【連載版】ただのTS一般人が、主人公相手に召喚されし戦う使い魔面してみた。 作:御花木 麗
「結局こうなるのかよぉぉぉぉ!!!!!!」
ご主人が大きな声で叫ぶ。
その間も走る足は止めない。
近所迷惑になりそうだが、近くには建物がないため騒音でとやかく言われる事はない。
走る僕らを追うのは、どんどん合流して数が増えていく天使達。
僕らを翼を使って飛び、追いかけてくる。
僕はせめてもの抵抗で天使達に氷柱を発射しているが、今の所全部いなされておしまい。
前に走りながら、後ろの標的に攻撃を当てようとするのは、照準が定まりづらく難しい。
結局あの後、割とすぐに天使達に見つかってしまった。
天使達に見つからずに行方をくらますのが最善だったけど、現実は上手くいかない。
僕らを見つけて、標的だと認識し、追いかけられるまであっという間だった。
ご主人のおばあちゃんの家からある程度離れた場所に、ご主人が担いでいる天使を置いていく作戦があったが、そんな暇すらなく実行できなかった。
なのでご主人は気を失っている天使を担いだまま今も走っている。
効果が低い強化ポーションとはいえ、ちゃんと原作ゲーム内で使えるアイテムなだけあって、ご主人は多少の疲れは見せているが、それだけで平均の人間、一人分くらいの重さを抱えた状態で走り続けれている。
実際は平均の体重の人間より翼がついているのでその分重いけど。
もう他の天使達に見つかっている訳だし、担いだ天使は置いていったほうがご主人も走りやすくなるのでは?という意見もあるだろうが、なにせ地面に置く動作すら、タイムロスになり捕まりかねない距離まで僕らに天使達は近づいていた。
あとこうなった以上僕らが担いでいる天使は人質としても機能しているしそっち方面で役に立ってもらう事にしたのだ。
「そこで止まるんだ!」
「悪いけど、その言葉を素直に聞けるほど僕たちは出来てないんだ」
本当は僕の家に戻って前に集めたアイテムの中の一つである、魔除けの札を持ってきてご主人のおばあちゃんの家に貼るくらい余裕があれば良かった。
だけど今から歩いて僕の家まで戻るには距離があり過ぎるし、バスにすがりたいけど、バスがここを通る本数が少なく最低でも2時間かかる事が分かってしまった。
ここら一帯があまり住宅がなく、山間部に位置している場所だったため、嫌な予感がしていたが的中してしまった。
だから僕らは、ただただ足を必死に動かして逃げる事しか出来ない。
「飛べる翼で追いかけるのは不平等じゃないかい?鬼ごっこはフェアじゃないと楽しくないと思うんだけど」
「黙れ悪魔!私の部下を解放し、ルシファー召喚の魔導書をよこすことだ!!
そこの人間は悪魔に唆された可哀想な人間なのだろう、止まれば命までは取らないと約束する」
「それで簡単にはいと頷けるかよ!!」
「それなら仕方ない……慈悲の炎!!」
そう先頭にいる天使が叫ぶと、僕らの向かっている前方に、僕が先ほど氷の壁を形成したのと対照的に、紫色の炎が僕らの身長を超えるほど高く立ち上がった。
炎はまるで生き物のようにうねり、僕らの進路を完全に塞いでしまう。
まずい。
「駄目だ、止まっちゃ駄目だ!!そのまま進んでいい!」
「え」
僕の言葉は、ご主人に聞こえていただろうが、人間が本能的に恐れる炎を目の当たりにして、その中に躊躇せず、突っ込っめるほうが無理な話。
ご主人は思わず立ち止まってしまう。
天使達は、その機会を逃すはずもなく、完全に追いつかれてしまった。
あの炎はザドキエルの持つ能力で、あの紫の炎に包まれる事で身体や心を癒すことの出来る治癒系能力。
今の炎を放った先頭にいる天使は、ザドキエルで間違いない。原作ゲームでのビジュアルとも完全一致だし。
そしてそんなザドキエルの能力で肝心なのはあの炎は一般的な炎の性質は持ち合わせていない事。
つまり、あれは僕らを足止めをする為のブラフで、あの炎で怪我をする事はなく、そのまま炎を無視して通り過ぎるのが最善の行動だと言えた。
だが、結果的に、ご主人はあの炎を本能的に怖がってしまい炎の中を突き進むのを躊躇った。
