【連載版】ただのTS一般人が、主人公相手に召喚されし戦う使い魔面してみた。 作:御花木 麗
「ん、来たかな?」
僕は、侵入した部屋で星里さんとバティンが出ていったあと、しばらく待機してると、スマホが振動したのをポケット越しに感じた。
ポケットからスマホを取り出し、星里さんからのメッセージを確認する。
「監視室制圧完了したわ。これで監視カメラは無効化出来たから動きやすくなると思う。だからもう行動していいわよ」
そのメッセージと共に、リボンをつけたミジンコのキャラクターが○のジェスチャーをするスタンプが添えられていた。
緊張感を削がれる内容だが、緊張しすぎていた身としてはむしろありがたい。ともかく、行動を開始してよいという合図が来たのだ。
深く息を吸い込み、吐き出す。
そして認識阻害ローブを羽織った。
今から1人で動く。
ソロなら、認識阻害ローブはあった方がいい。
バビロンが開発している物で、それに対抗するものがあったりするから、あまりこのアイテムの恩恵を受けれないかもしれない。
それでも気休め程度でもないよりかは、あったほうがいいとそう思った。
僕はこの部屋から出て、ルシファーの魔導書の捜索を始めた。
監視カメラは今無効化されているとはいえ、僕は油断せず慎重に歩みを進める。
バビロンの職員達が各々で忙しそうに動いていた。
夜なのによくやるよと思いながら――そこを音を立てないように意識して進む。
意外なことに、認識阻害解除ゴーグルを着用している職員はまだ見かけていない。
よくよく考えてみれば、あのアイテムは認識阻害ローブを装着している相手に対して有効ではあるが、そのためだけに日常的に装着するような職員はまずいないだろう。
頻繁に認識阻害ローブを付けた対象と対峙する必要がある場合ならまだしも、そこまでポピュラーなアイテムでもない。
いつ遭遇するかも分からない相手のために、常に対策としてゴーグルを装着し続けるのは、効率的とは言えないからね。
僕は廊下の角を曲がり、次々と部屋をのぞいては気付かれないように一部屋、一部屋、確認する。ほとんどの部屋は書類が散乱した研究室のような所か作業スペースばかりで目的の魔導書がある気配はない。
職員の隙をついて机の中や棚の上など探せる場所は探してはいるけど……それでも見つからない。
どこにあるのさ、本当に。
ルシファーの魔導書が施設内にある事は掴んでいたけど、詳細な情報までは掴めていなかった。
なかなか見つからない事に焦りを覚えつつ、施設内を動き回る。
そんなこんなで何室か回った後、最上階の広々とした空間に辿り着いた。このエリアは、今まで見てきたどのエリアよりも広く、多くの職員たちが忙しなく作業している様子が目に入る。
僕は息を整え、棚の陰に身を隠した。認識阻害ローブを着ているとはいえ、堂々と敵の巣を歩けるほど大胆ではない。奥の方を見ると、二人の男が話をしているのが見えた。
人が多いこの部屋の中でも、真っ先にその二人に目が行った。どちらも見覚えのある人物だったからだ。一人は原作ゲームで見たことのある人物、ここの支部長シゲル。
ここの支部長をお目にかかるには、原作ゲームではもう少し先だったよなとふと思う。
もう一人はつい最近会った人物。
ルシファーの魔導書を盗った契約者、丈翔だ。
そして――
「あ」
思わず小さい声が漏れた。
――シゲルの手にはルシファーの魔導書が握られていたからだ。
幸い誰にも聞かれていない。
情報として把握してはいたものの、実物を確認できた事で、もしかしたらこの施設にはないかもしれないという不安が完全に払拭された。
僕はこの二人が何を話しているのかと耳を傾ける。
「シゲルさん、今この施設で最も重要なものが何かわかっているでしょう?」
丈翔は若干呆れを含む声で、胡散臭い笑顔はそのままに、そう言った。その視線はシゲルの手に握られている魔導書に固定されている。
「わかっている、十分承知だとも。この本は最も神に近しい存在だと言われているルシファーと契約できる可能性がある本だ。だが、まだ約束の期限は過ぎていないはずだ。私が召喚を試す時間はまだ残されている」
