現チ神   作:Imymemy

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重いよ

「ま、マトンです! テンテン様の大ファンです! 毎日配信見返してます! 雑談に参加させていただきありがとうございます!」

 

 開口一番、暴発したマシンガンのように自己紹介を垂れ流し始めたのは、俺の配信の視聴者であり、今回の参加型雑談配信に応募してきた『まとん』ユーザーネームを持つ視聴者だった。

 

 ネジが外れた『まとん』の自己紹介を聞き、俺は反射的に『体感時間を引き延ばす魔法』を発動させた。

 会話と会話の合間に生じる一瞬の間、一秒にも満たない時間の感覚がぐにゃりと引き延ばされ、何十秒、何百秒にも及ぶ思考時間が与えられる。

 

 この『体感時間を引き延ばす魔法』は疑似的に走馬灯と言われるような状態を作り出すことができる魔法で、一秒にも満たない思考時間を何百、何千倍にも延長させることができる。

 そのため少しの時間で長時間熟考したい場合や、思考を纏めたいとき使える非常に便利な魔法だった。

 

 当たり前だが、強力な魔法ゆえに厳しいデメリットもある。魔法によって脳に強烈な負荷が掛かるので、本来であれば長時間使用することも出来ず、使用後は頭痛を伴う。魔法を長時間行使してしまうと症状は悪化して、嘔吐、耳鳴り、眩暈、出血、そして気絶にまで及ぶ

 

 とマイナス面ばかりだが、俺は回復魔法を頭に使うことでデメリットの一切を踏み倒すことができるので、特に関係ない話であった。

 

 

 思考をぐるぐると回転させる。

 

 自己紹介が始まったばかりで申し訳ないが、もういきなり人選ミスだったのではないかという考えに至る。

 

 もちろん、配信に慣れていない素人だから自己紹介が変でもしょうがない。それは妥協しよう。

 しかし普通、自分が視聴する配信者を様付けで呼ぶものなのか? 百歩譲って文章やチャット上での敬称なら分からなくもないが、リアルで様を付けるって……。

 

 ――とかなんとか考えてはみたが、別に敬称がどうのなんてどうでもよかった。まともに応対が出来て、なおかつ配信を面白くできる人材であれば文句は無い。

 

 ……よし。

 

 思考を落ち着けて、先ほど咄嗟に使用した『体感時間を引き延ばす魔法』を解除する。

 

 時間に干渉する魔法を使うとき、リアルでどれくらい時間が経っているか分からなくなることがある。

 そういった問題も、時間に影響を及ぼす魔法を特訓することで、ある程度はリアルの時間が経過しているか判断できるようになって解消されたが、こういった咄嗟の場面だと判断に困ってしまうことがあった。

 

 時間調整のため少しの間を置き、それから彼女の挨拶に反応を返す。

 

「……よろしくお願いします。マトンさん。……えっと、軽い自己紹介は終わったので、今度は簡単な雑談でもしましょうか……大丈夫ですか?」

「はい!! 大丈夫です!!」

「え、ちょ……ちょっと音量調整しますね」

 

 張り切っているのか、声量が想定の三倍ほど大きい。俺は自身の耳に防護魔法を掛け、慌てて配信管理のアプリを操作する。

 

“音量バグっててワロタ”

“まともな奴どこ?”

“この配信の視聴者層って結構やばいんじゃ?”

 

 コメントを見ると散々な言われようだった。なんだか思っていたのとちょっと違うと心中で半泣きしつつ、『まとん』側の音量を調整していく。

 

「これで大丈夫かな? マトンさん、ちょっと喋ってもらっていいですか?」

「はい! どうでしょうか!?」

「はい、ちょっと落ち着いてくださいね。……とりあえず音量は問題なさそうなので続けますか」

 

 音量を更に二段階ほど落として調整し、用意してあった雑談用のカンペを手に取る。

 

「じゃあまずは……マトンさん」

「は――! ……はい」

「はい。今回はこの雑談配信に参加してくれてありがとうございます。雑談ってことなんで、いくつか簡単な質問を交えつつ雑談を進めましょう。簡単な答えられないものは答えられないで大丈夫です。あと音量は控えめで」

 

 「はい……はい……」と、一気にトーンダウンをしつつも反応してくれる彼女にホッと胸を撫で下ろす。これでようやく配信を進められる。

 

「マトンさんは学生ですか?」

「……えっと、はい。大学生です。大学二年」

「おー、大学生」

 

“興味ないなら質問すんな”

“無駄な会話だよ”

 

「コメントうるさいぞ。……一応質問なのですが、男性――女性?」

「あっ……女です」

「あ、ですよね」

 

“普通に女の声だっただろ”

“耳付いてる?”

