影武者転生異常あり!~俺は悪役令嬢の影武者なんだ…誰が何と言おうが影武者なんだ!だから脇役でいさせろや!   作:三流二式

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『赤子を殺す』

「カアッ!」

 

 

 尋常ならざる闇と瘴気が宿る拳を掌を添えて逸らし、イミテーションは混沌が燃える右拳を電撃的な勢いで突き出して〝闇の神〟の胸を打つ! 

 

 

「ぬうっ!?」

 

 

 打撃を受けた〝闇の神〟は目を白黒させてたたらを踏んだ。痛みでというよりは、初めて受けた衝撃に戸惑っているようだった。

 

 

 敵は恐らく人の身に堕ちた事にまだ慣れていない。その証拠にあちこちに目を向けたり、肌を撫でる風の感触にビックリしたりして、注意力は散漫で、表情もころころ変わって忙しない。

 

 

((故にここで殺す!))

 

 

 慣れるよりも先に殺し切る。生まれたばかりの仔馬の首を踏み砕くように。生まれたての獅子の子を滝壺に落として磨り潰すように。

 

 

 満身創痍の悪魔は軋む体に鞭打って、堕ちた邪神の命を絶つべく強烈に踏み込み、拳を繰り出す! 

 

 

「チィ―ッ!」

 

 

 悪魔は踏み込み、混沌が燃えるショートレンジのフックを繰り出して〝闇の神〟の脇腹を打ち、体を横に折り曲げて体勢を崩した〝闇の神〟の顔面にハイキックを叩き込む! 

 

 

「グガッ!?」

 

 

 仰け反ってがら空きとなった無防備胴体へ瞬時に踏み込み、完全脱力から放たれた72の打撃をほぼ同時に叩き込んだ! 黒炎と白炎が二重螺旋めいて巻き付いた打撃群の衝撃力は相当なもので、未だ人の身に慣れてない〝闇の神〟は踏ん張る事も出来ずに吹き飛び、無様に地面を転がるばかり。

 

 

「ハア―ッ! ハア―ッ!」

 

 

 〝闇の神〟はぶるぶると震える腕で地に手を付き、口の端から垂れ落ちる血を払い、掌にべっとりと付着した鮮烈なる赤をまじまじと見た。

 

 

「こ、こんな……こんな低俗の物を、この私が流すなど……!」

 

 

 〝闇の神〟は屈辱に打ち震えた。

 

 

 絶頂の最中に、不意に背中を押され、坂道を物凄い勢いで転げ落ちてゆく感覚を、〝闇の神〟は味わっていた。

 

 

 ほんの少し前までは300メートルを超える巨体を持ち、ありとあらゆるものを睥睨し、この星の全てを恣に出来る程の絶大な力を持った正真正銘の上位存在であった。

 

 

 しかし、瞬きすればそれは夢幻の如く消え去り、目の前に広がるのは自分が見下していた地を這う下等存在共と同じ場所に立っている。

 

 

 これを屈辱と言わずして何というのか。

 

 

 それですら最低最悪だというのに、それを更に上塗りする存在が、目の前にいる。

 

 

「貴様ぁああああああああああ!!!」

 

 

 吹き飛び、難儀して体勢を戻した〝闇の神〟の眼前にはすでに悪魔が踏み込んできており、踏み込みの勢いを緩めずに放たれた灰炎滾るハンマーパンチが目前へと迫る! 

 

 

「──────」

 

 

 生命の危機を感じ、〝闇の神〟の意思とは無関係に肉体は危機を迎えた時のプロセスを淡々と実行した。主観時間が鈍化し、世界の全てが動きを止めた。否、一つだけ動く者があった。

 

 

 振り下ろされた悪魔の拳はゆっくりと、しかし確実に動いており、程なくして〝闇の神〟の顔面を打ち抜くであろう。

 

 

 〝闇の神〟は目を動かし、悪魔の顔を見た。ぞっとするほどの無表情。瞳は奈落の底と見まがうばかりに何の感情も宿しておらず、見下ろす瞳は何処までも冷たかった。

 

 

((──────ッ!!!))

