影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
3『鳳凰院邸地下訓練室』
鳳凰院邸の地下に作られた広大な訓練室の中で、千歳と績は向かい合っていた。互いに見つめ合ったままじりじりと横へと移動して隙を窺っていた。
「……えぇいまどろっこしい!」
先に焦れたのは千歳であった。千歳は手に持ってい黒杖『黒龍』を振り上げて績へと破壊球を発射した。散弾じみた破壊の礫が迫る。
「相変わらず意味合いもあったモノではありませんね」
呆れ眼で千歳を見ながら績は同様に光の礫を放った。ぶつかり合った破壊と光は対消滅。その時すでに間合いへと飛び込んできた千歳へ向かって、績は白いメイス『サイクロプス』を振り抜いていた。
「甘っちょろいわ!」
凄まじい光が込められたサイクロプスの一撃を、千歳は闇を纏った黒龍を剣のように振るいメイスを掬い上げるように打った。
相反する属性がぶつかり合い対消滅。反動で二人は仰け反るように体勢を崩す。
「はっ!」
しかし千歳は反動に抗わず一回転。そのまま足を振り抜き回し蹴りを繰り出す。
速い。そして明らかに手加減もへったくれも無い一撃。当たれば頭蓋がひしゃげ、首が180度ほど回転するであろうことは明白。
「……あの兄にしてこの妹ありですね」
流れるように致命打を繰り出してきた千歳の姿に、イミテーションの影を見た績はややげんなりした面持ちで仰け反ってかわした。あれに比べれば十分に回避猶予がある。績は挑発的に鼻を鳴らした。
「ッ貴様!」
あっさりとそれに乗った千歳は回し蹴りの反動で地面を強く踏みしめ、黒龍を振り抜いた。績は仰け反った体をさらに倒し、バック転を打って間合いから離脱。黒杖は空を切った。
「舐めるな!」
千歳は間髪入れずに破壊球を射出。体勢を立て直した績が前を見た時、破壊球はすでに目前だ。
「そちらこそ!」
だが績はすでに跳躍しており、破壊球は績がいた地点を大きく抉っただけで終わった。
「えいやあ!」
大きく跳んだ績はメイスを高々と掲げ、千歳の頭上より強襲急降下振り下ろしを叩きつけた。
「ッチィ!」
これを千歳は黒龍を掲げてかろうじてガード。直後に凄まじい衝撃が杖越しに伝わり、思わず苦悶の声を発した。
メイスの威力は実際相当なもので、ガードした千歳の足元が陥没するほど破壊力であった。当たれば間違いなく頭部が弾け、胴体にまでめり込んでいたであろう。
「何が手加減だ。お前が言えたことか!」
「うるさいです! そちらが先に始めた事なのですからこれでおあいこです!」
「何がおあいこだこの馬鹿め!」
「何ですって!」
売り言葉に買い言葉。諫める者がいないこの場で両者は際限なくヒートアップし、互いに罵り合いながら闇と光を、杖をメイスを感情の赴くままにぶつけ合った。
「……ッ」
「──────はっ!」
そこからやや離れた地点で績と千歳のやり取りに目もくれず、エミリーと軌陸は無言でただ只管打ち合っていた。
軌陸の放った長剣の横薙ぎをナイフで受け、僅かに傾けて最小限で受け流し、刃を戻すよりも早く踏み込んで内側に入り込むと喉を狙う抜き手を打ち込んだ。
「ぬぅ!」
軌陸は長剣を握る逆の手で払いのけ、返す刀でもう一太刀を放ってエミリーを切りつけにかかる。
「くぅ……!」
エミリーはギリギリの所で屈みこみ斬撃を回避。
「ッ」
その動作を、軌陸は嫌というほど知っていた。屈みこむエミリーの姿は、あの恐ろしい悪魔の攻撃予備動作と忌々しい程に重なっていた。
軌陸は咄嗟に身を引いた。その顎のほんの数ミリ先を、鋭いアッパーカットが通過した。
「くそっ」
彼女の眼前には拳を振り抜いた格好のエミリーがいる。絶好の攻撃チャンスなのだが、軌陸はなおも回避に専念した。軌陸は横に跳んだ。
その直後に横へと跳んだ軌陸の影を、一条の光が貫いた。
「当たれ……!」
エミリーは妖しく目を光らせ、怪光線を乱射した。軌陸は縦横に跳んで跳ね、その全てを紙一重でかわし切った。
