影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
「……」
鳳凰院コーポレーション支社ビルの最上階、伽藍洞の社長室の中で、鳳凰院社長は戦火の振動で小刻みに揺れるデスクの上で両手を組み合わせ、ただ一人沈黙の中にいた。
戦いが始まってからすでに30分が経過していた。
彼にできることは最早ない。必要な物資を集め、人員を手配し、企業に呼び掛けありったけの支援を約束させた。
それで終わりだ。全てが始まってしまえば、彼にできる事は何も無い。精々が祈る事しかできはしない。
だが祈るとして、一体何に祈ればいいのか?
これが普通の人間であるのならば、きっと確信をもって答えられるに違いない。
ある者は言う。私は神に祈りを捧げる。私が今この瞬間を生きていられるのは、偏にこの地に君臨し、無知蒙昧なる我らへ、漫然と広がる暗闇を切り開く力を神が与えて下さったからだ。
ある者は言う。私は両親へ祈りを捧げる。私が今この瞬間を生きていられるのは、偏に父と母が愛し合い、その果てに私をこの世に生み出してくださったからだ。
ある者は言う。私は友へ祈りを捧げる。私が今この瞬間を戦い抜けていられるのは、偏に私と共に歩み、苦楽を共にし、そして快く送り出してくれたからだ。
祈るためには対象が必要だ。神、肉親、友、その他さまざまなもの。全く統一性というものはないが、唯一統一されている観念がある。
それは祈りの対象を心の底から信じているという事だ。
信じる事。愛する事。それはきっと、同じところからきている概念なのだろう。鳳凰院敏明は考える。
仮にそうであると仮定するとして、では自分が祈りを捧げるに値する相手とは、果たして何になるというのか?
神を信じる? 何もしてくれなかった上に振り回すだけ振り回して、事が済んだら切り捨てた者を信じる?
鳳凰院社長は一笑に伏した。
肉親を信じる? 先に逝ってしまった上に余計な苦労すら背負わせた者どもを信じろと?
娘を信じろと? あの得体のしれない人形だったものを? 自分の手から離れていき、もはや自分に見向きもしない者を信じろと?
友? 部下? 信じられない。何も。誰も彼も。自分自身ですらも。
何も無い。何も。
信奉している金すらも、所詮は上っ面を取り括ろう塵の小山でしかない。集めたところで満たされるのはどうしようもない渇望だけ。集めれば集める程、自分が伽藍洞の空っぽであることを自覚させるだけ。
そうして自分を深堀すればするほど、いつだって穴の開いた袋だけが残される。そして、それを拾い上げる、天使のように微笑む悪魔が、傍らに立つ。
娘と同じ顔。同じ体格。なのにどうしようもなく別物であると認識できるのは、偏にあの笑みだ。
あの何処までも受け入れてくれるようでいて、その実何もかも突き放す温和の裏に隠された絶対零度の虚無。覗き込むのは娘と同じ色の深海のように深い青色の瞳。自分と同じ色の瞳。なのにどうしてここまで違う?
あれは深淵の淵。奈落への入り口だ。あの光差さぬ渦を巻く瞳に、どうしようもなく魅入られる。
何時だってそうだ。自問自答の末に浮かぶのは、いつだって微笑む悪魔の顔。娘と同じ姿をしているのは、自分への当てつけのためか? それとも自分の願望の表れか?