 

 

 途端に〝闇の神〟の胸中に形容しがたい感情が溢れた。〝闇の神〟は声なき声で絶叫を上げた。それは今の今まで見下し、無下に扱っていた者たちが送り届けていた憎悪や憤怒といった感情であった。

 

 

 低俗なものと嘲笑っていた〝闇の神〟だが、今では他ならぬ〝闇の神〟自身がその感情に囚われていた。その事実が〝闇の神〟を苛立たせ、苛立ちを感じている事で更に苛立った。

 

 

((キサマのような物が!!!))

 

 

 拳が迫る。〝闇の神〟は絶叫した。肉体が怒りに呼応して、静止した世界の中をゆっくりと緩慢に動き始めた。

 

 

((許さん、許せん!!!))

 

 

 耳鳴りがうるさい。小さくなったことでより間近に聞こえるようになった〝音〟は眩暈がするほどに喧しかった。〝闇の神〟の中の怒りのメーターは振り切り、堪忍袋の緒が爆発した。

 

 

「ガァアアアア!!!」

 

 

 時間間隔が元に戻り、〝闇の神〟は獣めいて絶叫しながら飛びかかってきた。振り下ろされる拳を肉体の稼働を無視して強引にかわし、拳圧で頬の肉を剥がし取られてもなお、〝闇の神〟止まらない。

 

 

「ちっ」

 

 

 イミテーションは舌打ちし、伸ばした腕を瞬時に戻すと追撃を諦め、後方へと跳んだ。

 

 

「アァアアアアアアア!!!」

 

 

 追いすがる〝闇の神〟の身のこなしは予想よりも素早く、振りかぶられた拳から放たれる圧は不用意に受けていいものではない。

 

 

「シャアッ!」

 

 

 不格好に振りかぶられた黒く病んだ光を纏った拳を弾き逸らし、顔面を二度打つ! それでも止まらずに放たれた蹴りを踏み台にし、混沌を纏ったシャイニングウィザード! 

 

 

「うぶっ」

 

 

 顔面を苦痛に歪め、血を吐きこぼしながらもそれでも〝闇の神〟は喰らい付いて来た。イミテーションは眉を顰めた。

 

 

 はじめの内は打撃に戸惑い、痛みに狼狽え、受け身も取れずに無様に地を転がっていたというのに、今の交差では曲がりなりにも打ち合いの体を成した。

 

 

((もう慣れ始めたか!))

 

 

 〝闇の神〟の情緒や感情などは欠片たりとも興味はないが、人の体に慣れ始めているという事実は、中々に重い。

 

 

「イミテーション……!」

 

 

 垂れ落ちた鼻血を乱暴に拭い去り、とめどなく血涙を流しながら、〝闇の神〟は呪詛を吐く。その眼光から放たれる黒紫色の光はどんどん高まり、遂には瞳が見えなくなるほどに眩く発光していた。

 

 

 放たれる眼光の鋭さは内に燃える憎悪の強さに比例して際限なく高まってゆく。それに呼応して無作為に放たれていた力は徐々に収縮してゆく。

 

 

「させん!」

 

 

 当然ただ黙って見ているイミテーションではない。〝闇の神〟の体を包み込んだ高密度エネルギー空間を見て生身では突破不能であると瞬時に判断したイミテーションは、拳銃を取り出して次々と発砲していた。

 

 

 しかし、混沌を纏わせ、異能で限りなく光に近い速度のプラズマエネルギーで穿ち抜いたとしても、その一瞬後には力が欠損部を補い、塞ぎ、たちまちのうちに修復してしまった。

 

 

「おのれっ……!」

 

 

 イミテーションは赤熱して溶解した拳銃を踏みにじり、新たに取り出した拳銃で発砲しながら毒づいた。力の収縮が止まらない。刹那的すぎかつ破壊箇所が綺麗すぎるためだ。それ以前に火力があまりにも足らない! 

 

 

 やがて剥き出しの上半身を黒い闇と瘴気が包み込み、凝縮され、カインが生前に纏っていたものに酷似した鎧となった。鎧には絶えず病んだ稲妻が這い巡っており、唯一剥き出しの頭部から放たれる眼光は、地獄の業火の如く荒々しい。

 

 

「なる……ほど……」

 

 

 確かめる様に拳を開閉しながら、〝闇の神〟は呟いた。その顔面に、悪魔の拳が迫る! 

