影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『final chapter 異常空間』⑥

 天を穿つ黒き塔は、メキメキと軋み音を上げながら収縮し、徐々にその姿形を整えていった。

 

 

 黒い柱は泡を立てて沸騰しており、ボコボコと闇をあちこちにまき散らし、時折不幸にも逃げ遅れた者の上にかかり、闇に還元し体積を増やし、本体の下へと這うようにして戻っていった。

 

 

「オォオオオ―ン!?」

 

 

 黒い柱の足元にいた大入道が悲鳴を上げた。その体には〝闇〟が纏わりついており、付着した途端に大入道の巨体に広がった〝闇〟は瞬時に彼を〝闇〟そのものに変え、造作もなく吸収してしまった。

 

 

 周辺にはコバエのような機械の巨兵達が飛んでいた。ほんの数分前までは神話もかくやという空中戦を繰り広げていたというのに、今では追い散らされた羽虫の如く空中で逃げ惑う有り様だった。

 

 

 成層圏にまで届いていたその巨体は、今や300メートルほどのサイズにまで縮んでいた。

 

 

 しかし、力は減るどころは遥かに研ぎ澄まされ、降りかかる重圧は常人どころか歴戦の勇士たちですらもが足を止めて這い蹲ってしまうほどであった。

 

 

 ミシミシメキメキ。ボコボコグチャグチャ。

 

 

 悍ましい音を立てて、悍ましい存在は、今まさにこの大地に降臨せんとしていた。

 

 

 先ずはじめに足が出来た。

 

 

 樹齢何千年物巨木を彷彿とさせる、象や犀のような3本の足が、建物を砂の城の如くあっさりと踏み砕きながら、大地に突き立った。

 

 

 土砂が舞う。瘴気が吹き荒れる。凄まじい衝撃に人々が蟻の如く宙を飛び、そういった弱き者たちはたちまちのうちに瘴気に侵食され、闇に還元されて悍ましき者へと還っていった。

 

 

 それから体が出来た。

 

 

 黒く、滑らかな革のように艶と光沢のある、弾力のあるゴムに似た質感の肌は正体不明の粘液で濡れており、滴り落ちた粘液はあっという間に大地を穢し、闇の泥沼とでも言うべきものへと変えていった。

 

 

 次いで、腕が出来た。

 

 

 足に比べれば病的なまでに細く、そして長い腕は地面につくほどであり、気だるげに掌を大地に打ち付けたかと思えば、何でも無いというかのように薙ぎ払い、邪魔なビルや家屋をブロック玩具の如くたやすく蹴散らした。

 

 

 当然幾人もの人間が巻き揉まれたが、それは一切頓着しなかった。

 

 

 薙ぎ払いが完了すると同時に、背部より翼が出来た。

 

 

 黒き翼はあちこちに眼球が付いており、凝視を受けた者は、視線が合っている合っていないに関係なく、発狂したり、石化したり、あるいは闇の泥と化して爆散し、周囲の者を同様に汚染していった。

 

 

 やや遅れて、首が、頭部が出来た。

 

 

 円錐形の頭部にはあちこちに瞳が付いており、その全てが黒紫色に燃えていた。視線の強さは翼に備わったものの比ではなく、無機物ですらも闇と化し、〝領地〟はどんどん広がってゆく。

 

 

 最期に口が出来た。

 

 

『ア、アァアアアアアアアアア……』

 

 

 びっしりと生えた乱杭歯を剥き出しにして、さながらあくびをするかのようにそれは大口を開けた。不協和音そのものの声はそれそのものが汚染であり、近くの者は無論、遠く離れた地にいた感受性の高い者の精神すらも汚染し、闇の泥へと作り替えた。

 

 

『アァ……アァ……ウン』

 

 

 黒い巨塔だったもの、〝闇の神〟は軋み音を立てながら周囲を見回した。

 

 

「「──────」」

 

 

 この場にいた全て者は動きを止め、〝闇の神〟を見上げていた。そして次々と倒れ伏してゆく。空中にいた者も力を失ってバタバタと地面に落下してゆく。倒れたものは例外なくピクリとも動かない。あまりの精神負荷に防衛本能が働いて意識を失わせたか、あるいは即死したからだ。

 

 

 これは力無き者が見ていい存在ではない。聞いていい存在ではない。感知していい存在ではない。気配を察する事すらもまかりならぬ。

 

 

 正真正銘の冒涜。正真正銘の上位存在。

 

 

 真の名は■■■■■■■■■■。しかし人の言葉では表せられぬ発音ゆえ、専らそれは〝闇の神〟とだけ呼ばれる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「巨兵部隊、応答しろ! 誰でも良い、返事をしやがれ!」

『ザザザ──────』

 

 

