【連載版】ただのTS一般人が、主人公相手に召喚されし戦う使い魔面してみた。 作:御花木 麗
月明かりの下、しばらく歩いていると、目の前にドシリと佇む一棟の大きな建物が見えてきた。
「ここがバビロンのこの地域の支部施設……。ついにこの時が来たようだね……」
「そうね。なんだか私、緊張してきたわ……」
目の前に立ちはだかる建物を見る。建物の端々には赤く光る回転灯が設置され、それが施設全体の輪郭を際立たせている。
施設の下部には、工場の搬入口を思わせるような頑丈そうなシャッターが取り付けられており、そのシャッターの前には警備員らしき人が立っていた。
僕らはその様子を物陰から身を隠しながら伺う。
あそこが本来の入り口らしい。
シャッターをぶち壊して正面突破するのも一つの手だけど、気づかれずに中に入れるならそれに越したことはない。
わざわざ自分から修羅の道を歩みたいと思うほど、僕は戦闘狂じゃない。
こんな状況がそもそも修羅の道なんだからこれ以上は体が受け付けない。
バティンは作戦会議の時に「正面突破でもいい」と言い出した時は宥めるのに苦労したっけな。
今夜、僕達はそれぞれの目的を達成するためにここまで来た。
僕にはルシファーの魔導書を取り返すという義務がある。だから、不安定な修羅の道を無理に行くより、確実性の高い道を選びたいと思ったのだ。
僕らは、星里さんの持っていた情報を元に、侵入する場所をいくつか絞っていた。そこへ向かうべく、きびすを返して、物陰から身を離す。
この施設は中を見られたくないのか、それとも別の理由があるのかは分からないけど、やたらと窓が少ない。でも、存在しないわけではない。建物の構造上の理由や換気などの理由で必要だったのか、数少ない窓が高い位置にいくつか散在していた。
そこが僕らの侵入口となる。
今回、窓を侵入口に決めていたのだが、現場の具合で変更する可能性もあった。僕らは侵入できそうな窓を探し始める。
ほとんどの窓はブラインドカーテンで施設の中が見えないように遮られていたが、唯一ブラインドカーテンが完全に下まで下ろされておらず、施設の中が見える窓があった。その場所は入り口とは真反対の施設の裏側で、警備も一人もいない場所であり、とても都合がいい。
「ねぇ、バティン。あそこ、いけそう?」
星里さんが窓を指さして尋ねる。
バティンは目を細めながら答えた。
「あぁ……ギリ施設の中は見えるな。俺の能力の行使可能範囲だ」
「良かった」
僕はホッとする。
「じゃあ、プランAのまま進められるね」
バティンは移動先が見えていないと瞬間移動できない。だから施設の中が、覗ける場所があって良かった。
もし窓が全部完全に遮られていたら、別のプランに切り替える必要があったし。
「ただ、灯りがついているわね。人がいる可能性は高そう」
「まぁ、正面突破するよりかは、マシだと思う。人がいたとしてもね……」
「……そうよね」
「じゃあ行くぞ?」
バティンが確認する。
僕と星里さんは静かに頷き、バティンに触れる。次の瞬間、空気が揺らぎ、視界が歪む。そして目を開けると、3人は施設内に足を踏み入れていた。
◇
瞬間移動先は、小さな個室だった。いくつもの棚が並び、本や資料がびっしりと敷き詰められている。部屋全体に漂う静けさが、かえって緊張感を高めていた。
また吐き気と気持ち悪さが僕を襲う。さっきの瞬間移動の酔いもまだ治っていないのに、二度目ともなると僕の吐き気具合は倍増だ。
「バティンくん、瞬間移動するの下手って言われない?瞬間移動酔いがすごいんだけど。もう少し慎重に出来ないのかい?」
「アホか。俺はタクシー運転手じゃねぇんだ。そんな細やかなサービス求めてどうすんだっ」
「ちょっと、2人ともそんな話をしてる場合じゃないはずよ……。周りを警戒しないと」
星里さんがそう言葉を挟む。
彼女の視線はすでに部屋を見回しており、機敏な動きで周囲をチェックしていた。
そう言われ、僕も意識を切り替えて部屋を見渡した。その時だった。棚の前で立ち尽くす白衣姿の男と目が合う。男は一瞬キョトンとした後、顔を強張らせた。
「うわっぇっ――」
「2人ともお願い!」
「うん!」
「あぁ!」
僕らはそう小さい声で返事する。
