手のお膝下で過ごす事になる。

 幾ら主な仕事内容が滞在と視察くらいしか無いとはいえ、相手を怒らせる様な事はしてはいけないと自らの心に刻んだ。

 正直、形骸化した役職である担当官が粗相を起こしたとしても、それが組織間の大きな問題となる事は殆ど無いだろうが、それでも、注意をするに越した事が無いのは確かだ。

 もっとも、彼はいたって真面目な性格である為、例え許されるとしても自分から粗相をする気などは毛頭なかったが。

 

 弁務官室に所蔵されていた機密書類、そしてカヤから渡された財団の資料の双方の読み込み。彼は財団に対する知識の補強にここ一カ月の前半の時間をほぼ費やした。

 もちろん、書類の読み込み以外にも、やった事はあったが概ねは弁務官室に通い、各書類を読み漁る事が日課となった。

 とはいえ、いつまでも資料の情報ばかりを頭に詰め込む訳にもいかず、また、流石にここまで集中して資料を読み続ければ、必然とあらかたの資料は読み終えてしまうのは当然の成り行きであって、月の後半に入った頃には彼の行動は変化を余儀なくされていた。

 恐らく、現在の担当官という役職の在り方を考えるに、ここからが、担当官らしい彼の業務の始まりだと言えた。それまでの彼の行動はあくまで、前任者からの引継ぎ作業の一つと言えるだろう。

 

 月の後半に入ってからは、もっぱらサイト-8192内の視察を彼は開始した。

 視察の範囲は様々だ。入れない場所も多いがそれよりも、視察可能な場所の方が圧倒的に多かった。ただでさえ、マサチューセッツ州よりも広大な立体面積を有した巨大都市なのだ。そう簡単に周り切れる様な物ではない。

 彼はこれまでに、単純な居住エリアの他、商業エリア、工業エリア、各種のインフラ関係のエリア、そして財団が収容や研究活動をしているエリアを訪れ視察した(収容エリアに関しては予定では来月に視察しに行く事になっている)。

 殆ど観光気分と言っても差し支えない感情での視察ではあったが、この視察は殆ど何処へ行ってもその先進性から彼の心に何らかの衝撃を与える事ばかりだった。

 

 サイト-8192は彼の目から見ると未来技術の塊だ。

 施設中を彩る液晶モニターは、まるでそれがモニター画面である事を忘れさせるほどの超高画質。地球では実現していない立体映像が普及仕切っている他、家電のオートメーション化も凄まじい。

 

 この都市では一般的な移動手段であるリニアレールは一切の振動や搭乗者への負荷も無く、それでいてサイト中に構築されたレール網を巧みに移動し最短ルートで指定した目的地へと左右正面後ろ、上に下にと、立体的な動きをして連れて行ってくれる。もちろん乗り換え等は必要な場面も多いが、それでもこれに人間の操縦士が一切乗っておらず、完全な自動運転で動いている事を考えれば、地球の自動運転技術と比較して破格の性能だった。

 早い話がチャーリーとチョコレート工場に出てくるエレベーターから飛行能力を排除して、より堅実なレールの上を走らせ、エレベーターを小さなモノレールの様な乗り物に変え、安全に動かした感じだろう。

 

 商業エリアは、この巨大都市でいながら、人口が僅か100万人しか居ないにも関わらず、活気づいている。

 幾つかの商業エリアを見て周って彼が感じたのは、基本的に日用品から娯楽品、食料品から医薬品に至るまで、生活どころか一通りの経済活動に必要な物は全て網羅して売っていると言う事だ。ここが地球から遠く離れた場所である事を忘れそうになる位には充分な程のラインナップだった。

 ただ、食料品を見ると明らかに合成食品の様な見た目の物ばかりで、それだけが唯一、ここが地球から遠く離れた場所である事を物語っていた。

 地球から遠く離れている上に、人口が僅か100万人しか居ないにも関わらず、ここまで物資が豊富にあり、経済活動もそれなりに行われているのは、普通に考えれば、マンパワーの面から言ってかなり厳しそうに思えるが、サイト-8192においては、恐らくは100万人の人口にプラスしてサイト内で、そこかしろに居るAMASというロボットの労働力が存在するからこそなのだろうと彼は分析した。

 AMASは非常に優れたロボットのシリーズだ。このロボットをサイト-8192で見かけない日々は無い。様々な用途に使用されているこのロボットは、都市の管理維持に必要な多くの仕事を行い、また、商業活動でも荷運びなどの重労働もこなしている。

 ただ、不思議と商業活動を見ていると、ここまで自動化しているのであれば、全ての商業活動もロボットに行わせれば良いのではないかと思うが、現実はそうはなってはおらず、すべてでは無いにしろ多くの商業施設は、SCP-████-JP-Aによって運営されていた。

 ユキノによると、サイト-8192において商業活動は孤立した環境下で健全な社会活動を行う為のツールとして扱われているらしく、一定の面では自動化はあえて行われない方針になっているとの事だった。

 

 商業エリアが一定の面では自動化されていない一方で、ほぼ完全な自動化が行われているのが、工業エリアだった。

 工業エリアはオートメーション化が進んでおり、施設を管理するAMASや最小限の管理人材以外を除けば、工場は完全に無人状態だった。

 地球においても大企業の工場はオートメーション化が進められているが、完全なオートメーション化にはまだほど遠い現状だ。それがサイト-8192では実現されている。

 

 インフラ整備は、地球ではまだ実験段階で実用化には及んでいない核融合発電が既に実用化されており、しかもサイト内にはその様な発電所が複数個も存在していた。

 その他には基本的な水道設備、浄水施設、空気循環システム等を見て回り、中でも空気循環システムに関しては酸素精製設備も含まれており、この様な設備が必要なのは、この場所が幾ら巨大であっても孤立した環境である事を示していた。

 幾らこの場所が異常空間で、コンクリートを削り出す事で空間を拡張できたとしても、酸素が無ければ、生物は生存できない。 

 

 どれもこれも、非常に優れた先進的な設備だ。

 そして、中でも彼がこれまでに見回った中で最も興味深く見た現場が、サイト-8192の外縁部で行われていた掘削現場だった。

 サイト-8192はコンクリートに満たされた異常空間の中に存在しているとされ、サイト-8192はその異常空間を満たしているコンクリートを削り出し除去する事によって居住空間を拡張している。

 つまり、サイト-8192の最外縁部にはコンクリートを削り出す現場が複数、存在しているのだ。と言っても、全ての外縁部において現場が稼働している訳では無く、一区画分ずつ行われているらしかった。

 作業現場はさすが、将来、拡張した空間に埋め尽くす程の巨大都市を建設する予定なだけあって、非常に広大な空間が形成されていた。

 そして、そこで彼はこのサイト-8192に来て初めて、この異常空間を満たしているというコンクリートと対面した。

 彼はカヤからの説明や資料から得られた知識によってこの異常空間がコンクリートによって満たされている事は知っていたが、そのコンクリートをその目で見る事は、彼が巨大都市の内部に居た以上、無かった。その為、彼はそんなコンクリートが本当に存在しているのかと内心疑い、また、この巨大都市が無限に続いているかのような錯覚に囚われていた。だが、実際に現場を見れば、信じざるを得なかった。

 採掘作業はゴリアテシリーズと呼ばれる大型の二足歩行ロボットによって行われているらしく、その大型ロボットが何台も稼働しているのが見られた。あとは大型ダンプだとかトロッコ、ベルトコンベアーなども確認でき、それらが、連携して、せっせと綺麗に切り出された四角形のコンクリートブロックを運んでいた。

