影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「グワーッ……あれ?」
突如として視界が真っ黒に染まり、次に来る苦痛に備えていた暗夜だが、まるで何の痛痒も感じずに困惑の声を発した。
「チィ……」
一方の魔王はというと明らかな敵意と共に放たれた『破壊』、それも全く質を異にする闇と、暗夜の莫大な光とで板挟みとなった。
相反する性質の属性の衝突。当然その後に来るのは対消滅だ。それを喰らえばさすがの魔王とて多少の手傷は負うであろう。
魔王は対消滅の予兆を感じた瞬間に体内の闇を瞬間圧縮して解放した。ぼんっという腹に響く音と共に魔王は吹き飛んだ。衝撃に抗わずにそのまま吹き飛び、ギリギリの所で対消滅の影響から逃れたのだった。
「どわあっ!?」
対消滅の影響に暗夜は踏ん張りがきかずに大きく吹き飛ばされた。しかし、寸前で光の幕によって受け止められた。
「おい績! 今のは!」
「全く、来ているなら堂々と姿を晒せばいいでしょうに!」
績への返答代わりと言わんばかりに、大量の破壊球が魔王目がけて降り注いだ。途端に始まる絨毯爆撃染みた破壊の豪雨は建物を、コンクリートをまるで紙屑の如くあっさりと破壊し、たった一個人で町をそっくりそのまま破壊するかの如き勢いである。遠慮というものがまるでない。
「はっははははは!」
継続する破壊音を切り裂いて、鈴の音のような声があげる哄笑が響き渡る。
一同は天を仰ぎ見る。そこには青空よりもなお青く、蒼い、黒があった。
「どうしたどうした大魔王! お前があれしきの不意打ちを喰らうだなどと! ついに耄碌したか! わはははは!」
鳳凰院千歳は高らかに歌うように嘲笑い、叩きつける破壊の大雨の密度をなおも高めた。
「む、無茶苦茶だ!? 何やってんだあいつは!? というかどっから湧いた!? いつ来た! 報連相をしろー!」
「ひーっ!」
「馬鹿言ってないであんたも撃ち込みなさい!」
「撃て撃て撃て撃てー!」
何が何やらさっぱり理解できていない暗夜一同であるが、ともかくこの好機を逃すつもりはなかった。遠距離攻撃を持つ者はありったけを集め、千歳の攻撃に合わせて砲撃を開始した。
黒一色の豪雨の中に、白が混じり始めた。大小さまざまな光球が黒の豪雨を押しのけんとするかのように弾け、遂には白と黒が拮抗し、互いに押し合いながらただ一つの標的に向けて降り注いだ。
「ぬあ、負けるか!」
一丸となって光を放つ暗夜たちに負けん気を爆発させた千歳は、破壊の勢いをなおも強めんとした。しかし、豪雨の中を突き破り、闇色の球体が千歳を目がけて突っ込んできた。
「ぬっ!?」
千歳は瞬時に手の中に黒い長杖『黒龍』を呼び寄せ、まるで剣のように振るって振り下ろされた長刀の一撃をかろうじて防いだ。
「人形風情が図に乗るな」
「はっ!」
焦げた匂いを発する魔王の言葉を、千歳は一笑に付した。
「むん」
魔王はそのまま長剣を振り抜き、千歳を空から叩き落した。
「ぐぬっ」
姿勢制御は辛うじて間に合い、千歳は何とか両足で着地した。ずん、と両足を中心に小さなクレーターが出来上がった。反動に顔を顰める千歳。
魔王はすかさず切りつけにかかる。千歳も同様に杖を振るい応戦する。
「むん」
魔王の急降下斬撃を受け止めるのではなく逸らし、次いで来る掬い上げるような切り上げを背後へと跳んでかわし、間髪入れずに放たれた突進切りに破壊を叩きつけた。
「猪口才也」
意に介さず魔王はそのまま切りつけにかかる。だが多少は勢いが衰えたために反応が辛うじて間に合った。袈裟懸けに胴を切り裂く斬撃を、千歳は杖で受け止める。両者は至近距離で睨み合ったまま鍔ぜり合った。
「あの時の従順な人形が大した反抗具合だ。自由を得て、自分が何か大きなものだと勘違いしたか?」