今からあの炎を通って逃げようとしても完全に、追いつかれてしまった為、翼で飛ばれて先回りされる可能性が高い。
追い詰められてしまった。
◇
「もう終わりだ。大人しく従うんだな」
前方には紫に燃え盛る炎。これを超えても先回りされるだけの距離。
左右には道がなく草木に囲まれていて、まとも進めそうにない。
後方には数十人という数の集まった敵対する天使達。
僕らは今、大ピンチという言葉が相応しい状況だった。
先頭にいたザドキエルが、一歩また一歩と僕らに近づいてくる。
「これ以上、近寄らないでくれるかい?僕らには人質がいる事忘れてるのかな」
そう言って僕はご主人が抱えている天使を見やる。
「貴様!正々堂々と戦うことが出来ないのか!」
「一切正義を感じない戦い方だ!!」
ザドキエルの後ろにいる天使からの罵声が僕に浴びせられる。
知ったもんか。
「悪魔にそんなの求めてどうすんのさ」
ブラフとはいえ、相手は僕を人間だと知らず、ツノを付けているため悪魔だと思い込んでいる。
悪魔と認識した上で、攻撃力のない回復効果のある炎を敵に使うなんて、完全に舐めている。
これで終わる訳にはいかない。
そしてこの魔導書を渡す訳にもいかない。
魔界の王であったルシファーは、そのカリスマ性と力、恐怖で荒くれ者達である悪魔達を上手く抑制しまとめ上げていた。
そのお陰で、天界、現世、魔界は、それぞれの均衡が絶妙なバランスで保たれていた。
しかし、ルシファーがベルゼブブに王の座を奪われた今、その均衡も崩れかけており、天使達にルシファーを消滅されでもしたら、ルシファーが原作ゲームのように王の座を取り戻す事も出来ず、完全にこの世界のバランスが崩れ、現世でも今以上に悪魔が好き勝手に暴れ出したり、またはそれ以上の地獄絵図になることが容易に想像できる。
それは避けたい。
こんな状況だからこそ、悪あがきをしようじゃないか。
まずそのためにも状況を軽く整理する必要がある。
まず天使ザドキエルの能力によって道が塞がれている。
この炎は通ってもリスクはないが、完全に追いつかれてしまった今の状況では、逃げようとしてもすぐに炎の裏に回られるのがオチ。
やはり足で移動する僕らとは違い、翼が使える天使達の方がそこら辺はいくらか有利だ。
それを天使も分かっているのだろう。だから、様子見の意を込めて既に先回りさせるような事はしない。
これも舐めてると言えるよね…本当に。
回った方が全方位確実に進路を塞げるんだ。
でも、僕らがほぼ詰んでいるのを見て、後は余裕だと思いそこまでは行動に移さない。
どうせすぐに進路を断てるし、相手が逃げ出そうとした時でいいやという考え。
まぁ、しょうがないよね。そんなに舐められるのも。
圧倒的な人数差もそうだけど、ルシファーみたいに元魔界の王だなんて大それた実績があるわけでもなく、人質にしている天使言わく、魔力も持っていない。まぁ、それらは、ただのモブ人間なんだから当たり前なんだけど。
人間だと分かってなくても、きっと天使達には魔力すら持たない無名の下級悪魔程度の認識なのだろう。
まぁ、間違いじゃないよね。
ーーでもね…、そんなモブな僕でも頑張らないといけない時があるかさ。
原作ゲームと照らし合わせると先頭にいるのは中級天使ザドキエル。その少し後ろに付き従うようにいるのが同じく中級天使、イリア。
イリアは原作ゲームで登場回数が少ない、割とマイナーなNPCキャラで、天界の兵器である神器を制作する開発技術者の1人だとか。
神器は、神から直接頂いた神聖な素材を使って作る事で初めて完成する希少なアイテムで、その希少性から一部の上級天使しか持ち合わせていない専用アイテムとなっている。
だけど中級天使でもイリアはそれを開発する側の天使。
あの手に持っているのは神器だろう。
豪華に金で装飾された杖のような形の先端には、吸い込まれそうなほど綺麗な水晶玉がはめてある。
原作ゲームの裏設定と一緒なら手に持ってる神器は、この段階では、まだ試作品らしいけど。
効果は周囲の魔力を吸収し、吸い込めば吸い込むほど強力な竜巻を杖の向けた方向に飛ばす力があるというもの。
ざっと中級天使は2人、それ以外は下級天使だと思われるこの軍団。