 運び出されたコンクリートブロックは工場へと運ばれ、そこで、粉砕されコンクリートを構成する物質ごとに分離され、それぞれがサイト-8192で消費される様々な資源として利用されている。さながら、異常空間内を満たしているコンクリートはサイト-8192を支える尽きる事の無い無限の資源だ。

 なお、聞いた所によると、AMASやゴリアテなどは本来、SCP-████-JP由来の技術であるらしく、現在の財団の科学技術にはSCP-████-JP由来のふんだんな技術と、それ以前からある財団の技術とが互いに組み合わさる事で、現在の財団の科学技術体系が形成されているのだという。コンクリートの成分を分離し資源として活用する方法なんかは、財団の科学技術とSCP-████-JP由来の技術の融合の結果の典型例なのだそうだ(曰く、SCP-████-JP由来の技術がなければ、現在のサイト-8192の未来都市は存在していなかっただろうとの事)。

 

 この採掘現場で非常に興味深いのは、この採掘現場の作業の自動化率が低いと言う点だ。都市の方は自動化が非常に進み重労働は殆ど存在していないと言っても過言は無いのに、この現場においては、作業用のゴリアテにSCP-████-JP-Aが防塵防護服を着こんで乗り込んで作業を行っていた。大型ダンプやトロッコの類は自動化されていたが、切り出し作業と、大型ダンプやトロッコに切り出したコンクリートブロックをゴリアテで載せる業務は自動化されていなかった。

 財団の科学技術であれば、完全自動化できそうではあったが、彼はそれを見て商業エリアが一部自動化されていなかった事を思い出して、これもその類なのだろうと考察した。

 そして、案の定、現場の監督官に話を聞けば、財団としてはこのサイト-8192の拡張は重要な任務であると考えているらしく、サイト外へと出る事も出来ず、仕事内容が限られている傾向にあるSCP-████-JP-Aの財団職員にとって貴重な業務である為に、上層部の判断で自動化は見送られているとの事だった。

 

 商業エリアといい採掘施設といい、これらは非常に非合理的な判断に思えて彼は仕方なかった。そこで、彼はユキノになぜ、この様な一見、非合理的な事が行われているのか。何故オートメーション化しないのかを聞いた。

 ユキノによれば、サイト-8192内のSCP-████-JP-Aの財団職員の業務内容は人口の割には非常に限られるのだという。そして、それがある意味では組織や社会を維持する上での課題にもなっているとの事だった。

 現在のSCP-████-JP-Aの財団職員が行っている業務内容は、まずはユキノ達の様な機動部隊員が挙げられ、機動部隊員達は重要施設の警備や要人の身辺警護、緊急時の即応が主な任務であり、またそれの下位互換として武装警備員や施設警備員の役職があり、これらはその他の通り警備業務を行っているという。サイト-8192の全職員の内、凡そ20%程が、これらの職員なのだそうだ。

 そして、その他が財団の本部活動、研究活動、エンジニア、採掘作業、その他の労働などを担う人材なのだという。本部活動、研究活動、エンジニアはともかく、その他の労働に関しては監督業務化が進んでおり、これは自動化した設備が正常に稼働しているかどうかを監督や点検を行っているのだという。ただし、例外として商業活動や採掘活動が自動化が進められていないのだそうだ。

 

 大雑把に言うと、これが現在のサイト-8192内の業務内容との事だが、しかし、サイト-8192から出る事が無い彼女達は、良い意味でも悪い意味でも、日常に変化が無いという。

 ユキノ曰く、もしも自動化比率を今以上に推し進めた場合、サイト-8192内の財団職員の業務は90%以上が無くなってしまうのだそうだ。

 サイト-8192の施設維持と拡張だけならば、財団職員の手はハッキリ言って殆ど要らない。

 そうなると、組織規範や社会規範の面から問題が生じる可能性が非常に高く、最悪の場合は社会が崩壊しかねない。

 そこで、財団はあえて、業務を生じさせ、そこに財団職員を宛てる事で日々に目標を与えているのだという。

 それが、自動化した施設に対する監督活動であり、商業活動であり、掘削作業なのだそうだ。また、それに訓練も含まれると言う。

 この訓練に関しても日々に目標を目的を与えると言う意味で機能しているらしく、財団はアノマリーに対する対応力の維持の強化を目的に、多くの財団職員に対してリアルな仮想現実空間を用いて、過去に実在したSCPオブジェクトを参考にその確保と保護、持続的な収容を行う為の訓練を行っているのだという。

 この訓練の目的はもちろん、アノマリーを収容するという財団の能力の発展と維持という側面もあるのだが(いざという時に役に立たない様ではいけない)、それと同時に、先ほどの職員達に日々の目標・目的を与えるという意味合いでも重要視されているのだという。

 これらの事を複合的に組み合わせる事によって、変化の無い日々に自ら変化を与えて、組織としても社会としても、維持を図っているのだそうだ。

 ユキノの説明を聞いて彼は一見、何の不自由もない理想的な未来都市に見えるこの場所も中々に大変な問題を抱えているのだなと感じたのだった。

 

 そして、そんな日々を過ごして彼は今日、FOX小隊の内、今日の警護係であるクルミとオトギの2人に連れられて、ニューサンクトゥムを中心に地図上で見た時に北西方向にかなり離れた区画に存在する工場を視察し終えた彼は、今日入れたスケジュールを全て消化し帰路についていた。

 リニアレールの車内で彼は窓の外の景色を見る。街に灯りは灯っており、至る所にある液晶モニターには現在の時刻を反映して茜色の空が映し出されている。あと2時間もすれば、満天の星空の映像に完全に切り替わるだろう。

 一見すると彼が現在住んでいるブロックやニューサンクトゥム周辺の人口の多いブロックと比べても大差ない様子が見える。しかし、今、彼が見ている景色には徹底的に違っている所がある。それは街中に誰一人として歩いている者が見当たらないという点だ。

 AMASの姿はしっかりと探せば、辛うじて見つける事ができるだろうが、ぱっと見では誰も居ないのと大差ない。

 さらに、彼とFOX小隊が乗るリニアレールの路線の沿線部分は照明がしっかりと点いているのだが、よく見れば、街を形成している構造物の曲がり角や、沿線上から離れた奥の方は完全に照明が落とされ、暗闇に支配されていた。

 この景色を見るのは彼にとって、もはや初めての事では無いが、改めてこう見ていると、色んな事が思い浮かんできたのだった。

 

「……改めて思うが本当に人が居ないんだな」

「まぁ、この辺はみんな使用されていない区画だから、人が居ないのは当然よ」

「窒素ガスで満たされてもいるし」

 

 彼の呟きに対し同乗しているクルミとオトギが答える。彼女らFOX小隊の面々と出会って早一カ月。彼は最近、ようやく彼女らとも打ち解けてきた気がしていた。最初は敬語で話しかけられていたのに、この二人に関しては、ある程度、親睦を深めたかと思ったら段々、敬語な無くなってきて気づけば完全に、ため口になっているのには最初、驚いたが。

 もっとも敬語かどうかは彼は正直、気にしていない為、それでも全然構わないのだが。

 

「それにしても、窒素ガスなんて、すごく危険なのに、窓ガラスや強化ガラスの扉を一枚隔てただけで、そんな危険な空間があるっていうのは、少し恐ろしいよ」

「そうかしら?そんな事、考えた事も無かったわ」

「担当官は地球から来たからそう思うのも仕方ないと思うよ。地球じゃこんなに危険なガスに囲まれる様な事は中々ないでしょ?」

「そうだな。中々ないと思うよ」

 