 剥き出しとなったスクラップBのコックピットに無理やりに体を押し込め、窮屈そうにしながらポメラニアンは通信へと必死に呼びかけた。しかし聞こえてくるのは耳障りなノイズ音か、時折聞こえてくる狂った悲鳴や哄笑だけである。

 

 

 それが聞こえた後は決まってまだ残っていたスクラップ・タイタンが爆散し、火だるまとなって墜落した。

 

 

「無理だ! もう残ってるのはあたしらだけだ!」

 

 

 剥き出しになったコックピットの上部に座り込んだチワワが、可能な限り〝闇の神〟を視界に入れないように努めながら言った。

 

 

「ど、どうしようどうしよう……! か、管制室! みみ子ちゃん! 萌ちゃん! みみ蔵! 誰でも良いから返事をしてぇ!」

 

 

 シバイヌは狼狽え、今にも墜ちてしまいそうな期待を必死になって制御しながら、ノイズを垂れ流す通信に向け、ひたすら呼び掛けていた。

 

 

 彼女達が未だ無事なのは、偏に主の教えが功を奏したためである。

 

 

『良いですか? この世には理解できない存在が多々あります。そういう存在に会った時は、そういうものと割り切り、ただの物として扱いなさい』

 

 

 倒れ伏す三人に向け、主は言った。

 

 

『無理に理解する必要はありません。頭の中に隔壁を設けなさい。頭に入る情報を制限するのです』

 

 

 主は言った。

 

 

『いずれそういう存在と相対する事になるでしょう。避けては通れない戦いです』

 

 

 悪魔は言った。一人一人の頭を撫でながら、猫を撫でるような甘い声で。

 

 

『心に壁を築きなさい。それで守り切れるかどうかは知りませんがね』

 

 

 過去の情景が消え失せ、目の前には狂った理解不能が聳え立つ。彼女たちは無事、とは到底言い切れない有様である。耳鼻から血を流し、流れ落ちる血涙は止まる事が無い。

 

 

 だが、正気は保てている。理解不能は理解不能のままでいいと、主より教え賜ったからだ。

 

 

「まだ俺たちにも何か出来るはずだ。リリー、一、お前らもなんか考えろ!」

 

 

 そう言って綾子は両こめかみに親指を立て、探知の力を最大限に発揮し、生き残りがいないか探った。

 

 

「だとよ」

「分かった!」

 

 

 シバイヌは機体を旋回させ、通信に呼び掛けながら戦場中を飛び回った。

 

 

「ボス……暗夜……」

 

 

 一二は呟き、そして振り捨てた。今は物思いにふけっている場合では無いのだ。

 

 

 三匹の猟犬は、各々が出来る事をただ行った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「畜生畜生畜生ォオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 死闘の末、ようやっと殲滅を終えて門を閉じることに成功したニンゲンドックは、出現した〝闇の神〟を視界に入れない様にしながら、倒れ伏した味方を糸で縛り上げて引きずりながらあちこちを駆けずり回っていた。

 

 

 時折意識を保っている者がいれば気付け薬を投与して強引に意識をはっきりとさせ、倒れている者を運ぶように檄を飛ばしていた。

 

 

「あぁ……あぁ……止めて……嫌わないで……!」

「えぇいこのクソバカ!」

 

 

 門があったポイントにたどり着くと、傷だらけで倒れ伏すメンバーの只中にハスキーが立っており、譫言を呟きながら顔を覆っていた。

 

 

 他の者と違って意識は保っていたものの、幻影に囚われて蹌踉めいていたハスキーにニンゲンドックは躊躇なく気付け薬を打ち込み、背中をはたき、怒鳴った。

 

 

「てめー意識保ってんなら手伝え! 四の五の考えるな!」

「でも、私……わたし……」

 

 

 ニンゲンドックはおもむろにハスキーの頬をひっぱたいた。目を白黒させる彼女に、襟を掴んで顔を近づけ、目を血走らせて叫んだ。

 

 

「さ っ さ と や れ !」

「ひゃいっ!」

 

 

 血涙を流して怒鳴るさまは、まさに鬼のよう。あまりの剣幕にハスキーが見ていた幻影は吹き飛び、壊れた機械のように頷くと、逃げるように背を向け、命じられた仕事をこなすべく走り出した。

 

 

「畜生、いよいよマジでこの世の終わりか? どうなんだおい」

 

 

 血涙を払い、源蔵はここにはいない男へと語りかける。風がうなりを上げる。瘴気があちこちで噴き出し、天は先を見通せない暗黒がじわじわと広がっていた。

 

 

「ちっ」

 

 

 舌打ちを一つこぼし、ニンゲンドックは仕事を再開した。やれることをやる。彼は己の心をそれだけに一本化し、狂気を跳ねのけただ只管に奔走した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「おじいちゃんもうやめて!」

