影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
体のあちこちに突き刺さる空間の薄刃。あまりにも鋭利すぎるがゆえに、全くと言っていい程に抵抗を感じない。
あってはならないものが体を通り過ぎてゆく嫌悪感と、尋常ならざる苦痛に、視界が白濁する。意識がほんの一時どこかへと飛びかける。
「「──────」」
誰かからの声が、輪唱のように木霊する。
うるさい。疲れた。なんだか何もかもがどうでもよくなってきた。もう全部投げ出して寝てもいいか? 今日は追っかけていたドラマの最終回なんだ。
((この世界は糞だ))
泥の様な睡魔が、官能的に笑いながら、こっちを手招く。無意識の内に引き寄せられそうになるのを、かろうじて踏み止まる。
……まだだ。まだ早い。あと少し。ほんのちょっとだけ。我慢しよう。微睡みは寂し気に微笑み、踵を返し、名残すら残らずに消えた。
ぼやけていた視界は戻り、忌々しい現実が透き通るように見渡せた。
薄汚れ、忘れ去られて幾星霜。子供のように泣きじゃくりながら老人のように震える
知らない奴、知っている奴、今すぐにでも殺したい奴の、目、目、目。
((糞だ糞。全部糞だ))
悪魔は脳裏で呪詛を吐く。その瞳に、煮えるような熱が宿る。燃え尽きた炭に灯る火の如く赤々と。
「避けろガキ!」
「イミテーション!」
「ボス避けてください!」
「ボス!」
「何をしてる! さっさと勝たんか!」
知っている声。数多の声が脳裏に木霊し、反響してがなり立てる。
進め。進め。立って戦え。命ある限り。
((うるさい。うるさい! どいつもこいつも!))
((元はといえばテメエらが情けないから俺がこんな目に合ってるんだろうが!!!))
健太郎は暗夜たちへ、光の神へ、ゴスペルへ、犬たちへ、千歳へ、怒りの眼差しを向ける。
((テメエらさえいなけりゃあ俺はこんな苦しい思いをせずに済んだんだ!!!))
魔王へ、虚無僧姿の与太者たちへ、憎悪の視線を向ける。
((言う事欠いて私は誰だと? ふざけるな!!!))
そして、眼前へと視線を戻す。顔を、名前を、故郷への帰り道も故郷すらも失い、記憶など時の彼方へと置き去りにして。何もかもを手の中から取り零し、遂には命すらも暗闇の中へと取り落としてしまったどうしようもなく哀れな存在へ、今までため込んでいた全てを籠めて、睨む。
((
脳裏に過るのは決戦の直前まで死に物狂いで集めに集めたぬらりひょんについての情報だ。
こと情報収集においてはイミテーションすらも凌駕するビーハイブの手を借り、朧げなゲーム内のアーカイブや設定資料集の記憶を頼りに集め抜いた切り札。
執拗かつ徹底的なまでに精査させたがためにビーハイブがしばらくの間使い物にならなくなったという代償を得て、全てを終わらせるための
叩きつけられる瞬間は限られている。効果のほども恐らくは一瞬であろう。
((十分。一瞬など、俺からすれば永劫とおんなじよ!))
世界が色を取り戻し、流入した時間間隔が雪崩を打った。
「「死すべし!」」
今や子供の声も老人の声もそろって憤怒に染まっていた。握りしめられた半透明状の薄刃が、イミテーションの細くたおやかな首へと音を置き去りにする速度で迫る!
「「──────ッ!」」
至った。然れども。
「「消え──―」」
瞠目する妖怪の横っ面を、白炎に燃える蹴りが打ち抜いた。
「「ヌウ―ッ」」
次いで襲い来るは黒炎に燃える右拳! 堪らず空間跳躍でかわすのっぺらぼうの背中に、スクリュー回転する左拳が炸裂した。
「「ぐはっ」」
スクリュー回転する拳より叩き込まれた衝撃は体内でねじれて渦を巻き、限界にまで達した回転は拡散し、周囲の臓器や血管を滅茶苦茶に破壊した。
「「ぎゃーっ!」」
のっぺらぼうは全身から血を吹き出して悶絶した。悪魔は情け容赦のない追撃を加えんと拳を振り上げる。
「「小童!」」
のっぺらぼうは激昂し、竜巻染みて空間刃を回転させて怒涛の如く解き放った!