 使用されているブロックは厳重な隔壁によって使用されていないブロックを満たしている窒素ガスが入らない様にされている。理屈の上では安全性は充分に担保されているとは分かっているのだが、一見、普通のガラスにしか見えない扉や窓も隔壁として機能している場所もあり、そう言った所は、彼から見ると本当に大丈夫なのか心配になってしまっていた。

 もっとも、一見、普通のガラスにしか見えないとはいえ、その実態は普通のガラスなんかではなく、非常に頑強に作られた強化ガラス製なので、問題は無いのだが。

 彼は帰路につくに当たって、リニアレールを何度か乗り換えるが、その間にも窒素ガスに満たされたブロックで乗り換える必要もあり、リニアレールの乗り換え場だけが、酸素が満たされた空間である事もよくあるのだが、そのリニアレールに乗り換えるに当たって、リニアレールへの搭乗口は全て強化ガラス製である。

 つまり、リニアレールが搭乗口に到着して開いている分には何にも問題は無いが、リニアレールが到着していない場所の搭乗口は強化ガラス1枚を隔ててその先は窒素ガスが満たされた生命の生存できない死の世界なのだ。これが怖くない人など居るだろうか。

 さらに言えば、使用されていないブロックをリニアレールで通る事があるが、使用されていないブロックを通るという事はリニアレールの車外は窒素ガスの空間だと言う事だ。そして今がその状況である。リニアレールの沿線上だけが灯りを点けられているが、それ以外は全く使用されていない。窒素ガスに支配された空間だ。もし、この様なブロックを走行中にリニアレールの窓ガラスが割れでもしたら、車内はあっという間に窒素ガスに満たされるだろう。彼からすると非常に恐ろしい。

 彼女らが怖がっていない様子を見るに彼女らは自分達の技術にかなりの信頼を寄せている様に彼には思えた。

 

「あ、言われてると思うけど、殆ど無いとはいえ、ガス漏れの事故とかが起きた時はすぐに、酸素マスクをつけてよね。じゃないと窒素ガスを吸い込んだら、すぐに意識が無くなって、あっという間に死んじゃうわよ?」

「そういう事が起きた時は私達も直ぐにマスクを着けさせて助けるつもりだけど、いつも私達が側に居るとも限らないしね」

「き、気をつける」

 

 彼は苦笑いを浮かべながら隣の座席に置いたカバンを見る。カバンには遠出するに当たって、いつでも使える様にフルフェイスの酸素マスクが吊り下げられていた。

 彼女らが窒素ガスが身近にある環境を恐れないのは技術への信頼だけでなく、日頃の危機対応の訓練や万が一の備えなどの影響もあるのだろうと考えを直ぐに改める。

 実際、施設のあちらこちらで消火栓ボックス風のガラスの蓋が付いたケースがあり、その中には酸素マスクが幾つも収納され、いつでも使える様になっている。これは明らかに不測の事態を想定した設備だ。

 

「しかし……財団の技術は本当に凄いな。今月、何度思ったか分からないが毎度、視察に行く度に思わさせられる。今日見た医薬品工場も物凄い自動化率で、どれも、地球のそれを越えているよ」

「地球は今、どんな感じなの?地球には、もうずっと行ってない」

「このリニアレールどころか、AMASすらまだ作れない。入口には立ってるとは思うが……と、ちょっと待った。オトギ、君は地球に行った事が?」

「私やオトギ、あとはユキノのニコもSCP-████-JP-A-α群だから地球出身なのよ。もっとも、今の地球じゃなくて、まだSCP-████-JPがあった頃の話だけどね」

「ああ、なるほど……」

 

 どうやら、彼は自分が彼女らの外見や振る舞いに惑わされ、彼女らが見た目通りの年齢ではないという事を失念していた様だった。

 財団から提供された資料や、過去の担当官が残した資料によれば、サイト-8192内に居るSCP-████-JP-Aの財団職員達には2つの分類が存在している。一つ目はSCP-████-JPで財団が捕獲し雇用したというSCP-████-JP-A-α群。二つ目は財団が現実を改変して人類文明を復興させた後にサイト-8192内で生物学的手法によって誕生したSCP-████-JP-A-β群。

 SCP-████-JP-A-α群は最も長く財団に属しているのと同時に割合としては最も少ない。最も多いのはSCP-████-JP-A-β群に分類される財団職員だという。

 

 常識的に考えれば、財団が人類を復興させたのは、███年も前の事であって、そんな前の人物など等に生きてはいないが、そんな常識は彼女らには通用しない。SCP-████-JP-Aは完全な不死ではないが寿命という概念が無いのだという。それは当然、FOX小隊の面々にも当てはまった。その為、SCP-████-JP-A-α群の彼女らは今、彼の目の前にいるのだ。

 もっとも、SCP-████-JP-A-α群でなく、SCP-████-JP-A-β群であってもその多くは圧倒的に彼の祖父母よりも長く生きている超常の存在なのだが。

 

 そんなこんなで、途中何度か乗り換えを挟みながらリニアレールで彼とクルミ、オトギの3人は雑談に花を咲かせながら、サイト-8192の中心部の区画へと戻っていく。

 だが、その途中で彼と彼女らを乗せたリニアレールは小規模ではあるが、使用されているブロックに差し掛かり、そこで彼は、ふとした思い付きからリニアレールを降りる提案をした。

 彼は一旦、日用品を買いたいという旨と、ついでにサイト-8192の中心部から離れた商業活動が行われているエリアの視察を兼ねる旨を伝えた。

 彼としてはこの提案は担当官として出来るだけ、サイト-8192の様々な場所を見ておこうという意図からの提案だった。

 彼のこの提案に対し二人は特に反対をする事も無く了承する。

 そうと決まった以上はすぐに三人は行動に移し、リニアレールが到着すると、そこで下車し、そのまま、そのブロックに存在する商業エリアへと向かったのだった。

 

 商業エリアを見た感じ、この使用されているブロックの人口は恐らく多くても数千人程度だろうと彼は推測した。商業エリアには店が立ち並んでいるが、その数は決して沢山ある訳では無い。精々、小さな町の商店街と同規模程度の店数だ。

 ただ、それでいて街並みだけは未来都市である為、脳がバグりそうになるが、彼が持つ財団から提供されたタブレット端末上の3Dマップの表示には、この使用されているブロックの数が僅かな数である事が示されているし、歩いていると自然と遭遇するブロック内を歩く職員の数から人口の少なさは都市の荘厳さのみによって隠しきれる様なものではない。

 なお、時たま、やはり人間の姿が珍しいのか職員達から注目されてしまう事があるが、それに関してはこのサイト内で過ごすに当たって、もう彼は慣れていた。ハリウッドスターは言い過ぎかもしれないが、ちょっとした有名なインフルエンサーにでもなった気分だ。

 もっともそれは、彼自身が有名なのではなく、この場所において人類が珍しい存在だからなのだろうが。

 

 商業エリア内には一通りの店が揃っており、生活には困らなそうだった。それを一通り通りから見て周ると、サイト内の至る処の商業エリアで見る事ができる馴染みの看板であるエンジェル24という看板を見つけると、彼はその店を選び中に入った。

 クルミは外から不審者が入ってこないか警戒すると言い、正面入口の所で待ち、店の中にはオトギが一緒に付いてきた。

 

 エンジェル24はサイト-8192内においてコンビニエンスストアやディスカウントストアなどの名前によく付けられている名称だ。これが企業なのか合衆国軍におけるPX的な物なのかは、いまいち彼には判別できないが、本当に至る処で営業しているのをよく見る。

 どうやら、このブロックにあるエンジェル24はディスカウントストア形式の店舗の様で店の広さはアメリカの一般的なスーパーマーケットと同程度の規模があった。恐らく、この付近の住民の生活を支える旗艦店舗なのだろう。この店が無かった場合、他の店の様子を見る限り、生活が成り立たなそうだ。