「うおっ!?」
が、怪光線やアホ二人の争いの余波でボコボコになった床に引っかかり、軌陸は躓いた。
「いま!」
当然その隙をつき、エミリーは一際太い怪光線を発射した。
「甘いぞ!」
軌陸は一瞬速く倒れ込むことで怪光線を交わし、倒れたままの姿勢で長剣をエミリーへと向け、勢いよく伸ばした。
「くっ」
顔面を狙った刺突が迫る。エミリーは辛うじて首をかしげてかわす。伸びきったった長剣の切っ先はエミリーの白い頬をわずかに掠め、反対側の壁へと突き立った。
「更に!」
軌陸は長剣を勢いよく縮めた。柄を握りしめ、物凄いスピードで伸縮する長剣と共に軌陸はエミリーの下へと至り、すれ違いざまに拳と叩き込んだ。
「うぅ!?」
ガードは間に合ったものの、凄まじい衝撃に弾き飛ばされ、エミリーは無様に床へと転がった。
「つぅ……ッ」
痺れる腕に鞭打って立ち上がったものの、背後には気配。ひやりとした物が首筋に当てられた。
「どうする、まだやるか?」
天使は挑発的に言った。
「……当り前です」
エミリーは向き直り、眉間にしわ寄せて真正面から言い放った。
「そうでなくちゃな!」
軌陸は笑い、長剣を振り上げて幼馴染に向けて切り込んだ。エミリーもわずかに口の端を上げると、同様に踏み込んだ。
訓練はまだ始まったばかりである。
「「……」」
入り口付近で待機する自我破壊メイドたちは、そのやり取りを人形めいた無表情で見つめていた。まるで人形のようだったかつての主と、普通の少女のように振る舞う今の主と。
彼女達は何を思うか。ガラス玉の様な瞳にからは、何の感情も伺うことはできなかった。
■
4『教団最奥部〝
『……』
闇の中にあってなお視認できるほどの濃く深い闇を纏う不定形な影が、その眼前に広がる真っ黒な泉の前にたたずんでいた。
黒紫色の松明が燃える地獄の如き空間の中、影は、闇の神は無言で、飽きもせずに黒い泉を見つめていた。
やがて闇の神から2本の闇が触手の様に伸び、黒い泉の中に入り込み、片方が何かを引き上げた。
ざぱっと闇色の飛沫を散らしながら、それは引きずり出された。白い髪を伸ばし、体の随所に刺青を入れた偉丈夫であった。男は目を閉じ、死んだようにして眠っていた。その体には血管の様にどす黒い闇が張り巡らされており、心臓の鼓動に合わせて怪しげな光を明滅させていた。
『……』
闇の神は目の前に男を吊り上げ、触手の一本を恐らく顎に当たる部分に当ててしげしげと見つめながら、思案するように首を傾げた。
『……漬けが甘いな』
そう呟くと、男をまたぞろ闇の泉の中へと沈めた。
『二度漬けは良くないというが、まあ仕方あるまい。こっちはどうだ』
ともう片方の方も引きづり上げた。黒い飛沫を上げて、先程の男よりも大きなものが釣り上げられた。
それはまさに肉の塊と表現する以外にない醜悪な外見をしたものであった。
『こっちも甘いな』
一瞥すると、闇の神は頭を振るい、ざぶざぶと肉塊を闇の泉へと沈めた。
『二度漬けは良くないというが、まあ仕方あるまい』
呟き、再び闇の泉を凝視したまま沈黙した。飽きることなく。凝視した。いずれ訪れるであろう戦に胸を高ぶらせ、神は闇色の沈黙を享受していた。
■
5『富士山 頂上付近』
「おりゃ!」
灰色の光を宿す右拳をイミテーションは手を添えるだけで逸らし、
「うげっ!?」
たたらを踏んだ暗夜へ、イミテーションは情け容赦ない抜き手を放った。速い。避ける間もなく抜き手は暗夜の首を撃ち抜いた。
以前ならばその一撃は暗夜の首に大穴を空けていたであろう。
「ぐえっ」
潰れたような悲鳴を上げて暗夜は吹き飛んだ。ごろごろと地面を転がる暗夜は咳き込みながら首を摩っていた。そこに大穴は無い。僅かに腫れ上がっているのみである。
((威力を歪めて致命傷を防いだか、小賢しい……))
イミテーションは僅かに苛立ったが、その感情を瞬時に処理すると踏み込み、ボディーブローを放った。
「分かる!?」
暗夜はその一撃を
((これだ! 混沌持ちはこれだからイヤだ!))
