影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや! 作:三流二式
黒く、黒く。何処までも、何処までも。高く、高く。
黒い柱が天を貫き、成層圏を超え、この星に突き立った楔の如く。狂い咲く花弁のように。巨木の如き闇の柱が屹立した。
「「──────」」
闇の柱が顕現した瞬間に何人かの騎士や一般兵たちが飲まれていったが、そんな些末事にかかずらう存在は、この場には誰一人としていなかった。
この場にいた全ての者は完全にその動きを止め、屹立する黒き巨塔を見上げていた。
気が付けば戦場から音が消えていた。あれだけ響いていた悲鳴が、憎悪の雄たけびが、高らかに轟く鬨の声が、勇ましい砲火の音が、仲間たちを鼓舞する声が、今はもう聞こえない。
黒い巨塔が出現するより前は、心には闘争心、義憤、憎悪、憤怒、悲しみ、等様々な感情が溢れていたものだ。それは両陣営の心ある存在すべてに共通する事であった。
しかし、今では彼らの心を占める感情はただ一つ。
「あぁ……」
はじめに犠牲となったのは誘蛾灯に導かれた羽虫の如く不用意に近寄っていった闇の者であった。背部より肉の翼を備えた闇の者は、ふらふらと酩酊者の如くふらつきながら翼を動かしてその闇の柱に近寄り、手を伸ばした。
「ぁ──────」
一瞬だった。闇の者の体が、さながら白紙の用紙に染みてゆくインクの如く黒く染まり、溶け、吸収された。
「「──────」」
一瞬だった。闇の者が溶かされ吸収され、その周囲の者にも枝葉の如く黒が侵食し、同様に溶かされて吸収されたのは。ほんの一瞬。瞬きする間もなく行われた。
やがて、同様がさざ波めいて広がった。それは黒も白も関係が無く。
蹴散らされる蟻のように。天災を恐れて呆然と見上げる小動物のように。それはあまりにも大きすぎた。サイズの事を言っているのではない。
小さな者たちの畏怖にまるで気にすることなく、黒き柱はただ行使した。
黒い柱から軋むような、あるいは呻き声のような奇妙な音が聞こえたかと思えば、黒い靄の様な物が噴出した。稲妻轟く曇天すらも染め上げて、黒より黒い暗黒が、世界を侵食し始めた。
「うわぁあああ──────」
誰かが悲鳴を上げ、そして消えた。
「ひえ──────」
「たっ助け──────」
「死にたくな──────」
「そんな!? 我らは選ばれし聖戦士で──────」
「ヤメロー! シニタクナ──────」
「アバ──────」
悲鳴があちこちで聞こえたが、聞こえた途端に声は消えた。〝闇〟は陣営に一切の区別なく平等に侵食し、溶かし、そして取り込んだ。黒も白も関係なく。生者と死者の関係も無く。有機物と無機物の区別無く。全てを侵食し、取り込んでゆく。
あれだけ勇ましく戦っていた者たちが、恥も外見も無く悲鳴を上げ、背を向けて逃げ惑った。咎める者はいない。そういった者から真っ先に消えていったからだ。
阿鼻叫喚。それはまさしくその言葉こそが相応しい地獄の如き有り様だった。
地獄の如き有り様、というのならば、先程まで行っていた戦争もそうであった。
先程までの地獄は、あくまで人と人との争いであった。価値観の違う者同士の互いの存続をかけた、とても人間らしい営みといえなくもない、ある意味で健全な人間の行為の範疇であった。
しかし今の地獄は違う。
これは、人ならざる者が行う、ただの蹂躙により齎された地獄であった。
蟻の間で行われていた争いの最中で、唐突に上から熱湯を注ぎ、右往左往してのたうち回る蟻を、遥高みから俯瞰するナニカ。
俯瞰する者からすれば、蟻の大小に大した意味はない。どれだけの物事を
それにとって人とは蟻の様な物であった。卑小で愚かで、取るに足らない有象無象。
この星に降り立ってから幾星霜。あの忌々しい■■■■■とその眷属に敗れ去ってから、随分と時が経った。
屈辱の敗走の果て、地の底に安住を見つけて隠れ潜み、傷が癒えるまで眠っていた。
その間にふと微睡みから目覚め、朦朧とする意識で周囲を窺ってみると、自分の周りに小さな蟻たちがうろついていた。
蟻たちはこちらに気づいた様子もなくあっちへ行ったりこっちへ行ったり。時折互いに殺し合ってはまたどこぞへとふらふらと足を運んでいた。
そんな様子を漠然と見つめていると、蟻たちの周りに蜜が漂っている事に気が付く。
強烈な睡魔に抗い、難儀してそれらを手繰り寄せて口にすると、中々に旨い。その上、力がほんのわずかに増す事に気が付いた。
それからというもの、それは微睡みから覚めれば周囲より蜜を集めては口にし、また微睡みの中に沈むというのを繰り返していた。
微睡みと覚醒を繰り返していると、時折ほんのわずかな時間だが完全に目が覚める時がある。そういう時は蟻を観察する事に決めていた。
蟻には様々な種類がいた。すぐ怒る個体。すぐ諦める個体。とても勇敢な個体。やけに素早い個体。
中でも物好きな蟻は頼んでもいないのに蜜を届けてくることがある。特に害も無いから受け取っておくが、運んで来なくなったところでさして困らない。自力でほぼ無限に集める事が出来るのだ。
勝手にやって来て。勝手に蜜を献上する。それなりに有益ならば、態々無下にする必要もない。懐が痛まず、懐が潤う。どこに文句を言う必要がある?