 商品の値段はどれも他のエンジェル24で見る値段と概ね同じ。店がある場所によって物価が変動する事は無い様だ。彼は店内を物色しながら、必要な日用品を買い物籠へ放り込んで行き、また、オトギとクルミの労を労う為に、オトギに何か欲しい物があるかを問い(クルミの分も)、タピオカフルーツジュースも2つ買い物籠に入れた。暫くの時間の後にレジで会計を済ませて店を後にする。

 

 ちなみに、財団で使用されている通貨は円が流通している。

 ただ日本円ではなく、通貨単位としては硬貨は5円、10円、50円、100円、500円、紙幣は1,000円、5,000円、10,000円で日本円と大差ない構成だが、硬貨のデザインや紙幣のデザインは全く違い、というか余りにも飾り気が無い。硬貨は恐らくプラスチック製で、紙幣の方はオーストラリアドルの様な透明な箇所がある紙幣が採用されている感じであるが、それぞれの色彩はともかく主要なデザインは硬貨と紙幣に分かれているだけで、どれも同じ。紙幣には地球であれば人物が描かれていそうな場所には、財団のマークが描かれているのみだ。

 

 買い物袋を下げて店から出ると、店の正面入口付近で待つクルミの元へと向かった。もうこれで、今日の視察は完全に終了だ。買い物ついでの予定に無かった視察だが、既に商業エリアは見終えたし、買い物も終えた以上、長く留まる必要は無い。

 

「警護ありがとうクルミ。これ、良かったら飲ん……どうかしたのか?」

 

 クルミの方に近づいて行き、彼は労いの品を彼女に渡そうとしたが、直ぐにクルミが彼がこれまで見た事もない様な雰囲気を醸し出しながら、何処かを見ている事に気が付き、様子がおかしいと察した。

 クルミが見ている方向にオトギと一緒に自然と視線を向ける。そこには何やら、店が立ち並ぶ商業エリアの一角にて人だかりが出来ていた。どうやら何かの集会の様だ。オトギはクルミの側に行く。見るとクルミは何処か不機嫌そうで、また警戒感を露わにしていた。

 

「……あいつら、またやってるわ」

「また復古派のゲリラデモ?最近多くない?しかもこんな辺鄙なブロックで」

「復古派?」

「SCP-████-JPがまだあった頃みたいに、職務上の身分に関係なく銃火器や爆弾の日常的な携行を認めるべきって主張してる連中のことだよ」

「私達、機動部隊員や警備員だけが原則、武装が許可される事を良く思ってない回顧主義者の連中よ。O5評議会でもこの話題はもう結論が出てるから集会を禁じてるのに……まったく」

 

 クルミは呆れたように言い放つ。様子を見るに本当に心底、あの集団を嫌がっている様だ。集団を見てみれば、銃火器や爆弾の携行許可を求めるシュプレヒコールを上げている。人数は凡そ十数人程だ。そんな復古派と呼ばれる集団に対して、周囲を通りかかっている人々は、あからさまに迷惑そうな視線を向けている。

 

 まぁ、聞く所によればSCP-████-JPでは銃火器、ロケットランチャー、爆弾、戦車、装甲車等々、ありとあらゆる兵器が市場に流通し、住民達の多くは常に武装し、日々どころか毎時どこかで、ちょっとした喧嘩感覚で銃撃戦がそこら中で起こっていたと聞く。

 彼の故郷である合衆国を遥かに凌ぐ武器の流通量と銃撃戦の発生率を誇る、それがSCP-████-JP。SCP-████-JPに付随する実体群は強靭な肉体を持っている為に、死ぬ事は殆ど無く治安の割には殺伐とはしていなかったとされるが、治安は明らかに最悪レベルだったそうだ。

 現在は武器の流通は財団の必要部署にのみ限られており、かつてのSCP-████-JPの治安の話を聞いても俄には信じられない程の圧倒的に良好な治安を財団は実現している。間違いなく彼の母国である合衆国の治安など霞むレベルでここの治安は良いだろう。彼からしてもSCP-████-JPの治安が酷かったという話を初めて聞いた時は、彼は現在の財団の治安しか知らない為に、とても信じられなかった。

 そのせっかく素晴らしい治安を下手をすれば、手放す事になりかねない様な主張をこの復古派という集団は行っている。他の人からすれば、まぁ、疎まれても仕方は無い主張だろうと彼は思った。

 言うなれば、世界的にも治安が良いとされる日本やアイスランドなどの国に銃火器をばら撒く様なものだ。如何に治安の良い国であっても国民の多くが武装し始めたら、確実に治安は悪化するだろう。そして一度悪化した治安は戻すのは大変であり、また一度拡散した武器を人々から回収するのも難しい。反発がある事、不可避だ。

 これは、毎年のように銃乱射事件が起き、その度に銃規制派と銃規制反対派とが相争っている彼自身の母国、合衆国の現状を踏まえた彼の考えだ。

 

「オトギ、私は保安部に通報しておくから、その間の周囲の警戒よろしく」

「分かった」

 

 そうやり取りするとクルミはスマートフォンを取り出し何処かへと電話をかけ始める。その間、入れ替わる様にオトギが周囲の警戒を強めた。

 しばらくすると、電話を終えた様でクルミはスマートフォンをしまう。

 

「すぐにこのブロックの施設警備員がくるって」

「その間、ここに居た方が良い?」

「まぁ、通報者だしね」

「了解」

「と言う事だから、悪いけど、施設警備員が到着するまでここに足止めになっちゃいそうだけど良いかしら?」

「ああ、良いよ」

 

 そういう事なら仕方ないと、彼は2人と一緒に施設警備員が到着するまでの間、その場に留まる事にした。そして凡そ数分が経過した時だろうか。復古派の集会が何やら変な動きをし始めたのは。

 

「……なんか騒がしくなってない?」

 

 最初に気が付いたのはオトギだった。今まではシュプレヒコールを上げていただけで至って普通のデモの様に彼には見えていたが、何やら、異常にデモ参加者のテンションが高まっている。オトギの指摘に彼もクルミも集団を注視した。

 

「キヴォトス!キヴォトス!キヴォトス!キヴォトス!キヴォトス!」

「取り戻せ!取り戻せ!取り戻せ!取り戻せ!取り戻せ!」

「真なる神秘!真なる青春!真なる自由!」

 

 まるでメジャーリーグでリーグ優勝した球団のサポーターの様な熱気の様に彼には感じられた。だがすぐに、これはサポーターと言うよりも、今自分が抱いている既視感はもっと別の物ではないかと思い至る。そう、中東のテロリストの狂信者達の集会と似た様な……。

 そしてどうやら、彼と似た様な物を二人も感じ取ったらしい。

 

「ちょ、ちょっと止めた方が良いんじゃない……?なんかヤバい感じが……」

「私が行ってくるわ!こんなバカ騒ぎもう見てらんないわよ!」

 

 復古派の異様な熱狂ぶりに、ついに見ていられなくなったクルミが肩に提げていた自動小銃を手に持つと、安全装置を解除して復古派のデモ隊の元へと足早に向かおうとする。しかし、それが起こったのはちょうど、その時だった。

 

「私達の自由が、この箱庭に真なる自由を齎す!銃規制絶対反対武器普及促進職員連合、此処にありッ!!」

 

 復古派の集団の中央に居るその場を仕切るリーダーらしき人物が積み上げた物流パレットの上で、何かを片手に持ってそれを高く掲げる。それはアンテナの付いた何かの装置だった。

 その人物はその装置に付いた赤いボタンに指をかけ、力を込めて押し込む。

 

