影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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カオス・スペース『混沌の勇者と光の聖女』
プロローグ『イミテーション・スタンドアップ』


 真っ暗だ。

 

 

 右を見ても、左を見ても、あるのは底の無い暗闇だけ。

 

 

 体を動かそうとした。だが手足は拘束されているようで、まるで動けなかった。仕方が無いので首を巡らすが、左右と同じで後ろも前も暗闇だけがあった。

 

 

 首を傾げ、どうしてこうなったのか、思い出そうとした。

 

 

 普段通りの訓練を終え、教官殿が何か言っていたのは覚えている。拷問の訓練の最終段階だとか、人生で一番の苦痛とか。

 

 

 それから先の記憶がない。思い出そうとする。頭痛。後頭部がずきずきと痛む。

 

 

 恐らく殴られて気絶させられたのだろう。それは分る。だがどうしてかは分からない。今までぶちのめされて気絶させられたことは散々あったが、今回の様に有無を言わさずに気絶させられたのは初めてだった。

 

 

 頭の中をミキサーでかけられたみたいだった。過去の記憶が渦を巻き、考えが纏まらない。

 

 

 意識が混濁し、鈍る頭で、思考を一つ一つ順序立てて、組み立てようとした。

 

 

 その時だ。

 

 

 唐突に視界が白に染め上げられる。凄まじい光量のライトが点灯され、視神経に酷いダメージを喰らった。目の端に涙が浮かび、頬を伝って流れ落ちたが、払うことは許されなかった。

 

 

 真っ暗闇との明るさの落差に、視界が定まらない。耳鳴りが酷い。仕方なしに何度も目をしばたき、頭を振るってどうにか視界と頭のノイズを晴らす。

 

 

 そうして視界を晴らすと、薄暗い部屋に拘束されている事を理解した。唯一動く首を巡らせ周囲を見渡す。天井のスポットライトによってそれまで闇に覆い隠されていた恐るべき存在の数々が露になっていた。

 

 

 血錆がこびり付いた鉄の処女(アイアンメイデン)、使い古された電磁鞭、血の染みついたバットなど、馴染み深い拷問道具の数々が視界に入る。それ等が視界の端に映るたびに、過去に染みついた経験が思い起こされ、肉体が鈍く痛んだ。

 

 

 うんざりと頭を振るって忌々しい過去を振り払うと、正面を見る。正面には木製の机が備え付けられてあった。机の上には両腕を拘束するバンドの他に、メス、ハンマー、ペンチなど、これまた忌々しい記憶を思い出させる道具が無造作に置かれてあった。

 

 

「お目覚めかね?」

 

 

 後方から声がかかった。振り返るよりも早く、横から教官殿がゆっくりと歩み過ぎ、机を挟んで俺の前に立った。

 

 

「教官殿……?」

「イエス! 君の上司(ゴッド)、教官殿で~す!」

 

 

 呆然と見上げる俺に、教官殿はいつも通りテンションの高い調子で顔の横で両手でサムズアップしていた。教官殿の顔は満面の笑みで彩られており、その両目は遠足を前にした子供のようにキラキラとしていた。

 

 

 端的に言えば碌でもない予感がした。それも、過去最大級の。

 

 

「あの……これは一体……拷問の訓練はすべて終えたはずでは?」

「うん終わったね! 凄いね! 正直君のようなカスは途中で壊れちゃうと思ってたから、まさか()()()()まで漕ぎ着けるとはびっくりだぜ! マジで!」

「最終……段階……?」

 

 

 纏まらない頭で、言葉の意味を推し測ろうとする。嫌な予感がさっきからずっと響いていた。俺の中の危機管理センサーが最大音量で警鐘を鳴らしていた。

 

 

「三叉神経って知ってる? 顔の感覚を脳に伝える神経の一つな訳だけど。まあ要するに顔の感覚センサーみたいなものなんだけど……ウフッ」

「……」

 

 

 教官殿はずいと顔を近づけ、白目の無い黒一色の瞳で、俺の両目を瞬きしないで凝視する。冷汗が垂れる。もう既に俺は何をされるか、それだけの説明で察していた。

 

 

