もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第1話

ここは、我々の住む世界とは(ことわり)を異にする異世界。

剣と魔法、そして数多のモンスターが跋扈する、典型的かつ過酷なファンタジー世界である。

 

この世界の生態系において、中堅どころに位置するモンスターがいる。その名を「キラーアント」という。

見た目は我々の知る蟻に酷似しているが、決定的な違いはその巨躯にある。成体の体格は約1メートル。キチン質の硬い外殻と、岩をも砕く大顎を備えたその巨体が、数十の群れで襲いかかってくる光景は、並の冒険者にとってはかなりの脅威だ。

 

とは言え、この世界の広大さからすれば、彼らは所詮「蟻」に過ぎない。

ドラゴンが天災のように君臨するこの世界において、人類の定めた6段階の魔物の危険度評価では、群れの規模にもよるが、下から数えて4番目——「4級」程度の魔物でしかない。訓練を積んだ兵士が十数人も揃えば、組織的な掃討が可能なレベル。それも単独個体ならば3級程度の危険性しか持たない存在。それが世間一般におけるキラーアントの立ち位置であった。

 

彼らの生態は、驚くほど通常の蟻に似通っている。

数匹の女王アリを頂点とし、繁殖を担う数匹のオス、そして群れの維持・拡張を一手に引き受ける数百のメスの働きアリによって社会は構成される。

群れが一定の規模に達すると、時期を見計らって羽を持ったオスとメスのペアが新天地へと旅立つ。それは「結婚飛行」と呼ばれる、種の生息域を広げるための決死の旅だ。

 

ある時、人里離れた深い森の片隅に、一組のペアが辿り着いた。

豊かな水、多様な動植物。理想的な新天地を見出した彼らは、本能に従い、冷たい土を掘り進めて地下に安住の地を作り始めた。

 

本来、キラーアントは社会性昆虫として、飼い犬程度の知能は備えている。フェロモンを操り、役割を分担し、群れとしての生存を図る。だが、この群れの「初代」となるオスには、天文学的な確率の悪戯が起きていた。

 

彼は、生まれながらにして「人間並み」の知能を備えていたのである。

 

彼を産んだ女王アリにもそこまでの知能はなく、それは正しく突然変異——奇跡と呼ぶべき出来事だった。

だが当初の彼がその知能を即座に何かに役立てることはなかった。キラーアントという種は、知恵を凝らすという生き方を知らない。DNAに刻まれた本能が「掘れ」と言えば掘り、「運べ」と言えば運ぶ。道具を使う発想も、罠を仕掛けるという狡知も、彼らには無縁の概念であった。

 

彼一人がどれほど明晰な思考を持とうと、群れという巨大なシステムの前では、一滴の雫が海に消えるようなもの。そう、彼一人の変異では、何も変わるはずがなかったのだ。

 

だが、もし「群れ全体」が、その知性を継承したとしたら。

 

---

 

時が流れ、3年の月日が経過した。

巣穴の奥底では、かつてない密度で生命の営みが続いていた。現在、群れの構成は新しく産まれた女王アリが2匹、オスのキラーアントが13匹、そして働きアリが234匹にまで増殖していた。

 

この地へ飛来した「初代」の女王とオスのアリは、既に死んでいる。これは結婚飛行で体力を使い果たした故の短命であり、本来のオスアリや女王は30年ほどの寿命を持つが、彼らは次世代に全てを託して息絶えたのだ。

しかし、残された子孫たちには、初代のオスの知能が、一滴の欠落もなく完璧に遺伝していた。

 

通常のキラーアントがこれほどの規模のコロニーを形成するには、平均して10年ほどの歳月を要する。それをわずか3年で成し遂げたのは、彼らが「知能」という武器を振るったからに他ならない。

 

彼らは「狩り」の概念を根底から覆した。

真正面から噛みつきにいけば返り討ちに遭うような強大な敵に対しては、落とし罠へと追い込み、底で数による圧殺を仕掛ける。

慎重に身を隠す獲物には、その好物を餌として配置し、待ち伏せを行う。

相手もまた群れをなす存在であれば、その群れの「働き手」たちが狩りに出かけた隙を狙い、各個撃破を狙う。

それでも手に負えない強敵に遭遇すれば、その情報を仲間に周知し、無駄な犠牲を最小限に抑える。

 

