影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
何処までも広がる闇の一点に、微かに光が見えた。そこへ向かって、神を引き連れた勇者一行は歩を進めた。
遠いのか、近いのか。近づいているのか遠ざかっているのか。上と下の概念があるのかすらも疑わしい空間の中を、確信と予感に突き動かされて彼らは進む。
そして彼らは暗黒の海原を超え、鍾乳洞を彷彿とさせる洞窟の最奥に己の姿を見出した。
後方を見る。一寸先すら見通せない深淵がこちらを見つめ返した。
「……」
魅入られる前に視線を前に戻す。
最奥の洞窟には黒紫色の火が燃える松明が等間隔で備え付けられており、それがかろうじて視界を確保してくれている。
天井には夥しい数の鎖が垂れており、風も無いのにゆらゆらと揺れ、鎖同士が触れ合って囁きのように音を鳴らしていた。
誰もいないはずなのに、沢山の視線を感じた。恨みの籠った怨念の視線か。はたまた嘆きと悲哀の懇願か。
いずれにせよ、あまり気にして良い存在ではない事は確かである。
遂には視界に何か不穏な影たちが思い思いの方向へ歩くさまが映り始めた。彼らは意図的にそれらの存在を頭から締め出し、努めて地形の把握に専念した。
広い空間だった。しかし満ちる空気は重苦しく、渦巻く邪念は今まで感じてきたものの比ではない。
彼らは凝視した。前方には岩をそのまま切り出したかのような古びた祭壇があり、その傍らに、黒よりもなお黒い、不吉で邪悪な黒が立つ。
それは黒い影のように不定形な人型のように見える存在だった。体を構成する影は絶えず沸騰しており、ゴボゴボと音を立てて黒い飛沫を飛び散らせていた。
「来たか」
それは言葉を発した。超自然にエコーがかった
波紋の如く黒の気配は空間全体に広がり、やがては暗夜たちを包み込んだ。
「「うっ……!」」
それだけで暗夜たちは耳鼻から出血し、両目からは滂沱の如く血涙が流れ落ちた。
ただ声を発しただけだというのに、何という重圧。何という思念。暗夜たちは両足を踏ん張り、膝を付かぬように懸命に気を保った。
邪悪で、重く、そして大きな存在は、時として身動ぎするだけで小さな者たちに影響を及ぼす。常人ならばたちまちのうちに廃人となるか、下手すれば死に至る。
出血し、精神に多大なる負荷を受けているはずだが、それでも膝を付かずに立っていられるのは、彼らが常人を遥かに超える強靭な精神力を持つからに他ならない。彼らはこのリングに上がる資格が事を、その身をもって証明した。
「おう久しぶり。随分旧世代的な姿だな。今時そんなんじゃ信者もつかんぞ」
一歩前に出た光の神が、まるで旧友に再会したかのような気軽な調子で話しかけた。
「生憎だが、こちらの顧客は姿かたちには何の興味もない。需要が違うのだよ需要が」
闇の神の方も些かも気にした素振りも無く同様に返す。
「へぇえ、そりゃまた」
「お前の信者共がお前の容姿を崇め奉って力を得た気になっているのと違って、こちらにつく者が欲するものは至ってシンプルだ」
闇の神は指を立てた。
「力だよ。何者にも屈する事の無い力。何かを打破するための力」
「……」
光の神は口を挟まずに傾聴した。若い勇者たちは話の間に息を整える。呼吸を。意志を保つ術を。ただ只管に繰り返した。
「動機は様々で、思いは千差万別だが、結局最後には力、力、力。全くもってシンプルかつバカの一つ覚えの様に言う事は一緒だ。……まあこちらからすればやる事を変えずに済むから、楽でいい」
闇の神はうんざりしたように頭を振るった。呆れ果てているともいえるかもしれない。
「へっ、酷ぇ奴。信者共が可哀そうだぜ」
そう言う光の神だが、その顔に嫌悪は無い。光の神は肩をゆすって笑った。