 それは止める余地がない程に、あっという間の出来事だった。リーダー格の人物が装置のボタンを押した瞬間、どこからか爆発音が響き渡り、数十メートル離れた脇道から煙が濛々と上がった。赤く燃える炎も見える。

 誰がどう見ても明らかだった。復古派のリーダー格の人物が押したのは爆弾のスイッチだったのだ。

 しかし、彼の目は爆発した現場のそれを確かに目にした。爆発により、煙が上がり、炎が見えた。しかし、そんな炎がほんの僅かな間に、まるで吹き消された蝋燭の火の様に吹ききえたのだ。

 一瞬で炎が消えた理由について彼の頭は全く理解に追いつかなかったが、それから事態は怒涛の勢いで進んだ。

 

「伏せてッ!」

「ッ!?」

 

 オトギが彼の身体を突き飛ばした。彼はオトギの勢いのまま、エンジェル24の正面入り口近くに立っていた柱の陰へとオトギに押し倒された様な格好で引き倒され、さらにオトギは、いつの間に取り出したのか、酸素マスクを手に持ち、彼の顔に押し当て装着させていた。

 押し倒された衝撃で目を瞑っていた彼が、直ぐに再び目を開き、その状況を認識すると同時に今度は、今まで普段通りの色だった街の照明が突然、赤色に切り替わり、薄明弧の空を映し出していた液晶モニターも黄色いエマージェンシー画面へと瞬時に全てが切り替わる。

 このサイト-8192に彼が来てから一度も聞いた事もない様な鬼気迫る警報音が辺り一面に鳴り響いた。

 

『窒素ガス警報、窒素ガス警報。第███区画███ブロックに窒素ガス警報発令。該当ブロックの全職員は酸素マスクを装着し速やかに所定の避難シェルターに避難して下さい。該当ブロックの隔壁は速やかに閉鎖されます。ブロック外への脱出は救援体制が整うまで不可能です。該当ブロックの全職員は酸素マスクを装着し速やかに所定の避難シェルターに避難して下さい。窒素ガス警報、窒素ガス警報。第███区画███ブロックに窒素ガス警報発令。該当区画の⸻』

 

 女性の人工音声の警告がブロック中にアナウンスを通じて響き渡る。周囲の人々は慌てた様子で退避を始める。酸素マスクを持っている者は酸素マスクを装着し、持っていない者は非常用の酸素マスクがストックされている場所に急いだ。

 オトギはというと、彼に瞬時に無理やり装着させた酸素マスクの調節ベルトを調節してしっかりと外れない様に彼に被せると、彼の鞄に提げられていた酸素マスクを手に取り自身に装着した。どうやら、オトギは自分の酸素マスクを彼に優先的に装着させた様だった。

 先程の爆発は窒素ガスを満たしている空間とこの空間とを分断する隔壁を破壊した爆発だったのだ。爆弾により隔壁にあけられた穴から窒素ガスがこのブロックへと流れ込んでくる。窒素ガスは不燃性ガスだ。通常の炎は窒素ガスの中では燃焼を続ける事はできない。その為に爆発によって生じた炎が吹き消える様に消えたのだ。

 

 それから、オトギは身を屈めた状態で周囲を一度、見渡すと肩に担いでいた大きなカバンを瞬時に開けて、中から、サンドカラー塗装が施されたバレットM82を取り出し装備する。

 

「い、一体何が……」

「分からないけど、たぶん爆弾テロ。気をつけて」

「わ、分かった」

「こんな事件がここで起きるなんて……」

 

 彼はオトギの背中に隠れながら、彼も身を屈めて自身のホルスターから護身用の拳銃⸻SIG SAUER M17を取り出し、弾倉を一度取り出し中を確認してから、安全装置を解除し、いつでも撃てる状態にする。

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 オトギと彼が一端の安全を確保した直後、少し離れた場所に居たクルミが下がってきて合流した。クルミはオトギの隣で立ってアサルトライフルを構えて周囲を警戒している。

 

「大丈夫。だから早く酸素マスクつけて」

 

 クルミはまだ酸素マスクを装着していなかった。オトギは自分が警戒を引き受けるという事を暗に示すと、クルミはオトギと彼が隠れる建物の柱の陰へと入り、直ぐに自身の酸素マスクを装着すると、再び警戒の位置へと戻る。

 

「どうする?」

「どうするって、避難優先しかないでしょ?担当官を連れて急いで避難所まで退避するわよ」

「了解」

「と、いう訳だから担当官、直ぐに、ここから移動するわ⸻」

 

 避難の方針が決められ行動に移そうとした、その直後、銃声が響き渡った。見ると、爆弾テロを引き起こした復古派の集団がそれぞれ手に何かを持っていた。

 よく見ると、それは銃であり、ただ、正規品の銃火器ではなくジップ・ガン、つまりは手作り感あふれる密造銃の類だった。大きさはいずれも、かなりの大きさであり、狩猟用のライフルやショットガンど同レベルの大きさに見えた。

 復古派は何やら興奮しきった様子で叫びながら、そのお手製の密造銃を窒素ガス警報を受けて逃げようとする、このブロックの住民達に向けて無差別に発砲を始めた。

 普通ならば当に怪我人や死人が出ていてもおかしくはない程の銃撃が行われていたが、SCP-████-JP-Aで構成された財団職員は、痛い程度のダメージにしかならない為、死人や怪我人は出ていなかった。

 これがSCP-████-JP-Aの身体の強靭さかと思いつつも、それと同時に、この事件を起こした復古派の異常なテンションの様子に、完全に狂っているとしか思えなかった。何故なら、先程の爆発によってこのブロックに窒素ガスが流入してきているにも拘らず、復古派はまだ酸素マスクをつける事が出来ていない職員に対してもテンションを上げながら、銃火器を乱射しているのだ。

 もしも銃弾の辺り所で気絶しこんな爆発現場から近い場所で倒れてしまえば流入してきた窒素ガスの餌食となりSCP-████-JP-Aと言えど、死亡するリスクが非常に高まる。

 にも拘らず、高いテンションで銃を乱射する光景は、狂っていると表現しないでなんと表現すれば良いのか。

 なお、復古派はどうやら用意周到に準備をしていた様で、全員が酸素マスクを装着している。

 

「あいつら爆弾だけじゃなくて、密造銃まで持ってるの!?」

「これじゃ迂闊にここから出られないね……」

「こうなったら仕方ないわ。私が出て、あいつらの注意を引き付けるから、オトギは担当官を連れて、ここから直ぐに退避して。

 爆弾に密造銃まで出てきたんだもの、次に何が出てきてもおかしくないわ。私達だけならともかく、担当官を巻き込む訳にはいかない」

「分かった。ついでに状況を隊長にも連絡しとくよ」

「頼んだわ」

「それじゃあ、私が先に出るわ。オトギはその後に。それじゃあ、行動開始!」

 

 クルミは柱の陰から飛び出ると、壁沿いに走りながら復古派に向けてアサルトライフルを発砲した。復古派からは「機動部隊だ!」との声が聞こえるのと同時に、標的をクルミに定めたらしく、クルミに向けて集中砲火を始める。

 目論み通りにクルミに復古派の注意が向いている隙に、オトギは彼の片手を引いてクルミが飛び出した方とは反対の方向に走り出した。

 

「く、クルミは一人で大丈夫なのか!?」

「あんな統率も取れてない相手、クルミなら余裕だから任しておいて問題ないよ」

 

 彼はクルミの身を案じて問いをオトギに投げかけたが、オトギは全く心配していない様だった。かなり自信がある様子が見て取れ、彼も日頃から彼女らFOX小隊の警護を受ける中で彼女らの練度が非常に高い事を知っていた為に、彼よりもクルミとの付き合いの圧倒的に遥かに長いであろうオトギがこう言うのだから、彼もまたその判断を信じる事にした。