それでも数は多く、下級天使でも多少なりとも魔力は保有しているので、それらの魔力が合わされば、かなり強力な竜巻の威力になるはず。
だがそれは魔力を持っている者から、その分の魔力を吸収する訳だから、魔力保有者は一時的に弱体化する事だろう。
なのでそんな神器を使う場面はかなり限定的になってくるが、イリアは基本的に開発担当なので、こういった場に駆り出される事はあまりないため、戦闘経験が少なく、戦闘に関する判断力が乏しい。
ーーー僕が勝つにはそこをつくしかない。
僕しか持っていない、上級悪魔程度の能力が使えるぶっ壊れアイテムである腕輪に天使達に悟られないようにこっそり意識を集中させる。
「ご主人、もう少し待ってね」
「お、おい大丈夫かよ…」
「この魔導書及びこの天使に危害を加えて欲しくなければ、炎の裏に回って包囲するなんて事しないでね」
僕は口角を上にあげて天使達に笑って見せた。
◇
悪魔は笑う。
この不利的な状況で。何を思ってそんな表情をするに至ったのか。
頭でもおかしくなってしまったのだろうかと、私、ザドキエルは思ってしまう。
だがそれはそれとして、部下を先回りさせないよう要求をしてきた。
それはつまりこの場から逃げ出そうとする意思の表明だった。
私は部下の下級天使に「相手に何か行動があればすぐに先回りしてくれ」と目で知らせる。
それを理解したのか下級天使は僅かに頷いた。
この2人を今逃せば、また面倒になる。
かといってルシファー召喚の魔導書も囚われた同胞も捨てた訳ではない。
この悪魔の脅しには充分気をつけなければならないが、そうならないように立ち回りこの場で事態を終止させる。
今の私にはそれだけの事をやってのける自信があった。
私たちは数的にも有利であり、戦闘面で注意が必要な悪魔だが、ここにいる悪魔の魔力量は推定ゼロ。下級悪魔の中でも特に弱い部類に入ると思われる。
「悪あがきも、そこまでにして欲しいものだ」
ーーそしてその時が来る。
悪魔がくるっとまわり、逃げようとする姿勢に入ったのだ。
その時人間の方は状況がいまいち掴めておらず、一緒に逃げ出そうとする雰囲気ではなかった。
まさか、契約しているであろう人間を置いて自分だけ逃げようとしているのか。
あまりにも醜すぎる。
これだから悪魔は好きになれない。
このようなものであれば、私が手を下す必要もなく、部下だけで事足りそうだ。
そう思った刹那の出来事。
「ひっかかったね」
眼前に映ったのは、冷気を漂わせた氷の剣で降り掛かり、私に斬りかかろうとする、逃げ去ろうとしていたはずの悪魔の姿だった。
「僕がご主人を見捨てるわけないじゃないか」
◇
相手が僕らを嵌めてくるなら、僕が嵌めちゃいけない道理はない。
逃げようとしていると思わせておいて、襲いかかるという全く逆の行動を取る。
油断して臨戦態勢に入りきれていないザドキエルが、焦っているのが分かった。
僕の事を舐めてくれていないと、絶対成功しなかった事。
だけどこれも実はブラフ。
ザドキエルが狙いではなく、本当の狙いはーーーー。
ザドキエルの横に居たイリアが、慌ててザドキエルに対する僕の攻撃を止めようと神器を僕の方に向け、竜巻を起こそうとする。
これを待っていた。
こんなに僕と天使との人数差がある中、僕らが有利になる方法。
イリアはここに居る誰よりも、一番最初に反応して僕に攻撃を繰り出そうとした。
流石中級天使なだけある。
咄嗟だったため、下級天使は物事を理解しても行動に移せてはいないのだから。
だけど……
「こんな敵が間近に居るのにその行動は良いとは言えないよ」
神器の効果が発動する寸前に僕は、拳くらいの氷の塊を神器目掛けて発射する。
それと同時に氷の剣の攻撃はザドキエルが腰につけていた剣で弾かれ防がれてしまったが、それは良い。
狙いの方が成功したのだから。
見事に氷の塊がイリアの持つ神器に当たったのだ。
イリアは自分に攻撃が来ると思っていなかったのだろう。驚いて「ひぃっ」と小さな声を漏らす。
僕の氷が神器に当たった事で、その照準を天使達の方へと大きくずらした。刹那ゴーンという音が周り一体に響き渡った。それから水晶玉が光ったかと思うと、神器から巨大な竜巻が放たれる。