「爺さん!」

 

 

 喧々囂々の管制室の中、それすらをも押しのけて、みみ子と萌の悲鳴にも似た叫びが聞こえた。

 

 

「う゛る゛せ゛ぇ゛!」

 

 

 それを一喝する大音声が発せられ、みみ子と萌は口をつぐんだ。

 

 

 管制室で観測を続けていたオペレーターたちは耳鼻や目から出血していたものの、狂気に囚われている者はいなかった。

 

 

 それもこれも、みみ蔵が室内に『対魔』を付与し、精神感応や邪悪な影響を悉く遮断していたからだ。

 

 

 当然みみ蔵は無事ではない。耳鼻や目どころか全身から血を吹き出し、虫の息の有様である。それでもみみ蔵は付与を止めなかった。

 

 

「俺の事は気にするな……お前らは呼びかけ続けるんだ! 一人でも多く正気付かせろ! まだ戦いは終わってねえんだ!」

「おじいちゃん……」

 

 

 みみ子は唇をきつく噛みしめ、血涙を押しのけて流れ落ちる涙を払い、モニターに向かって呼びかけ始めた。

 

 

「爺さん、あんた……」

「良いんだよ。良いから、やれ」

「……」

 

 

 萌はそれ以上何も言わなかった。命を燃やして事を成そうとする男に対し、それ以上は無粋である。

 

 

 顔を逸らしてモニターに向き直り、彼女も呼びかけを開始した。

 

 

「それで良いのさ。俺たちは、()()()()()()()()()()

 

 

 苦し気に息を荒げ、しかしそれでもみみ蔵は笑う。穏やかに。優し気に。若者たちを温かい目で見つめながら。静かに。

 

 

「お前の事だ。まだなんかあるんだろ? こっちの事は気にするな。お前はお前の思うままにすればいい」

 

 

 みみ蔵はここにはいない男へと語りかける。丁度その時、モニターの向こう側で先ほどの闇の塔と同じ規模の光の柱が立ち昇った。

 

 

 〝闇の神〟が光の柱に向き直る。その横っ面を、凄まじい大爆発が殴りつけた。

 

 

「やっぱりな!」

 

 

 たたらを踏んでつんのめる〝闇の神〟を見て、老人は笑った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

『フゥウウウウムムム……』

 

 

 〝闇の神〟は頭部のあちこちについた燃える瞳でよく目を凝らし、倒れ伏した小さな者たちをつぶさに見て取った。それで大半が絶命したが、〝闇の神〟からすればそれが生きていたのか死んでいたのか、判別はついていなかった。

 

 

『ウン……』

 

 

 やがて興味を失った〝闇の神〟は首を巡らし、やおら大声で吠えるように怒鳴った。

 

 

『出てこい!』

 

 

 凄まじい音量で放たれた声は空気を波打たたせ、突風の如く吹き荒れ、空間を震わせた。それでまた小さき者たちが吹き飛んだが、〝闇の神〟の眼中にはこれっぽっちも映らなかった。

 

 

 呼応するように、〝闇の神〟の前に光の柱が立ち昇った。

 

 

『やはり守っていたか』

 

 

 〝闇の神〟は苛立たし気にごちた。光の柱の中に、小さくも確かに蠢く4つの気配を感じ取ったからだ。

 

 

『異な。そんなもの我らの戦いに何の役にも立たぬわ!』

 

 

 軋み音を上げて変異する光の柱に向けて、〝闇の神〟は怒鳴りつけた。

 

 

 柱は無言。ただ変化を続けるのみ。

 

 

『無粋であるぞ! 分かっているのか! この聖戦に我ら以外に踏み込む者があってはなら──────』

 

 

 声は妨げられた。〝闇の神〟の横っ面に、知った事かと言わんばかりに無粋な混沌が炸裂した。

 

 

『ガァアアアアアアアア!?』

 

 

 〝闇の神〟はつんのめりかけた体を3つの足を器用に使って踏ん張った。

 

 

「神聖」

 

 

 声が聞こえた。地獄そのものに変化しつつある空間の中で、その声は驚くほどよく通った。

 

 

『~~~~~~!!!』

 

 

 怒りで唸りながら、声のした方向へ顔を向ける。宙空の一点、〝闇の神〟からすれば豆粒のようなサイズの鉄塊が、そこにはあった。

 

 

「下らないですね」

 

 

 2.5トンの翼で宙に留まっていた悪魔が、いささかの影響も受けずに、全くの自然体で嘲笑した。

 

 

『貴様ぁあああああああああ!!!』

「さて、終わりの終わりを終わらせて、さっさと終わりにしましょうか」

 

 

 押し寄せる憤怒を微風の如く受け流し、悪魔は朗らかに微笑んだ。

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