力を失い、効率は落ちたが、それでも十分である。
幾度かの食事を終え、また微睡みに沈もうとした最中、一匹の蟻が自分を見上げている事に気が付く。
その蟻が一体どういう意図で、どういう過程でそれの前に現れたのかは分からない。
しかし次に目を覚ました時、その蟻に似た雰囲気の蟻たちが何百匹と雁首を揃えてそれの前に膝を付いて、何事か念じていた。
それは困惑した。良く分からない存在が何百と集まっている事もそうだが、その蟻たちが漂わせている蜜が、いくら食べても無くならないのだ。
力が付くのは構わない。勝手に献上して一喜一憂するのも知った事ではなかった。
ただ、全く初めて会ったのにもかかわらず、まるで親と再会した幼子の様に大喜びする様は。
その想いは今でも変わらない。どうしてたかだか爪の先の垢の欠片程度でそこまで喜べるのだろうか?
心底不思議だった。自分だったら取って食ってやるというのに。
漠然とそんな事を考えながらも細々と、しかし着実に力を取り戻している最中、それはある事に気が付いた。時折蟻に交じって蜂やらカブトムシが混じっている事があるのだ。
気まぐれに集めてみれば、カブトムシたちは思いのほか役に立った。何とはなしに〝欠片〟を与えてみれば、カブトムシたちは大喜びし、馬車馬の如く働いた。
それからそれは蟻に交じってやって来るカマキリやバッタなどを集めては〝欠片〟を与えることにした。
それでも外敵に攻撃され、死ぬようなこともあった。去る者もままいた。しかし消えればそれまで。気にする事はない。何せ虫共は向こうから寄ってくるのだから。
そういう風に過ごしていると、いつの間にか傍らには烏が一羽、自ら鳥籠の中に入り、恭しく傅いているではないか。
この烏は大層よく働いた。雨の日も風の日も。来る日も来る日も休む間もなく働いた。そして運んでくる蜜はどれも極上である。
それはとても喜んだ。その時に集まった狐も蛇も蛞蝓も、中々に使えた。烏はその中でも群を抜いて使えた。
時折ボロボロになって戻ってくることがあったが、そういう時は必ず質の良い蜜を持ってきたから、特に何も言わなかった。
何時しかそれは目が覚めれば真っ先に烏に話しかけていた。
実際これほどまでに一個体を気にかけたのは初めての事であった。それの期待は年々大きくなっていた。
そして、烏はついにやり遂げた。力を取り戻したのだ。
遂にあの忌々しい■■■■■に復讐する時が来たのだ。
奴を打ち倒し、そして鬱陶しい〝音〟を垂れ流す人類を駆逐し、もって我が悲願は成就する。
そういえばあの烏に今まで労ってやったことは無かったな。悲願達成の暁には、誉め言葉の一つでも送ってやるか。
そう考えていたというのに。
■■■■■だけを呼んだというのに、来たのは■■■■■のみならず、忌々しい眷属と〝欠片〟を宿した幼い龍である。
ようやく取り戻した力、邪魔の無い状況で今度こそ2人きりで戦い、真正面から打ち倒す。
そうするはずだったというのに。
あろうことかあの烏は取るに足らない鳩なんぞにかかずらい、しまいには悪魔に後ろから刺されて殺される始末。
なんという期待外れ。何という不忠義。
鬱陶しい眷属の一人である勇者が混沌に目覚めたのも、元はといえばあの烏が余計な事をしたせいではないか。
あんな悪魔など捨て置けばいいものを。
役立たずが。
怒りはふつふつと湧き募った。
一度思えばもう止まらない。それまで考えていた労いの言葉は、彼方へと吹き飛んだ。
役立たずが。役立たずがっ。役立たずがッ!!!
白鳩の刺突。邪魔だ。そして不愉快である。
聖女と黒龍の礫。極めて不愉快だ。
勇者の混沌。邪魔の極み。〝あの方〟に遠く及ばぬくせに、それでもこの私に身に掠める危機。増上慢にもほどがある。
そして
どいつもこいつも不快な〝音〟を大音量で垂れ流しにしていた。
何という事だ。
それは愕然とした。
こんなうるさくしていれば、〝アレ〟の目が覚めてしまうではないか。
それは焦った。
一刻も早く全て塗り替えねばならない。こんなにもうるさい物を、野放しにしてはならぬ。
これは宇宙のためである。
((聖戦だ))
それは体を膨らませた。否、元に戻していた。
窮屈な殻を脱ぎ捨て、本来の姿へ。本来の
夢中になって逃げ惑い、もはや誰も見ていない空間の中、天を衝く黒き塔がめきめきと軋み、姿を変え始めた。