影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『幕間』⑪

 1『鳳凰院邸 庭園テラス』

 

 

 

「──────ハッ!!!」

 

 

 ティーテーブルからおもむろに立ち上がり、萌はしきりに周囲を見渡した。

 

 

「なにやってんだお前」

 

 

 綾子が呆れ眼で鼻を鳴らした。

 

 

「あ、あいつよ! 絶対あいつなんかやってる! 女と!」

「はあ……」

 

 

 茶を飲んでいた績は半目になって萌を見た。

 

 

「え? ほんとに?」

 

 

 みみ子はスマホを取り出してアプリを起動して確認した。

 

 

「え~とどれどれ……うん、正常に機能してるね。で、問題無しっと」

「気のせいだろ? 神経質になりすぎだ。ほら、丁度メイドさんがハーブティを淹れてくれたぞ」

 

 

 軌陸から差し出された茶を払いのけ、萌はなおも主張した。

 

 

「そんな……で、でも。でも! 絶対やってるわよ! 予感がするのよ!」

「そうかなぁ……」

 

 

 リリーは疑わし気に萌を見つめた。

 

 

「そうよ!」

 

 

 萌はリリーを見つめて断言した。力強く。

 

 

「そうかも……」

 

 

 リリーは萌の勢いに押されて彼女の主張を信じかけていた。

 

 

「しっかりいたせー!」

 

 

 正気付かせるべく一二がリリーの頭をひっぱたいた。

 

 

「おいホスト! このうるせーの黙らせろ! これじゃ静かに茶をしばけないんだが!?」

 

 

 いきり立つ萌を押さえる一二が我関せずに茶を啜りながらケーキをもそもそと食べる千歳へと顔を向けた。

 

 

「知るか。犬は犬同士でどうにかしろ。おい、茶が無くなった」

「かしこまりました」

「役に立たねーなくそったれめ!」

「あいつは誰彼構わず食べちゃうようなこんちき野郎よ!」

 

 

 一二は毒づき、顔を真っ赤にして興奮する萌をどうにか抑え込もうとするが、暴走するマイスターは留まる事を知らず、遂には見ていられなくなった綾子が立ち上がって止めにかかった。

 

 

「放しなさいこの駄犬! あんな女たらしなんか私がぶっ殺してやるわ!」

「あ゛ぁ゛!? ッザッケテンジャネッゾ! コラ!」

「落ち着けクソガキ!」

 

 

 挙句の果てには三つ巴の殴り合いが始まった。互いに罵り合いながら殴り合う駄犬三匹を一瞥し、エミリーがリリーへと耳打ちした。

 

 

「良いんですか、あれ?」

「ほっとけばいいんじゃないかな?」

 

 

 リリーは見向きもせずに茶菓子を一つ取って食べた。

 

 

「……」

 

 

 エミリーはリリーと犬三匹を交互に見て、それから一つ頷いた。

 

 

「それもそうですね」

 

 

 三匹はひとしきり殴り合い、最終的にみみ子を一発ずつひっぱたくという事で手打ちとなった。

 

 

「何で!?」

 

 

 ずり落ちた瓶底メガネを直しながら、みみ子は目を白黒させていた。千歳はそれを一瞥し、心底くだらないと鼻を鳴らした。千歳の背後、自我喪失(パペット)メイド長はガラス玉の様な瞳で一部始終を見つめていた。

 

 

 知っている茶会とはかけ離れた作法もへったくれも無い集まり。しかし千歳はそれをずっと望んでいた。嚙みしめるように騒音を聞き、やがて堪えられなくなって爆発した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 2『武装警備員派遣会社ペットショップ 社長室前廊下』

 

 

 

 

「おや?」

「お?」

 

 

 今日はいるだろうかと期待して廊下を歩いていると、目の前から車いすに乗った令嬢染みた格好の男が現れた。

 

 

「あなたは確か……ブルドックさん、でしたかな」

「貴方ほどの人に名前を覚えられるとは、光栄です」

 

 

 ブルドックは会釈した。イミテーションはやんわりと手を振った。

 

 