 

 

「はッ──────」

 

 

 〝闇の神〟はカッと目を見開き、尋常ならざる速度の拳を掌を添えて逸らし、カウンターストレートを繰り出す! 

 

 

「っ……」

 

 

 それまでの〝闇の神〟とは見違える技の冴え! イミテーションは上半身を捻りながら後ろに倒れ、そのまま手を付き、天地反転させたまま上半身の捻りを利用した混沌が煮える蹴りを放つ! 

 

 

「むんっ!」

 

 

 〝闇の神〟はイミテーションの蹴りを前に、同様に身を捻りながら後ろに倒れ込んで回避! そして立ち上がったイミテーションの顎先へ向け、天地反転させたまま上半身の捻りを利用した蹴りを放つ! 

 

 

「下らん猿真似を……!」

 

 

 イミテーションはあえて顎先に蹴りを受け、その衝撃に抗わずに体を脱力させて回転。猛烈な加速を得て何十回もその場で回り、〝闇の神〟が足を戻すよりも先に強烈な回し蹴りを叩き込んだ! 

 

 

「ぐわっ!?」

 

 

 吹っ飛ぶ〝闇の神〟に向け、イミテーションは情け容赦のない追撃を加えた。回し蹴りの反動で跳躍したイミテーションは、瓦割りめいた落下打撃を〝闇の神〟の胴体に叩き込む! 

 

 

「ぐ……がぁっ!!!」

「チィ―ッ!」

 

 

 さらなる追撃を放とうとしたイミテーションだが、〝闇の神〟は咄嗟に闇を放って接近を拒絶! 悪魔は口惜し気な舌打ちを残し、後方へと跳び退いた。

 

 

「来い!」

 

 

 〝闇の神〟はその隙に依り代が生前に使っていた長剣を呼び寄せ、確かめるように素振りをした。その腹に下段突きが突き刺さった。

 

 

「なっ──────」

「よそ見とは余裕ですね」

 

 

 涼やかな声が聞こえたと同時に〝闇の神〟の胸に一打、顔面に十二の打撃が突き刺さる! 

 

 

「ぐ……う、うん……」

 

 

 更に背中に24の打撃。反動でつんのめって垂れ下がった顔面に膝蹴りを食らった〝闇の神〟であるが、次いで襲い来た心臓摘出確定抜き手を、剣を持つ逆の手で掴んで止めた。

 

 

「……」

 

 

 悪魔は眉根を寄せた。

 

 

「慣れて……きたぞ……!」

「ふん」

 

 

 〝闇の神〟は凄惨に笑った。悪魔は鼻を鳴らした。その胴体を長剣が撫でた。

 

 

「やった!」

 

 

 直撃を確信して笑う〝闇の神〟だが、その笑みはたちまちのうちに引っ込んだ。切られたかと思われた悪魔の姿が揺らぎ、霞み、消えた。

 

 

 

「なっ何処へ!?」

 

 

 〝闇の神〟は咄嗟に掴んでいる腕を見た。それは確かにそこにあった。残像ではない。腕は上に伸びていた。

 

 

「うえ゛っ゛」

 

 

 反射的に上を見た〝闇の神〟の顔面に革靴の靴底が叩き込まれた。

 

 

「いい加減離してもらいましょうか」

「ムガムガッ!?」

 

 

 悪魔は〝闇の神〟の顔面を踏み台にし、もう片方の足で顔面を執拗に踏みつける。〝闇の神〟は離さない。どころか、握りしめる力は徐々に高まった。

 

 

「そうですか。ならば結構」

「──────ッ!!!」

 

 

 ぞくりと身が震えた。〝闇の神〟は反射的に手を離して一歩後方へと後退った。その薄皮数ミクロン先を、灰色の炎が通過した。

 

 

「惜しい。もう0.000001秒遅ければその鬱陶しい首から上を捥げたのですが」

 

 

