影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『chapter10 魔王襲来』⑥

「──────はぁッッ!?」

 

 

 自分の悲鳴で目が覚めた。息を荒げながら上半身を跳ね起こす。

 

 

「はぁっはぁっはぁっ……あぁ?」

 

 

 胸に手を添えて暴れ狂う心臓を宥めすかしながら、目をしばたいて、現状を把握しようとする。

 

 

 もはやピクリとも動かなくなった死んだファン。新しく変えたはずなのに光量の弱い電灯。血と錆の匂いに満ちた死んだ空気。ところどころ剥がれ落ち、剥き出しになった鉄骨やコンクリートが覗く壁。

 

 

 そうだここは自室だ。記憶にある物よりもなお朽ちた物品の数々に、俺は安堵を覚え、そして()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな風に思えるならば、()()()()()()()

 

 

 過去起きた出来事の中で2番目に最悪な出来事が、より一層精神を冷やし、思考は澄み渡った。

 

 

 あの拷問の記憶から4年。

 

 

 今日は4月9日。千歳が『神代学園』に入学する日。正真正銘、全てが始まる日。俺が生きるか死ぬかがついに決定する年。

 

 

 吉田健太郎が生まれてから、19年。()()()()()()()()()

 

 

 枕元に置いてあったデジタル時計に目を移す。時刻は午前4時を丁度回った所だった。

 

 

 予定通り。寝ざめは最悪で、スタートとしてはあまりにも縁起が悪い事この上ないが、さして問題はない。元から自分自身に期待などしていない。

 

 

 立ち上がり、洗面台へ行って顔を洗い、歯を磨く。口をゆすいで吐き捨てると、ベッドを動かしてその下の床の一部を引っぺがし、中から鍵付きの黒いアタッシュアタッシュケースを取り出す。

 

 

 俺は喉に手を突っ込んだ。

 

 

「オエッ! エェ―ッ!」

 

 

 ゲロゲロと胃液と、鍵の入ったジップロック付きの小さなビニール袋を吐き出した。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 口元を拭いながらビニールを拾い上げ中身の鍵を取り出す。袋をコピーした異能『破壊』で跡形もなく消し去り、アタッシュケースの鍵を開ける。

 

 

 中に入っていたのは──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健太郎は首を傾げた。そこには本来入っているはずのスーツが入っておらず、代わりに入っていたのは錆び付いた一本の鍵である。

 

 

 しかし、健太郎はさほど悩まずに鍵を手に取り、ポケットの中へと入れた。

 

 

 その時だった。 かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。

 

 

「やべ、早く着替えなきゃ……あ?」

 

 

 顔を上げた健太郎は目をしばたいた。目の前には鏡があり、そこに映る自分の姿はいつの間にか黒一色のスーツに身を包んでいた。

 

 

「お、おぉ?」

 

 

 訝って固まるも、聞こえてくる足音が徐々に大きくなっていき、健太郎は慌てて部屋を出て廊下を横切り、訓練場の方へ向かった。

 

 

 ドアを開けようとした、開かない。どれだけ力を入れようとも、バレるのすらも厭わずに殴りつけてみたものの、扉はびくともしない。

 

 

「ナンデ? ……あ」

 

 

 ピンと来て、ポケットの中の錆びた鍵を押し込み、捻った。かちりと音がして、ドアは開場された。ノブを捻る。扉はあっさりと開いた。

 

 

 足音は徐々に大きくなってゆく。健太郎は慌てて中へと滑り込んだ。

 

 

「ふう……」

 

 

 ドアを閉め、振り返る。

 

 

「あ?」

 

 

 所狭しと置かれた人形の咲き乱れる大きくて小さな部屋。主はおらず、伽藍洞のドールハウスの中に、健太郎は居た。

 

 

「こ、これは……ヴッ──────」

 

 

 途端に髄の奥が割れんばかりの痛みを発し、堪らずに膝を付く。だがそんな痛みなど、何の事も無かった。ぽっかりと空いた記憶の欠乏に流れ込む()()()()()()()の回帰に比べれば。

