影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

128 / 175
『final chapter 異常空間』③

 視界一杯に、闇が広がる。

 

 

 真っ暗だ。右を見ても、左を見ても、あるのは底の無い暗闇だけ。この世にあって、決して自由にできない闇。何人も立ち入る事を許されない深淵。その只中に、彼らはいた。

 

 

「うわ、何だこりゃ!? 何も見えねーぞ!?」

「暗夜どこですか!? 生きてますか!? 死にましたか!?」

「誰だ尻を触ったのは!」

「……」

 

 

 唐突に視界が効かなくなり、半ばパニックに陥った暗夜たちは互いに喚き散らしながら位置を確認し、叩き合い、遂には光が飛び交う事態となった。

 

 

「何やっとんじゃお主ら」

 

 

 とうとう見かねた光の神が光を広げ、全員の姿を照らし出したことでようやく騒ぎに収まりが付いた。

 

 

「何だここ? まるっきり何も無いぞ」

 

 

 頬を握る績の手を難儀して引き剥がし、赤くなった頬を摩りながら暗夜は言った。上を見ても下を見ても、見えてくるものといえば黒色のみだ。

 

 

「ここはな、あいつの作り出した、言うならば自室みたいなもんだ。ほら、ワシの住処を覚えておるか? あそこと似たようなもんさ。都合の良い様に空間を作り替え、自分にとって心地の良い空間にしてるのじゃ」

「という事は、この先に」

「あぁ、奴はいる」

 

 

 績の言葉に頷き、光に神は肯定した。

 

 

「「……ッ!」」

 

 

 一行にビリリと緊張が走る。この空間を超えた先に、遂に敵の首魁がいる。何百何千年と人々に悲劇と殺戮をもたらしてきた根源が、手に届く範囲にいるという緊張に、彼らの心臓は早鐘を打った。

 

 

 中でも千歳の緊張は一行の中でも一入である。顔は青ざめ、呼吸は荒く、額には脂汗が浮かんでいた。

 

 

「おい平気か?」

「……気にするな、ただの……()()()

 

 

 手を差し伸べてきた暗夜の手を払いのけ、千歳は額の汗をぬぐい、目を閉じた。

 

 

 瞼を閉じた視界一杯に、闇が広がる。この世界にあって自由に操れる、数少ない自分だけの闇。

 

 

 千歳は息を深々と吸い、肺の中にたまった空気を意識しながら、息を止める。そして、長く吐きだす。音をたてて、ゆっくりと。

 

 

 何度も繰り返す。己の心臓が落ち着きを取り戻すまで。ざわついた心が凪を取り戻すまで、延々と。

 

 

 限られた少ない時間の中で、何十、何百と呼吸を重ねる。

 

 

 無限の闇の中、少女の奏でる呼吸音だけが規則的に響いていた。

 

 

 やがて、千歳の鼓動は落ち着きを取り戻し、吹き荒れていた心は凪を取り戻していた。

 

 

「一人じゃない」

 

 

 千歳は呟いた。

 

 

「一人じゃない」

 

 

 繰り返し呟く。自らに言い聞かせるように。

 

 

「私はもう一人じゃない」

 

 

 閉じていた瞼を開ける。開け放たれた視界一杯に、闇が広がる。

 

 

 この世にあって、決して自由にできない闇。何人も立ち入る事を許されない深淵。幾多の英雄たちと同じように、彼女達を飲み込み、胃袋へと送り、消化しようとしている。あの時の様に。

 

 

 だが、千歳に迷いはなかった。あの時のただ一人に縋り、泣き喚くだけの子供はもういない。

 

 

「……すまない、手間を取らせた。先に進もう。決着をつける。くだらない運命にな。鳥籠の中は、もううんざりだ」

「あぁ、そうだな」

 

 

 勇者は頷き、手を差し伸べた。千歳は何の躊躇いもなくその手を叩き落とした。

 

 

「え゛っ!?」

 

 

 目を白黒させる暗夜をせせら笑い、千歳はくるりと背を向け、すたすたと歩き出した。

 