 鷲の爪に灰色の炎を纏った悪魔が、全くの無表情で言った。〝闇の神〟は奥歯が噛み砕けるほどに歯を噛みしめ、ただ憎悪と憤怒に身を振るわせて叫んだ。眼前ではすでに悪魔が蹴りを繰り出していた。

 

 

「──────」

 

 

 顔面に蹴りが炸裂するその刹那、〝闇の神〟の脳裏で、何かが音を立てて千切れた。それは激昂というものであるが、生まれたばかりの〝闇の神〟には知る由の無い物である。

 

 

 周囲に黒い穴が開いた。そしてその中から夥しい数の〝腕〟が生え、主を害する存在に向けて一斉に解き放たれた。

 

 

「くそっ」

 

 

 イミテーションは吐き捨てながら逡巡し、一足先に到達してきた〝腕〟を肘打ちで砕くと、長剣を振り下ろしてきた〝闇の神〟へ瞬間的な前蹴りを叩き込んで跳び離れ、そのまま駈け出した。

 

 

「ふはは! 逃がすか!」

 

 

 体勢を立て直した〝闇の神〟は一転して高笑いをしながら長剣を空振りさせ、〝腕〟をかわし続けるイミテーションに向けて暗黒光波を次々と飛ばした。

 

 

((──────()()()))

 

 

 伸び来た〝腕〟をかわし続けている傍らで背後から飛んできた光波をバックキックで叩き落しながら、イミテーションは〝闇の神〟の実力を冷淡に評価し、切って捨てた。

 

 

((全く、お前もまあ哀れなもんだ))

 

 

 健太郎は一瞬の隙をつき再び〝闇の神〟の眼前に現れ、面食らって長剣を振りかぶった姿勢で硬直する〝闇の神〟の腹にボディブローを叩き込みながら、依り代となったカインへと語り掛ける。

 

 

((500年の時を得て研ぎ澄まされた技も、失われちまえばこんなものだ。諸行無常とはこのことで、見よう見真似で振るった所で猿真似以下だ。良いとこ酔っ払い共の宴会芸と何が違う?))

 

 

 くの字に体を折り曲げて後退る〝闇の神〟へ、イミテーションは追撃を行わなかった。迫り来る〝腕〟を回し蹴りで薙ぎ払い、次が来るよりも先に駆け出す。再び〝腕〟との追いかけっこが始まった。学習したのか〝闇の神〟は光波のみならず細かい闇玉を飛ばし、凄まじい密度の波状攻撃で圧し潰す考えだ。

 

 

 いくら破壊したところで穴からは際限なく〝腕〟が伸び来る。迎撃は無駄の極みで、発生源の息の根を止めるのが一番の近道である。

 

 

 それが出来ないのは、依り代が強靭であった事と、堕ちたとはいえ〝闇の神〟の格が未だに生半可な存在では直視すらできない程の格を保っているからである。

 

 

((とはいえ、こいつは未だ人の身に慣れきっていない。魔王の記憶から体さばきや剣術、闇の動かし方を物凄い勢いで学んではいるが、本人が積み重ねてきた血のにじむような努力の結晶には遠く及ばない))

 

 

 確かに目の前の存在は、『力だけなら』魔王を遥かに上回って入る。だが所詮は力だけだ。駆け引きも技も、まるで素人。脳裏に浮かぶのはゴスペル、あるいはマガツノオロチ、あるいはグレンキュウビ、あるいはぬらりひょんといった強敵たち。

 

 

 

 こと()()()()()()でいうならば、〝闇の神〟は大入道にすらも劣る。イミテーションと比べてしまえば、その差は天と地ほどに差は広がる。彼の技は暗闇に自ら足を踏み入れ、泥水を啜り、死を通じて高めた、文字通りの魔技である。凄まじい勢いで学習したとしても、この戦いで追いつける差ではない。

 

 

((よかった。〝闇の神〟(こいつ)がこんなにも弱くて。これで魔王よりも強かったらどうしようかと思ったよ))

 

 

「何故だ!? 何故当たらん!? この数だぞ!? どうして!? なんで!? どうやればそんな動きが──────ぶっ!?」

 

 

 何事か喚き散らす〝闇の神〟の頬を打ち抜き、逆の頬に拳を捻じ込みながら、健太郎の胸はどんどん軽くなっていくことを自覚した。

 