一つ! 高速回転して迫る空間刃をダッキングでかわしてジャブを打ち込む!
二つ! 足元から掬い上げる様に迫る空間刃をスウェーバックでかわしてワンツーパンチで顔面を打つ!
三つ! 左右より挟み込むようにして迫る空間刃を瞬間的に屈みこむことでかわし、それをバネに跳び上がり、強烈なサマーソルトキックを顎に叩き込んだ!
「「これは!」」
仰け反るのっぺらぼうの体に48の打撃がほぼ同時に叩き込まれた!
「「おのれ!」」
呪詛を吐きながらのっぺらぼうは後方のやや離れた地点に出現した。イミテーションは息を吐いた。
両者、距離を取ったまま睨み合う。互いに満身創痍。滴る黒と赤の血が地面に垂れる。しかしどちらも戦意が衰えるどころか、死が掠める程に増大してゆく。無と青の瞳が交差し、火花を散らす。憎悪と怒りが際限なく膨れ上がってゆく。
イミテーションの背中が陽炎の如く歪んでいた。それは、彼の放つ尋常ならざる殺意と、彼の持つ圧倒的なまでの暴力性が交じり合って、そのような錯覚を齎せしめているのだ。
一方のっぺらぼうも勝るとも劣らぬ殺意と憎悪を解き放ち、周囲の空間を比喩でも誇張でも無く歪めていた。
「「ギエーッ!」」
魔人二人の気に当てられて、周囲数キロ四方の鳥獣たちは大慌てで住処を後にした。
「ひ、ひぃいいいい」
「コワイ!」
「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ」
やじ馬たちの中でも逃げる者が出始めた。それに続き一人、また一人と背を向け、とうとう堰を切ったような悲鳴が空間に満ちた。
元より余波で幾人も犠牲者が出ている時点で逃げ出す者が多発したが、この気のぶつかり合いでとうとう力無き者たちは脱兎のごとく逃げ出した。
後に残ったのは、それでもなおカメラに映す事に執念を燃やす酔狂者か、あるいは竦んで動けなくなったものくらいで、今や両陣営の重鎮が残るばかりであった。
「「……」」
凄まじい密度の攻防に、誰も言葉を発さない。誰も動かない。
然り、これは攻防である。互いの出方を窺い、気をぶつけ合い、致命打を打ち込むために、両者は死に物狂いで互いを牽制しあっていた。
イミテーションが演武を行いながら前へ出る。のっぺらぼうは一歩下がった。
「「ぬぅうん!」」
のっぺらぼうが空間刃を握りしめた両腕を威圧的に高々と掲げ、一歩前へ出た。イミテーションは一歩後方へ。
そしてまたイミテーションが前へ。のっぺらぼうが前へ。
ゆっくりと。非常に緩慢な動作で両者は一歩一歩近寄ってゆく。放射されていた殺意が徐々に薄れてゆく。互いの距離が縮まるたびにあらゆる事象が凝縮されていっているのだ。
遂に両者必殺の間合いへ。あまりの密度の殺意は物理的な影響を周囲へと与え始めた。地面に亀裂が走り、大気が歪んで渦を巻く。
手が触れる距離で睨み合う魔人二人の殺意が危険域を超えた、その時。
「うぎゃっ!?」
パリン、と音を立ててプードルがつけていた瓶底メガネが破砕した。
それを合図に、両者は同時に動き出した。
「「ア゛ア゛ー!」」
凄まじい速度で振り抜かれた右空間刃を踏み込むことで空振りさせ、零距離掌底を胸に叩き込む!
「「効かぬわ!」」
臓腑を揺らす衝撃を意に返さず、のっぺらぼうは逆手に構えた左空間刃を脳天に突き立てんと振り下ろす!
イミテーションはほんの横にずれることによって紙一重回避! 幾本の髪と頬を浅く裂かれるが、意に返さずのっぺらぼうの顎に拳を打ち込む!
「「カーッ!」」
のっぺらぼうは打ち込まれた衝撃に逆らわずに後方へ跳び、宙がえりを打ちながら指に挟んだ空間刃を投げ放った!