「ええ、ですから、一時的に私が預かるだけだと言っているのです。この施設の職員の悪魔が不自然な消え方をしてしまった以上、どんな理由であれイレギュラーな事態には変わりません。ですので念のため、最重要保護対象であるこの本を一時的に私が預かる。それだけのことです。この施設内で、私が一番実力的にもこの本を守れると言えるでしょうし」
「……それでもだ!少しの間でもその本は渡せん、渡せんのだ!そんな事を言いながら、まだ結果を出していない私を見くびって取り上げる気だろう。それだけはやめてくれ!これは私の希望なんだ……」
シゲルは声を張り上げたが、その裏には不安が潜んでいるようだった。
「あのですねぇ、あなた。確かに3週間が経っても召喚の目処すら立てられていないようですが、私だって、約束の期限くらいは守りますよ。しつこいようですが、イレギュラーのために少しの間だけ預かるってだけです」
「ならん!」
「頑固すぎて呆れを通り越しそうなんですが……。こうなったら、あまり同じ職場の人間には使いたくなかったのですが、ヴァレフォルの能力で取り上げるまでです」
「そんな事をしても、私のこの本に対する執着は本物だ。あの小悪魔なんぞには略奪の力でも奪えんよ」
「でしょうね。……ってか、それ自分で言いますか」
◇
「ひとまず私達がこなすべき、タスクの一つは終わったわね。次のタスクに取り掛かりましょ」
「そうだな」
制圧が完了して、ヒョウに動いていいとメッセージを送った二人は、監視カメラを通じて支部施設の人間の動向を逐一確認する作業に入ろうとした。
――だが、その作業に入る事は出来なかった。
監視室の薄明かりの中、ロッカーの影が先程よりも激しく揺らいだ。流石にその揺らぎには二人も気づいた。
次の瞬間、その地面の影から小柄な老人の姿をした人物が飛び出してきた。その見た目とは反して影を蹴って、驚異的な跳躍力を見せながら星里に向かって襲いかかる。
その手にはその老人の背丈より一回り大きな鎌が握られており、鋭い刃が星里に振り下ろされようとしていた。
星里は、突如として自分に迫ってくる鎌に、対応しようとするが間に合わない。その渾身の力を込めた一撃を振り下ろそうとしたその瞬間、ガキーーンッという鋭い音が監視室内に響き渡る。
「お嬢、危ない!」
バティンの声とともに、彼の鎌が老人の攻撃を弾き返した。
瞬間移動で瞬時に間に入ったのだ。
鋭い衝撃音が響き、鎌同士がぶつかり合う。フルカスの攻撃は完全に受け止められ、弾かれた鎌は大きく跳ね返された。
「ほぉ、なかなかやるでのぉ」
老人は軽く後ろへ跳びながら、そのしわがれた声と余裕のある表情で長く伸びた無精髭を撫でなながらそう言い放つ。
バティンは星里を背にやったまま、再びその老人に向かって鎌を構える。
老人のデコにはこぶ程度の小さなツノが生えている。
悪魔に違いなかった。
「施設内を影に潜って散歩してたら、大きなネズミがいたんじゃけど」
「フルカス……」
星里がぽつりと呟く。
「お、ワシの名前知ってるんじゃね。ここ数百年は大人しくしとったと思うんだが、ワシって有名人じゃったかのぉ。」
「それくらいは私達も情報を掴んでるわよ。この支部施設にいるって事も含めて。今みたいに、影に潜って影の中を自由に行き来できる能力の事も。まぁ、能力の事は本橋さん、……いやヒョウちゃんに聞いたけど、濃ゆい影にしか潜れないとか制限もあるみたいだし」
フルカスと言われた老人はカッカッと笑う。
「ワシのそんな細かいところまで知っとるとか、怖っ。そんな者がいるとは驚きだわい。ヒョウと言ったか、知らないのぉ。長生しずきると物忘れが酷くてな。知っとたかもしれんのに」
「それより不意打ちでお嬢狙うとか卑怯な真似してんじゃねぇぞ。じぃさんよ!」
「よく言うぞ、小僧。瞬間移動で不意を狙って攻撃するお前さんが言える事じゃないわい。そう言う事を今時『ブーメラン』と言うらしいぞ」
星里とバティンはフルカスと対峙する。
そんな場にドアがガタッと音を立てる。
ドアがゆっくりと開いたのだ。
緊張感が漂うこの場に、誰が来たのだろうと星里の目線はそちらに向く。
肩をだらりと落とし、ポケットに手を突っ込んだ男が緊張感などまるでないように入ってきた。
「よぉ、フルカス施設の見回り、ご苦労さん」
気の抜けた声が部屋中に響く。
「おぉ、あるじも来たのかい」
「あなたがフルカスと契約している契約者ね」
