影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「──────はぁッッ!?」
自分の悲鳴で目が覚めた。息を荒げながら上半身を跳ね起こす。
「はぁっはぁっはぁっ……あぁ?」
胸に手を添えて暴れ狂う心臓を宥めすかしながら、目をしばたいて、現状を把握しようとする。
もはやピクリとも動かなくなった死んだファン。新しく変えたはずなのに光量の弱い電灯。血と錆の匂いに満ちた死んだ空気。ところどころ剥がれ落ち、剥き出しになった鉄骨やコンクリートが覗く壁。
そうだここは自室だ。記憶にある物よりもなお朽ちた物品の数々に、俺は安堵を覚え、そして
そんな風に思えるならば、
過去起きた出来事の中で2番目に最悪な出来事が、より一層精神を冷やし、思考は澄み渡った。
あの拷問の記憶から4年。
今日は4月9日。千歳が『神代学園』に入学する日。正真正銘、全てが始まる日。俺が生きるか死ぬかがついに決定する年。
吉田健太郎が生まれてから、19年。
枕元に置いてあったデジタル時計に目を移す。時刻は午前4時を丁度回った所だった。
予定通り。寝ざめは最悪で、スタートとしてはあまりにも縁起が悪い事この上ないが、さして問題はない。元から自分自身に期待などしていない。
立ち上がり、洗面台へ行って顔を洗い、歯を磨く。口をゆすいで吐き捨てると、ベッドを動かしてその下の床の一部を引っぺがし、中から鍵付きの黒いアタッシュアタッシュケースを取り出す。
俺は喉に手を突っ込んだ。
「オエッ! エェ―ッ!」
ゲロゲロと胃液と、鍵の入ったジップロック付きの小さなビニール袋を吐き出した。
「ふぅ……」
口元を拭いながらビニールを拾い上げ中身の鍵を取り出す。袋をコピーした異能『破壊』で跡形もなく消し去り、アタッシュケースの鍵を開ける。
中に入っていたのは──────。
健太郎は首を傾げた。そこには本来入っているはずのスーツが入っておらず、代わりに入っていたのは錆び付いた一本の鍵である。
しかし、健太郎はさほど悩まずに鍵を手に取り、ポケットの中へと入れた。
その時だった。 かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。
「やべ、早く着替えなきゃ……あ?」
顔を上げた健太郎は目をしばたいた。目の前には鏡があり、そこに映る自分の姿はいつの間にか黒一色のスーツに身を包んでいた。
「お、おぉ?」
訝って固まるも、聞こえてくる足音が徐々に大きくなっていき、健太郎は慌てて部屋を出て廊下を横切り、訓練場の方へ向かった。
ドアを開けようとした、開かない。どれだけ力を入れようとも、バレるのすらも厭わずに殴りつけてみたものの、扉はびくともしない。
「ナンデ? ……あ」
ピンと来て、ポケットの中の錆びた鍵を押し込み、捻った。かちりと音がして、ドアは開場された。ノブを捻る。扉はあっさりと開いた。
足音は徐々に大きくなってゆく。健太郎は慌てて中へと滑り込んだ。
「ふう……」
ドアを閉め、振り返る。
「あ?」
所狭しと置かれた人形の咲き乱れる大きくて小さな部屋。主はおらず、伽藍洞のドールハウスの中に、健太郎は居た。
「こ、これは……ヴッ──────」
途端に髄の奥が割れんばかりの痛みを発し、堪らずに膝を付く。だがそんな痛みなど、何の事も無かった。ぽっかりと空いた記憶の欠乏に流れ込む
パッパッと、銀河に閃く星々のように、忌々しい記憶の数々が鮮烈な光を放って瞬いた。
可愛そうな千歳。
「くそ……」
頭を振るって立ち上がる。頭痛は去っていた。残ったのは心底の不快感のみ。
流れ落ちる血涙を払い、首を巡らせる。本来は主が縮こまっていたはずの人形の群れの中心に、闇色の鍵がぽつんと置かれていた。
その時かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。
健太郎は人形を蹴散らしながらそれを手に取った。人形たちは彼が扉の鍵を開けて消えるその時まで、ずっと無機質な目で追っていた。
零度の視線を振り切り、ドアを閉め、振り返る。そこは見知った〝巣〟のリビングルームであった。
従僕の犬たちはいない。代わりにあるのは、無造作に捨て置かれたケルベロス、スコルとハティ、イヌガミ、タコちゃん、そして……。
「ふん」
テーブルの上でカタカタと震えるアタッシュケースを一瞥し、鼻を鳴らす。歩み寄り、手をかける。震えは止まった。
構わずに開ける。あの日のように。淡々と。
光が漏れた。あまりの眩しさに目を閉じる。同時に閃くのは犬たちの出会いの記憶。
