仲間が強すぎてやることがないので全員追放します。え? パーティーに戻りたいと言われてもまだ早い   作:縁日 夕

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29.覚精

 守護者、黒騎士の甲冑は全身を隈なく覆っており、その硬度は生半可ではない。何度か斬りつけたが、俺の魔力リソースではほんの少しの傷がつくだけだった。

 

 飛来する氷塊を黒騎士が斬り払った瞬間、その伸びきった腕関節を狙って逆袈裟斬りを放つ。

 

 黒騎士はそれに対し、剣を手放し肘打ちで対応してくる。硬質な金属音とともに火花が散る。

 

 肘を振り抜きながらの半回転、黒騎士は左手で落とした大剣を回収する。俺は弾かれるまま後ろに跳び、追撃の大剣をすんでのところで回避した。

 

「くそ……!」

 

 関節狙いを理解しているのか、こうして的確に処理されてしまう。

 

 そんな展開を繰り返して、どれ程の時間が経過したのか。迷宮守護者に対して未だに有効打のひとつも与えることが出来ないままでいた。

 

 既に疲弊が隠し切れない俺たちに対して、黒騎士の動きには一切の陰りも見られない。

 

 こちらも致命傷だけは避けられているが、それはひとえにレティーナの奮戦によるところが大きかった。

 

 その特出した格闘能力はこの迷宮の道中にも成長を続けた彼女は、徒手空拳にも関わらず黒騎士の剣技と渡り合って見せている。少々の傷なら自己回復出来ることも相まって、彼女が最も黒騎士の行動を制限できていた。

 

 これによりマリーメアは治癒を俺のみに絞ることができ、なんとか今まで持ちこたえられている。

 

「はぁ……はぁ……! これならどうです!?」

 

 何度目かも分からないレティーナの突撃。

 

 フェイントまで織り交ぜ、その剣を掻い潜り懐まで入り込んだレティーナに、しかし黒騎士は動じない。

 

「ッ!? そんな――きゃあ!?」

 

 大木を切り倒し、数多の魔物を屠ってきた蹴撃を黒騎士は手刀で迎撃、お返しとばかりに放たれた回し蹴りをレティーナはまともに受け、吹き飛ばされる。

 

「レティ姉っ! ……このぉ!!」

 

 迫る聖魔法を黒騎士は一瞥すらせずに斬り払った。

 

 目の前の光景に俺は知らず歯噛みする。強いのは分かっていたつもりだが、まさかここまでとは……!

 

 今までの強敵とは明確に違う種別の強さ。その単純な力の強さだけではない、高精度の戦闘技術をこの守護者は有していた。

 

 このままではじり貧だ……!

 

 こういう時、得てして悪いことというのは立て続けに起こる。

 

「……っ、もう、魔力が……!」

 

 呻くマリーメア。

 

 レティーナが一瞬距離を離されたことに加え、マリーメアの魔力切れ。魔法による弾幕が薄れた隙を逃す黒騎士ではなかった。

 

「くっ!? 【連鎖詠唱:尽く凍て貫け(ラピッドアイス)】!」

 

 狙いを付けられたリンファが迎撃を試みるが、無理やりにでも仕留めるつもりなのか、少々の被弾は無視して突き進む。

 

「行かせるか……!」

 

 当然それをそのまま見過ごすなどあり得ない。脚部に身体強化を集中させ、死に物狂いで黒騎士に追いすがる。

 

 だが、それこそが黒騎士の真の狙いだった。

 

 突然の急制動、黒騎士はその首をぐりん、とこちらに向けた。

 

「しまっ……!?」

 

 迫る死の刃。黒騎士を止めることに全力、いや全力以上をかけた俺の肉体はこの強烈な緩急に対応しきれない。

 

 視界を鮮血が迸った。

 

「アデム――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 まただ。

 

 その身を切り裂かれ、襤褸雑巾のように転がされるアデムの姿を前に、リンファは見ていることしか出来ないでいた。

 