その男は入ってすぐ、チラッと縛られた2人の職員に目をやるとすぐ視線をバティンと星里に戻す。
「いやぁ、ごめんね。俺さ、こういう面倒な状況に突っ込むのって超がつくほど嫌なんだけど……後輩くんに言われて思ったんだよ。こんな時くらい働かねぇとなって」
そう言い終えると、彼は一呼吸ついた。スーッと深く息を吸い込み、吐き出す。彼の目が鋭く光る。
「……んじゃ、いくかフルカス」
声の調子が変わる。先ほどまでの気だるさはなりを潜め、その声には代わりに冷静で鋭い意志が宿っていた。
――その言葉と同時に影を渡る悪魔、フルカスが動き出す。
◇
僕はこっそり身を潜め、あの二人の問答を覗きながら、どうにかしてシゲルの持っている魔導書を奪い取れないかとその算段を考えていた。
なかなか手からお目当てのあの本を放してくれないなぁ。
だからといって、こんなに大勢の人が居る所でシゲルから無理矢理奪い取るのも難しそうだ。僕がこんなに沢山の人を相手できる自信がない。
どうしようかと悩む。
シゲルがあの本を放すまで、待つしかないのだろうか。
僕にはそんな悠長に待っている時間はないというのに。
手が汗で湿ってきた。
焦りだけが先行して考えがまとまらない。
どうしよう……。
「おい!」
そんな時、不意に僕の背後から声がした。
僕の肩がびくつく。
一瞬僕の事かと焦燥感に駆られそうになるが、そうではないとすぐ思い直す。
認識阻害ローブをしているのだから、人には認識はされていても、道端に転がっている石ころ程度の気にならない存在としてしか認知されない。
僕はそんな状態なのだから、石ころ程度の存在に話しかける者なんていないだろう。
「おい、お前だよ、お前!無視すんなよな」
僕がそう思っていても、背後からする声はなりやまない。
この声に対して返答するものがいないからだ。
早く水を向けられた相手、後ろの人に応対してくれないかな……。
それどころじゃないのに、背後の声で気が散ってしまう。
僕はじっとそのままの姿勢でシゲルと丈翔の様子を伺う。すると――
「……お前だっつぅの!聞こえてねぇのか?これが邪魔してるんだな」
「あへ?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
その声は想定外の事が起こったことに対しての疑問と驚きから溢れた声だった。
――認識阻害ローブが、僕の身体から剥がされたのだ。
◇
僕は自分から血の気が引いていくのを感じながら、恐る恐る後ろを振り返る。
そこにいたのは、堂々とした立ち姿に、鋭い目つき。そして、野生的な笑みを浮かべる女――ヴァレフォルだった。
額に生えたツノが、彼女の悪魔としての存在を明確に示している。
悪魔……。
そうだ。悪魔だ。
悪魔や天使に対しては、認識阻害のローブで完全に使用者を見えなくすることはできない。あくまで「見えづらい」だけであり、存在を認知することはできるのだ。
施設内には悪魔が少なくとも数体いることは把握していた。だが、この部屋に入った時、周囲をちゃんと確認していなかったことが仇になった。油断していた……というよりはシゲルと丈翔に意識が持っていかれて、そこまで、頭が回っていなかったんだと思う。
ヴァレフォルは丈翔と契約した悪魔。
彼女の力は、相手の所有物を自分の手元へと手繰り寄せる能力――まさしく盗賊に関連深い悪魔に相応しい能力と言えるだろう。
ただし、この能力には欠点がある。
所有者がその物に対して強い執着を持っているほど、ヴァレフォルが奪うのは難しくなる。所有欲が高ければ高いほど、略奪の力が効きづらくなるという性質があるのだ。
しかし、それは単純に『盗む』ことを目的とする場合の話。妨害においては、むしろこの能力が非常に厄介なものへと変わる。
ヴァレフォルは、どんなに奪いづらい物でも、能力を使う過程で、一瞬だけは必ずヴァレフォルの手元へと引き寄せることができる。
能力の略奪が成功すれば、そのまま彼女の所有物となり、能力の略奪が失敗すれば、物は元の所有者へと戻っていく。
――だが、どちらに転んでも、一瞬だけはヴァレフォルの手元に渡る。
その瞬間こそが、彼女の能力の厄介さが際立つところ。
僕の認識阻害ローブは、今まさにヴァレフォルの手元に渡った。