来る日も来る日も、彼らは凄まじい速度で学習を続けた。狩りをして、食べて、仲間を増やす。その単純な循環の中に、人間顔負けの「戦術」が組み込まれていった。

 

だがある日、一匹の働きアリが気づいた。

「獲物が、明らかに少なくなっている」

 

群れは考えた。今まで順調に拡大を続けられたのは、この森に多様な獲物がいたからだ。だが、その絶対数が枯渇し始めている。このままでは、これ以上群れを大きくすることは不可能であるという結論に達した。

 

現状、群れを維持する分には支障はない。だが、右肩上がりの繁栄は終わりを迎えていた。

原因は明白だった。「自分たちのせいだ」

毎日、森の生き物をせっせと巣穴へ運び込めば、数が減らない方がおかしいというものである。

 

これは知能を用いて効率的すぎる狩りをしたからこうなった、という訳ではない。キラーアントという種は元来「こう」なのだ。

通常、群れがある一定以上まで大きくなれば、周辺の獲物だけでは維持できなくなり、本能に従ってペアを放ち、新天地へと旅立つ。こうしてキラーアントは繁栄してきた。故に「キラーアントの群れは、どんなに大きくても千を超えることはない」と言われていた。

 

キラーアントたちは、触角を突き合わせ、意見フェロモンを出しあった。

最初に挙がった案は「狩りを抑制し、獲物が増えるのを待つ」というものだった。だが、即座に否定される。

「待ったところで増える根拠はない。既に獲物は我らを恐れ、森を離れた可能性がある」

「何より、この群れを維持するだけの食事量だけで、現状維持が精一杯だ。根本的な解決にはならない」

 

次に挙がった案は「新天地への移動」だった。

「この森には天敵がいない。だが、新天地で天敵に出会えば、自分たちはあっけなく散ることになる」

「女王アリは常に産卵し続ける身重の体だ。遠出するのは現実的ではない」

話し合いの末、彼らは本能に逆らい、この地に留まることを選んだ。

 

そして、3番目に挙がった意見——「今まで狩っていた獲物以外に、食べられる物を探す」という代替食糧の探索が、群れの第一目標に据えられた。

 

働きアリたちは活動を開始した。手当たり次第に食べられそうな物を調達し、食料としての有用性を検証していく。

それと並行して、巣穴内で群れの指揮を担当するようになったオスアリたちは一部の働きアリ達に「群れの維持に最低限、どれだけの食事量を必要とするのか」という把握調査を命じた。

 

無計画な捕食は、再び同じ危機を招く。飢えないための「ライン」を知らねばならない。

そこで彼らは「働きアリ1匹が1日に必要とする量」を「1」として数え、群れ全体の食事量を算出した。

 

働きアリは1日に約50gの肉があれば生存できる。

対して、産卵にエネルギーを必要とする女王アリは、その100倍を食べる。

(これは女王の重要性もあるが、働きアリが『使い捨て』として作られ、食事を最小限に抑えられているためでもある。その結果、働きアリの寿命は10年を待たずに尽きる)

オスのアリは働きアリの1.5倍。成長のために栄養を必要とする幼虫は、働きアリの3倍だ。

 

群れの総食事量を割り出そうとした彼らだったが、ここで新たな問題が発生した。

「情報を記録する手段を持っていない」

 

食事量を突き止めたところまではよかったが(この作業の途中で簡易的な算数の概念も産まれた)

それを正確に群れ全体に伝える術がなかった。

フェロモンによる意思疎通は「喜怒哀楽」や「危険」などの簡単な表現には向いているが、複雑な「数字」や「論理」を伝えるには語彙が不足していたのだ。

感覚的な「目分量」では必ず認識の齟齬が生まれ、獲物を乱獲してしまっては意味がない。

 

