もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第24話

ドラゴンの断末魔が絶え、漆黒の奔流が地中へと引いていった後の迷いの森には、ただ無機質な「静寂」だけが残されていた。

かつて人類の歴史において、ドラゴンとの遭遇は伝説の幕開けか、さもなくば一国の終焉を意味した。鉄をも溶かす焔、矢を跳ね返す金属の鱗、そして空を支配する翼。それは人が抗うことのできない「天災」そのものであったはずだ。

 

「……嘘だろ。あんなものが、あんなに、簡単に」

 

その光景を遠くから観測していた冒険者達も、手に持った観測鏡を地面に落としたまま動けない。

彼らが目撃したのは、英雄譚のような死闘ではなかった。それは、農夫が害虫を駆除し、猟師が仕留めた獲物を解体するような、あまりに淡々とした「処理」の光景だった。

 

冒険者達の胸を去来したのは、純粋な恐怖を通り越した「理解不能」という絶望だった。

体長二十メートルの巨躯、人類の都市一つを容易く壊滅させる第六等級の魔物。それが、クロノスにとっては「害獣」程度の存在に過ぎなかった。彼らの演算能力、物量、そして初見の脅威に対して即座に最適解を導き出す知性。それらは既に、人類が持つ既存の物差しで測れる領域を遥かに逸脱していた。

 

「……なぁ、一つ聞かせてくれ」

冒険者の1人が掠れた声で、誰に問うでもなく呟く。

「これほどの力を持つ彼らが、なぜ『略奪者』として振る舞わないんだ? 街を支配し、富を奪い、我々を奴隷にするなど、彼らにとっては赤子の手を捻るより容易いことだろう。なのに、なぜ彼らは今も我々の『隣人』として、契約や貿易という手続きを踏んでいるんだ?」

 

その問いに答えられる者はいなかった。

 

---

 

一方、大陸の最東端。峻険な山脈の向こう側に位置する海沿いの小国、スリカンス。

人口およそ五万のこの小国は、数十年の間、西の大陸情勢から完全に隔絶されていた。

彼らを閉じ込めていたのは、山岳地帯に居座る「ドラゴン」という災厄と、その麓で略奪を繰り返す「キルトゲイン」という名の厚い壁であった。

 

だが、数日前からスリカンスの平穏な日常に、微かな、しかし確実な「変化」が兆していた。

 

「……じいさま、今日も山が静かだね」

「ああ。あの『山の主』の鳴き声が、パタリと止んでしまった」

 

漁港で網を繕う老人たちは、不審そうに西の山脈を見上げていた。数十年、一日たりとも絶えることのなかったドラゴンの咆哮が消えたのだ。人類が踏破不可能となって久しい山岳地帯は、不自然な静寂に包まれている。

 

スリカンスの若き王は、この沈黙を危惧した。

「ドラゴンが消えたのか、あるいは何かそれ以上の事態が起きているのか。確認せねばならん」

王の命により、精鋭の捜索隊が組織された。隊を率いるのは、国一番の胆力を持つ王直属の護衛隊長、ユリアンである。彼らは「壁」の向こう側で何が起きているのかを突き止めるため、数十年ぶりに国境を越えた。

 

険しい山道を登り、ドラゴンの縄張りであった高地へと足を踏み入れたユリアンたちは、そこで奇妙な光景を目にする。

地面にはドラゴンのものと思われる巨大な鱗が散らばっていたが、そこには死闘の跡――血の一滴さえも残っていなかった。ただ、何かが「通り過ぎた」ような、不気味なほど整然とした空間が広がっていた。

 

「……隊長、見てください。あそこです」

部下が指差した先。山脈の頂を越え、キルトゲイン領を見下ろしたユリアンは、自分の目を疑った。

 

かつてそこにあったはずの、キルトゲインの堅牢な城塞がない。

二〇万の民が息づいていたはずの街並みもない。

代わりに広がっていたのは、理解を絶する「幾何学的な光景」だった。

等間隔に配置された巨大な塔。そして、かつての街道を塗り潰すようにして、漆黒の甲殻を持った「何か」が、川の流れのように整然と動き回っていた。

 

「……あれは、魔物か? いや、軍隊か?」

ユリアンの声が震える。

彼らが知る「キラーアント」という魔物は、知性なき獣のはずだった。だが、目の前で蠢く群れは、巨大な岩石を機械的な正確さで運び出し、地面を平らに踏み固め、巨大な塔を組み上げている。さらには苗木のような物を咥えた個体が、地面にそれを植える姿まで見えた。