「お前もあまり大差ないだろう。自らが崇め奉る対象の腹の内が
「おいおいおい、馬鹿言っちゃいけねぇぜ! ワシはお前と違って簡単に切り捨てなんかしないぜ? たとえどんな奴にだってちゃぁ~んとお祈り頑張ったで賞とか何とか配って還元してやってるんだぜ?」
「
「……」
光の神は口を閉ざして闇の神を見つめた。闇の神も同様に視線を返した。圧力が高まった。空間が悲鳴を上げるかのような軋み音が鳴った。超自然の風が放射状に吹き荒れる。小さき者たちは懸命に抗った。
「──────良く分かってる」
やがて、〝光の神〟は凄惨に笑った。その顔にぴしりと罅が入った。
「うむ……ンン?」
応じようと身構えた闇の神だが、そこではじめて気が付いたとばかりに光の神の背後で構える暗夜たちへと視線を向けた。
「ソレ」
「あ?」
闇の神の発した問いに、〝光の神〟は残っていた眉を顰めた。
「ソレ、何だ?」
「それだぁ? ……あぁ」
闇の神が指を刺した先を追い、得心のいった光の神は頷いた。
「そいつらな。今代の勇者と聖女と、後は……その……なんだ……なんかアレだ」
「そうか、なんかアレか」
「そうそう。なんかアレだ」
「そうやって一括りにしないで欲しいんすけど……」
暗夜の苦言はまるで効かず、超常存在達はただ互いを見つめ合っていた。
眼中にない。ひしひしとそれを感じた。
「「……ッ」」
屈辱。今まで積み重ねてきた全てが否定されたような気がして、暗夜は、績は、軌陸はそろって奥の歯を噛みしめた。
その横を、鮮烈な青がゆっくりと進み出た。闇の神は訝った。
「私を」
「
千歳が何かを言い切る前に、闇の神は言った。
「──────そうか。死ね」
絶対零度に凍り付いた表情で、女帝は破壊を解き放った。それが開戦の合図となった。
「異な……」
小さな町なら吹き飛ばしかねない甚大な破壊の力を、闇の神はまるで微風を前にするかのように軽々と払いのけた。それと入れ替わるように聖女が放った尋常ならざる光の束が頭部を狙って一直線に突っ込んできた。
「ふむ」
これも同様に軽々と払いのけた闇の神は確かめるように今しがた使用した触手の一つを見つめ、首を傾げた。その背後から白い刺突が迫る。
「うん?」
闇の神はぐるりと首を180度回転させて天使を見つめた。黒い凝視に喀血するが、天使は刺突の勢いを決して緩めない。寧ろさらに加速させ、刺突で喉元を狙う。
「うん」
「ぐわっ──────」
まるで蠅か何かを追い払うように軽い調子で触手を振るった。それだけで天使は吹き飛ばされ、洞窟の壁に勢い良く叩きつけられた。
有効打もへったくれも無かったが、それで僅かに注意が逸れた。
「オォッ!」
「むっ」
極めて低い姿勢で踏み込んできた勇者が、握りしめる聖剣に凄まじい混沌を宿して切り掛かってきた。これにはさすがの闇の神も対応せざるを得ない。
「オラアッ!」
「むんっ」
首を刎ねに来た聖剣を上体を後方に90度折り曲げてかわし、混沌が宿った踵落としをそのままの姿勢でスライド移動する事で回避する。
踵落としが地面を砕いた拍子に巻き起こった粉塵に乗じ、闇の神は姿かたちを限りなく人型に近づけ、殴りつけにかかる。
しかし、粉塵を貫いて光と破壊の球体が闇の神の体に突き刺さった。
「猪口才也」
意に介さずそのまま勇者を殴りつけに向かう闇の神だが、背後から白い刺突が伸び来り、闇の神の背中を突いた。
「刺さらない!?」
白い刀身を伸ばした天使はその手ごたえに目を見開いた。
渾身の刺突は確かに闇の神の背に当たったが、切っ先が沈み込むことはなく、ただ背中を強く押したに過ぎなかった。
「んん?」
驚愕する天使の眼前へと瞬時に踏み込んだ闇の神は拳を振り上げ、その頭を砕くべく振り下ろした。
「ボサっとするな!」
「うわっ!?」