「私如きにそれほど畏まる必要はありませんよ」

「そうはいきません。社長の大事なビジネスパートナーですからね」

 

 

 ブルドックは短い会話の中、最後まで一線を守り続けた。イミテーションは目を細めた。

 

 

((こいつ目の前の警戒対象が実は敬愛してる社長だって知ったらどんな顔すんだろうなぁ))

 

 

 いたずら心がむくむくと鎌首をもたげてゆく感覚があった。

 

 

 去り行くブルドックの背中を一瞥し、イミテーションは脱力し、雷の速度で車いすを転がして隠し小部屋の中に車いすを隠した。その際に〝蜂〟を取り出して砕き、認識を狂わせた。これでしばらくの間は誤魔化しがきくだろう。イミテーションは頷いた。

 

 

 それからスーツへと着替え、デフォルメされた犬のヘルメットを被り、稲妻の速度でブルドックを追い越し、ダクトの中から社長室へと入り込んでさもずっとそこにいたかのように机の上で手を組んで顎を置き、待った。

 

 

 数秒後、社長室のドアが叩かれ、そっと中を覗いてきたブルドックと目が合った。

 

 

「社長! 今日はいらしたんですね!」

 

 

 露骨に目を輝かせたブルドックは大きな図体を軽快に動かして、まるで子犬のように人懐っこい笑みを浮かべてイミテーション(ここでは調教師(ブリーダー)を名乗る)の前に立った。

 

 

さっき(ひさし)ぶりですねブルドック。元気そうで何よりです」

「社長こそ、元気そうでうれしいです」

 

 

 くたくただがね。喉奥までせり上げた嫌味を飲み干して、イミテーションは内心ゲラゲラと笑っていた。

 

 

((このあからさまな態度の違い! ウケる))

 

 

 仮面の中で表情が見えない事を良い事に、健太郎はそれはもう顔を下品に歪めてせせら笑った。そんな事は露知らず、ブルドックはつらつらと現状の事を語って聞かせてきた。

 

 

 仕事の事。仕事の中で知り合った様々な人。その中でもつい最近の警備の最中でお近づきになった一人の女性との遅れてやって来た甘酸っぱい青春の事などなどを、ブルドックは万感の思いを込めてイミテーションへと報告した。

 

 

((まだ半年くらいしか経ってないってーのに、こいつ色々と変わりすぎじゃね?))

 

 

 お世辞にも端正とは言えない顔を見つめながら、イミテーションはまじまじ見る。

 

 

 ブルドックこと『猪豚駆(いぶたかける)』はゲームでは後半の依頼で出てくる闇の泥の一人として登場する。

 

 

 先天的に闇を持っていた彼は自らの容姿がコンプレックスであり、それを基に起きたいじめに耐えきれずに高校を中退し、自室にて引きこもった。

 

 

 ただ一人自室でわだかまっていた負の感情は熟成し、膨れ上がった。闇にとってそれはこれ以上ない程の養分となり、遂に身も心も闇に囚われ、闇の泥と化してしまう。

 

 

 生前の怨念に突き動かされ、強化された彼の異能である『同調』によってかつてのクラスメイトの肉体を乗っ取り、次々と自殺させていった。

 

 

 事態を重く見た学校側が聖光教へと依頼し、それが巡って暗夜たちの下へと届けられた。

 

 

 彼の討伐後に事の発端を聞かされ、暗夜たちは胸の内を暗くさせながら事件は終了する。

 

 

 だがこの世界では死ぬ寸前にイミテーションに見いだされ、ポメラニアンたちに受けさせていた訓練をさらにマシにした訓練を行う施設、通称〝犬小屋〟へと放り込まれた。

 

 

 地獄のような訓練漬けの日々であったが、かつての地獄に比べれば何のことか、と見事訓練を受け切り、合格の証しとしてブルドックの名を与えられた。

 

 

 晴れてペットショップのメンバーとして働くことを許された彼は、目覚ましい躍進を遂げた。

 

 

 同調の異能を駆使したドローン同時操作による広域を一人で警備できる特性は何処へ行っても引っ張りだこ。物腰も柔らかで話していて楽しく、縦にも横にも広い体は見る者に安心感を与え、戦闘能力は社長お墨付きだ。