 

「暗夜は馬鹿だな」

「学習しませんねぇ。千歳はああすると分かっていたでしょうに」

「ぷっ」

 

 

 呆然と佇む暗夜の前を横切り、績たちは千歳の後を追った。

 

 

「あ、え……ま、待てよ! 置いてくなよ!」

 

 

 完全に止まる気配の無い績たちの姿に、ようやく我に返った暗夜は慌てて駈け出し、彼女たちの背に追いついた。

 

 

「じゃ、お嬢ちゃん。道案内は頼むぜぇ~」

「……ふん」

 

 

 ニマニマといやらしい笑みを浮かべて裾を引く光の神を睨みつけ、腕を振って振り払い、千歳は歩き出した。彼らもそれに続いた。

 

 

「「……」」

 

 

 無限遠の闇の中、光の神が放つ光だけを頼りに、彼らはひたすらに前へ前へと進んだ。

 

 

 しかし、こうまで何も無いと、果たして自分たちは前に進んでいるのか、はたまた右に行っているのか左に行っているのか。方向感覚がおかしくなってくる。

 

 

 やがては時間間隔すらもが曖昧となり、耐えかねた暗夜は口を開き、先頭を歩く千歳へと話しかけた。

 

 

「なあ千歳」

「なんだ」

 

 

 苛立ちが混じった返答が帰ってきた。暗夜は言っても良いのか迷ったが、躊躇いの末、結局口にする事にした。

 

 

「お前は……ここに来た事あるんだよな?」

「…………一度だけな」

 

 

 長い沈黙の果て、千歳は肯定した。

 

 

「何のことはない。連中のお得意の手段だ。闇を与え、育ち切るまで待ち、育てば収穫する。()()はその中の一つだったというだけだ」

「そうか……悪い、嫌なこと思い出させたな」

「フン」

 

 

 千歳は鼻を鳴らしたが、さほど気にしていないようだった。

 

 

「にしても回りくどいことするな。そんな事をしなくても神様みたいに対応する感情のエネルギーが発生したら自動で回収すればいいのに」

「それが出来ない程弱ってたのさ。万全ならワシと同じような事が出来たろうが、ほぼ死にかけだったからな。生命の維持で手一杯で、他にリソースを割けられなかったのじゃよ」

 

 

 軌陸の疑問に、光の神が答えた。

 

 

「ですが、復活した」

「あぁ、復活した」

 

 

 績に頷きかけた光の神は、しかしと付け加え、話を続ける。

 

 

()()()()()()()()。あいつもまだ万全じゃねぇ。叩くなら今だ。そして態々向こうからお呼びしてくだすった。こっちにすりゃあ渡りに船さ」

 

 

 光に神はにやりと笑った。

 

 

「だが、だったら奴はなぜ我々を招いた? 本調子じゃないのは奴とて把握しているはずだろう?」

「さあ?」

 

 

 振り返って聞いてきた千歳に、光に神はあっけらかんと言い放った。

 

 

「あいつ昔っから何考えてるか分かんねぇし、そもそも考えたくもねぇや。ま、()()()に比べりゃあまだ分かる方さ」

()()()?」

 

 

 首をかしげる暗夜へ、光の神は意味深に笑った。

 

 

「──────」

 

 

 ぞくりと身が震えた。いつものどこか人を小ばかにするような笑みではない。それは人ならざる者が浮かべる、理解不能な表情であった。

 

 

 〝これ以上踏み込むな。命惜しくば〟

 

 

 察した暗夜はこれ以上の追及を止めた。

 

 

「そうするが良かろう」

 

 

 〝光の神〟は背部から大量に生える〝腕〟の一つを伸ばし、暗夜の頭を撫でた。頭部に触れる掌は太陽の光の様に暖かく、しかしどこか怖気走るものがあった。

 

 

「その鬱陶しい〝腕〟をしまえ」

「へいへい。へっへへへ!」

 

 

 千歳に注意されると、光の神はいつもの調子で笑い、背中の亀裂から伸びていた〝腕〟を引っ込めた。

 