「ウフッ! ウヒヒ!!! もう察してるね! 自分がこれから何をされるのか! そうだ!」

「ぐッ!」

 

 

 教官殿は裂けんばかりに口の端を吊り上げて狂笑し、俺を殴りつけると顔を離して机の上にヘッドギアを置いた。

 

 

「これはネッ! その三叉神経に直接電流を送り込む俺特製の拷問道具ッ! これを使ってネッ! 君をッ! 壊しちゃいま~~~~すッ!!!」

「──────は?」

 

 

 呆けた声が出る。目が点になり、束の間、俺は目の前を見るだけの装置に成り下がった。

 

 

「言ったじゃん拷問の最終段階って? この装置で君は最大級の痛みを受ける。つまりだアプレンティス。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

「……!」

 

 

『どんな痛みにも』

 

 

 真っ白になった頭の中にその言葉が入り込んだ瞬間、俺は電撃を受けたみたいに体を震わせた。

 

 

『あらかじめ地獄を見ておけば、後々どんな状況に叩き込まれようが心が折れて諦める事なんてないはずだ』

 

 

 かつて自分で定め、そして実行してきた一つの方針。

 

 

((これを受ければ、今後どんな苦痛を受けようとも屈さなくなる……))

 

 

 ごくり、と喉を鳴らす。冷汗はすでに全身を濡らしていた。教官殿は狂的な笑みを引っ込め、真顔で俺を見つめている。

 

 

 過去最高の苦痛。恐らく、人生最大の苦痛。精神がぶっ壊れてしまう可能性は極めて高い。それどころか、痛みで死んでしまう可能性も……。

 

 

 だが、耐えきれば、これからどんな責め苦を受けようが、俺が折れることは無くなるだろう。

 

 

『あらかじめ地獄を見ておけば、後々どんな状況に叩き込まれようが心が折れて諦める事なんてない』

 

 

 自分が定めてしまった方針が、脳裏で延々と木霊する。

 

 

 教官殿を見る。昆虫染みた無機質な真顔。それから装置を見る。見てくれは何の変哲もない極々普通のヘッドギアだった。だが教官殿から装置の説明を受けた後では、俺にはそれが、人を取り殺す邪悪な呪具に見えてならなかった。

 

 

 死臭すら漂う呪具を凝視する。

 

 

 死か生か(デッド オア アライブ)

 

 

 血と錆の匂いが漂う閉じた世界の中で、俺の荒い呼吸だけがただ聞こえた。

 

 

 教官殿が俺を凝視する。俺は装置を凝視する。

 

 

 無限とも思える時間が過ぎて行く。

 

 

『あらかじめ地獄を見ておけば、後々どんな状況に叩き込まれようが心が折れて諦める事なんてない』

 

 

 ……吐いた唾は吞めず、引き返すことは出来ぬ。もはや進む他に道は無く、進んだ先はより暗く深い闇の中か、死という名の行き止まりか。

 

 

 もう一度、唾を飲む。

 

 

 ならば、俺がやる事は変わらない。覚悟はとうに、決めたはず。

 

 

 俺は、ゆっくりと頭を下げた。

 

 

「──────」

 

 

 息を呑む音が聞こえた。見なくても分かる。今の教官殿の顔は、それはもう、とびっきり笑顔で彩られている事だろう。

 

 

「顔を上げなさい」

 

 

 言われた通り、顔を上げる。教官殿の満面の笑みが視界に映る。高々と掲げた装置が映る。

 

 

「ウフッ」

 

 

 辛抱堪らんとばかりに教官殿は掲げた装置を俺の頭に叩きつけるように被せた。視界が黒に。

 

 

 かちりと音が鳴った。その瞬間、俺の視界が、意識が、真っ白に染め上げられる。

 

 

『──────』

 

 

 教官殿の狂った哄笑が一瞬だけ聞こえ、すぐに聞こえなくなった。

 

 

 俺は悲鳴を上げた。だがそれまでもが、白く塗りつぶされてゆく。

 

 

 ついには過去の屈辱の記憶が、忌々しい体験が、血と苦痛の経験が、猟犬たちとの記憶が、千歳との偽りの優しさの記憶すらもが、何もかもが白へと染め上げられ。

 

 

 そして──────。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「──────はぁッッ!?」

 

