影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『開戦前夜』

「ぐ、うぅ……」

 

 

 はるか闇の底。祭壇前の空間で、魔王は膝を付いて呻いていた。その傍らには黒いローブを頭からすっぽりとかぶった大柄な影が、仁王立ちの姿勢で腕を組んでいた。

 

 

『おぉ無様無様。何という体たらく! たかだか20年ぽっちも生きておらなんだ若造相手にこれ程手傷を負わされるなど恥を知るべし!』

 

 

 超自然の声が空間を満たす。天井に吊るされた大目玉が目を細めてグルグルと唸る。声は喜悦に満ちていた。魔王は屈辱に顔を歪めた。噛みしめた唇から血が垂れ、黒一色の床の上に赤が生じた。

 

 

『まったく本当にどうしようもない奴だなお前は。……とはいえ、お前もたかだか500年程度しか生きていないような若造故、此度の結果も仕方がないかぁ?』

「……!」

 

 

 魔王はただ只管額を地面にこすりつけて平伏する。屈辱も、憤怒も、全て胸の内に押し殺して。闇の神は楽しそうに目を細める。魔王より立ち昇る凄まじい負の感情を深々と吸い込み、恍惚と息を吐く。

 

 

『フゥウウウウムムムムム……濃い闇だ……しかし、ウム……すっきりとした喉越し。しつこくなく、残らない感じが気に入った! 褒めて遣わす』

「御意……」

 

 

 魔王は動かない。闇の神は侮蔑をたっぷり含んだ視線で魔王の背中を見下ろす。

 

 

『小さいのう……本当にちっぽけじゃ』

 

 

 じゃらじゃらと鎖を揺らし、神は嘲笑った。じゃらじゃらじゃらじゃらと音を鳴らしながら幾本もの鎖が垂れ、編み上がり、腕を作り出し、魔王の背中を突っついた。

 

 

『今までこれ程どうしようもない魔王はかつて無いわい』

「……」

 

 

 魔王は何も返さない。

 

 

『うん、お前は歴代最低の出来損ないじゃ!』

 

 

 カインは奥歯が割れ砕けんばかりに噛みしめた。闇の神は笑った。

 

 

『……まあ嘘だ』

 

 

 ひとしきり笑うと、闇の神は冷ややかな声音でそっけなく言った。

 

 

『寧ろ世代ごとにあっぷでーとを重ねるから、素体を含め、お前は実際歴代最高傑作だ。うん、嘘ではないぞ』

「……御意」

 

 

 魔王は拳を握りこんだ。闇の神はつまらなそうに瞳を細める。

 

 

『尤もそれはお前の弟も同じだろうがな。全くそれにしても……兄弟そろって我らの玩具とは。因果なものよな』

「……」

 

 

 魔王は顔を上げた。

 

 

『最初の魔王と呼ばれる個体はそれはもう目も当てられぬ有様だった。調整もへったくれも無かったから、ただ暴れること以外に脳の無い肉人形だった』

「……」

 

 

 闇の神は遠い記憶を懐かしむように虚空を見つめた。

 

 

『それからさっきも言ったように調整を重ね、その果てがお前だ』

 

 

 大量の鎖と闇の手に指を刺された魔王は、微動だにせず見つめる。

 

 

『最も調整といっても朦朧とする意識の中で、言うなれば眠ったまま闇を流し込んでいたからの、随分と手間取ったわ』

「……」

 

 

 体の上を這いまわる無数の腕の感触を、魔王は黙って受け入れた。

 

 

『実際お前の働きぶりは相当なものだ。この代だけで随分と力を取り戻せた。おかげで、こうして──────』

 

 

 空間が波打った。途端に黒よりもなお黒い闇が、瘴気が噴出し、魔王の視界の全てを覆い隠した。

 

 

「ヌゥ……」

 

 

 魔王は膝を付いたまま顔を覆い、ただならぬ圧力に懸命に耐えた。耳鼻からの出血。目からは血涙が滂沱と溢れた。

 

 

「グ、グォオ……!?」

 

 

 魔王でそれだ。魔王に劣る傍らの影では耐え切れない事は明白だった。全身から闇と血を噴出し、激しく身悶えていた。

 

 

 どれだけそのようにして耐えていただろうか。永劫にも勝る一瞬の時は過ぎ去り、暴威は嘘の様に過ぎ去った。魔王は立ち上がった。影は膝を付いた。

 

 

『うん』

 

 

 瘴気の先、魔王の視界に、それは現れた。

 

 