しかしその時にはイミテーションはすでに駈け出していた! 一瞬遅れてイミテーションがいた地点に空間刃が突き刺さる!
「ヌウッ!?」
魔王は目を剥いた! それは彼にすらも目を疑わせる光景であった!
悪魔と妖怪は、さながらもつれ合ってドックファイトを繰り広げる猛禽の如く空中でぶつかり合った!
のっぺらぼうは空間刃を投げ放ったことにより、無手である。更に再生成の暇すらも無く悪魔はすでに眼前! 瞬間移動すらも挟めぬ電撃的な急襲であった!
「「キエ―ッ!」」
のっぺらぼうより放たれた顔面を狙った右拳を弾き、腹に向けて放たれた拳を弾き、カウンターで顔面に拳を打ち込み、ひるんだ隙に空中回し蹴りを放つ!
「「シャアッ!」」
同様にのっぺらぼうも回し蹴りを放つ! 蹴りと蹴りがかち合い、弾かれ、両者は再び拳を同時に突き出して弾き、引き戻して突き出し、弾かれては突き出した!
ガンガンガンガンガンガン!
まるで機銃の斉射じみた炸裂音が無音と化した空間の中に響き渡る! 2人の体は未だ空中にあり! あまりにもふざけた、いっそ滑稽なほど緩慢に落下しながら、両者は互いの命を奪い去るためにただひたすら拳を交わし合った!
黒炎に燃える右拳! 弾き逸らして黒い光を放つ左拳を突き出す! 瞬時にからめとって外側へと流しながら白炎に燃える左拳を叩き込む! 食らいながら闇を孕んだ右拳で胸を狙う! 白炎を纏った掌底を掬い上げるように放ち対消滅! 弾かれてがら空きの胴体へ黒と白に燃える12の打撃をほぼ同時に叩き込む!
喀血! 憎悪! 憤怒! 悪魔の煮えるような眼光は、今や黒と白に狂おしい程に明滅していた! 殺意が弾ける! 交差が加速する!
小細工無しの短打の応酬が小さな嵐の如く吹き荒れた!
右拳を突き出し弾かれた左腕を戻して出だしを潰そうと振るわれた拳を弾いて逆の拳を打ち込み弾き逸らされた拳を突き出す!
突き出す、突き出す!
悪魔は突き出された拳を払い逸らし妖怪は腹部に炸裂する憎悪を耐え抜いて両こぶしをしゃにむに振るう!
永劫に持つ付くかと思われていた短打の打ち合いは、両者の足が地についたところで終わりを告げた!
「「くわっ!」」
のっぺらぼうが距離を放そうと異能を行使しようとした矢先、その顔面に白炎が炸裂! たたらを踏んで異能の行使は中断された。
「「おのれぇ!」」
妖怪は悪魔へと顔を向ける。目も何も無いはずなのに、凄まじい視線を感じた。憎悪。懊悩。悪魔は笑った。
「「貴様!」」
猛り狂う大妖怪は空間跳躍の選択肢を捨てた。悪魔はこの機を逃しはしないだろう。その確信があった。ならば乗るべし。くだらない試みなど無意味であることを、その命をもって思い知らせてやろう!
のっぺらぼうの神速の空間刃斬撃をかわし、拳を突き出す!
耐久力に任せて拳を受け切り、旋回空間刃をイミテーションの背後より襲わせる! イミテーションは倒れ込むように回避! そして地面に手を付き、身を捻り、蹴りを叩き込む!
黒炎が滾る蹴りが叩き込まれ、されどなおも攻勢に打って出るのっぺらぼう! 同じように引かず、イミテーションは真っ向から迎え撃った!
超零距離での攻防が始まった! もはや両者ともにその場に腰を添えて完全に動かず、上半身だけを動かしてかわし、あるいは弾き、そして打ち合い続けた!
イミテーションは振り下ろされる空間刃を首をかしげてかわし逆手に持ち替えて脇腹を突こうとする手首を打って取り落とさせ絶えず襲い来る旋回空間刃を小刻みに体を動かす事によって薄皮一枚を切り裂く程度に負傷を最小限にとどめながら最終局面に向けてただ只管拳を突き出す!