 

 

 ペットショップと言われれば、まず真っ先に彼の名が上がるほどにまで彼は成長した。たったの半年前の出来事だ。いくら闇が宿っていてある程度体の変化を起こせるとはいえ、これは流石に変わりすぎではなかろうかと、イミテーションは微かに引いていた。

 

 

 だが、変わりようで言えばもう一人、似たようなのがいた。

 

 

「ブルドックくーん☆いるー?」

 

 

 ドアが開かれ、ブルドックに近い身長を持った女がひょっこりと顔を出した。

 

 

「やあハスキー。何かな?」

「あら~? 誰かと話し……て……る……」

 

 

 はじめはにこやかに微笑みかけていたハスキーだが、彼の背後に誰かがいる事に気が付いた彼女は首を伸ばしてブルドックの前に立つ者を検め、言葉は次第に尻すぼみに消えていった。

 

 

  (「やっべ……」)

 

 

 明らかに素となったブルドックがぼそりと呟いたのを、イミテーションは確かに聴いた。

 

 

((やっべ……))

 

 

 しかしイミテーションは気にしなかった。気にできなかったというべきか。幽鬼の如く揺らめきながら近づいてくるハスキーに、下品な笑みは引っ込んでいた。ブルドックは腰を引きながら後退さった。

 

 

「ご、ごゆっくり」

 

 

 それだけ言って、ブルドックは脱兎のごとく逃げ去った。

 

 

「社長……? 帰ってたんですか……?」

 

 

 前に至ったハスキーは光差さぬ瞳でイミテーションを見下ろしながら、顔を覆うヘルメットをペタペタと触った。

 

 

「何時? 何で? どうして教えて下さらなかったんですか?」

((オイオイオイまた笑えねえことになってきたぞ。と、とにかく落ち着かせねば! ていうか何でこうなった! お前そんなキャラだったか!?))

 

 

 ハスキー、あるいは『高橋加奈』はこれより1年後の未来で本来ならば『名状しがたい者』としてゲーム後半の依頼で出てくるボスエネミーであった。

 

 

 依頼内容は彼女の家族や元恋人に起きる怪事件の調査の依頼であり、最終的に元恋人を〝混沌〟によって強化された異能『倍増』で身体機能を増加させて惨殺したところで対峙する事になる。

 

 

 死闘の末、彼女を滅ぼした主人公の少女二人は死にゆく彼女の呪詛『愛は呪いと同じ』という言葉に長い事囚われることとなる。

 

 

 しかしこの世界では堕ちる寸前で救われ、心身ともに徹底的に痛めつければあら不思議、根底は何も変わっていないが戦闘能力だけ向上した魔物が誕生した。

 

 

((ざけんじゃねぇ! おかしいだろ何であれだけ徹底的にやってやったのに対して変化がねえんだよ! ていうか悪化してるし! 変化っつったって負の方向じゃん! お前こそ闇の者じゃねーか!?))

 

 

 内心絶叫するイミテーションだが、緩慢な動作だったハスキーが突如としてガバッと両腕を広げたかと思えば、力いっぱい頭を抱きしめ、顔を埋めた。

 

 

「どうしてですか私何か悪いことしちゃいましたか昨日だってメッセージ送りましたよね見ましたよね既読ついてましたからねだったらなんで返信してくださらなかったんですか私の事嫌いになってしまったんですか私あなたのためでしたら何だってします今日だって一杯頑張りました全てはあなたのためです好きです愛してます社長も私の事が好きですよね? ね? ね?」

((あわあわあわ))

 

 

 みしみしとヘルメットが音を立てて軋んでゆく。健太郎に先ほどまでの余裕は無い。狂った獣を前にした登山客の如く、ただ必死だった。

 

 

 拘束が解かれたのはたっぷり一時間後の事で、更に解放されたのはもう一時間が経った後の事であった。

 

 

 好奇心は猫をも殺すというが、調教師を絞め殺す犬がいるとは思うまい。世の中は予測不能な事で満ちている。精魂尽き果てた健太郎は、それを嫌というほどに思い知った。

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