男が大声で叫びそうになるのを見計らって、僕は咄嗟に手を男の方に向け腕輪に念じる。そうする事で、氷でその口を塞いだ。同時にバティンが目の前に瞬間移動し、男を強引に地面に押し倒す。彼のバティンの動きには迷いが一切ない。
「騒がれると面倒だから、大人しくしてもらうぜ」
そう低く告げると、バティンは男の手足を押さえつけて動けなくする。
「ごめんね。少しの間だけ我慢してもらうよ」
それに続いて僕は氷を生成して、男の手足を氷で完全に固める。男はもがきながら何か言いたげだったが、口も塞がれているため声は漏れない。
ひと段落がつき、僕たちは改めて部屋を見渡した。監視カメラの類は見当たらないようだったが、油断は禁物だ。
「侵入自体は成功したみたいだね」
僕は軽く息を吐く。
「そうね。でもこれからが本番よ」
星里さんは緊張した面持ちでそう言った。
侵入成功は始まりに過ぎない。僕らの目的は、この先にある。事前に話し合った計画通り、進めることになっており、まずは僕の目的であるルシファーの魔導書を探すことから始める。
「じゃあ最初に私達が行ってくるわ」
「あ、待って」
準備を整えて、星里さんがドアに向かおうとしたのを僕が呼び止めた。
「ん、どうかした?」
「すぐ終わるから、最後に計画を確認させてほしい」
バティンが振り返り、不満げな顔をする。
「何を今さら確認するんだよ。もう準備はできてるんだぞ?」
「いや、一応ね。計画に対する認識の齟齬がないか確かめておきたいんだ。失敗したら終わりなんだから、念のためってことでね。するに越したことはないでしょ?」
星里さんは少し考え込んだ後、頷いてくれた。
「本橋さんの言うことも一理あるわね。確かに再確認は大事だと思うわ。自分の立ち位置を改めて確認することで、冷静に行動できるようになると思うし。そういうことだからバティン、ちょっとだけ確認し合いましょ」
「……お嬢が言うなら仕方ねぇなぁ」
バティンがため息交じりに了承する。
「ありがとう。じゃあ早速確認だけど、ここからは僕と星里さんたちで別々に動くって事でOKだよね?」
「そうね」
今から僕がルシファーの魔導書を探してそれを、別の形で星里さんとバティンがサポートするという形をとる事になる。
「了解、それじゃあ、おさらいの続きだけど、まずは、能力で有利に移動できるバティンとその契約者の星里さんが動いて管理室を制圧しに行く」
「そう、管理室は監視カメラを通して、施設全体を見渡す「目」の役割を果たしている重要な場所となっているわ。
ここの制圧が成功すれば、私たちが侵入したことを施設内の人達に知られるまでの時間を稼げるはずだし、邪魔になる監視カメラを事実上、無力化出来る。本橋さんがルシファーの魔導書の在処を探す際に、行動しやすくなるの……それに」
「管理室は施設全体の情報をリアルタイムで集めているから、制圧に成功したら魔導書を探す僕に施設の状況とかを伝えてくれるんだよね?星里さん達が」
僕が星里さんの言葉を繋いでそう言う。
「その通りよ。あーあと、管理室を制圧できたら、私たちがメッセージアプリで合図を送るから、それを確認した後に本橋さんはルシファーの魔導書を探しに行ってね?それまで安全そうな所……つまり……そうね、ここで待機してもらうわ。それも忘れないで」
「承知だよ。今から実行する計画内容を再確認出来て良かった、ありがとう」
「……じゃあ、改めて先に行ってくるわね……本橋さん無事で居てね」
不安気に言う星里さんに、心配性だなぁと思いつつも、そういった小さな心配りが嬉しい。
「僕を誰だと思ってるのかい?上級悪魔さ。任せてくれたまえ。それより君たちこそ気をつけて行ってきてね」
僕は軽く笑みを浮かべて答えてみせた。
そして、星里さんとバティンが部屋を出て行くのを見送り、静かな部屋に一人残される。いや、違うか。正確には白衣の男が拘束されて転がっているからここに居るのは僕含めて2人か。
僕はシーンと静まり返った部屋でしばらく待機する事になった。
◇
しばらく僕は棚に背を預けて座っていた。
星里さん達は無事にやれているだろうかと思案する。
この静かな部屋で、待機するとなると何か考えとかないと落ち着かない。しばらく待ってもう10分は経っただろうとスマホを見るが3分ほどしか経っていない。
え、まじ?