 それは黒い背広を着た、顔の無いヒトガタのように見えた。かと思えば、次の瞬間には伸縮する腕や触手を兼ね備えた円錐状の頭を持った肉塊と姿を変えた。

 

 

 だがそれもすぐに変わった。翼を持つ炎に燃える瞳の何か。頭から三本の足が生えた長い舌を持つ何か。姿は絶えず変化していた。一定でなく、まるで影法師めいて変幻自在に変わった。

 

 

 ただそこに立つだけで正気に対する挑戦。狂気そのもの。這い寄る混沌のごとし。これが真の闇の神の姿であった。一定を持たない不定形な影。決して人というものが交わるべきではない深淵。魔王は傅いた。

 

 

『良い、許す』

「お帰りなさいませ。我が主」

 

 

 ずるずると音を立てて、闇の神は魔王の前へと至った。傍らの影は血泡を吹いて痙攣した。

 

 

『いい加減穴倉には飽きた』

「御意……」

 

 

 闇の神は屈みこんだ。その姿はドレスを着た女のように見える。

 

 

『この代で長い因縁を終わらせることにした』

「御意」

 

 

 カインはただ平伏した。シルクハットをかぶった浅黒い影は魔王の頭の上に手を置いた。

 

 

『向こうもそれは同じであろう。ではどうするか』

「……」

 

 

 カインは答えなかった。ただ首を差し出した。

 

 

『お前も、こいつも』

 

 

 千の貌の不定形は闇を伸ばして影を絡めとった。

 

 

『闇をくれてやる。とびきり濃くて深い深淵をな。光栄であろう。ん?』

「──────」

 

 

 ぐずぐずと闇の中へと引きずり込まれる中、カインは目を閉じた。網膜に闇が広がる。意識も闇に飲まれ始めた。徐々に指向が散逸してゆく。

 

 

『兄さん!』

 

 

 最後に閃いたのは、花が咲いたような笑みを浮かべる、在りし日の誰かの笑顔だった。

 

 

「──────」

 

 

 万感が刹那を過る。そこで魔王の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

『先ず前提を説明しましょう』

 

 

 マイクを片手に前に立ち、幾分か低くなった視界にうんざりしたいのを押さえながら、話を続ける。

 

 

『先の戦いにより手傷を負った魔王は撤退しました。それからの目撃例は皆無であり、巨壁部隊も皆様方の健闘により大きくその数を減らし、教団も半ば死に体となったも同然の格好です』

 

 

 俺の説明を、犬どもや暗夜たちは茶菓子をつまみ、隣の奴らと駄弁りながら聞いているような聞いていないような曖昧な返事をした。

 

 

 苛立ちを隠し、そのまま続ける。

 

 

『つまり、これから』

「教団も死に物狂いで抵抗してくるってこったあ」

「……」

 

 

 首を巡らせ、さも当然のように茶菓子をつまんでいる光の神へと目を向ける。光の神は肩を竦めた。

 

 

「魔王の小僧っこも随分ボロカスにやられたもんだぜ。あいつ歴代で見ても相当やるぜ? ま、ウチのゴスペルも負けてねえがな。だろ?」

「……御意」

 

 

 光の神は振り返って背後に立つゴスペルへと語りかける。が、ゴスペルはそう返すのみで、光の神に目も向けずに瞬きもしないで俺を凝視していた。

 

 

 奴の姿はいつもの野暮ったい鎧姿ではなく、質素な燕尾服を身に纏っていた。ごつい鎧の中身から出てきたかと思えない程の細身の優男は、しかしその顔は嫉妬やら憎悪やらの感情で険しく、滲み出る殺意が何もかもを台無しにしていた。

 

 

 面倒臭い事この上ないので視線を逸らし、話を続ける。殺意が跳ねたが、無視した。

 

 

くそったれのカス(光の神さま)も仰る通り、ここからは両陣営による総力戦が始まるでしょう』

「付け加えるならお前らが言う所の『闇の神』も復活したぞ。隠してるつもりだろーが、よ~く感じたぜ」

「「っ!!!」」

 

 

 その一言で雑談が止み、光の神へと視線が付き刺さる。

 

 

「言ったろ? 総力戦の単語は文字通りそのままじゃ。この代で()()()()()()()()()()()全部終わる」

「……マジ?」

 

 

 チワワが目を白黒させて半ば呟くように言った。

 

 

「マジマジ」

「……くそったれのカスがくたばるってんなら、ウチらに何か言う事はねぇな」

 

 

 ポメラニアンはコーヒーを一口すすった。

 

 

「なんだか実感わかないなぁ……」

「ですね」

 

 