分からない。何もかも。
世界は変革に向かっている。この戦が終われば、良きにしろ悪しきにしろ、世界は大きく変わるだろう。
その世界で、自分は生きていけるのだろうか。
分からない。分からない。分からない。
分からない。
分からない事は恐ろしい。世界は恐ろしい。娘は恐ろしい。自分自身が怖ろしい。
鳳凰院敏明は顔を覆った。困難に直面した幼子の様に。泣き喚いた果てに眠る赤子の様に。
世界は変化を迎える。自分に変化は──────。
一際強い揺れがビルを襲った。鳳凰院社長は縮こまった。世界の全てに蓋をするように。殻の中に閉じこもる雛の様に。
■
((あぁ~糞強い奴おちょくるのおもしれ~……))
白い煙に覆われた視界の中、魔王が身動ぎする気配を感じ取りながら、健太郎は胸のすく思いで息を吐いた。
((ゲームだったら強化魔王とかち合ったゴスペルはボロクソに負けてここらへんで転がって出番が終わるんだよな))
傍らで魔王がいる方向を呆然自失となって見つめるゴスペルへと一瞥をくれ、鼻を鳴らす。
((そもそもゲームだったら大入道戦で暗夜たちが駆り出されてレイドバトルを繰り広げる破目になるんだよなぁ。そうなると、俺滅茶苦茶頑張ったな。本当に))
このchapter11の大まかな流れは騎士団が四方の結界維持施設へと殴り込んで結界を解いている間に、選りすぐりの騎士たちと共に大入道と戦うことになる。
そして苦戦の末に大入道を撃破すると同時に結界が解除されチャプター11は終了する。そして最終chapterが開始されたと同時にゴスペルを打ち破った魔王が襲来してくるのだ。
((闇の神に新しく闇を与えられた魔王はゴスペルより一回りほど強くなってるんだよな))
元々腕前的には互角だった魔王とゴスペルのパワーバランスは、闇の神の介入により完全に崩れ去った。
兄に追いつけた事に心の奥底で充足を感じていたゴスペルは、自分を突き放して強くなってしまった兄に、心理的に大きく動揺した。
メンタルに大きなダメージを負ったゴスペルでは、半ば自暴自棄に入った魔王に敵うはずが無く、僅かに残った弟への何かしらの思いからか命だけは取られずに、そのまま戦いが終わるまで放置されることとなる。
((チャプター11でこの木偶の坊の唯一の功績が魔王に多少の手傷を与えただけって……お前それでよく聖光教の実質的ナンバー2を名乗れるな))
呆れた視線を投げて寄越すが、ゴスペルは前方を凝視したまま動かない。普段ならば罵倒の一つでも飛んでくるものだが、完全に心ここにあらずといった有様である。
((いつか終わる関係性だと心のどこかで分かっていたはずなのに、いざ終わりを目前にすれば簡単にメッキが剝がれやがる。無様なもんだぜ))
健太郎は胸中で吐き捨てた。
((
思い起こされるのは学園祭爆破阻止作戦時の自分の無様である。
「ちっ……」
誰も見ていないのを良い事に、健太郎は顔を顰めて苦悶の表情を浮かべると、小さく舌打ちした。
((ま、いい反面教師としてならば百点満点の模範解答だ。精々教訓にさせてもらうとしよう))
彫刻のように固まるゴスペルから目を逸らし、イミテーションは前方を見据えた。白い煙は徐々に晴れてゆき、爆発で抉れた地面の中心で蹲る魔王の姿を視界に収めた。
「ひゅ──────」
ゴスペルの息をのむ声。取り合わず魔王の状態をつぶさに観察する。
どうやら魔王は今しがたの一撃を片腕を犠牲にする事で直撃を免れたようだ。代償として防いだ腕が吹き飛び、付け根から黒ずんだ血をぼたぼたと垂らしていた。
荒れる呼吸。垂れ落ちる脂汗。……どうやら演技ではなさそうだ。
((簡単に殺せるとは思っていないが……力の劣る斥候と
イミテーションはぞっとするほどの無表情で一切の油断なくゆっくりと手負いの魔王へと近寄ってゆく。拳を固く握りしめる。
深い青の瞳が白く黒く明滅し、右手に黒炎と白炎が二重螺旋を描いて纏わりついた。螺旋回転の勢いは指数関数的に高まり、やがては境界線が消え、黒でも白でもない色の炎となって激しく燃え滾った。
「ハア―ッ……ハア―ッ……」
魔王は苦悶の表情で残った方の腕で傷口を押さえたまま動かない。イミテーションは哀れな半死人の眼前へと至った。魔王は顔を上げた。黒紫色の瞳はどこか虚ろであり、顰められた顔は痛みというよりは精神的な苦痛により齎されているように思えた。
((この弟にしてこの兄ありだな。気色悪いったらありゃしねえ))
絶対零度の眼差しで魔王を見下ろしながら、イミテーションは鷲の爪を形作り、今まさに魔王の頭から股下までを引き裂きさかんと腕を振り上げた。
まさにその時だ。背後でいくつもの黒い柱が出現したのは。
「は?」
反射的に振り向いたイミテーションの視線の先に、それは現れた。
巨人であった。体長100メートルはあるであろうふざけたサイズの人型の上半身が、まるで世界そのものを震わせるが如き咆哮を放った。
膨張し、ところどころの皮膚を割いて膨れ上がった筋肉、太く巨木そのものの如き両腕。全く完全に肉塊としか思えない頭部。そしてその周辺には30メートルサイズのこれまた馬鹿げたサイズの巨人が複数体確認できた。
((はあっ!?!?!?))
健太郎は屹立する黒い山の出現に目を剥いて固まった。その背後で、もたげる邪悪な気配があった。