裏路地の闇を切り裂く月光の中、照らし出された薄汚れた3匹の野良犬。失意の中、美しい記憶と共に朽ち果てることを望んだ老犬と子犬。父と母を殺された傷口をこさえ、それでもなお強く大地を踏みしめて歩む野良犬。信じていた者に裏切られ、自暴自棄になっていた犬。
犬、犬、犬。たくさんの犬。程よく愚かな犬。強かな犬。強烈な欲求を秘めた犬。なんかいた犬。
数多の犬の顔が閃く。その人生を、末路を思う。
……だからどうした。
光が収まった。目を動かす。そこにはただ一本の白い鍵が入っていた。鼻を鳴らし、右手を上げた。
鋼鉄製の
『グルル……』
健太郎は煩わしげに振り返った。飢えた
かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。
鼻を鳴らし、背を向けて扉へ向かう。獣もそれに続いてゆっくりと動き出した。
鍵を差し込み、捻る。かちりと音がして、扉はひとりでに開いた。潜り抜け、その先へと向かう。
次に現れたのは、どこかの学校の教室であった。
からっぽの教室の中を横切り、机の上に置いてあったメイス、白い長剣、コンタクトレンズとそれを入れる箱、そして折れた聖剣を通り過ぎ、教卓の上に置いてある箱に手を伸ばし、開ける。
光が漏れた。脳裏を過る記憶はとある少年少女の記憶。己の運命を知り得た少年と少女。それを支える少女とその友。
彼らが歩むであろう過酷な道を、苦難を思う。
……知った事か。
光が収まると、そこには白と黒に分かれた鍵があった。
かつんと靴が床を打つ音が微かに聞こえた。
鍵を無造作に取り、黒板の真横にいつの間にかあった扉の前に立ち、鍵を差し込み、中へと入ってゆく。
そこはどこかのビルの社長室だった。うすら寒い空気をかき分けて、長机の上に置かれてある箱を開ける。光が漏れ、忌々しい記憶が閃く。
無表情に見えて、腹の底では自分を含めたすべてを憎み、畏れていた哀れな子供のような大人の顔。
「はっ」
せせら笑い、現れた鍵を手に取る。それは白でも黒でもなく、何色でも無い色の鍵だった。
かつん、かつん、かつん。靴音が響く。
現れた扉に向かい歩を進め、鍵穴に鍵を押し込み、捻る。抵抗があった。固く、拒むようなそれを、凄まじく強引に捩じり、無理やりとこじ開けてゆく。
やがて根負けしたかのように重い音を立ててドアは開かれた。躊躇わずに中へ。
視界に入るのは、記憶の堆積物。
壊れた水槽、握り潰されたバーベル、へし折られた竹刀や千切れた鞭、半ばからへし折れた平均台、中身が飛び出して使い物にならなくなったサンドバック。
過去の残骸たち。健太郎は故郷へと再び足を踏み入れていた。
かつんかつんかつん。靴音はどんどん間隔が短くなってゆく。やがて部屋の前で止まったかと思えば、激しい音を立てて蹴破られた。
「■■ー■■■■■!!!」
現れたのは、白でも黒でもない色をした、不定形な影であった。健太郎は訝った。
「そりゃそうさ、だってあれは死そのもの。
肩を組んできた者へ目を向ける。
「やあ久しぶり! 元気してた?」
教官殿はにこやかに笑いかけてきた。
「何でお前がここにいる」
「愚問を……」
ゆっくりと近寄って来る〝死〟を和やかに見つめながら、教官殿は目を細めて笑う。
「あれは
そう言って教官殿は顎をしゃくった。その先には大きな砂時計が置かれており、中の白でも黒でも無い砂がみるみると下へと落ちていく。
「君には選択肢がある」
教官殿は続ける。
「このまま彼に身を任せて緩やかな滅びを受け入れるか、もしくはやりたくもない事をやらされ、受けたくもない痛みを受け、行きたくもない道を突き進まされるか」
二つに一つさ。そう言って口を閉じた。
「……」
健太郎は教官殿を睨みつけた。教官殿は笑った。
「はあ……」
頭を振るい、躊躇いなく〝死〟へと歩み寄る。拳を固く握りしめ、眼光を白く黒く燃やしながら。
「良いんじゃない? それが他ならぬ自分の選択というのならば――――――」
声が遠ざかる。〝死〟が迫る。それに伴い、壁が音を立てて崩れ始めた。パラパラと剥がれ落ちてゆく空間の向こうには、何色でもない色の光が轟々と渦を巻いく。
最早一刻の猶予も無い。一撃でカタをつける。〝死〟が目前で佇み、同じように拳を握りこむ。
健太郎の眼光が赤熱した。黒と白の光が激しく明滅する。明滅の速度はどんどん早くなる。いつしか光の色は
何の事はない。例えどれだけ強大な流れであろうとも、抗えば四散するのみであるが、別に抗う必要など無いのだ。流水の上に波紋すら立てずに落ちた木の葉のように。ただ身を任せればよい
「「──────」」
その瞬間に両者は拳を振り抜いていた。何色でも無い光が流星の如く交差した。世界が音を立てて崩壊した。
光が爆ぜた。意識が覚醒する。