“自分の声を聞きすぎて他人の声で男女判断できてない説”

 

 コメントが若干厳しい気がしなくもない。が、普段からこんなもんだった気がしないでもない。……とにかく、まともに雑談を進めることが出来そうだと判明し、配信が失敗に倒れていないことにひとまず安堵する。

 

「……あのテンテン様」

「はい……様?」

「その、いつもの配信での口調で接してください。敬語なんて畏れ多くて困ります……!」

「えぇ……?」

 

“わかる”

“敬語使えるのにびっくりした”

“この人結構やばい人?”

 

「え、じゃあ……そうします?」

「……! 是非お願いします!」

 

 俺が配信用の口調に戻すという話をすると、『まとん』の声に張りが戻ってきたような感じがした。

 

 敬語で話をされることが畏れ多い? どういうこと?

 今まで関わったことのないタイプの人物だからか、どう対処していいか一切わからず、そのギャップに戸惑うことしかできない。

 

 とにかくどうにか軌道修正をして、順当に会話を進めていかないと。雑談参加者の自己紹介なんてものは雑談における不要な部分でしかない、もっとテンポよく消化する必要があるのにそれをさせてくれない。

 

「……マトンさんは今回の雑談に来てくれてますが、普段から配信を見たりとかします?」

「テンテン様の配信は必ず、いつどんなときでもリアタイ(リアルタイム)で見てます! 他の配信は昔見てましたがが、最近はまったく……」

「俺の配信は必ずリアタイをしてくれてる――と、ありがとうございます」

 

“コアなファンだなー”

“テンテンの配信は夜ばっかりだからリアタイはしやすいね”

“俺も最近は必ずリアタイで見るようにしてるよ”

 

 思っているよりリアルタイムで見ようとしてくれている視聴者が多いことに驚いた。コアなファンが毎回見に来ようとしてくれているのは純粋に嬉しい。……もしかして雑談ってすごく平和で快適なコンテンツなんじゃ?

 

 雑談というジャンルの良さに気づき始めた俺は、気を取り直して質問を続ける。

 

「俺の配信は普段SSFをやってることが殆どだけど、マトンさんもSSFをプレイしてますか?」

「わ――私はその、ちょっと遊んだんですけど全然だめで、それからは見る専です」

「見る専、なるほど」

 

“SSFは実力がハッキリ出ちゃうから初心者だとハマりづらいんだ”

“テンテンの配信を見て自分もやろうって気にはならないよ・・・”

“エイムだけの男に試合壊されて心折られて引退しました”

 

 彼女は見る専と言っているように、ゲームがやっていない層も一定数配信を見てくれているようだ。

 そういった層が俺の配信を見ているのは、おそらく声のお陰である可能性が高いだろう。

 

 別にそれが嫌だというわけではない。自分の声がチート由来による魅力のようなものを放っているとして、それを邪魔に思って疎んだり、否定する気は一切なく、むしろ喜んで活用する気ではある。

 しかし、自分の声を魅力的だとは特別感じていないので、他人の評価とのギャップに未だ慣れないものがあるのも事実だった。

 

 どちらかというと、声より人間性を評価してもらいたいのだが――。

 

「まぁ、なるほど。俺の配信を見るようになったのはどういう経緯で?」

「はい。テンテン様のことを知ったのはネット掲示板で、今は無名だけど、絶対人気が出るっていう書き込みを見て――ですね」

「……ほお! ほうほう! ……それで?」

 

“ちょっとテンション上がってる?w”

“普通に喜ぶなwww”

 

「配信を初めて見た時にすごい衝撃を受けて――」

「おぉ! ぐ、具体的にどんな感じの驚きが……!?」

「その……暴言を吐きながら台パンしてるのを見て、こんなおかしい人がいるんだ……って」

「え、え!?」

 

“首絞められたみたいな声出しててワロタwww”

“一度でいいから自分の配信を見直して、それからその反応をしてくれ”

“残念でも無いし当然”

 

「い、いや! 最初はそうだったんですが、それでも凄く配信が魅力的で……」

「……うん。うん。ありがとう」

 

 こめかみを押さえ、小さく息を吐き出す。視聴者が発する生の声は大事な情報だ。これはいわゆるアンチの声じゃない、ファンの声なのだから、これを上手いこと咀嚼して、視聴者増加――人気になるための糧にすればいいんだ。

