影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『蜂の巣』

「いやあマジで今回は疲れたぜ。過去一番かも」

 

 

 開口一番、スーツを着崩した小柄な少女、ビーハイブはそう言った。

 

 

「えぇ、お疲れ様です。頑張った分じっくり休んで欲しいですね。これからまた忙しくなりますから」

「うへ……」

 

 

 イミテーションからそう告げられ、ビーハイブは露骨に嫌そうな顔をすると、思い切り体を脱力させて寝そべった。

 

 

「それにしても……うぷぷ!」

 

 

 かと思えばおもむろにガバッと顔を上げてイミテーションを見上げると、ビーハイブは口元に手を当てて笑った。

 

 

「何かおもしれ―格好してんな!」

「……」

 

 

 現在のイミテーションは車いすに押し込められていた。服装もいつものスーツ姿ではなく、白色のセーターを着こみ、薄茶色のロングスカートの上にブランケットをかけていた。

 

 

 体はシートベルトで拘束されはしていないが、この車いすは搭乗者の有無をリアルタイムで観測しているため下りればすぐに萌へと通達が届く。故に彼は立って歩けるはずなのに降りるに降りられないのだった。

 

 

 ならばなぜ巣から遠く離れたこの地下施設に一人で訪れる事が出来たというのか? 

 

 

 その理由はビーハイブの『侵食』の異能と、彼女が身に宿す〝混沌〟の力の合わせ技である。浸食で車いすの機能をハックし、〝混沌〟によって機能を曖昧化して無効化したのだ。

 

 

 効果を打ち消してはいない。正常と無効化の境界線を曖昧化し、歪められているだけだ。向こうに送られている信号は正常に機能している。

 

 

 これが〝混沌〟の力である。自在に扱えれば現実すらも歪め、曖昧化し、好き勝手に書き換えられる。更に彼女の異能である『侵食』は〝混沌〟と怖ろしい程のシナジーを発揮し、現にこのように世界でも最高峰の付与術師と鍛冶師の創作物ですらも掌握した。

 

 

 ゲーム通りに物事が進んでいたらこれに〝金の力〟まで加わってしまい、今現在のイミテーションでは歯が立たなくなるほどの怪物と成り果てるのだ。

 

 

 だがそれはゲームでの話。現実では〝金の力〟を教団の残党に捻じ込まれるより以前、〝混沌〟の研究の初期段階の時点でイミテーションの手で救い上げられている。

 

 

 多少、否、相当に歪な思考回路の持ち主ではあるが、名状しがたい怪物ではない。おかしなものを見て大笑いする程度には、彼女の情緒は正常の範疇である。

 

 

 今のイミテーションの見てくれだけで言えば、病弱の令嬢といった出で立ちである。

 

 

 しかし、ゲラゲラと笑いこけるビーハイブを見下ろす深い青の瞳の奥には、凡百な苛立ちが窺えた。

 

 

((このクソガキ。てめーが来いっつったからこんな地下くんだりまで足を運んでやったってのに何だこのふざけた……もう帰っちまおうかな))

「ヒーッヒッヒッヒ! ……うん」

 

 

 イミテーションの気配を察したのかどうか知らないが、ビーハイブは目端の涙を払い、口元をにやけながら姿勢を変え、覗き込むように見上げた。

 

 

「まあまあちょっとした戯れじゃねぇか。そう憤る(カッカ)すんなよ」

「……はぁ、ならば、早く要件を言ってください。いくら貴女が信号をごまかしているとはいえ、レトリバーの感は鋭い。巣の中から姿を消している事に感づかれては困ります」

()()()()()()()()()()()

「……」

 

 

 イミテーションは額に手を当てた。ビーハイブはそれでまた笑った。

 

 

「へいへい。要件。要件ね。へぇーへぇーへぇー……」

 

 

 ビーハイブは目を細めた。イミテーションは片眉を吊り上げた。

 

 

「あんた言ったな? 〝事が済んだらご褒美をあげましょう〟ってさ」

「で?」

 

 

 含みのある言い方であった。酷い既視感を感じた。イミテーションは今すぐにでもここから逃げ出したい衝動にかられた。ビーハイブはずるずると這ってイミテーションの膝の上にたどり着き、膝の上に頬をついて顔を乗せた。

 

 

「ご褒美ってさ、何でも良いわけ?」

「程度によりますね」

 

 

 近くなった顔からイミテーションは遠ざかろうとした。先んじて伸びてきた手に頬を挟まれ、ぐいと引っ張られた。

 

 

「じゃあさ」

 

 

 額を合わせ、ビーハイブは言った。

 

 

群れの長(グランドマスター)どもと()()()()()()をさ、オイラともやってくれよ」

「──────何の事ですか」

 

 

 動揺を押し殺し、イミテーションは努めて聞いた。

 

 

「おいおいおいオイラの力はあんたが一番知ってるはずだぜ。潜り込むのなんてお茶の子さいさいさ。出歯亀盗撮はオイラのライフワークさ!」

 