 クルミと復古派による銃撃戦の銃声を背後に聞きながら、オトギと彼は全力疾走で、最も近くにあった脇道へと逃げ込む。オトギは彼の手を引きつつも、脇道で新たな敵と遭遇する事を想定していつでも発砲できる準備をしていたが、それは幸いにも徒労に終わった。

 復古派から一定の距離を確保し、また脱出経路も確保した為に二人の足は一旦そこで止まり、オトギはクルミの戦闘の状況を確認するべく、壁に隠れながらライフルのスコープを覗き込み様子を伺う。

 戦闘はまだ続いており、激しい銃撃戦を繰り広げていたが、それでも傍から見ていてもクルミの方が圧倒的に優勢だった。復古派のメンバーは既に半数近くがクルミのアサルトライフルから放たれる銃弾によって気絶させられ無力化されていた。

 状況を確認しつつ、オトギは常に肌に離さず装備している通信機を操作し、ヘッドセット越しに通信を試みた。

 

「こちらFOX4。隊長、副隊長、聞こえる?聞こえたら応答して。こちらFOX4。隊長、副隊長、聞こえたら大至急、応答して」

『こちらFOX2。FOX1は現在、所用により不在。どうしましたか?』

 

 2コール程で通信機からは応答があった。コールサインFOX2⸻つまりは副隊長のニコが返答する。隊長のユキノは生憎、不在の様だ。

 

「第███区画███ブロックで武装集団によるテロ攻撃事態による緊急事態が発生。武装集団の人数は少なくとも十数名。恐らく設置式とみられる爆弾により気密隔壁が破壊され、窒素ガスがブロック内に流入中」

『て、テロ攻撃!?警護対象は!?警護対象は無事!?』

「担当官は今の所、無事。怪我もない。私と安全な場所に退避中。私の方も今の所、無傷。FOX3は現在、私達を逃がす為の陽動として離れた位置で交戦中」

『そう……警護対象は無事なのね。良かった……それじゃあ詳しい状況を教えて。相手の脅威度はどう?』

「練度は低い。武器は密造銃で精度も低い。見る限り、黒色火薬系の火薬でスラッグ弾とか散弾を使ってると思う。すでに半数近くはFOX3が撃破。でも、爆弾を所持してたから、他にも脅威となりそうな物を持っている可能性もある」

 

 オトギは通信機を介してニコと情報共有を迅速に進めていった。時折、スマートフォンを有線ケーブルで通信機と接続してスマートフォンのカメラ機能で戦闘の様子をリアルタイムの映像で送ったりして状況を説明している。そして大体の状況は説明し終えた。

 

『状況は分かりました……直ぐに司令部と掛け合って警護要員の保護の為に機動部隊を派遣してもらうわ。担当官が巻き込まれてるから、直ぐに承認されると思うけど、到着までには時間がかかるから、その間、担当官の保護は最優先事項でお願い』

「了解。武装集団の方はどうする?」

『……見る限り、あと少しでFOX3だけでも制圧できるわね。このまま可能であれば完全に制圧してから、合流して避難シェルターに避難して。無理そうならFOX3には下がって合流して退避を優先する様に伝えて。私達も直ぐに向かうから頑張って』

「分かった⸻と、いう訳だけど、行けそうFOX3?」

『私を誰だと思ってるの!大丈夫、制圧できるわ!』

 

 どうやらオトギはニコとの通信内容をクルミにも流していた様だ。もしくは、流していたのではなく、クルミも戦闘しながらではあるが聞いていると確信していたのかもしれない。

 

「一応、援護する。担当官、ちょっとお願いなんだけど後ろの方を警戒してもらっても良い?」

「分かった」

 

 オトギはライフルのスコープを覗き込み、そしてライフルを構え直ぐに敵に照準を合わせた。そして、引き金を容赦なく引くとバレットM82から12.7x99mm弾が放たれ、その銃弾は復古派のメンバーの一人の脳天に見事、クリーンヒットした。

 オトギは初弾を当てるに満足する事は無く、続々とスコープで照準を合わせて復古派のメンバーを排除していく。そのどれもがヘッドショットだった。

 彼から見ても凄まじい練度だ。元々、彼女達、FOX小隊の練度は兵士としてかなり高いとは思っていたが、クルミと言いオトギと言い彼の想像を上回る練度だ。それに、オトギに手を引かれて走った時に思ったが、軍人の彼が驚くほど、オトギの身体能力は強かった。これは恐らくはオトギが特別強靭な訳では無く、彼女ら全員がそうなのであろうが、いずれにせよ、それも含めて彼は関心したが、だが今は感銘を覚えている暇は無い。

 彼は彼女の背後を警戒し、いつでもSIG SAUER M17を撃てる態勢を取った。少しでも彼女らの負担を減らす事がこの状況を生き残る確率を上げる行為だ。

 パイロットである彼にとって市街地戦は正直、専門外であり自信は無いが、最低限の訓練は受けている。市街地戦に対する最低限の心構えは出来ていた。

 だが、幸いにも、彼の持つ拳銃が火を噴く事は無さそうだった。彼の背後から聞こえる銃声の数はみるみる内に減っていく。

 

「これでラストッ!!」

「ぎゃん!」

 

 クルミは巧みに復古派の最後の一人に接近していくと、アサルトライフルを至近距離で発砲する。照準はもちろん頭部だ。頭部に弾丸を受けた復古派は身体を大きく仰け反り、そのまま倒れ伏した。

 最後の一人が倒れた後、クルミは周囲を見渡し、まだ残っている者が居ないかを確認する。復古派の戦闘員はリーダー格の人物も含め、全員がクルミとオトギによって倒され尽くしていた。

 復古派が全滅している事を確認すると、クルミは警戒態勢はそのままに足早にオトギと彼の居る脇道に向かい二人と合流する。

 

「とりあえず、ここに居る奴らは片づけたわね」

「だね。それじゃあ、避難シェルターに移動しよう」

 

 二人がそう話して決定する。彼はそれを見て戦闘がひとまず終わった事に安堵した。もちろん、まだ助かったと決まった訳ではないから、油断はできないが。

 方針が決定され、二人は彼を伴って移動をしようとする。しかし、状況はまだ終わってはいなかった。

 

「自由革命バンザーイ!!」

「ッ嘘でしょ!?」

「間に合わないッ!!」

 

 その人物はクルミによって確実にヘッドショットをしかも何発も受け完全にノックアウトされた筈の復古派の戦闘員の筈だった。しかし、その人物はなんと、強靭な精神力からか倒されて気を失ってから、ほんの僅かしか経っていないにも関わらず、意識を取り戻し、さらにはお手製の筒状の爆弾を持って立ち上がったのだ。

 その戦闘員に対して二人は直ぐに銃撃を加えるが、間に合わない。放たれた銃弾は確かにこの戦闘員に全て命中しその反動から身体を大きく仰け反らせ倒せた。

 クルミのアサルトライフル弾とオトギの対物ライフル弾を複数、同時に受けたのだ、ただで済むはずもない。しかし、彼女らが銃を向け引き金を引くよりも先に戦闘員の手からは爆弾が既に彼女らの方向目掛けて投げられていたのだ。

 二人はそれを確認すると、すぐに警護対象である彼を庇う行動に打ってでた。彼の手を引いて脇道の奥へと走る。そして、その直後、その背後で凄まじい爆発が発生した。

 手榴弾なんて規模ではない。恐らくはRPG-7で使われるサーモバリック弾頭レベルの威力だ。幸い、爆発地点が離れていた為に、爆発に巻き込まれる事は無かったが、二人は彼を守る為に一旦、彼に覆いかぶさった。