 

「……で、では、普段からリアタイをしてくれている熱烈ファンのマトンさんですが、どういった理由から今回の企画に参加してくれたの?」

「実はtwister(ツイスター)のブリーズを見た時、特に参加したい理由は無くて、反射的に応募したんです。ただ、あえて言うのであれば――感謝です」

「……感謝?」

「はい」

 

 なんだかあまり良い方向に派生しなさそうな回答が返ってきたため、部屋の冷房が利いているにも関わらず、嫌な汗が背中を伝う。

 もしかして地雷だったのではないかという考えが頭をよぎるが、俺が何かを言うよりも早く、通話越しに『まとん』が口を開いた。

 

「実は私、もう何年も前から、日常生活や家族との付き合いが全然上手くいかなくって……なんだか全部、嫌になってきちゃって。それでどうしようかなって考えてるとき、テンテン様に出会ったんです」

「えっ……」

「当時は毎日が苦しくて仕方なかったんですけど、今はテンテン様の配信を見ているおかげで穏やかに過ごせていて……! だからその、感謝を言いたくて」

「な、なるほど……」

 

 お、重い。重いよ。

 回復魔法によって万全の状態であるはずの胃がキリキリと不可解な痛みを訴えてくる。

 

 なぜ……なぜ楽しくゲーム配信をして、楽して人気者になろうって魂胆で活動してる俺の配信にこんな暗い感情を持ったやつが来るんだ?

 

“かわいそう……”

“たしかに人生上手くいってなさそうな雰囲気はある”

“重すぎるだろ!”

“重いし暗いし辛い!”

 

 コメント欄の空気が一気に落ち込み、お通夜のような暗い雰囲気へと変わってしまった。視聴者数も心なしか減少している気がする。

 

 ……完全に人選間違えてんじゃん俺!

 この空気感。なんかもう、どうあがいても配信が上手くいく気がしないぞ?

 

「ご、ごめんなさい! なんだか暗い感じにしてしまいました!」

 

 どんよりとした空気を悟ったのか、『まとん』が慌てて修正しようとするが、先ほどまであった配信の空気感に戻すのは厳しいものがある。

 

 このままだと配信は徐々に失敗の方向に向かって行くのは想像に難くない。俺はそのことを察し、どうにかフォローしようと模索を始める。

 

「大丈夫……大丈夫。マトンさんは……複雑な環境で過ごされていたんですね」

「は、はい。テンテン様、その……すみません」

 

 謝るくらいならそんな話題を持ち出してくるな!

 喉元にまでせり上がってきたそんなセリフを必死に抑えこむ。

 

「き…気にしないで。……とはいっても今は前向きに生活が出来ているんだ?」

「はい! テンテン様のおかげで毎日幸せです! ありがとうございます!」

 

 そう話す『まとん』の声色からはそれが嘘とは思えなかったが、想像していたより暗い話を聞いてしまうと寝覚めが悪いなんてものじゃなかった。

 

「……こちらこそ、いつも配信を見てくれてありがとう。実は俺の方も、いつもマトンさんがコメントしてくれているのを知ってるよ」

「本当ですか!?」

「もちろん」

 

 そう言うと、『まとん』は嬉しそうな声で喜ぶが、俺の内心はそれとは真逆だ。彼女がコメントを打ってくれているのは知っているが、彼女が打つコメントの内容といえば、九割くらいは俺を褒めるポジティブな内容、残り一割は正論で俺を殴るコメントであることも知っているので、純粋に喜びづらい。

 

「テンテン様に認知してもらえるなんて……幸せです」

「……まぁいいか。それじゃあ……軽い雑談も終わったことだし、マトンさんの方から俺に対する質問や相談はある?」

「質問や相談」

「そう。なんでも……いや、なんでもは駄目だ。なんか明るめの内容でお願いします」

「明るめの……」

 

“もうなんか怖いよこの子”

“楽しい雑談配信だと思ってたのに・・・”

 

 俺の言葉を繰り返し、それから少し悩んだ様子を見せる彼女の回答を待つ間、雑談要員に準備しておいた残りの四名に向けてチャットを打つ。

 

『暗めの話題はやめてください』

 

 サムズアップのリアクションが五つ届く。それと同時に俺に質問する内容を考えていた彼女が「あ!」と声を上げた。

 

「テンテン様。お布施をしたいのですが、どこから出来ますか?」

 

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