 自らの失態で、彼を命の危機に晒した時。それを赦され、救われた時。

 

 もう、二度と足を引っ張るまいと。次こそは助けになってみせるとそう誓った筈なのに。

 

 そんな後悔に襲われて、一瞬の放心に迫った暗い影。その凶刃がアデムと同じように自分を切り裂かんとして。

 

 甲高い音と共に止められた。

 

 それは爪だった。まるで獣が持つような鋭い爪。それが2対10本、交差して辛うじて黒騎士の重い斬撃を受け止めていた。

 

「何呆けてやがんだ! です!」

 

 果たして、目の前で黒騎士の剣を受け止めて見せたのはマリーメアだった。激しく動いたことでいつも被っていたヴェールが宙に舞い、頭部の猫耳が露わになる。

 

 それは獣人種の固有能力、獣化を行使した姿であった。

 

 本来は獣人がより獣に近い姿となり身体能力を飛躍的に上昇させる技術だが、マリーメアのそれは混血故の限定的な変身に留まっていた。

 

 それでも、その上昇値はばかにならないらしく、ぎりぎりではあるが黒騎士の攻撃を止め切れていた。

 

 目を白黒させているうちにも事態は動く。

 

「ぐ、ぬぬ……!」

 

 刹那の拮抗を力任せに押し込もうと黒騎士が力を込める寸前、飛び込んできたレティーナのタックルが黒騎士を捉えた。この戦いが始まって以来、初めてのクリーンヒットだった。

 

「リンファ様! 今のうちに立て直しを!」

 

「あ……で、でもアデムが」

 

「あいつはまだ生きてる! です!」

 

 マリーメアの言葉にアデムの方を見るリンファ。

 

 血の海に沈みながらも、アデムは何とか立ち上がろうと身じろぎをしていた。

 

 生きている――!

 

 リンファの心を蝕んだ絶望が引いていき、代わりに湧き出る闘志。

 

 確かにアデムはまだ生きているが、早く治療しなければ命を落とすのは時間の問題だ。

 

 そのためには一刻も早く眼前の迷宮守護者を倒さねばならない。

 

 レティーナとマリーメアの波状攻撃によって稼がれた時間で距離を取る。

 

 しかし、そのためにはどうすればいい? 今の自分の術では奴を倒すことは出来ない……!

 

 ――お姉ちゃん。

 

 そんな時だった。自分を呼ぶ、そんな懐かしい声が聞こえたのは。

 

「え?」

 

 異変はすぐ。傍を漂う精霊、ユノに起こった。

 

 光の玉はその輝きを強めたかと思うと、その存在をみるみる拡大させていく。

 

 ひと際つよい輝きに目を細め、再び直視した時、彼女はその姿を一変させていた。

 

 儚さを感じさせる真白の肌、若葉色の瞳。髪はややその白みを増しているような気がするが、その姿は見まがうはずもない、生前のユノに他ならなかった。

 

「ユノ……なのか?」

 

『うん、お姉ちゃん……私だよ。やっと、またちゃんと話せたね』

 

 泣き笑いのような顔で応じるユノ。その声もまた薄れかけた記憶を思い起こさせる、生前のそれと相違なかった。

 

「ど、どうして、どういう……!?」

 

『私にもよく分かんないんだ……でもひとつ言えるのは』

 

 ユノは今も戦うレティーナたちに視線を移した。

 

『今ならやれるってことだよ!』

 

 今ならやれる。ユノとリンファの間を凄まじいまでの魔力が渦巻く。

 

「こ、れは……!」

 

『いくよ、お姉ちゃん! アデムさんと生きて帰ってデートするんでしょ!?』

 

「で、でっ!? ……いや、そうだな。あいつを倒して! 皆で帰るんだ!」

 

 荒々しいまでの魔力は、極めて緻密な制御によって求められた形をとる。

 

 上級精霊術――!