それを知って僕もこんな状況で平常心では要られてないんだなと思う。
……ご主人、今頃何してるかな。
ここまで一緒にやってきて仲間外れにされたと知ったら、ご主人は怒るだろうか。
そしてそれをした僕は嫌われるかもしれない。
それは嫌だ。とっても嫌。
だけど正規ルートに戻る前にご主人が死んでしまったら、確実に修正が効かなくなるから、この判断は仕方ないと思ってやった事だし、それに僕がご主人を守りたいと思ってやった事でもある。
その結果嫌われるならまぁ……それはちゃんと受け止めるしかないかな。
そんな事を考えていると、拘束された男が僕に何か言いたげに視線を向けているのが分かった。
僕はその視線に気づき、困ったように呟いた。
「ごめんね、いきなり拘束した事もそうだけど、君が首にかけていたキーカードを借りてしまったことは申し訳ないとは思ってる。でも僕の仲間が管理室を開けて中に入るにはそれが必要だからさ。許せとは言わない。流石にそれは傲慢がすぎるし、恨んでもらっても構わない。僕らもそれなりの覚悟でここに来ているから」
男は口が氷で塞がれているせいで声は出せない。
それを承知で僕は、彼に向かって静かにそう語りかける。
なんだか、返事がないと独り言を言ってるみたいな感覚になるな。
◇
管理室にはモニターが並び、施設の各所が映し出されている。その単調な画面を見ながら、一人の職員が椅子に深く腰掛けたまま欠伸を漏らした。
「異常なし。……ほんと退屈だよな、毎日こんな感じでさ」
隣で作業しているもう一人の職員はログを確認しつつ、眉間にしわを寄せながら返答する。
「おい油断するなよ。この施設に居る契約者が悪魔と不自然な契約の切れ方したらしいじゃないか」
「分かってるさ。でも、こんな退屈な時間ばっかりじゃ気が抜けるのも仕方ないだろ」
職員は肩をすくめ、再びモニターに目を戻した。
その時だった。管理室のドアが開く。
視線を向けると、そこには高校生くらいの少女と赤毛の男が立っていた。男の肩には巨大な鎌が無造作に担がれている。
この施設で、見たことのない2人だった。
一応、この施設の社員証も兼ねたカードキーを女の子の方が付けてはいるが、そのカードに載っている顔写真は男で顔どころか性別や年齢も一致しない。
「なんだお前ら――」
モニターを見ていた方の職員がぽつりと呟き、目をパチクリとさせる。その瞬きと同時に事が起こった。先ほどまでドア付近に居た赤毛の男の姿が椅子に座る職員の眼前にあったのだ。この瞬きをする一瞬の間に間合いを詰めたとでもいうのだろうか。でも実際そうなっている。
赤毛の男は巨大な鎌の柄を押し込むように座っている椅子ごと職員を床に倒した。そして無駄のない動きで紐を取り出し、職員を拘束し始める。
もう1人の職員は状況が飲み込めておらず、一時、固まっていたが、段々状況が理解できてきたのか血相を変えて鋭い目つきで動き出す。
赤毛の男――バティンが職員を紐で縛り上げている最中、その背後でもう1人の方の職員がポケットから対魔銃を取り出し、バティンに向けて構えようとしたのだ。それに気づいた少女――星里が言う。
「バティン、後ろ!」
その言葉を受け、目の前の男は足が椅子ごと縛られて動くことが出来ないのを確認すると、バティンは即座に動いた。「ああ!」と短く応じるや否や、振り返り瞬間移動で一気に職員の背後に立つとそのまま銃を奪い取り、床に叩きつける。加えて力強く踏みつけて破壊した。
自分の武器が破壊され、圧倒的力の差に絶望したのか、真っ青な顔でその職員は力無く地面にへたり込んだ。
「ごめんなさいね。じゃあ失礼するわ」
星里は戦意を失ったのをその職員から感じ取ると、星里も用意した紐を使って縛り始める。
口封じのためのガムテープも忘れない。
「制圧完了だな。お嬢怪我はねぇか?」
「心配性ね。私が怪我するような場面なかったと思うけど」
「まぁな。でも念の為確認するに越したことはないだろ?人間は悪魔より脆いんだから」
「そういうものかしら」
「あぁ、そういうものだぜ」
「……分かった。私は怪我一つないわ、安心して」
星里がそう微笑むと、バティンは満足そうに頷く。
「おうよ。お嬢に怪我なくて一安心だぜ」
「それじゃあ本橋さんに合図送るわね」
星里はスマホのチャットアプリで管理室制圧完了の旨を伝えるためスマホをポケットから取り出す。
――2人は順調に物事を進める事が出来て、不安や緊張が少し和らぎ、油断していたのだろう。
管理室の端に設置されているロッカーの影がモゾリと蠢いたのに誰も気づかなかった。