それだけならまだいい。
僕はこのローブに対して強い所有欲を持っている。今まで大切に使ってきたし、この支部施設に侵入している今においてはなおさらだ。僕の生命線のひとつと言っても過言ではない。
だから、いずれ僕の元に戻るだろう。
しかし、それだけでは終わらなかった。
ヴァレフォルは、略奪の力を行使した直後、ローブを掴むなり、ビリッ!ビリッ!という繊維の悲鳴を響かせた。
彼女は力任せに、ローブを破り捨てたのだ。
「ちょっ……!?」
目の前で見るも無惨な姿になっていくローブを、僕はただ眺めるしかなかった。
――そう、ヴァレフォルの略奪の力は、盗んだ物を「自分の財産」として確保しない選択をするのであれば、ヴァレフォルの手元にある内はヴァレフォルが自由にその物を破壊するなりなんなり出来てしまう。
目的は奪うことではなく、ただ『妨害する』ことにある場合、この能力は圧倒的に強力な武器へと化ける。
これがバビロンの最前線で活躍する契約者の悪魔の力……。
呆然と布切れになって僕の元に戻ってきた、認識阻害ローブを見つめる。
ローブが僕から剥がされ破かれた事で、このローブの恩恵を受ける事も出来ず、部屋にいた大勢の人間に僕の存在に気付かれた。
その視線が、一斉に僕へと注がれる。
――盛大にバレた。
僕の心境は置いてけぼりにして、そんな状況を楽しんでいるかのように、ヴァレフォルはお構いなしに話を続けた。
「お前さ、その布剥いで分かったけど、こないだアタシがルシファー召喚の魔導書を盗った、契約者の所の悪魔じゃんかよ」
僕は奥歯を噛み締め、ヴァレフォルを睨みつける。
そんな僕の様子を面白がるように、ヴァレフォルは唇の端を吊り上げた。
獲物を逃さぬ捕食者のような、悪魔特有の本能的な楽しさに喜ぶ、笑みだった。
同じような顔をさっきバティンもしていたな。
本当に、バティンといい、ヴァレフォルといい、悪魔という生き物はどうしてこうも戦闘狂なんだろうか。
だから――。
「そうだね、この前ぶりだね。できるなら会いたくなかったけど、こっちから会いに来たよ」
原作に介入する前の悪魔に会いたいと呑気に思っていた頃の自分なら、到底口にしなかった台詞が自分からでる。
笑える状況ではない。
それでも、僕はヴァレフォルに合わせるように、無理やり口角を吊り上げた。
――完璧な悪魔を演じてみせるために。
「君は中級悪魔だろう?上級悪魔の僕が相手をしてあげようじゃないか」
◇
俺、宝生 稔は自宅で机に向かい、中間テストも近いため、こないだ買った数学の参考書を元に問題を解いていた。
ゲームはとりあえずお預けだなぁ。今日こそは勉強に集中しないとだ。
そう決意したはずだった。しかし、問題を解き進めるうちに、少しずつ頭の中に別の思考が入り込んでくる。
でも……ちょっとくらいならいいんじゃないか?休憩がてら、軽く一試合だけなら…。
ゲームへの甘い誘惑だ。
ぐぬ……負けんな俺っ!
軽く一試合、という言葉ほど危険なものはない。
一試合で終わったことが果たして何回あったか――思い出せない。
MOBA系のジャンルに問わずどんなゲームでも、最初は少しだけと思っていても気づいたらズルズルと何時間もやってしまうのがオチだ。
だめだ、こんな誘惑に負けてる場合じゃない。テストの日までそこまで猶予はないのに。
俺ははペンを握り直し、強引に意識を勉強へと戻そうとする。
しかし、俺の集中は、スマホの通知音によって一瞬で崩れ去った。
ピロンッ。
机の上でスマホが震え、小さな電子音が静かな部屋に響く。俺は、問題集に向かっていたペンを止める。勉強に集中しなければいけない――そう思っていたはずなのに、視線は勝手にスマホへと向かっていた。
スマホの画面を確認する。そこには、中島からの新しいメッセージが表示されていた。
『宝生……!やばいぞ!!!
とんでもない特種を偶然拾ってしまったんだけど、お前の本橋さんがッ!』
宝生は眉をひそめつつ、返信を送る。
『いつからヒョウが俺のになったんだよ』
契約した主従関係っていうならそうとも言えなくもないが、まさかそれを中島が知ってるわけないし。
するとすぐに返信が返ってくる。
『さっき、知らない男と一緒に居るのを、塾帰りに見かけてしまったんだよ!』