 

 自分の悲鳴で目が覚めた。息を荒げながら上半身を跳ね起こす。

 

 

「はぁっはぁっはぁっ……あぁ?」

 

 

 胸に手を添えて暴れ狂う心臓を宥めすかしながら、目をしばたいて、現状を把握しようとする。

 

 

 もはやピクリとも動かなくなった死んだファン。新しく変えたはずなのに光量の弱い電灯。血と錆の匂いに満ちた死んだ空気。ところどころ剥がれ落ち、剥き出しになった鉄骨やコンクリートが覗く壁。

 

 

 そうだここは自室だ。記憶にある物よりもなお朽ちた物品の数々に、俺は安堵を覚え、そして()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな風に思えるならば、()()()()()()()

 

 

 過去起きた出来事の中で2番目に最悪な出来事が、より一層精神を冷やし、思考は澄み渡った。

 

 

 あの拷問の記憶から4年。

 

 

 今日は4月9日。千歳が『神代学園』に入学する日。正真正銘、全てが始まる日。俺が生きるか死ぬかがついに決定する年。

 

 

 吉田健太郎が生まれてから、19年。()()()()()()()()()

 

 

 枕元に置いてあったデジタル時計に目を移す。時刻は午前4時を丁度回った所だった。

 

 

 予定通り。寝ざめは最悪で、スタートとしてはあまりにも縁起が悪い事この上ないが、さして問題はない。元から自分自身に期待などしていない。

 

 

 立ち上がり、洗面台へ行って顔を洗い、歯を磨く。口をゆすいで吐き捨てると、ベッドを動かしてその下の床の一部を引っぺがし、中から鍵付きの黒いアタッシュアタッシュケースを取り出す。

 

 

 俺は喉に手を突っ込んだ。

 

 

「オエッ! エェ―ッ!」

 

 

 ゲロゲロと胃液と、鍵の入ったジップロック付きの小さなビニール袋を吐き出した。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 口元を拭いながらビニールを拾い上げ中身の鍵を取り出す。袋をコピーした異能『破壊』で跡形もなく消し去り、アタッシュケースの鍵を開ける。

 

 

 中に入っていたのは、この日のために作られた、オーダーメイドの黒スーツ一式だった。

 

 

 俺は頷き、寝間着を脱ぐと、それらを手に取り手早く着替え始めた。

 

 

「良し」

 

 

 ネクタイを締め、フィットネスジムにつけられているような鏡の前に立ち、最終確認を行う。

 

 

 鏡に映る俺は、170センチまで伸びた体をスーツに押し込み、まるで入学式を迎える前のガキの様にそわそわとしていた。呆けたような間抜け面は昔とちっとも変わらない。

 

 

 ……随分と服に着られている感が否めないが、これから着続ける事になるのだ。いずれ慣れるだろう。

 

 

『風にたなびく髪は雄大な空そのもので、深い青の瞳は未知なる深海の如く妖しく、白く艶やかな肌は磨き抜かれた大理石であり、その顔は職人が丹精込めて作り上げた最高品質の人形(ラグドール)のよう』

 

 

 ふと、千歳に媚び諂う取り巻きが彼女を持て囃す際に言っていた台詞と成長した千歳の姿が脳裏を過る。

 

 

 確かに千歳はそのように言うだけの見た目になった。中身に目を瞑れば、彼女は素晴らしい。彼女は美しい。だが中身(それ)を否定するという事は、彼女を中身のない人形扱いする事に外ならない。

 

 

 中身を見ず、外見だけしか見ていない力だけにすり寄ってきた彼等らしい言い分だ。

 

 

 もし俺が千歳の事を一言で表すなら、ガキ。あるいは()()ガキだ。本当に彼女と深く関わった事のある人間ならば、間違ってもラグドールなどという可愛らしい言葉なんぞ使わない。

 

 

 あんなやつなど、クソガキで十分だ。

 

 

 何てこと内心で言ってはいるが、どうも彼女自身顔にはおくびにも出していないが、そう呼ばれることを望んでいるようにも思えるが……。

 

 

 まあいい。いずれそう呼んでくれる奴が彼女の隣に立ってくれるだろう。ていうか立ってくれなきゃ困る。そうしてもらわないと、俺は安心して表舞台から降りられない。

 

 

 関わってしまった以上、千歳には幸せになってもらわねばならない。俺の目標の一つだ。

 

 

 という訳で頼んだぜ! 暗夜! すべては君の手にかかっている! 負けるな暗夜! 勝つんだ暗夜! お前の彼女(になる予定の())おっぱいでっかくって羨ましいぞ暗夜! 