 

「「……」」

 

 

 他の三人は光の神を凝視したまま、無言である。

 

 

 光の神については、イミテーションからあらかじめ説明を受けていた。

 

 

『あれは外なる宇宙より飛来し、火星に根付いていた〝神〟です。闇の神もまた然り』

 

 

 いつだかの茶会の時にイミテーションから聞いた話が、三人の脳裏に閃いた。

 

 

『高度な文明を築き上げ、互いにいつ終わるとも知れぬ戦争に明け暮れていましたが、何かの原因で火星の文明が滅び、這う這うの体で逃げ延びた先が、たまたまこの星だったのです』

 

 

 悪魔は語る。この世で数えるほどの者しか知らぬ暗黒の真実を。

 

 

『いったい何が起きたのかは不明ですが、一説によれば()()()()()()()が飛来し、その何かに敗北したとも……』

 

 

 にこにこと笑みを浮かべながらまるで世間話のように語られているが、この話はこの世界でもトップシークレットであり、知っていることが知られれば消されかねない、極めて危険な情報であった。

 

 

『仲良くする事は構いませんが、あまり踏み込み過ぎないように。距離感を見誤り、奈落の淵を覗き込んでしまえば、貴方方の精神に好ましからぬ影響を及ぼす事でしょう』

 

 

 悪魔は目を細めた。

 

 

『深淵を覗き込めば、深淵の方もこちらを見つめ返してくるものです。魅入られれば、あるのは破滅だけ』

 

 

 言葉を切り、悪魔は奈落の底の様な瞳で見つめた。

 

 

『決して魅入られぬように。奈落は貴方方が隙を見せる瞬間を、いつだって狙っているのですから』

 

 

 寝かしつけるような心地の良い声。蕩けるような微笑み。全てを受け入れるような懐の深さ。身に纏う雰囲気はあまりにも心地が良い。この男の持つあらゆる要素が、人の守りを蕩け崩すほどの力を持っていた。

 

 

 ただし目だけは。その目だけは。まるで底の見えない(うつろ)は。人が踏み入れてはならない領域に他ならなかった。

 

 

 確かにその通りだ。彼らは納得した。

 

 

 深入りすれば、ただ堕ちて行くのみ。彼らはその意味を、悪魔の瞳の奥に広がる深淵から読み取った。

 

 

 情景は過ぎ去り、深淵が見つめ返す。彼らは前を見据え、しかし決して魅入られぬように心に壁を張り、強く気を保ちながら歩を進めた。

 

 

 それから彼らはすっかり黙り込み、ただ只管に歩を進め、歩き、歩き、そして歩き、歩き続けた。

 

 

 何処へ向かっているのか? 暗闇の底の底では、方向感覚など消え去って久しい。それでも歩き続けた。使命を胸に。思いを胸に。

 

 

 託された沢山の想いに応えるために。報いるために。終わらせるために。

 

 

 歩き進みながら、彼らの脳裏には様々な記憶が、遥か空の上で瞬く星の光の様に閃き、消え、そしてまた閃いた。

 

 

 沢山の戦いがあった。沢山の痛みがあった。悲劇が、憎しみが、別れが、連綿と続く戦いの中で溢れかえり、堆積し、一つの山ができ、崩れ去り、洪水となって世界を蔓延する汚染となった。

 

 

 それも今日で終わる。終わらせる。そのために彼らは深淵に足を踏み入れた。

 

 

 そして彼等は一人じゃない。送り出してくれた仲間がいた。帰還を祈る友がいる。おっかないが、頼もしい悪魔が信じて送り出してくれた。

 

 

 ならば託された我らは歩き進むのみ。例え艱難辛苦が立ちはだかろうとも、我らの歩みが止まる事は決してない。

 

 

 やがて、闇を切り払い抜けた先に、黒紫色の怪しい光が、さながら暗黒の海を渡り抜けた先に見出した灯台の光りめいて鮮烈に閃いた。

 

 

 終わりは近い。

 

 

 勇者一行は暗闇の光に向けて、一歩踏み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。