防げた事に驚愕している暗夜の顔面へショートレンジのフックで3度ずつ打ちこみ、サイドキックで腹を穿ちながらイミテーションは胸中で吐き捨てた。
((この野郎、時間間隔を歪めて俺の速度を視認しやがった! これだよ! 混沌持ち相手に速度は糞の役にも立たん! 全部歪めちまえば動いてないのと一緒だもんなぁ!))
「うぉおおおお!」
混沌を纏った拳を振り上げて突撃してくる暗夜との距離を雷鳴歩で瞬時に潰したイミテーションは雷の速度でローキックを放つ。
「分かる! 分るぞ!」
当然のように暗夜は反応し、足を掲げてガード。反撃に左拳を突き出した。
しかし拳は空を切った。
「え? なんて゛え゛──────」
疑問の言葉ごと顔面は撃ち抜かれた。
「ぐへッ!? くそ……!」
真横にいたイミテーションへ混沌を纏った蹴りを放つ暗夜だが、その一撃すらも空を切り、いつの間にか頭上にいたイミテーションより放たれた落下の勢いが乗った肘打ちが脳天を直撃した。
「──────」
暗夜は目を剥いた。
確かに通常の雷鳴歩では強い混沌を持つ者には見切られてしまうであろう。それはイミテーションとて承知である。だが混沌を使おうにも出力が低すぎてまともな運用が出来なかった。
彼の混沌は搾りカスの残滓に破壊を組み合わせた不完全な闇と、低出力の光を組み合わせた不完全な混沌である。
不完全と不完全を足してより不安定な混沌の持続時間は光と闇よりもさらに短く、歪められる範囲は暗夜の持つ混沌とは比べることすら烏滸がましい。
負荷もそれ相応であり、一度使うだけで相当にエネルギーと体力を消費する。
ではどうするか? 極力混沌を使わず、肉体だけでどうにかする以外に解決策はあるまい。
雷の速度の最中にもう一度脱力し、力を爆発させる。当然無茶な挙動に肉体は相応の反動を受ける。だが混沌の使用に比べればマシである。
殺戮奥義『雷鳴歩二連』
それは、生物が行っていい挙動を遥かに超越した、悪魔だけが行える魔技であった。
「──────やっぱすげえわお前」
頭を摩りながら、勇者は悪魔を見た。灰色の炎を両拳に宿した悪魔の姿は怖気が走るほどに悍ましく、されど目が離せない程に美しい。注がれる視線は猛り狂う炎に反してどこまでも冷たかった。
「上等だぜ!」
暗夜は笑い、力強く拳を握りこんで踏み込んだ。悪魔は迎え撃った。
「へっくし! ……ったくよくやるぜ」
視認不可の速度で拳を交わし合う若者がいるであろう方向へ目を向けるニンゲンドックは舌打ちし、それから忌々し気に首を巡らし、今まさに空を紅く染めながら沈みゆく太陽を睨みつけた。
陽が落ちる。夜が来る。
「夜が来るか、陽はまた昇るか……いずれにせよ、これで世界は大きく変わる」
その後に来る激動の時代に思いを馳せ、ニンゲンドックはうんざりと首を振った。