 

「これは間一髪だったねぇ……」

 

 背後の爆発後を見てオトギは苦笑いを浮かべる。あと数メートル後ろに居たら、爆発に巻き込まれていただろう。巻き込まれても死にはしなかっただろうが、怪我は間違いなく不可避だ。

 

「笑いごとじゃないわよ……まったく。担当官は無事ね」

「ああ、君たちのお陰だよ」

「お礼は避難シェルターに到着してからにして頂戴。行くわよ」

 

 彼は爆風よりも正直、二人に覆いかぶさられた時の衝撃の方で頭が何だか一時的にガンガンしていたが、とにかく今はこの場から立ち去らなければいけない為、そんなのは無視して二人と共に街を走り抜けたのだった。

 ただ、その時、彼は走りながら、なんだか耳にノイズ音の様な物が聞こえたのを確かに感じた。最初は、先ほどの爆発の衝撃による物かと考えたが、何やら様子がおかしかった。

 そして、彼は走りながら、それを目にした。

 

 彼の目には街並みが見えている。そこには普段であれば景色が映し出されている液晶モニターは至る処に設置されている訳だが、そんな液晶モニターには今、窒素ガス漏れを警告する黄色いエマージェンシー画面が表示されているのだが、彼の目はその映像が突然、乱れて別の映像に切り替わったのを、確かに目にしたのだった。

 それは何処かの映像だった。暗いコンピュータ室の様な部屋を背景に一人のSCP-████-JP-Aが映っていた。その人物は何処か哀しげだった。

 そして、映像だけでなく音までもが彼の耳に響いてくる。

 

『⸻聞こえますか。私の言葉が聞こえますか。私はミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、全知の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花であり、特異現象捜査部の部長を務める、明星ヒマリです』

 

 何と大言壮語な自己紹介だろうか。この映像はなんなんだと言う疑問の前に、異様に自己肯定感の高い自己紹介を聞いてそんな感想を抱いてしまう。

 

『この映像が流れているという事は残念⸻ザザザザザ⸻てしまい、それと同時に私の最後の賭けは何とか成功⸻ザザザザザ⸻事でしょう。

 この映像は⸻ザザザザザ⸻が収集していた私達の遺伝情報に私とヴェリタスが⸻ザザザザザ⸻のデータと共に埋め込み⸻ザザザザザ⸻互いのヘイローが⸻ザザザザザ⸻し合う事で生じ一部の⸻ザザザザザ⸻が見れる様になっています。

 ですが、この映像は見れなくても遺伝情報保持者には無意識の中で私のメッセージは伝わっている筈です。どの様に伝わっているのかまでについては、調整不足で私達には関知できませんが、正しく伝わっている事を祈ります。もう私達には時間が⸻ザザザザザ⸻ですが、私達はただでは負ける気は⸻ザザザザザ⸻。

 どうか皆さん、自分を見失わないで下さい。彼らの偽りに惑わされないで下さい。自分達の本当の姿を思い出して。私達の……そして皆さんの青春を。キヴォトスを思い出して下さい。そこは皆さんの居場所ではありません。私達は失敗して⸻ザザザザザ⸻ましたが⸻ザザザザザ⸻どうかキヴォトスを⸻』

 

 その映像はノイズで乱れ、元来のエマージェンシー画面に戻ったり戻らなかったりを双方に繰り返して最後は途切れた。

 液晶モニターの映像は完全に元のエマージェンシー画面へと戻り、アナウンスの内容も元の窒素ガス警報へと戻る。

 

「今のは一体……」

「担当官!何ぼーっと立ち止まってるの!行くわよ!」

「あ、ああ」

 

 どうやら余りにも奇妙な映像に彼の足は立ち止まってしまっていた様だった。そんな彼をクルミは我に返させ、彼を引っ張り走らせる。

 やがて、彼らは避難シェルターへと到着しひとまず、気を落ち着かせる事ができたのだが、そこで、彼は二人に自身が途中で見たあの奇妙な映像の事を話し、彼以外にはそんな映像も音声も知らないという事が分かり困惑したのであった。

 その後、しばらくして、窒素ガス漏れは止められ、閉鎖されていたブロックに救援の機動部隊や警備部隊が到着し事態は沈静化。ユキノやニコとも合流し一同は帰還するに至った。

 帰還の道中、FOX小隊は彼に警護体制の不備を謝罪した。彼はそれを許したが、その流れでの会話にて、彼はこの事件が現在の財団において前代未聞レベルの事件であった事を知った。サイト-8192内において、この様なテロ事件は過去に一度も発生した事が無かったのだという。

 翌日。昨日、避難シェルターにてクルミやオトギに話した彼が見た奇妙な映像の話を受けて、ユキノがその映像の事を上に報告した方が良いと判断した。彼はそれに協力して彼が昨日見た映像の内容や映像が見えた状況に関する詳しい聴取が取られたのだった。

 

 それから、しばらくして彼は、いや、サイト-8192内に居る彼を含めた全ての財団職員は限られた極一部の者を残して、サイト内で起こった、この前代未聞の事件の事も、復古派の事も、その思想概念の事も、全てを記憶から忘れさり、元通りの日常に戻る事になるが、それを彼らが気づく事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ニューサンクトゥムの最上階、そこにある広い執務室の中に二人の姿があった。一人は不知火カヤ。彼女は自身のデスクの席に座って何やら疲れた様な表情を浮かべていた。

 

「はぁー……」

「疲れた表情をしてるわね。あなたのそんな表情を見たのは、久方ぶりかしら」

「……疲れるに決まっているでしょう!サイト内での前代未聞の大事件。帰還派⸻いえ、今は復古派という名前でしたね。復古派への新たな対応指針の発表。合衆国への状況説明と協定の異常事態条項適応の可能性の説明……あぁ……久しぶりに気が遠くなりそうです……」

 

 カヤの大きな溜息に対して反応を示したのは、この執務室に居るもう一人の人物だった。その人物はソファの上に座って手元に資料を持って眺めている。

 

「銃規制絶対反対武器普及促進職員連合を名乗る復古派の過激派グループが第███区画███ブロックにて手製の爆発物と密造銃を使い事件……銃規制絶対反対武器普及促進職員連合というのは初耳の組織ね」

「復古派にも様々なグループがありますからね。過去に過激派が居なかった事もありませんが……前にはSCP-███-JP内で温泉なんか出る訳が無いのに温泉開発をしようとする輩もいましたが、こんな事件は起こしていませんし、殆どのグループは平和的に主張をしているだけでしたので、まさかこの様な事件を起こす輩が出てくるとは、完全に想定外でした」

「手段は違えど主張はいつも通り、銃火器を始めとした武器の一般への流通許可、それと財団各部門の組織解体とそれに伴う複数の学園の設置、自治権の拡大ね……これで何回目だったかしら」

「7度目、です。今回もこの件に関しては集会や思想そのものを禁止にして、思想の拡散を防止してきましたが、SCP-████-JP-A-β群の間で着実に支持者は増加しています。支持者の数は最低でも数万人はくだらないでしょう……。思想の拡散防止は既に限界に近いですね。そろそろ、大規模な記憶処理の頃合いかもしれません」

「……やはり、私達はどれだけ年月が経とうとも "キヴォトス" の血が流れていると言うことなのかしらね」

「それもあるかもしれませんが……どうも、どうやらそれだけが理由ではない様ですよ?」

「何か分かったのかしら?」

「合衆国からの担当官が、事件現場で奇妙な映像を見たと証言していましてね」

「映像?」

「街中の液晶モニターに暗い部屋の中に一人のSCP-████-JP-A個体が居てその個体が不特定多数に何かメッセージを呼びかける様な事を言っている姿が映し出されていた様です」

