もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第11話

アマルティア国がクロノスとの交易によって「銀の糸」の富に沸き、平和を謳歌していたその頃。北方大陸の情勢は、静かに、しかし決定的な破滅へと向かっていた。

 

迷いの森の北方に位置する『テランダナ国』と、その東側に隣接する軍事大国『キルトゲイン国』。積年の国境紛争を続けてきた両国は、ついにその均衡を破り、全面戦争へと突入したのである。

 

ここで、両国の現状を整理しておきたい。

東のキルトゲイン国は、ライオンや虎の特質を持つ獣人たちが支配する独裁国家である。個としての身体能力に勝る彼らは、重厚な板金鎧に身を包んだ重装歩兵を主力とし、後方からボウガンや強弓による射撃がそれを支える、質実剛健な戦法を得意としていた。

対する北のテランダナ国は、多くの腕利き冒険者を擁する魔法文化の進んだ国だ。彼らは、北の過酷な環境に適応した、強靭な魔物達を常に相手にしている。その戦いの中で磨き抜かれた魔法が彼らの武器であった。広範囲遠距離攻撃を得意とする魔導師たちの火力が、彼らの国防の要であった。

 

戦況は当初、拮抗しているかに見えた。キルトゲインの重装歩兵の突撃を、テランダナの魔導師たちが放つ爆炎が幾度も押し戻す――。だが、長期化する戦争は、テランダナの「貧しさ」を冷酷に削り取り始めた。

「兵の糧食が尽きかけている…。……このまま膠着が続けば、冬を越す前に我が国は自壊するぞ」

寒冷で痩せた大地に位置するテランダナは、兵糧の枯渇という、目に見えない敵に追い詰められていた。このままでは、ジリ貧の末に削り殺される。王が下したのは、矜持を捨てた「最後の賭け」であった。

 

「……南の森のクロノスに、密使を送れ」

 

テランダナ王の決断は、家臣たちを戦慄させた。魔物に助けを求める。それは人類としての理を捨てるに等しい行為だ。だが友好関係にあるコール国は中立国、同じくアマルティアは和平主義。どちらも再三の要請にも関わらず支援は見込めない。

むしろコール国に至っては、テランダナのみならず、キルトゲインに対しても武具の輸出を行っているのだ。戦争が続くことを、腹の裏では望んでいるだろう。

頼れるのは、今や大陸有数の資源供給源となった「黒い知性」しかなかった。

 

数日後、テランダナの密使が、迷いの森の境界へと辿り着いた。

アマルティアを通さない接触となる為、安全は保証出来ない。密使は死を覚悟していた。

境界を守る泥迷彩を纏ったアリ――どこからか現れたクロノスに対し、密使は震える手で援軍要請の書状を差し出した。だが、目の前の個体はその場で決断を下すことはなかった。書状を受け取り、中の文書をチラとだけ読み進めると、密使に対して

 

『2時間、ここで待て』

とだけ地面に書き残して無機質な動作で深い森の奥へと消えていったのである。

 

 

 

キッカリ2時間後、密使が絶望に飲み込まれようとしていた頃、再び現れたクロノスが地面に流麗な文字を刻んだ。

 

『我らは隣人の苦難を理解した。……援軍の要請、受諾する』

 

その条件は、驚くほど寛大であった。多額の報酬ではなく、勝利の暁にはテランダナ国内に「駐留地」を提供し、テランダナの持つ魔法技術について学ばせてもらうこと。テランダナ王はこの報告に、怪物にも慈悲と信義があるのだと歓喜した。

それからわずか数日。テランダナの最前線、吹雪の舞う砦に、一糸乱れぬ隊列を組んだ「千の漆黒」がその姿を現したのである。

 

---

 

一方、膠着する戦況を打破できずにいたキルトゲイン軍の本陣。

「……何だと? 蟻が、テランダナに加勢したというのか?」

 

豪華な毛皮を纏い、巨大な椅子に腰掛けたキルトゲインの老王――ライオンの鬣を持つ獣人は、斥候の報告を鼻で笑った。

「テランダナの負け犬共、ついに正気を失ったか。虫けらを集めて、我が軍の精鋭歩兵に対抗するつもりか?」

 

「は、はあ……。ですが、陛下。ただのキラーアントではございません」

 

斥候は冷や汗を拭いながら、震える声で続けた。

「奴らは、テランダナ軍の陣地内で整然と駐留し……さらには、自ら土木作業を行い、要塞のようなものを築き始めております。何より、あの軍勢には魔物特有の凶暴な咆哮が一切ございません。ただ、一糸乱れぬ『沈黙』があるのみです」

 

「……沈黙だと?」

 

老王の眉が動いた。獣人の軍勢は、その咆哮で敵を威圧する。戦場で音がないというのは、それだけで異質であった。王は、手元の報告書――アマルティアから流れてきた、知性を持つアリ『クロノス』の記述に目を落とした。

 

「(アマルティアが飼い慣らした家畜だと思っていたが……。わざわざ南の森から、この極寒の北地まで援軍を出したというのか。一体テランダナは何を奴らに差し出したのだ…?この戦争で疲弊しておる今、蟻なんぞに分け与える物があるとも思えん……まさか、無償で…?)」

 

百戦錬磨の老王の直感が、警鐘を鳴らし始めた。

魔物が「慈悲」で動くはずがない。もし、彼らに人類と同じような「知覚」と「計略」があるのだとすれば、この援軍には必ず、テランダナの気付いていない何か目的がある。

 

「……千の軍勢か。偵察を強化せよ。奴らがどう動いてくるかを探る必要がある。一瞬たりとも目を離すな。」

 

老王は、窓の外に広がる灰色の戦場を見つめた。

 

人類の戦争という泥沼に、突如として投入された「第三の勢力」。

北方大陸の運命を左右する戦場に、かつてない重苦しい沈黙が降りようとしていた。

 

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