ぎりぎりと長剣を押し込みながら魔王は冷たく言った。
「従順になること以外に知らぬ耄碌した即身仏が言うも言うたり! いつまでも親にしがみ付く事しかできんのか? いい加減自立を知り、世界を知れ!」
圧力に抗いながら、それでも顔には笑みを浮かべ、千歳は吠えるように吐き捨てた。
「抜かせ、箱庭から捨てられた人形風情が」
「勘違いするな。私ははじめからあんな箱庭など不要だった。戯れに居ついてやっただけの事。だがそれももう終いだ! 消えろ!」
千歳は片手を離し魔王に向けて破壊の束を叩きつけた。
「未熟な『破壊』だ。真の『破壊』を見せてやろう」
だがやはり魔王には通じず、奔流の中を悠々と動きながら千歳に向けて手をかざした。
「これは──────」
魔王の掌から千歳が放った破壊の束を遥かに凌ぐ膨大な破壊の奔流が放たれた。
「うん?」
魔王は訝り、それから頭上を仰ぎ見た。
「すばしっこい奴」
彼の視線の先には天使に抱えられた千歳が、無様にも歯噛みしてこちらを睨みつけていた。
「無茶が過ぎる。もう少し躊躇いを持て」
「うるさい。その程度の考えで魔王と対峙できるなどと思うな」
千歳は舌打ちした。軌陸は何も言わなかった。残念ながら千歳の言い分はある意味で正しい。しかしそれでも、彼女たちは一人で戦っている訳では無いのだ。
「頼れ」
「……興が乗ったらな」
千歳の眼下、体勢を立て直した暗夜が績、萌、エミリーのサポートを受けながら再び切り込んでいく光景が見えた。
「タイミングを見て投下する。準備しろ」
「私に命令するな」
そう言うが、千歳は特に抗わなかった。軌陸は暗夜の大立ち回りを俯瞰して見下ろしながら機を窺う。
「だおっ!」
光を纏った暗夜の聖剣を弾き、弧を描いて飛んでくる光球を殴りつけて破壊し、その隙に放たれた回転斬撃をバックステップでかわし、着地間際を狙った怪光線を長剣の一閃でたやすく弾く。
「そろそろこちらから行かせてもらおう。戯れはこれにて終いだ」
魔王の纏う雰囲気が変わった。先ほどまでは、言うなれば空気の入っていない風船のように、どこか気が抜けていた。
しかし今は違う。つまりそれは、魔王の様子見がいよいよもって終わりを告げたことを意味していた。暗夜は反射的に切り込もうとしたが。
「げっ」
聖剣を振りかぶっていた暗夜に瞬間移動もかくやという速度で魔王が現れ、がら空きの胴体へ掌底。波打つ衝撃にたたらを踏んでいる暗夜へ長剣を振り下ろす。
「くそっ!」
暗夜はぎりぎりで後方へ引く事が出来た。でなければ、そのまま真っ二つに切り裂かれていた。それでも胴体に決して浅くない切り傷が刻まれた。鮮血が舞い、激痛に溜まらず顔を顰める。
「暗夜!」
「お前も例外ではないぞ」
「っ!?」
いつの間にか眼前にいた魔王が績へと掌を向けていた。
「──────」
彼女が何か言葉を発するよりも早く、莫大な破壊の奔流が績を飲み込んだ。
「績!」
「お前もなかなか鬱陶しかったぞ」
吹き飛んで行く績を目で追ってしまったエミリーへと魔王は踏み込んだ。
「しまッ」
防御するよりも早く、エミリーのこめかみを魔王の拳が打ち抜いた。エミリーは数メートルほど吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がり、びくびくと痙攣したまま動かない。
「咄嗟に跳んだか。今の動き、奴仕込みか。ふん」
煩わし気に鼻を鳴らし、頭を踏み砕いて止めを刺そうとした魔王の背後に、黒と白の刺突が襲い掛かった。
「くどい」
「があああああ!?」
「あぁ!?」
魔王は全身から破壊の波動を放出した。それだけで軌陸と千歳はあっさりと吹き飛ばされ、倒壊した建物の瓦礫の中に頭から突っ込んだ。
「とどめを」
軌陸と千歳に向けて破壊砲を放とうとした魔王だが、またしても行動は遮られた。横合いから凄まじい勢いで突っ込んできたロケット砲に、溜まらずたたらを踏んだ。