「その様な報告は上がってきていないのだけれど」

「つい先ほど、私の方に上がって来たばかりの報告です。次の会議で出すつもりです。問題は……この映像を見たのが担当官ただ一人だったと言う事です」

 

 カヤは深刻そうな表情を浮かべる。

 

「どういう事?」

「事件現場には大勢の人物がいましたが、誰一人としてその様な映像を見た者は居なかったんです。担当官を除いて。幻覚の可能性もありましたが、証言の詳細な内容と、そして、ブロックのモニタリングの担当のAICからの報告により、幻覚の可能性は限りなく低いと判断しました。

 証言の詳細はそちらの資料に纏めてあります。そして、AICからの報告ですが、こちらも問題です。事件発生時、事件現場に居た犯人グループの構成員周辺のヒューム値の僅かな上昇を検知しました。スクラントン現実錨を起動する程の上昇値では無かったみたいですけどね。また、その際に犯人グループのヘイローの光量の僅かな上昇も確認されたそうです。

 これ、無関係に思えますか?」

「……思えないわ。かなり深刻よ」

「そして、これに関与している疑いが出ているのが……」

「……特異現象捜査部」

 

 この執務室に居るもう一人の人物は険しい表情で手元の資料を見ていた。

 その資料には担当官の証言内容が事細かに記されていた。映像中の発言内容から、映像の様子、そして、映像に映し出されていた人物の特徴の証言から作られたモンタージュ写真。

 

「ヒマリ……」

「それを見せられては、流石にただの幻覚では済ますわけにはいかないでしょう?」

「そうね……でも、これで合点がいったわ。SCP-████-JP-A-β群の誕生を見越した財団データベースへの間接的干渉……疑っていなかった訳では無いけど、特異現象捜査部とヴェリタスの関与なら納得できるわ……。そう、あなただったのね……」

 

 この執務室に居るもう一人の人物はモンタージュ写真を複雑な心境で見つめる。

 

「問題は彼女の目的です。一体、何を仕込んだのでしょうか……」

「……分からないわ。ただ、特異現象捜査部が絡んでいるとなると、この事態を放置すれば、何か財団にとって好ましくない事態が起こる可能性があるのは、あの部活の性質上、それは明解だと思うわ」

「はぁ……まったく、いい加減、過去の亡霊とは早く決別したいですね」

 

 カヤは疲れたように言い放つ。そして、その直後にデスクの上に表示されたデジタル時計を見て、今日の業務内容はまだまだ残っていると言う事に絶望する。

 

「とはいえ、世界を守るのは真の超人たる私の役目……彼が蘇らせたこの世界と財団を守る為にも今は休んでいる場合ではありませんね……」

 

 カヤは小さくそう呟くと、この執務室に居るもう一人の人物の方を再び見た。

 

「そろそろ、会議の時間の様ですよ⸻⸻リオO5評議員」

「分かったわ」

 

 そう言うと、カヤからリオと呼ばれたO5評議員は資料を持ってソファから立ち上がった。

 リオ⸻黒のロングヘアに赤い瞳。黒い女性用のスーツを彷彿とさせるデザインの服装に白いセーターをその下に着こみ、また、黒いタイツに黒い靴を履いたSCP-████-JP-Aの少女⸻はカヤのデスクの側に寄る。

 それを待ってカヤはデスク上のディスプレイに表示されたウィンドウ画面を操作する。

 すると、ソファセットは床の下に自動で収納され、そして、カヤのデスクと同じ形の12のデスクが床が開き現れた。執務室の窓は隔壁によって閉められる。外からの光は射しこまず、照明の灯りも落とされた。執務室内はディスプレイが埋め込まれているデスクの天板の光によってのみ辛うじて照らされる。

 床から現れた12のデスクとカヤのデスクは円形になる様に並べられていた。

 

 リオはデスクが上がりきった事を確認すると、カヤから見て左隣りにある自身のデスクへと着席する。

 

「それでは、臨時のO5評議会を始めましょうか」

 

 カヤがそう言うと、ちょうどその直後、誰も着席していない残り11のデスクの席に執務室に設置されたホログラフィックリウムが立体映像を投影する。その映像は極めて精巧な画質とカラーであり、その場に "居る" かの様な精巧な物ばかりだった。つまり、他の会議の列席者は全てリモートでの参加である。

 カヤは映し出された評議会の列席者を見るべく目を向ける。

 

 O5-3。所謂、お姫様カットの髪型の白いロングヘアと猫耳。白い "ねこ" の様な瞳。病的なまでに透き通る様な白い肌。砕けたヘイロー。巫女服か百鬼夜行の制服を連想させる白い服。全身真っ白な印象の "ねこ" な、幼い印象の少女。

 O5-4。ISSの "船外活動ユニット" を着たヘイローを浮かべる存在。

 O5-5。黄色い毛並みのロングの髪。長い前髪に片側が隠れた蒼い瞳。そんな頭に生えた狐耳。ギザ歯。機動部隊の制服に類似した制服を着たヘイローを浮かべる大人びた印象の少女。この中ではリオと比べて遜色の無い大きさの胸。

 O5-6。いつもの事ながら姿を見せず、長方形のホログラフィックウィンドウのみを表示させ、水色のウィンドウ上には白色で "24" と書かれたのみの簡素なアバター。

 O5-7。ハロルド・ホルト。

 O5-8。カヤが財団に入る前から色んな意味で付き合いがあり、何の因果か財団に "雇用" され、今では完全に同じ職場の同じ階級の、スリーピーススーツを着たロボットの男。

 O5-9。白と黒の髪。紅いアイシャドウの入ったつり目。黒い瞳。ヘイローを浮かべる。カヤと同じ制服を着た大人びた印象の少女。

 O5-10。口元から首にかけて黒いガスマスクの様な物。黒い機械の様な見た目の手。黄色い目の中に黒い×形の瞳孔。白髪というよりも完全に色素の無い色をした髪に子供らしい短いツインテール。立ち上がれば見えるであろう機械の尻尾の様な物。全体的に白い印象で、SCP-████-JP-Aの様な見た目でありながら、ヘイローを持たない。容姿はこの中ではトップ3に入る幼い見た目なのに、よく見ると、とんでもない格好をしている少女。

 O5-11。耳に黒いヘッドセットの様な物を付け、片手には包帯を巻き、黄色い瞳に黒い×形の瞳孔を持つ、白髪というよりも完全に色素の無い色をした髪にショートヘア。全体的に白い印象。SCP-████-JP-Aの様な見た目でありながら、ヘイローを持たない。容姿は幼い見た目のトップ3の一角であるが、やはり、この少女も先ほどの少女と同じく、よく見ると、とんでもない格好をしている。

 O5-12。黒い目隠しを付け、白髪というよりも完全に色素の無い色をした髪の髪型は分け髪のロングヘア。全体的に白い印象。SCP-████-JP-Aの様な見た目でありながら、ヘイローを持たない。容姿は幼い見た目のトップ3の一角。しかし、他の2人とは違いその恰好はまだ常識の範囲内に収まっている少女。

 O5-13。"24" と同じく、姿を見せず、長方形のホログラフィックウィンドウのみを表示させ、ただ、こちらは、白いウィンドウ上に黒字でAICと書かれただけの、毎度の事ながら一体何のAICなのかも良く分からない謎のAIC。

 

 これら11名にO5-1であるカヤとO5-2であるリオが加わる計算になる。

 計13名。サイト-8192内で起こった事件を受けて臨時のO5評議会が開催された。




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バッドエンドルート/超人END

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