 

 ビーハイブは口端を歪めて嗤った。

 

 

「……視線など感じませんでしたが?」

「あんたも人間って事さ」

 

 

 ビーハイブは片手を放し、掌に物質化した情報体、〝蜂〟を作り出した。サイズは驚くほど小さく、よく目を凝らさなければそこにある事すらも気が付けない程である。

 

 

「──────」

 

 

 遂にイミテーションは口を開いたまま固まった。ビーハイブはこの機を逃さず更に近づき、首に手を回し、上半身を引きずり上げた。今やビーハイブはイミテーションの上半身にぶら下がるような格好で体の殆どを密着させていた。

 

 

 熱っぽい吐息が顔にかかる。えずくような淫気に顔を背けたくとも抑えられて動けない。未だ万全では無いのだ。気が付けば周囲に〝蜂〟が狂ったように飛び交っていた。肩に一匹の〝蜂〟が止まる。0と1で構成された筆箱くらいのサイズの〝蜂〟が、ぎちぎちと顎を鳴らしてイミテーションを見上げた。

 

 

「知っての通りオイラは好奇心旺盛でさ、気になったら止まらねえんだわ」

 

 

 ビーハイブはイミテーションの手を取り、小さい体には不釣り合いな大きさの胸へと押し当てた。柔らかい感触が掌に広がる。嬉しいが、全く嬉しくない感触である。平時ならばともかく、否、平時であろうともこんな基地外一歩手前のいかれポンチと関わるなんて国家予算分の金を貰おうとも御免である。

 

 

 断固拒否である。何が悲しくて自ら繋がりを強くするようなことを自らの手でしなければならないのか。

 

 

 これからどんどん他者との繋がりを断っていくつもりなのだ。特にビーハイブの様な凄まじいまでの情報収集能力を持った存在とは何が何でも縁を切らねばならなかった。

 

 

 その事を含めて適当にどこかの奴隷企業の経営しているピザショップやハンバーガー専門店の永久タダ券でも与えてお茶を濁すつもりだったというのに。何だこのふざけた展開は。

 

 

((オイオイオイこいつは笑えねえ展開になってきたぜ。ここから俺に逆転の目処は──―))

 

 

 ぶーんぶーんぶーんぶーんぶーん。

 

 

 飛び交う〝蜂〟は雲霞の如く際限なく増え続け、まるで一つの生き物のようにうねり、離れ、くっ付いて増殖した。

 

 

「きっかけはインターネットの海の中を適当に漂ってるときに見つけた、どっかの誰かのスマホの中に保存されてた個人撮影のハメ撮りだった」

 

 

 〝蜂〟が部屋のあちこちを飛び交う。まるで養蜂場の中のようだ。

 

 

「驚いたなんてもんじゃねえ。男と女はこんなことヤッてんのかってそりゃあもう恐れ戦いたよ。何たってオイラ、16歳に至る今日まで糞ったれのカス共の研究材料として生きてきた訳だしね」

 

 

 ビーハイブは掌の〝蜂〟を握り潰した。そして手を開けば、どこかの誰かの性行為の映像が流れ始めた。

 

 

「で、違法アップロードされたAVやら個人撮影やらで〝お勉強〟している内に、自分でもやってみたくなった。そりゃそうだろ? 何たって華の16歳。世間じゃヤりたい盛りのお猿さんだろ?」

 

 

 女王蜂は笑みを浮かべた。黄金色の糖蜜の如く蕩けた笑みだった。べたべたとした笑みは、哀れな得物を完全にからめとった。悪魔は戦慄した。

 

 

「そんな中でさあ、気になってる人が? ()()()()()()()()()()()()()とよろしくやってる訳よ?」

 

 

 ぎちぎちぎち

 

 

 獲物の体のあちこちを這いまわっていた〝蜂〟達は顔を上げて顎を鳴らした。母なる女王に向けて誇らし気に。

 

 

「なあなあなあいいだろ別に。だって今更じゃん? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 今更一人増えたところで、だから何だってんだ。ん?」

 

 

 獲物から垂れ落ちた一筋の汗を舐めとり、下の上で転がし、喉を鳴らして飲んだ。

 

 

 ぎちぎちぎち。ぶぶぶぶぶ。

 

 

 耳元を飛び交い、体中を這いまわる〝蜂〟達の視線が全て集中する。数千の無機質な視線の中、獲物は観念したかのように息を吐いた。

 

 

「「……」」

 

 

 全ての者が固唾を飲んで見守る中、獲物は一枚、衣を脱いだ。

 

 

「うは♡」

 

 

 女王は大層お喜びになった。〝蜂〟共はお楽しみの邪魔をする無粋な真似はせず、一斉に得物から飛び離れ、周囲を旋回する〝渦〟の中へと還っていった。

 

 

 女王の〝食事〟を覆い隠すように、〝渦〟はその密度を濃くするのであった。

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