それは明らかに、高度な設計思想に基づいた「開墾」そのものであった。

 

ユリアン達は、ドラゴンはどこへ行ったのか、あそこに存在したはずのキルトゲインがどうなったか、あのキラーアント達は何なのか、を知る為に慎重に、見つからぬようキラーアント達に近付いた。

 

しかし作業に従事していた一匹のクロノスが、不意にその漆黒の複眼をこちらへ向けた。

ユリアン達は緊張故に意識できていなかったが、そこは風上側だったのだ。

 

一瞬の静寂。

 

一触即発の緊張感。

だが、キラーアントの中から一際大きく、装甲の厚い個体が、迷いのない足取りでユリアンたちの前まで歩み寄ってきた。

その個体は槍の射程の外で止まると、前脚を器用に使って胸に括り付けられた袋(ユリアンにはそれがシルクのような上質な生地で出来ているように見えた)から「何か」を取り出した。

 

それは、一枚のパルプ紙であった。

そのキラーアントの個体は大顎で紙を挟み、足元へと静かに置いて後ろへ下がった。

「な……?」

ユリアンは絶句した。魔物が、道具を使い、あまつさえ紙を差し出してきたのだ。

ユリアンは困惑しながらも、その紙を拾い上げた。

そこには、驚くほど端正な筆致で、スリカンスでも用いられている共通言語が記されていた。

 

『警告。

本領域はクロノス種による開墾区域に指定された。

現在、旧キルトゲイン領土全域における開拓作業、および地下牧場の拡張作業を執行中である。

速やかに本区域から退去せよ。

我々は現在、区域外への干渉は予定していない。

しかし、作業の障害となる存在に対しては、これを排除する。

以上。』

 

「文字……だと……? キラーアントが、我々と対話を……?クロノス…だと…?」

ユリアンの背筋を、氷のような寒気が駆け抜けた。

キルトゲインで何が起こったのか、スリカンスの彼らはまだ詳細を知らない。しかしこのクロノスと名乗る種は、キルトゲイン領土を戦勝国がそうするように、まるで植民地のように開墾している。その事実が指すのは…

 

「……退去しろ、だと? 我々に、ここから立ち去れと言っているのか」

ユリアンの問いに、目の前のキラーアントは応えない。

ただ、その漆黒の複眼は、ユリアンの姿を淡々と見つめていた。

キラーアント達…クロノス側にとっても、この山脈の東に未知の人類が存在したことは「想定外の遭遇」ではあった。

しかし現在の作業目標はあくまで旧キルトゲイン領の開拓であり、それ以外の土地への進出はまだ計算に含まれていない。だからこそ、余計な摩擦を避けるために「退去」という命令のみを下したのだ。(本来、あの警告文はキルトゲインの残党や、事情を知らずに、間違えて迷い込んでしまった、冒険者や商人に向けて用意されていた物だったが)

 

クロノスの個体は、早く出て行け、とでも言うかのように、ジッとこちらを見ている。

ユリアンの手の中にある紙は、恐怖か、はたまた別の感情ゆえか、微かに震えていた。

かつての敵国を、その人口も技術もろとも短時間で物理的に消滅させた圧倒的な存在。彼らが今、すぐ目の前で「開拓」という名の蹂躙を続けている。

 

「……王都へ戻るぞ。一刻も早くだ。我々が相手にしているのは、ただの魔物ではない……!」

ユリアンは絶望を押し殺して叫んだ。

背後では、巨大な換気塔から吐き出される黒煙が、スリカンスの穏やかな空を侵食し始めていた。

知性を持たぬはずの魔物が、人類の文化すらも「最適化のツール」として使いこなし、大地を造り変えていく。

何も知らぬ五万の民の前に、史上最も静かで、最も抗いようのない破滅の予兆が、確かな「文書」となって届けられたのである。

 




スリカンス国
人口5万程度の只人の住む、海に面した小国家で、漁業が盛んに行われている。
現実世界の日本の風土と酷似しており、米や大豆の栽培が行われており、寿司や醤油、味噌と言った物まで存在する。
なんだったらNINJAやSAMURAIなんかもいる。

って所まで設定をひねったけど、やっぱり話の流れ的にこれ以上そこまで深掘りすること無さそうなんでここで供養。

日本からの転生者とかがこの世界にいたら涙流して喜びそうな国である。
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