 シバイヌとエミリーは互いに顔を見合わせ、それからため息を吐いた。

 

 

「まだ準備段階なのになに終わった気でいるのよ。これから忙しくなるんだからもっと気合い入れてくれない? それじゃあ私たちもやる気失くすんだけど?」

「ま、まあまあ!」

 

 

 イライラと腕を組んで周囲を睨め回すレトリバーをプードルが宥めにかかるが、当然のように跳ねのけられ、チョークスリーパーをかけられて悶絶していた。

 

 

「所でイミテーション。体の調子はどうですか? 混沌という無茶な力を行使したのです。どんな影響が出るか」

「あぁそれですか」

 

 

 と績が横合いからから思い出したくもない現実を突きつけてきた。

 

 

 最悪に決まっているだろ、とぶちまけてやりたい衝動を切り捨て、右手を掲げ、闇と光を同時に纏わせた。視線が集まる中、俺はそれ等を混ぜ合わせて混沌を作り上げた。

 

 

「この通り、何の問題もありません」

 

 

 口ではそう言ったが、嘘である。問題大ありだ。

 

 

 ただでさえ体に負担がかかる光と闇の同時行使。更にそれを混ぜ合わせて無理やり発現させた混沌の維持など。負担はマシマシ。通常の2倍を通り越して3倍以上の大負担だ。当然長時間の維持などできない。現に掌の混沌の炎はたちどころに揺らぎ、ふっと跡形もなく消え去ってしまった。

 

 

「おい績。()()()()?」

「はい。確かに」

 

 

 千歳は績に目配せした。績は確固たる決意と共に頷いた。そして掌に闇と光を生じさせ、混ざ合わせ、やがてそれは不定形な灰色の光となった。

 

 

((まあこいつらならばやれるだろうな))

 

 

 二人のやり取りを見つめながら、俺はげんなりとしていた。あれほど苦労しておぼえた混沌で、終わった後に死に物狂いで練習してやっと安定して出せるようになったそれが、たかだか見ただけで真似されるなど。

 

 

((やってられるかっつーの……))

 

 

 天才というものはこっちが足踏みしている間に一歩どころか百歩先千歩先を軽々と渡ってゆく。俺達はそれを羨望と絶望の眼差しで見つめている以外にない。憧れは止められない。だから俺たちは無いと分かっていようとも、伽藍洞の鉱脈を掘るふりをするしかない。

 

 

 持つ者と持たざる者。その溝は深い。翼を持つ鳥の思考を、羽根を持たぬ蟻が理解できないのと同じように。

 

 

「へー……こうか?」

 

 

 千歳と績が作り出した混沌が雲散するのを見届けた暗夜が掌に力を籠め始めた。糞を踏ん張っているかのような唸り声と共に、暗夜の掌にゴルフボール大の混沌の光球が生じた。

 

 

((まずいっ!))

 

 

 俺は見た。混沌の光球がほんの一瞬不安定に膨れ上がるさまを。気づいた時には俺はテーブルを飛び越して混沌の玉に灰色の炎が燃える拳を叩き込んでいた。

 

 

「おぉ!?」

 

 

 パン、と音を立てて混沌は対消滅。どうにか大事には至らずに済んだ。

 

 

 しかし未だ万全には程遠い無茶の代償は、無様に顔面から落下するという糞の様な結果をもたらした。

 

 

「こりゃ!」

「あだっ!?」

 

 

 トサケンが暗夜の脳天に拳骨を落とした。

 

 

「使いこなせてもいない力を不用意に使うんじゃない!」

「わ、ワリい爺さん」

 

 

 頭を摩りながら暗夜は素直に謝った。トサケンは鼻を鳴らした。

 

 

「死ね」

 

 

 反応しただれよりも先に俺を抱き起したレトリバーが絶対零度の眼差しで暗夜を睨みつけた。

 

 

「クソガキ」

「カスが」

「おばか」

 

 

 それに続いてチワワ、ポメラニアン、シバイヌの順で暗夜に一発食らわせた。

 

 

「前が見えねえ……」

「自業自得だ馬鹿」

 

 

 両手で顔を覆う暗夜へ、ニンゲンドックが吐き捨てる様に言った。

 

 

 その後茶会は教団の話でもちきりとなり、各々の見解をああでもないこうでもないと炸裂させていた。

 

 

 俺も連中のお喋りがひと段落するまで休むことにした。レトリバーに車いすに座らせられ、隣のシバイヌが口元にせっせと運んでくるケーキを咀嚼しながら、この後の話をどういう風に進めるか、頭の中で組み立てるのであった。

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