 

 

 そんな事を考えている時だった。

 

 

 かつんっと階段を下りる音が、微かに聞こえた。急速に精神は冷えていった。思考を中断し、扉の方へ首を巡らせる。

 

 

 丁度いいタイミングである。これから()()()を言いに行きたいと思っていたのだ。向こうから来てくれるのはありがたい。

 

 

 音をたてずに部屋を出ると、俺は訓練場の方へ向かった。

 

 

 かつん、かつんと、わざとらしく威圧的に響き渡る靴音を背に受けながら、俺は訓練場の扉を開け、中へと入り込む。

 

 

 壊れた水槽、握り潰されたバーベル、へし折られた竹刀や千切れた鞭、半ばからへし折れた平均台、中身が飛び出して使い物にならなくなったサンドバック。

 

 

 過去の残骸たちを一つ一つ視界に収め、記憶に刻み付けてゆく。

 

 

 もう二度とここに来ることは無いのだ。碌な思い出が無いとはいえ、この記憶も俺の一部ではある。名残惜しむのも、悪くはない。

 

 

 失神するまでひたすら型を打ち込み続けた過去を思いながら、擦り減って今にも壊れそうな木人橙を撫でていると、断続的に聞こえていた足音がドアの前で止まったかと思えば、激しい音を立てながら蹴破られた。

 

 

「へぁーはっはっは!!!」

 

 

 教官殿が、狂笑を上げながら部屋の中へ入り込んできた。そして俺の姿を視界に収めると、狂笑はたちまち引っ込っこみ、真顔で首を傾げた。

 

 

「そりゃ、何の冗談だ?」

 

 

 真顔の教官殿へ、俺は微笑んで見せた。

 

 

「今日は千歳様の入学式です」

「で?」

「めでたい日です。正装するのは当然でしょう?」

「んん~?」

 

 

 教官殿はかしげた首をさらに傾げ、顔をフクロウ染みて90度曲げ、黒の瞳で俺を射抜いた。

 

 

「お祝いに、()()でも打ち上げようと思いまして」

「……」

 

 

 教官殿の白目の無い黒一色の瞳に、殺意が満ちた。

 

 

「祝いのためにめかし込み、祝いのために花火を上げる。理由といたしましては、その様な所です」

 

 

 踏み込み、拳を振りかぶり、今まさに俺の顔面を撃ち抜こうとする教官殿へ、俺はもう一度微笑んで見せた。

 

 

「えい!」

 

 

 迫り来る拳を、()()()()()()()()()を見て、過去を思う。

 

 

 思えばこの拳にはこっ酷く痛めつけられたものだ。来る日も来る日も。誕生日の日だろうが、年の瀬だろうが、お正月だろうが、ゴールデンウィークだろうが。

 

 

 痛くない日は無かった。辛くない日は無かった。声を嗄らして泣いた日もあった。全てを投げ出してしまいたい衝動に駆られたことは何度もあった。だが、もう迷いはない。もう涙は無い。涙はとうに枯れ果てた。

 

 

 あの日。全ての始まりから、14年も経ったのだ。長い付き合いだった。永遠に続くかに思われた地獄の日々も気が付けば終わりの(とき)が近づいていた。

 

 

 過去を切り捨て、新しい日々へと巣立っていくと考えると、なんとなく、寂しいような気も……。

 

 

「ないな」

「がわっ!?」

 

 

 速いだけの何の捻りも無い拳に掌を添えて最小限の動作で逸らし、カウンターの裏拳を教官殿の顔面に叩き込んだ。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 鼻を押さえてたたらを踏む教官殿へ、俺は最後に微笑んで見せた。

 

 

((死に土産だ。精々刻み付けておけ))

 

 

 俺はゆっくりと教官殿へ向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

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