拳が天使の頭を砕く刹那、その脇腹周辺に小さな破壊球が生じ、炸裂した。炸裂の衝撃で天使は吹き飛び、間一髪のところで拳が空を切った。
「……蠅め」
「この!」
「さっさと滅びろ老害が!」
間髪入れずに放たれた光と破壊の球体の弾幕を前に避けもせず、闇の神は苛立ちも露に軌陸を睨んだ。
「はっ」
凝視を受けた軌陸が耳鼻からぼたぼたと血を流したが、気丈にも笑って見せた。
「何見とるんじゃドグサレがー!!!」
「フン……」
カバーするように飛び込んできた勇者の聖剣をかわし、カウンターの拳を打ち込む。
「ぐえっ!」
首から上を消し飛ばすつもりで打ちこんだ拳は、しかし多少体をぐらつか程度で暗夜の体は未だ無事である。闇の神は苛立った。
「こんにゃろ!」
「混沌か。面倒な」
振り下ろされた聖剣を横にスライド移動する事でかわし、剣を戻すよりも先に振るわれた左拳を黒い触手を生やして払いのけ、虚空より黒い腕を発生させて殴り飛ばす。
「いってぇ!」
「くどい」
死んでいない。五体満足で元気に痛がる勇者に、いよいよ闇の神は苛立ちを隠せなくなってきた。その体には絶えず破壊と光の球体が殺到していた。
ダメージは無いが、それでも常時突き刺さる衝撃の不快感は相当なものだ。傘を差さずに外に立つに等しい
そしてちょこまかと辺りを飛び回り、隙を見るや否や突いてくる刺突は、まさしくカトンボの如く鬱陶しい。
「くどいと言った!」
性懲りもなく脇腹を突いてきた天使の刺突に、とうとう我慢の限界を迎えた闇の神は内なる力を解放した。
途端に空間が闇に満たされた。視界が効かなくなるほどの闇と瘴気は、並の光の者ならば受けただけで即死。直撃すればゴスペルとて只では済まないだろう。
しかし。ここには世界でもトップクラスの光の保持者、そして破壊の使者がいる。尚且つ勇者の持つ混沌は並ではない。
現に績と千歳の張った光と破壊の防護膜、そして暗夜の張った混沌の結界は充満する闇の放射を防ぎ、圧力に抗いながらもこちらを睨みつけてきているではないか。
「……ッ」
苛立ち、苛立つ。
幼い勇者。幼い聖女。未熟な光の者。そしてもう一人はあろうことか我が力を宿しておきながら平然と反逆してくる始末。
苛立つ。些末事にこうまでして手を煩わせられるなど、屈辱の極み。増上慢も甚だしい。
こちらにはそんな事をしている暇はない。宿敵と決着をつけるために、態々こうして呼びつけたというのに。何と無意味な時間か。
((──────待て))
宿敵?
((奴は何処へ?))
「考えんのがおっそいわい」
声のした方向へ首を巡らせたのと同時に、その横っ面に拳が叩き込まれた。
「──────ッ!」
ここにきて初めて闇の神は明確な感情を見せ、吹き飛びながら目を向け、宿敵たる〝光の神〟を睨みつけた。
「へっへへへ!」
ひび割れはついに半身にまで及び、ところどころ中身を露にしながら〝光の神〟は残った顔で笑みを浮かべた。そして指を指す。
指の先を目で追うと、そこには膨大な混沌を聖剣に宿した勇者が、今まさに力を解き放つ瞬間であった。
「チィ!」
闇の神は咄嗟に闇を放って相殺しにかかるが、それは勇者の後方から飛び来った莫大な光と闇が受け止めた。
「なぬっ」
闇の神は見た。接触の瞬間に混ざり合い、境界線を失った光と闇が混沌とかす瞬間を。
闇の神が放った闇は雲散し、残されたのは導くように引かれた力の残滓。
「オォオオオオオオオオ!!!」
勇者が地を蹴ったかと思えば、その姿はすでに眼前。
「ッ!?」
距離を歪め、瞬時に距離を潰した勇者は聖剣を、振り下ろした!
「──────」
その時、闇の神は一つの繋がりが切れる感覚を味わった。
それは、500有余年連れ従えていた従僕の死を意味していた。
((あの役立たずが!!!))
闇の神は、キレた。
瞬間、世界が黒く爆発した。