もし体長1mほどのアリが知性を持っていたら   作:二度見屋

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第4話

 

迷いの森の深部、グロウ・ファンガスの青白い光に照らされた地下。群れを統べる司令官個体のオスアリ達は、戻ってきた偵察隊からの報告を精査していた。

 

(……二足個体は巨大な防衛拠点と組織的な社会構造を形成している。……即ち、彼らもまた我らと同じ『知性』という武器を共有する種であると定義する)

 

アリたちの思考は、感情を排した純粋な生存確率論で動く。もし自分たちが、未知の領域で未知の強者と遭遇し、それが高度な文明を持っている可能性に気づいたなら、次に何を打つか。答えは一つしかなかった。

 

(二足個体は必ず戻ってくる。目的は『情報の収集』。……現状の戦力では、敵の拠点を陥落させるだけの確証がない。……策を講じる。全個体へ通達。地表の痕跡を完全に消去せよ)

 

命令は瞬時に群れ全体へ伝播した。地表で作業していた働きアリたちは連絡を受けるやいなや、一斉に動きを止め。資材として切り出していた材木は地下へと運び込まれ、切り株には土と枯れ葉が被せられ、何年も放置されたかのように擬装された。そして何より、彼らが発明した「数字」を刻んだ板や石碑は、一つ残らず地中深くへと隠匿された。

 

さらに、司令官は冷酷な命令を下す。

(寿命の尽きかけた個体、および損傷のある個体……計五匹を抽出。……本能のみで動く『獣』を演じ、敵に自らを差し出せ。……こちらの情報を誤認させるのだ。)

 

---

 

「……おかしいな。場所はここで間違いないはずなんだが」

迷いの森へ踏み込んで数時間。ガストンは困惑した表情で、数日前に見たはずの「整然とした作業場」があったはずの場所を指差した。

 

そこには切り株も、記号の刻まれた木板も存在しなかった。ただ、古びた倒木が湿った土の上に転がっているだけの、どこにでもある静かな森の光景が広がっている。

 

「おいおいガストン。これが『知性あるアリの帝国』か?」

捜索隊に加わったアマルティアでは珍しい獣人の戦士ボルグ(テランダナ国から捜索隊として派遣されて来た)が、鼻で笑いながら斧を肩に担ぎ直した。「ただの森じゃねえか。ステラビーバーの影すらねえぞ。あんた、本当に魔力にあてられてたんじゃないか?」

 

「そんなはずはない! リィンも、フィオナも見たんだ!」

「……ええ。でも、あんなにハッキリあった切り株が、こんなに早く枯れ葉に覆われるなんて……」

フィオナが膝をつき、地面の土を掬い上げる。だが、そこにはアリのフェロモンさえ希薄で、ただの古い森の匂いしかしなかった。

 

その時、茂みがガサリと揺れた。

「出たぞ! 構えろ!」

ボルグが叫び、捜索隊が円陣を組む。飛び出してきたのは、五匹のキラーアントだった。だが、その動きは先日ガストンたちが遭遇した「軍隊」とは似ても似つかないものだった。

 

「ギチギチッ!」

アリたちは統制もなく、ただ目の前の獲物に食らいつこうと、無秩序に突っ込んでくる。酸を放つ動作も緩慢で、狙いも大きく外れて地面を焼くだけだ。

 

「なんだ、ただのデカい虫じゃねえか! 3級ってのもおこがましいぜ!」

ボルグが豪快に斧を振り下ろす。一撃で一匹のアリが真っ二つになり、残るアリも他の冒険者たちの連携によって、あっけなく命を散らした。

 

「……弱い。弱すぎる」

ガストンは、倒れたアリの死骸を見つめて戦慄した。このアリたちの外殻はボロボロで、節々には老化による変色が見られる。何より、あの冷徹な「連携」が微塵も感じられない。前回のように大顎の音で連携してこちらを追い詰めるという戦略が欠片も存在していなかった。

 

「わかったぞ、ガストン。あんたが会ったのは、たまたま群れからはみ出した狂暴な連中だったんだ。で、そいつらを倒したから、あとはこの残りカスしかいなかったってわけだ」

他の冒険者たちは武器を収め、安堵と嘲笑の混じった溜息をついた。

 

「違う……これは、わざとだ」

ガストンの呟きは、勝利に沸く仲間の耳には届かなかった。「わざと弱く、わざと無能に見せている……。自分たちに知性がないと思わせるために、こいつらは仲間を囮にしたんだ!」

 

「ははは! ガストン、あんたの想像力には恐れ入るよ。アリがそんな高度な情報戦を仕掛けるなんて、お伽話の読みすぎだ」

 

捜索隊はキラーアントの駆除も兼ねて数週間程度、迷いの森へ調査へ出たが、キラーアント側は同様の作戦を続けた。

時には若い個体であっても囮として捜索隊にわざと殺させる事すらあった。

何度かガストンの要望もあって一部の弱った個体を捕獲する事もあったが、ガストン達が遭遇したキラーアント達のような知性を見せることは無かった。

 

数週間後、捜索隊は既にほぼキラーアントと遭遇する事も無くなってきていた。

そのため「キラーアントの生存を確認したが、特筆すべき知性は認められず。危険度は通常の4級以下。また個体数に関しても減少傾向」という結論を出し、それ以上の調査と駆除依頼は打ち切られる事となった

 

 

 

彼らが去った後、茂みの影で静かに触角を揺らす一匹の偵察アリがいた。

 

森の静寂は、以前よりもさらに深く、重くなっていた。

 

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