もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第3話

 

アマルティア国の東を守る白い石造りの防壁。その巨大な門へと逃げ込むガストンたちの背後、深い森の境界線には、一匹のキラーアントが音もなく佇んでいた。その複眼は、人類が築き上げた高さ10メートルを超える壁と、その上を巡回する鎧姿の警備兵たちを冷徹に捉えていた。

 

(観測:巨大な遮蔽構造物。……個体集積地…この種族の「巣穴」と推論。……表面の硬度は高。……警備個体、尖った延長部位を保持)

 

アリにとって、それは未知の文明との遭遇であった。彼らは今まで、自分たちこそが森の新たな設計者であると信じて疑わなかったが、目の前の建造物は、自分たちの巣穴とは異なる論理で構築された圧倒的な「質量」としてそこに存在していた。追跡個体は、防壁の構造と兵士の配置をその頭脳に刻み込むと、音もなく反転し、森の闇へと消えていった。

 

---

 

アマルティア国の冒険者ギルドは、ガストンの怒声によって一瞬で静まり返った。

「報告だ! 迷いの森の外縁部にキラーアントの群れがいた。それも、ただの群れじゃない。文字を使い、戦術を組み立てる、知性を持った軍勢だ!」

 

カウンターの奥で報告書を受け取った只人の青年職員は、眉をひそめてペンを走らせた。

「……キラーアントですか。周辺諸国での繁殖状況からして、いつかはこの『迷いの森』にも生息域を広げるとは思っていましたが……とうとう現れましたか。アマルティア近郊に定着されたとなると、周辺の農耕地への影響は無視できませんね」

 

職員の反応は、あくまで「厄介な魔物の定着」に対する事務的な懸念だった。

「ですが、ガストンさん。『知性』というのは、少し言葉が過ぎませんか? 奴らは元々、フェロモンで高度に連携する魔物です。捨て身で剣を封じたり、酸を遠距離武器として放つのも、本能による効率的な狩りの範疇ではないかと」

 

「本能なもんか! あいつらは木の板に文字を書いていたんだ! 記号を刻んで、俺たちの動きを『分析』していたんだぞ!」

ガストンが身を乗り出して訴えるが、周囲の冒険者たちからは失笑が漏れた。

「おいおいガストン、迷いの森に長く居すぎて、ステラビーバーの齧り跡が文字にでも見えたか?」

「キラーアントが文字を書くなら、今頃はこの貿易国のアマルティアはアリと貿易を始めてるぜ」

 

「笑い事じゃないわ!」

リィンが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「私たち、本当に殺されかけたのよ! あいつら、逃げ道を塞いで、魔法の隙間を正確に狙って攻撃してきたんだから!」

 

「静かにしろ」

奥から現れた、隻眼の初老の男――ギルド・マスター、バークの一声で、場は静まり返った。

バークは提出された報告書をじっと見つめ、古くからの付き合いになるガストンの顔を覗き込んだ。

「ガストン、お前は嘘をつく男じゃねえ。だが、お前の言うことが真実なら、キラーアントの危険度は4級どころか、5級……最悪の場合、国を挙げて対処すべき6級にすら届きかねん」

 

アマルティアは民主主義を掲げる平和な国だ。確かな証拠もなしに軍を動かせば、議会や納税者から厳しい追及を受けることになる。

「無視はできん。キラーアントがこの森に定着したこと自体が、農耕国家である我が国にとっては重大な懸念事項だ」

 

バークは事務員を振り返り、短い指示を出した。

「捜索隊を編成しろ。メンバーはガストン、リィン、フィオナ。それに、ギルド側で選抜した手練れ五名を加えた計八名だ。目的は『キラーアントの生息域の特定』、および『知性の有無に関する事実確認』。文字の痕跡なり、捕獲した個体なり、議会を納得させられる証拠を持ち帰れ」

 

---

 

3日後、朝靄に包まれた防壁の門を、八名の冒険者が潜り抜けた。

追加された五名は、只人と獣人の混合チームで、いずれも腕に覚えのある者たちだ。彼らはガストンの話を「ベテランの取り越し苦労」と半分笑い飛ばしながら、軽快な足取りで森へと踏み込んでいく。

 

だが、ガストンだけは知っていた。

二年前よりもずっと静まり返った迷いの森。その静寂は、新たな支配者が完成させた「秩序」の証であることを。彼らは今、ただのアリの巣ではなく、冷徹な思考を持つ「未知の軍勢」の懐へと足を踏み入れようとしていた。

 

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