 

 

 パッパッと、銀河に閃く星々のように、忌々しい記憶の数々が鮮烈な光を放って瞬いた。

 

 

 可愛そうな千歳。()()()()()()()千歳。夕暮れの中、遂に巣立って行く千歳の背中。

 

 

「くそ……」

 

 

 頭を振るって立ち上がる。頭痛は去っていた。残ったのは心底の不快感のみ。

 

 

 流れ落ちる血涙を払い、首を巡らせる。本来は主が縮こまっていたはずの人形の群れの中心に、闇色の鍵がぽつんと置かれていた。

 

 

 その時かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。

 

 

 健太郎は人形を蹴散らしながらそれを手に取った。人形たちは彼が扉の鍵を開けて消えるその時まで、ずっと無機質な目で追っていた。

 

 

 零度の視線を振り切り、ドアを閉め、振り返る。そこは見知った〝巣〟のリビングルームであった。

 

 

 従僕の犬たちはいない。代わりにあるのは、無造作に捨て置かれたケルベロス、スコルとハティ、イヌガミ、タコちゃん、そして……。

 

 

「ふん」

 

 

 テーブルの上でカタカタと震えるアタッシュケースを一瞥し、鼻を鳴らす。歩み寄り、手をかける。震えは止まった。

 

 

 構わずに開ける。あの日のように。淡々と。

 

 

 光が漏れた。あまりの眩しさに目を閉じる。同時に閃くのは犬たちの出会いの記憶。

 

 

 裏路地の闇を切り裂く月光の中、照らし出された薄汚れた3匹の野良犬。失意の中、美しい記憶と共に朽ち果てることを望んだ老犬と子犬。父と母を殺された傷口をこさえ、それでもなお強く大地を踏みしめて歩む野良犬。信じていた者に裏切られ、自暴自棄になっていた犬。

 

 

 犬、犬、犬。たくさんの犬。程よく愚かな犬。強かな犬。強烈な欲求を秘めた犬。なんかいた犬。

 

 

 数多の犬の顔が閃く。その人生を、末路を思う。

 

 

 ……だからどうした。

 

 

 光が収まった。目を動かす。そこにはただ一本の白い鍵が入っていた。鼻を鳴らし、右手を上げた。

 

 

 鋼鉄製の籠手(ガントレット)が右腕をすっぽりと覆っていた。左腕も同様に。

 

 

『グルル……』

 

 

 健太郎は煩わしげに振り返った。飢えた(けだもの)の視線が突き刺さる。鋼色の毛を超自然の風に揺らめかせた、人をたやすく噛み殺せる程の大顎を持った狼が、静かにたたずんでいた。

 

 

 かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。

 

 

 鼻を鳴らし、背を向けて扉へ向かう。獣もそれに続いてゆっくりと動き出した。

 

 

 鍵を差し込み、捻る。かちりと音がして、扉はひとりでに開いた。潜り抜け、その先へと向かう。

 

 

 次に現れたのは、どこかの学校の教室であった。

 

 

 からっぽの教室の中を横切り、机の上に置いてあったメイス、白い長剣、コンタクトレンズとそれを入れる箱、そして折れた聖剣を通り過ぎ、教卓の上に置いてある箱に手を伸ばし、開ける。

 

 

 光が漏れた。脳裏を過る記憶はとある少年少女の記憶。己の運命を知り得た少年と少女。それを支える少女とその友。

 

 

 彼らが歩むであろう過酷な道を、苦難を思う。

 

 

 ……知った事か。

 

 

 光が収まると、そこには白と黒に分かれた鍵があった。

 

 

 

 かつんと靴が床を打つ音が微かに聞こえた。

 

 

 鍵を無造作に取り、黒板の真横にいつの間にかあった扉の前に立ち、鍵を差し込み、中へと入ってゆく。

 

 

 そこはどこかのビルの社長室だった。うすら寒い空気をかき分けて、長机の上に置かれてある箱を開ける。光が漏れ、忌々しい記憶が閃く。

 

