もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第9話

アマルティア国の議会が下した決断は、歴史に類を見ない「魔物との講和」であった。

平和主義を国是とするアマルティアは、クロノスが提示した「不可侵」と「物々交換」の要求を渋々受諾。迷いの森をクロノスの領土として事実上黙認し、ガストンを仲介役とした正式な貿易体制を構築したのである。

 

「虫に頭を下げた臆病者め」

 

近隣諸国からは冷ややかな嘲笑と非難が浴びせられた。しかし、和平主義の王が治める農耕大国であるアマルティアが、クロノスと結んだ契約は人類の持つ理性的な文化をクロノスに啓蒙する事で、あくまで友好的な関係を築きたいという長期的な視野からもたらされた、極めて現実的な利害に基づいていた。

アマルティアは、人類側の知識の詰まった書物や、国内で余剰となっていた穀物や家畜の肉を、「食料」として迷いの森へ運び込んだ。クロノス側の第一理念は「種の増殖」である。彼らにとって、人類の高度な農耕技術によって生産された安定した食料供給は、自らの群れを爆発的に拡大させるための最高の燃料となった。

 

その見返りとしてクロノスが提供してきた素材は、アマルティアの市場に劇的な変化をもたらした。

迷いの森の深部、人類では到底辿り着けない地下深くから採掘された希少な魔鉱石や、凶悪な魔物の爪や殻。これまでは熟練の冒険者が命を懸けて持ち帰っていた一級品の素材が、クロノスを通じて安価かつ安定的に供給され始めたのである。

複雑な加工技術を持たないクロノス側にとっても食べれるわけではないそれらの素材は元々捨てるしかなく、お互いにとってWinWinの関係が築かれていた。

 

「……これだけの魔石が、こんな値段で手に入るのか?」

当初は「化け物との取引」を忌み嫌っていた商人や市民たちも、実利を前にしてその反感を急速に萎めさせていった。安価な素材は工芸や建築を活性化させ、アマルティアの経済はかつてない活況を呈し始めたのだ。

 

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一方、周辺諸国の反応は冷ややか、かつ打算的であった。

 

迷いの森から東へ遠く離れた獣人達だけで構成された独裁軍事国家、キルトゲイン国。

玉座に座るライオンのような鬣を持つ老王は、アマルティアからの親書を一蹴した。

「クロノスだと? たかが蟻が文字を覚えた程度で大騒ぎしおって。アマルティアの平和ボケも極まったな」

彼らにとっての真の脅威は、常に小競り合いを繰り返している隣国、テランダナ国である。キルトゲインにとってクロノスは「取るに足らない害虫の変種」に過ぎず、警戒の優先順位は極めて低かった。

 

その北方に位置するテランダナ国は、クロノスに対して沈黙を守っていた。

未知の知性体に対して中立を表明したテランダナ国、だがその実情はキルトゲインとの国境紛争に全戦力を割いており、正体不明の知性体に構う余裕など微塵もなかったのである。彼らにとってクロノスは、対岸の火事ですらなかった。

 

一方、迷いの森の南に広がるコール国は、深いジレンマに陥っていた。

「アマルティアが認めたのであれば、我らも動くわけにはいくまい」

主要な貿易相手であるアマルティアがクロノスと手を組んだ以上、下手に手を出せば貴重な素材の流入が止まってしまう。コール国は渋々ながら「不可侵」を宣言したが、その裏では国境沿いに密かに監視塔を増設し、漆黒の隣人が南下してこないか、息を潜めて見守っていた。

 

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そんな人類側の喧騒を余所に、迷いの森の深部では、クロノスの「計算」が止まることなく加速していた。

 

(キルトゲイン、テランダナ、コールの三群を確認。……人類の群れは一枚岩ではない。……彼らの内部抗争は、我らが個体数を増大させ、知識を蓄積するための『時間』を稼ぐ絶好の機会である)

 

クロノスとの窓口という大役を意図せず務めることになったガストン、リィン、フィオネ達が馬車で運び込む大量の食料は、巣の深部へと運ばれ、女王によって次々と新たな卵へと変換されていく。

ガストンは、森へ入るたびに「道」が広がり、以前よりも整然と配置された黒い影が、軍隊のような規律を持って自分を監視していることに気づいていた。

 

「(こいつら、食えば食うほど増えてやがる……。俺たちが供給している食料は、こいつらにとっちゃ『軍資金』と同じなんだ)」

 

アマルティアの街が安価な素材に沸き、平和を謳歌しているその裏で。

迷いの森の地下では、人類の想像を絶する速度で「黒い軍勢」がその数を膨れ上がらせていた。

 

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