 

「【氷炎よ凍て荒べ(アイシクルインフェルノ)】!」

 

 肉弾戦を続けるレティーナとマリーメアが振り払われた直後、凄まじい量の氷柱が黒騎士に殺到する。

 

 黒騎士はそれを先ほどまでのように、剣で叩き落とそうとし、

 

「!?」

 

 爆裂した氷柱によってその身を大きく(かし)がせた。

 

 残りの氷柱に対して黒騎士はもはや防御はもちろん回避行動もとれない。

 

 轟音、轟音、轟音。

 

 無数の氷柱による連鎖爆撃が空間を揺らす。

 

「いける……! これなら!」

 

『決めるよ! お姉ちゃん!』

 

 それ以上の言葉はいらなかった。これまで培った確かな姉妹の絆が、その術を発現させる。

 

 残った魔力、その全てを、ありったけを――。

 

「レティーナ! マリーメア!」

 

「――っ!」

 

 リンファの呼びかけに、こちらを見て瞠目したふたりだったが、すぐに状況を解して更に距離を取る。残されたのは未だ動けぬ黒騎士のみ。

 

 歪む空間。

 

 極限まで練られた魔力が空間を震わせる。

 

 やがて顕現するのは青白く光る大火球。

 

 差すは光条。堕つるは滅亡。

 

 それこそは精霊術の秘奥がひとつ。極大魔法。

 

「『【流星よ、堕つて輝け(ミーティア)】!!』!!」

 

「――――!!」

 

 極大の破壊そのものが黒騎士を飲み込んだ。

 

 広間に吹きすさぶ破壊の余波を身を屈めてやり過ごす。ここが迷宮ではないただの建造物や洞窟であったなら間違いなく崩落は免れていなかった。それほどの破壊。

 

 そんなものが直撃したのだ。いかな迷宮守護者とてひとたまりも――

 

『うそ』

 

 絞り出したような、ユノの声。

 

 晴れた土煙の先を見て、リンファらもまた。

 

 リンファとユノによる極大精霊術によって全身を覆っていた鎧は大半が溶解し、隠されていたその顔貌を露わにしていた。

 

 暗い眼窩には虚無が広がり、ところどころが煤けた体表には肉も皮もない。即ちそれは人の骸だった。

 

 だがそんなことはどうでもいい。それほどの変化。黒騎士だったそれの肩甲骨辺りからは巨大な腕のようなものが2本、飛び出していた。

 

 異形。それは異形の骸だった。

 

 あまりの光景に、一瞬動けなかった3人だが、誰からともなく追撃にかかろうとする。変貌は気になるがあれだけの術を食らった以上、さして余裕はないはず、と。

 

 結論から言って、それは甘い希望論に過ぎなかった。

 

 無造作に振るわれた異形の巨腕によって、マリーメアが打ち払われる。

 

「ぐぎッ――!?」

 

「マリーッ!? うぐッ!?」

 

 ゴム毬のように地面を跳ね転がるマリーメアに続き、レティーナもその薙ぎ払いの餌食になる。

 

「くっ、ユノ! もう、いち、ど――?」

 

『お姉ちゃん!?』

 

 リンファもまた、先の極大精霊術によって魔力を使い果たし、限界を迎えていた。魔力の回復を急いだことで、魔素酔いを起こす。

 

「ここ、まで……なの、か……?」

 

『っ……私だけでも!』

 

 そう言って単独で精霊術を行使するユノだが、精霊術士はふたりでひとつ。単独ではその真価を発揮できない。極大魔法すら耐えきった守護者には到底、決定打たりえない。

 

 霞む視界にまだ抗わんとひとり食い下がるレティーナが映る。

 

 だが、元々の剣に加え、2対の巨腕までをひとりで相手取るのは不可能だった。

 

 絶体絶命。明確な死の未来。

 

 今度こそ全滅を覚悟したその時だった。

 

 

 その巨腕のひとつが、斬れ飛んだ。

 

 

 そしてリンファはその姿を見た。

 

 あの日自分を救った英雄の、見慣れた背中を。

 

「悪い、待たせた」

 

 アデムが異形と対峙していた。

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