もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第14話

アマルティアは、かつてない動揺に包まれていた。迷いの森との共生を選び、「銀の糸」という富によって空前の繁栄を享受していたこの国にとって、北方の地から届いた報せはあまりに衝撃的であった。

 

「キルトゲイン軍が降伏……? 大陸最強と謳われたあの獅子の軍勢が、たった数ヶ月で?」

王城の会議室、クロノスとの窓口を務めるガストンをはじめとする重臣たちは、届けられた報告書を前に凍りついていた。そこに記されていたのは、輝かしい勝利の記録ではなく、漆黒のアリ「クロノス」による徹底的な効率主義の暴力だった。

 

アマルティアは、自らがクロノスと人類の唯一の窓口であると自負していた。ガストンが仲介し、人類の言語、文化、そして農耕や建築の技術を教えてきた。それは野蛮な魔物を「文明」という檻の中に飼い慣らし、互いに利益を享受するための平和的な試みだったはずだ。しかし、今回のテランダナへの援軍要請、そしてその受諾は、アマルティアの頭越しに行われた。

 

報告によれば、クロノスはテランダナが喉から手が出るほど欲していた「勝利」を、最短距離で掴み取って見せた。ミリトンモスの毒を戦略的に使い、自らの同胞を肉壁にして魔法の火力を最大化させる。その戦い様には、人類が重んじる武士道も、騎士道も、慈悲も欠片ほども存在しない。

 

ガストンは、かつて迷いの森でクロノスの代表と向き合った時のことを思い出していた。あの時、彼らが求めていた知識、彼らが示していた「学習」への飢え。

「もしや……自分たちは、とんでもない怪物を育ててしまったのではないか?」

その疑念が、今や確信となって彼の胸を突き刺した。アマルティアが与えた知識は、共生のための道具ではなく、彼らが人類という種を「効率的に攻略する」ためのデータとして蓄積されていたのではないか。アマルティアが平和という夢に浸っている間に、クロノスは一国の軍隊を壊滅させるほどに進化していた。そして今、彼らはさらなる進化の糧をテランダナから得ようとしている。

 

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一方、戦火の跡が残る北方大陸。テランダナ国では、約束されていた「報酬」の履行が始まっていた。テランダナ王がクロノスに与えたのは、キルトゲイン国との国境付近に位置する広大な居留地であった。そこは長年の戦火で荒れ果て、人類にとっては開拓困難な極寒の地だったが、気候の影響が少ない地下に住まうクロノスにとっては、地上がどれほど荒れ果てていようと些事であった。

 

そして、土地以上に重要な報酬が、テランダナが誇る「魔法技術」の知識交換であった。

しかし、ここで意外な事実が判明する。クロノスたちには、魔法の才能がほとんど無かったのだ。彼らの知性と冷徹な集中力をもってすれば、術式を理解し、魔法を発動させること自体は可能であった。だが、種族としての根源的な魔力量が、キラーアントを祖とする彼らには決定的に不足していたのである。どれほど精緻な術式を組み上げても、放たれる火球は小さく、雷光は弱々しい。魔法を直接的な武器として扱うには、彼らの身体はあまりに不向きであった。

 

だが、クロノスはその結果に失望することさえなかった。彼らは即座に方針を転換し、魔法技術を「武器」ではなく、人類が培ってきた「加工技術」へと応用し始めたのである。

 

本来、鍛冶や細工といった複雑な作業は、繊細な手指を持たないクロノスたちには不可能であった。大顎と六本の脚では、熱した金属を叩き、緻密な構造を刻むことはできない。しかし彼らは、魔法による「精密な圧力操作」という力技でそれを解決した。

 

数十の個体がテランダナから学んだ魔法陣の内側で円陣を組み、一点に意識を集中させる。物理的な槌を振るう代わりに、彼らは、数匹が魔法的な圧力の場を形成し、他の数匹が同時に、鉄が、柔らかく加工しやすくなるまで熱する。さらにそれと並行して他の数匹が、テランダナから学んだ、ルーン文字魔術を魔鋼石(魔力が馴染みやすい金属、ミスリルと呼ばれることもある)に刻み込み、魔法的な耐性も付与する。今までクロノス達にとっては、地下を掘り進める際に大量に手に入るものの、豚に真珠であった鉱石の塊が、誰の手にも触れられることなく、宙でひしめき合いながら、クロノスが望む形状へと歪められていく。

 

この世界の鍛冶師たちも、クロノス達がしているように、魔法で工芸品や武具を加工することはある。

ただしそれは一握りの優秀な鍛冶師と、専門の付呪師が揃って初めて可能になる技巧。

それにあくまでそれは、武具の仕上げ処理だとか、複雑な追加の装飾をつけるための加工、ルーン文字を刻み込んで付呪を行う。と言った、部分的な運用に留まる。製造工程の1から10までを、魔法のみで完結させる。そんな方法は前代未聞であった。

 

原理だけならば、この世界の魔導師や鍛冶師にも理解できるだろう。しかし単純な魔法ならばともかく、このような複雑な加工には、それ相応の複雑な思考プロセスと術理をもって、魔法を発動させる必要がある。そんな魔法を数十の他人というノイズの中で成功させるのは人類には到底不可能な所業であった。個体毎の自意識が薄く、群れ全体としての意識が強い集合知のような在り方のクロノスだからこその異質な技術と言えた。

 

本来キラーアントという種族が、どれ程の年月を積み重ねても到達する事は無かったはずの「鉄器時代」

クロノス達はそれを、人類から吸収した知識と、「数」という力で、強引に引き寄せてみせたのだ。

 

人類が数百年かけて継承してきた職人の技を、彼らは魔法というフィルターを通した「純粋な物理演算」によって無理やり再現し、キルトゲイン軍から剥ぎ取った板金鎧、森に住んでいた魔物の素材。それらがクロノスの居留地で、魔法の光に包まれながら、人類の模倣を超えた「何か」へと作り替えられていく。

 

アマルティアが平和の毒に沈み、テランダナが感謝と畏怖の間に揺れる中、クロノスの居留地では、異様な金属音が響き渡っていた。それは槌の音ではなく、大気が震える不気味な鳴動だ。

 

人類から吸収した「土地」と「技術」を、自らの生態に合わせて最適化し始めたクロノス。

それは福音なのか、それとも凶兆なのか。

 




この世界の熟練した魔法使いならば、今回クロノス達がやってみせたような金属加工を一人で真似することは可能です。
ただしその場合は、金属を熱する魔法で金属を柔らかくする→圧力操作の魔法で整形する→ルーン文字魔術の刻印、という形で一つ一つ段階を踏んで魔法を発動することになる為、かなりの時間と集中力を要します。(魔力の消費自体はそれほど多くはありませんが)
なのでそんな非効率な事をわざわざする魔法使いは普通いません。鍛冶師に頼めばすむ話ですからね。
まぁ細かいなにかの部品とかを作るならその限りでは無いかもしれませんが…

クロノス達はこれを数十の集団で行うことで、魔力消費の負荷を分散し、製造工程を一度に進めることで1回の加工を数十分という短時間で終わらせることが可能になりました。まさに数の暴力ってやつですね。
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