「し、しまった!?」
それは、本来の標的から外れ、天使達を次々と呑み込み巻き込んでいく。
「ぐわぁぁぁぁぁ!?」
「うぁぁぁぁぁ!?」
竜巻は天使達の隊列を乱し、上手く翼で飛ぶ事も叶わず、何人もの天使が吹き飛ばされ、空中で無力に回転しながら遠くへと投げ出されていた。
天使達は各々が声を荒げてすごく焦っているのが分かる。
自分がこのように導いたのにも拘らず、思わずこの有様に若干顔が引き攣ってしまう。
竜巻が放たれた瞬間、僕はすぐにその場を離れ、ご主人の手を引いて混乱に乗じて逃げ出した。その時天使の人質はもう意味をなさないと判断し、ご主人に指示して気絶した天使を地面に置いていった。
僕の計画通りに事が運んだため、天使よりも迅速に行動することができたのだ。
天使達は自分達の魔力を神器に吸われた挙句、その魔力で出来上がった竜巻に自ら苦しめられるという、なんとも滑稽な状況になってしまっている。
「なんか、うん、すごいな、あれ」
ご主人と逃げ出している途中、ご主人もあの光景を目の当たりにして、僕と同じように顔が引き攣っていた。
天使達に罪悪感が無いわけでも無いけど、僕らがあの状況で、ルシファー召喚の魔導書を保護しつつ逃げるにはこうするしか手がなかったのだ。
ごめん。
しばらく走って、天使達から遠くなった所で、ザドキエルの「撤退!撤退!」という声が後ろから僅かに聞こえてきた。
竜巻からどうにか逃れられたようだが、どうやら僕たちをまた追う余裕はないようだ。
上を見てみると空を目指して飛んでいき、徐々に点のように小さくなっていく天使達の姿があった。
「終わった…のか」
ご主人はそれを見て今まで張り詰めていた物が途切れたのだろう。
ご主人は、ほぼ訳が分かってないまま、ここまでよく僕に付いてきてくれた。身体面でも精神面でも疲れたに違いない。
ご主人は、地面にバッと座り込んだ。でも…
「こんなとこで、座り込んだら危ないよ?せめて車の邪魔にならないように端によらないと」
「……そうしたいけど無理。一度座ったら、気づかなかった疲れが押し寄せてきて、動けそうにない。まぁ、ここは街外れの田舎だ。車もそう来ないさ」
確かに行きにご主人のおばあちゃんの家に着くまでに何台か見たぐらいで、それ以降車を見てないかも。
「なぁ、これで面倒事は終わったって事でいいんだよな?撤退していったっぽいし」
「ひとまずね…」
ご主人は、僕が説明を後回しにしたせいで、ほとんど状況が分からなかったのにも拘らず僕に従ってくれた。本当にありがたかった。
僕もひとまず一難が去った事により、肩の力を抜く。
そうすると感じる暇もなかった疲れが一気に押し寄せてきた。
「ご主人さ、ルシファー召喚の魔導書預かっててくれてありがとう。天使達も撤退した事だし僕が持っとくよ」
「あ?あぁ、分かった」
ご主人は魔導書を渡そうと手を伸ばしたが、手元に何もないことに気づいた。
「え」
ご主人は焦り始め、パーカーのポケットを探り始めた。しかし、どこにも魔導書は見当たらない。
「ない…!」
ご主人の顔が青ざめていくのが分かる。
僕も表情は取り繕っているが、内心は同じような心境だった。
「さっきまで確かに手元にあったのに…!」
ご主人はさらにパーカーの中を探し回るが、やはり見つからない。
「落ち着いてご主人。そう慌てないで」
おまいう状態だったが、慌てるだけでは何も始まらないのは確か。
とりあえず整理する事から始めよう。
そう考えた時だった。
「その探しモンってこれのことかぁー?」
先程まで気配すらなかった後ろから声がかかった。
ここら周辺には天使が撤退した今、僕ら2人しかいなかったはず、そう思いながら恐る恐る後ろを振り向く。
そこに居たのはニヤついた笑みを貼り付けた悪魔、ヴァレフォルとその契約者、丈翔だった。
丈翔もヴァレフォルとはまた違う性質の胡散臭い笑みを貼り付けている。
このコンビは原作ゲームで敵対していた組織バビロンに所属していた。
そんなヴァレフォルの手にはご主人が持っていたはずの、ルシファー召喚の魔導書がある。
一難さってまた一難。
嫌いな言葉になりそうだ。