 

 無表情に見えて、腹の底では自分を含めたすべてを憎み、畏れていた哀れな子供のような大人の顔。

 

 

「はっ」

 

 

 せせら笑い、現れた鍵を手に取る。それは白でも黒でもなく、何色でも無い色の鍵だった。

 

 

 かつん、かつん、かつん。靴音が響く。

 

 

 現れた扉に向かい歩を進め、鍵穴に鍵を押し込み、捻る。抵抗があった。固く、拒むようなそれを、凄まじく強引に捩じり、無理やりとこじ開けてゆく。

 

 

 やがて根負けしたかのように重い音を立ててドアは開かれた。躊躇わずに中へ。

 

 

 視界に入るのは、記憶の堆積物。

 

 

 壊れた水槽、握り潰されたバーベル、へし折られた竹刀や千切れた鞭、半ばからへし折れた平均台、中身が飛び出して使い物にならなくなったサンドバック。

 

 

 過去の残骸たち。健太郎は故郷へと再び足を踏み入れていた。

 

 

 かつんかつんかつん。靴音はどんどん間隔が短くなってゆく。やがて部屋の前で止まったかと思えば、激しい音を立てて蹴破られた。

 

 

「■■ー■■■■■!!!」

 

 

 現れたのは、白でも黒でもない色をした、不定形な影であった。健太郎は訝った。

 

 

「そりゃそうさ、だってあれは死そのもの。(まこと)の死というものはちっぽけな人間じゃあどうやったって表現できないからね!」

 

 

 肩を組んできた者へ目を向ける。

 

 

「やあ久しぶり! 元気してた?」

 

 

 教官殿はにこやかに笑いかけてきた。

 

 

「何でお前がここにいる」

「愚問を……」

 

 

 ゆっくりと近寄って来る〝死〟を和やかに見つめながら、教官殿は目を細めて笑う。

 

 

「あれは(きみ)にとっての死の象徴で、俺は(きみ)にとっての暴力の象徴にして道を切り開くための草刈り鎌さ。これ以上は言わなくても分るよな?」

 

 

 そう言って教官殿は顎をしゃくった。その先には大きな砂時計が置かれており、中の白でも黒でも無い砂がみるみると下へと落ちていく。

 

 

「君には選択肢がある」

 

 

 教官殿は続ける。

 

 

「このまま彼に身を任せて緩やかな滅びを受け入れるか、もしくはやりたくもない事をやらされ、受けたくもない痛みを受け、行きたくもない道を突き進まされるか」

 

 

 二つに一つさ。そう言って口を閉じた。

 

 

「……」

 

 

 健太郎は教官殿を睨みつけた。教官殿は笑った。

 

 

「はあ……」

 

 

 頭を振るい、躊躇いなく〝死〟へと歩み寄る。拳を固く握りしめ、眼光を白く黒く燃やしながら。

 

 

「良いんじゃない? それが他ならぬ自分の選択というのならば――――――」

 

 

 声が遠ざかる。〝死〟が迫る。それに伴い、壁が音を立てて崩れ始めた。パラパラと剥がれ落ちてゆく空間の向こうには、何色でもない色の光が轟々と渦を巻いく。

 

 

 最早一刻の猶予も無い。一撃でカタをつける。〝死〟が目前で佇み、同じように拳を握りこむ。

 

 

 健太郎の眼光が赤熱した。黒と白の光が激しく明滅する。明滅の速度はどんどん早くなる。いつしか光の色は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何の事はない。例えどれだけ強大な流れであろうとも、抗えば四散するのみであるが、別に抗う必要など無いのだ。流水の上に波紋すら立てずに落ちた木の葉のように。ただ身を任せればよい

 

 

「「──────」」

 

 

 その瞬間に両者は拳を振り抜いていた。何色でも無い光が流星の如く交差した。世界が音を立てて崩壊した。

 

 

 光が爆ぜた。意識が覚醒する。

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