「本当にお前たちはどうしようもないほどに鬱陶しいな」
爆炎を抜けた先、ミサイルランチャーを担ぎ上げるみみ子と萌を心底辟易したように言いながら睨みつける。
「邪魔の極み。消えろ」
魔王は軌陸と千歳に放つはずだった特大の破壊球を、みみ子と萌に向かって撃ち放った。
「みみ子!」
「うわ、うわわわわ!?」
萌はタコちゃんのバリア装置を作動させ、みみ子は付与によってただ只管に強化する。やがて破壊球がバリアに接触した。
目も眩むような閃光と共に特大の闇の爆発が巻き起こった。再び立ち昇るきのこ雲は、先程のものよりもなお大きく膨れ上がり、空を真っ黒に染め上げた。
「……こいつらもか」
爆煙で見えないが、魔王は感じ取っていた。きのこ雲の中心に、まだかすかに燃える命の灯の熱を。2人だけではない。他の面々も生きている。辛うじてではあるが。それが、魔王にとっては許しがたい事実であった。
そして何よりも許せないのが。
「お前だよ今代の勇者」
「こなくそがぁああああ!!!」
聖剣の連撃を涼し気に受け止めながら、魔王は苛立ちも露に長剣を勢いよく振るった。
その一閃は今までのどんな一撃よりも素早く、重く、そして死に近い一撃であった。
受け止めた聖剣ごと、暗夜は真一文字に叩き割られた。
「がふっ」
折れた聖剣を茫然と見つめながら暗夜は一歩二歩と後退り、やがて仰向けに倒れ伏した。
暗夜の口からひゅーひゅーと音が漏れ、胸は激しく上下に上げさえを繰り返している。辛うじて、生きている。死んでいない。
「悪魔め、何処までも鬱陶しい……!」
本来ならば真っ二つに叩き割っていたはずだったのに、暗夜は長剣が体を通過する直前に一歩後ろへと引いていた。それによりギリギリの所で暗夜は命を繋いでいた。
他の者も似たり寄ったりであった。皆が命の危機に際して意識下か無意識下か分からないが、ともかく命を繋ぐための行動をしていた。
そしてその動きは、あの忌々しい悪魔の動きと腹立たしい程に重なった。
「ふん、所詮は付け焼刃よ」
彼らの動きは悪魔の動きに比べればあまりにもお粗末であり、現にあの悪魔ならば完全に回避しているはずの行動でも命をかろうじて繋ぐのがやっとの有様だ。
「お前らの死体を見せてやれば、いかな奴とて動揺を隠しきれるものではあるまい」
魔王は長剣を逆手に持ち、切っ先を暗夜の胸へと定めた。
「助けなら来んぞ。今頃奴は『巨人』どもの対処に追われている。助けに来る確率は―――」
魔王の主観時間が鈍化し、世界の全てが動きを止めた。
(……バカな)
魔王はただ驚愕していた。万全を期した。悪魔を罠にはめるために組み立てた策。足止めのための大規模な破壊行為。その隙に勇者たちを人質に取り、やって来た悪魔に光と闇を叩き込む。
死ねばそれはそれでよし。過剰な光と闇に晒されて暴走すればなおのことよし。どう転んでも悪魔は死に、世界に凄まじい厄災が解き放たれる。そういう手はずであった。
彼は読み違えていた。悪魔の手の広さを。悪魔に唆された者の多さを。
彼はずっと備えていた。不測の事態に。不運に。想定外に。故に、ここに、悪魔はいる。
(──────)
最早魔王の脳裏に言葉は無く、ただ訪れるはずのものへの対処へと死に物狂いで体を動かした。
ゆっくりと振り返り、両腕をクロスさせた。その直後に黒と白の炎が二重螺旋を描いて衝突した。
「──────っ!」
悪魔は目を見開いた。まさか完全に不意を突いた鷲の嘴が防がれるなどとは。
確かに悪魔が動かれてから動いたのでは、この世のどんな者でも反応できるはずが無い。魔王が反応したのはその予兆。死の先触れに触れた瞬間に彼は行動を開始したのだ。
「悪魔っ!」
魔王は宿敵を睨み、叫んだ。悪魔は黒と白に明滅する目を細めた。