のっぺらぼうは叩き込まれる白炎に燃える左フックを耐えきり腹部に炸裂つする打撃を耐え胸に炸裂する100を超える打撃群を一切避けず全て己の強靭な生命力と頑強さに任せ最終局面に向けてただひたすら機を窺い続ける!
「「「──────ッ」」」
やがて、両者は示し合わせたが如く跳び離れた。10メートルほどの距離を取り、構えたまま動かない。
「決まる……」
汗でぐっしょりと濡らした額を払い、光の神は確信を持って呟く。他の者もしかり。ひりつく空気を肌で感じ、呼吸すら忘れてただ見守る。
イミテーションは右腕を前に出し、左腕は後ろ手に回し、前を見据える。その眼光は白く黒かった。
のっぺらぼうは千切れ落ちた左腕を一瞥する事も無く残った右腕に力を注ぎ込み、やがて一振りの空間刃を形成した。透き通るような殺意を眼前の怨敵に向ける。どす黒い殺意を放ちながら。
「「「……」」」
空が落ちてくるが如き重圧。視界が黒くなるほどの圧倒的なまでの緊張が場に満ちる。
「……」
殺意で震えるのっぺらぼうを見据えながら、イミテーションの心は不思議と凪いでいた。あれだけ抱いていた激情は、もうずっと遠い。
((全く、熱しやすくて冷めやすい奴だよな。俺って))
鳳凰院コーポレーションの遥か上層、社長室窓が緊張に耐えきれずに割れ、キラキラと光りながら降り注ぎ、音を立てて砕け散った。
「「カーッ!!!」」
のっぺらぼうは踏み込んだ! 強烈な踏み込みは地面に亀裂を生むほどの勢い! まるでワープ潜行染みてその姿が引き延ばされる!
そして、それに一瞬遅れてイミテーションがカッと目を見開く! すでに眼前に迫るのっぺらぼう! だが、悪魔の速度はそれでもなお上回った!
後ろ手に持っていたものを、悪魔は振りかぶっていた。とうの昔に取り落としていたぬらりひょんの長ドスを!
悪魔の眼光が赤熱した! 振りかぶる長ドスの刀身に黒炎と白炎が二重螺旋染みて巻き付いた!
「貴様は!」
悪魔は踏み込む! 妖怪の認識を! 魔王の認識を! 神の認識を! 世界すらも振り切って! 駆ける!
「
「「──────」」
びゅう、と風が吹いた。放射状に吹き荒れた風は、わだかまっていた空気を吹き飛ばした。
得物を振り抜き、背を向けたまま、両者は動かない。
やがて、のっぺらぼうの首に白く黒い線が走ると、ことりと音を立てて頭が落ちた。遅れてその体が仰向けに倒れ伏した。もう動かない。
「ぐっ」
同時にイミテーションの胸から腹にかけて袈裟に裂かれた傷が開き、鮮血が噴き出した。一歩二歩とふらついたが、それでも倒れなかった。
「「西野鍬造と東野東田……?」」
背後で声が聞こえた。振り返り、それを見る。
「「西の村と東の村……?」」
それは小首をかしげた。
「「それがぼく/おいらのなまえ……?」」
「えぇ、そうです」
悪魔は肯定した。
「あなたは西の村で生まれた瞬間に瞬間移動の異能が発動し、東の村で同時期に生まれた子供の座標と重なり、融合したのです」
「「──────」」
それは、呆けた顔で悪魔を見上げた。もはやのっぺらぼうではない。二人の幼い子供の顔だった。
「それだけの事です。ただの不幸な、異能により引き起こされた、可愛そうな事故です」
「「そっか」」
西野鍬造と東野東田の顔がボロボロと崩れ始めた。
「「ぼくのなまえ/おいらのなまえ」」
崩れ、消えてゆくにも拘らず、その顔は穏やかである。
「「ありがとう」」
消えゆくその瞬間まで、二人の子供から笑顔が消えることは無かった。
やがて崩壊は顔全体に達し、灰となって崩れ、風に吹かれて、消えた
虚部隊総大将、ぬらりひょんはこうして死んだ。