そこで、彼らは発明した。「数字」という概念を。

 

彼らは「0から6」に該当する7種類の記号を考案した。6本足の彼らにとって、「7進法」こそが最も馴染みやすい数学体系であった。

彼らはこの記号を石に刻み込み、働きアリたちに周知させた。これに伴い、彼らの中に「文字」という概念も同時に生まれることになった。

 

文字による意思疎通は、今までのフェロモンとは一線を画していた。

情報が「物質」として残ることで、産まれたばかりの個体にも高度な教育が可能となり、死亡率は大幅に減った。新たな単語と文字の発明によって、正確な情報伝達が可能となったのだ。

 

元来人間と同程度の視力を備えているキラーアントにとって、この文字文化は急速に浸透する…………はずであった。

だが、巣穴の中は真っ暗だった。文字など見えるはずもなかったのだ。

 

巣の外に出る働きアリには有効だったが、日の当たらない巣穴の奥底には、この恩恵が届かない。

この問題を解決するため、彼らは「安全な照明」を求めた。

 

その答えは、意外な場所からもたらされた。

代替食糧を探していた別働隊が、暗闇でほのかに光るキノコを発見したのである。

名を「グロウ・ファンガス」。倒木を苗床とし、15cmほどの傘を開くそのキノコは、暗闇で光ることで魔物に自らを見つけさせ、自分を食べさせる事で胞子を運ばせる生態を持っていた。

 

肉食の彼らは元々これを無視していたが、他種の魔物がこれを食しているのを知り、試しに食べてみると食料として有用であることが判明した。

さらに、巣穴に持ち込んだところ、それが光源としても有用であることが判明し、苗床となっている木ごとグロウ・ファンガスが巣穴に運び込まれた。

各所に設置されたグロウ・ファンガスによって、巣穴内にほのかに明かりが灯され、これにより群れ全体に文字による意思疎通手段が急速に普及した。

 

そんな折、明かりの下で語彙の定義を行っていた働きアリが、ある異変に気づいた。

壁に立てかけた枯れ木から生えるグロウ・ファンガスの数が、数日前より増えていたのだ。

 

「……もしや、木を近くに置いてやれば、勝手に増えるのではないか?」

 

キラーアントたちは、グロウ・ファンガスの養殖を開始した。

巣穴の奥に広大なスペースを穿ち、森の倒木を運び込み、顎でおがくずへ加工し、水を運んで湿度を保つ。

数ヶ月に及ぶ試行錯誤の末、辿り着いたその方法でグロウ・ファンガスにとっての理想的な環境が整い、安定した養殖による持続可能な食糧供給が可能となった。

 

このキノコは成長が極めて早く、理想的な環境では10日程度で収穫できる。

さらに予想外の副産物もあった。グロウ・ファンガスは現実世界の青カビのようにペニシリンのような物質を分泌しており、それが巣穴内の細菌や寄生虫を寄せ付けない効果をもたらし、キラーアントの生存率を劇的に上げたのである。

これらの効能は継続的なグロウ・ファンガスの養殖により判明した。と言ってもキラーアント達は「グロウ・ファンガスから絞り出した液を体に塗ると病気になりにくくなる」程度の経験則しか持っていなかったが…

 

この万能代替食料の登場により、食料問題は解決した。

個体数は再び右肩上がりへと転じる。だが、彼らは慢心しなかった。木もまた有限であることを理解していたからだ。

彼らは全個体に固有の番号を振り分け、総数を常に管理し、必要に応じて養殖場の規模を調整した。

 

とはいえ、完全に狩りを捨てた訳ではなかった。

短命な働きアリはキノコだけでも事足りたが、女王や幼虫は産卵や成長のためにタンパク質を必要とする。キノコのみの食事では不妊や発育不良を招くことに、彼らは早い段階で気づいていた。

 

食料の自給自足が可能となった影響は大きく、それからたったの2年。

かつて「千を超えることはない」と言われたキラーアントの常識を塗り替え、地下には2000匹を超える、高度な知性を持った軍勢が蠢いていたのである。

 

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