 

 安らぎ(イース)

 

 

 早くも体が終わりを認識しだし、脱力しかける。それを強靭な意思の力で無理矢理に奮い立たせると、脱力、力を爆発させて異常な加速と共に放たれた水面蹴りで 〝闇の神〟の足を払い、すれすれまで身を沈めた体勢からアッパーカットを放って〝闇の神〟を吹き飛ばす。

 

 

 安堵。

 

 

 弧を描いて吹き飛ぶ〝闇の神〟の体にジャンプパンチを叩き込んで叩き落し、立ち上がる間もなくサッカーボールめいて蹴り飛ばして再び吹き飛ばす。

 

 

 安堵が胸に満ちる。

 

 

「ガ──────」

 

 

 何とか空中で姿勢制御し、不格好に着地した〝闇の神〟へ瞬時に踏み込み、白と黒に燃える12の打撃をほぼ同時に叩き込む! 

 

 

「ギ──────」

 

 

 踏ん張り、倒れることだけは阻止した〝闇の神〟へ瞬時に踏み込み、白と黒に燃える24の打撃をほぼ同時に叩き込む! 

 

 

「グ──────」

 

 

 踏ん張り、倒れることだけは阻止した〝闇の神〟へ瞬時に踏み込み、白と黒に燃える36の打撃をほぼ同時に叩き込む。

 

 

「ゲ──────」

 

 

 踏ん張り、倒れることだけは阻止した〝闇の神〟へ瞬時に踏み込み、白と黒に燃える48の打撃をほぼ同時に叩き込む! 

 

 

「ゴボ──────」

 

 

 踏ん張り、倒れることだけは阻止した〝闇の神〟へ瞬時に踏み込み、白と黒に燃える60の打撃をほぼ同時に叩き込む! 

 

 

「よ、止せ、止め──────」

 

 

 悪魔の眼光が赤熱した! その眼光に、白でも黒でも無い光が宿る! 両腕に黒と白の炎が巻き付き、境界線が消え、灰色の炎となって狂おしく燃え滾った! 

 

 

 手を上げて待ったを繰り返していた〝闇の神〟の眼前に、()()()()イミテーションが出現した。

 

 

「……?」

 

 

 〝闇の神〟は訝った。そして、その疑問を考える間もなく、闇の神の思考は白く黒く吹き飛んだ。108の打撃が完全同時に叩き込まれた衝撃によって。

 

 

 一瞬遅れて衝撃波が放射状に放たれ、空を覆っていた雲も、穴から生じていた〝腕〟も何もかもが吹き飛ばされた。

 

 

「──────」

 

 

 〝闇の神〟は目を剝いて固まっていた。体を覆っていた鎧は打撃の衝撃で吹き飛び、浅黒い肌の所々を完全に闇に侵食された影響で真っ黒となった肌を外気に晒していた。

 

 

「──────!」

 

 

 敵はまだ死んでいない。イミテーションは反動で軋む体に鞭打って、右手で鷲の嘴を形作り、その胸を抉りにゆく! だが、背後にあった穴から伸び来った〝腕〟がイミテーションの体を掴み、拘束した。

 

 

((いい加減に──────))

「──────アベル!」

 

 

 〝腕〟の拘束を解こうと藻掻くイミテーションを前に、〝闇の神〟は横を向き、叫んだ。その先には死んだ目で呆然としていたアベルがおり、呼びかけられた事でびくりと身を震わせ、考えられないほど機敏な動きで〝闇の神〟へと顔を向けた。

 

 

「〝俺を助けてくれ! あの悪魔を殺してくれ! 〟」

「え? に、兄さん!? 兄さんなの!?」

「〝そうだ! さあその剣を持つんだ! 〟」

 

 

 アベルは傍らに落ちていた大剣に手を伸ばした。

 

 

「〝良いぞ! それで悪魔を殺すんだ! 〟」

「で、でも……」

「〝やるんだ! 〟」

 

 

 アベルは大剣を支えにして立ち上がり、震える腕で大剣を抱え上げ、よろよろと千鳥足めいてイミテーションの前へと立つ。

 

 

「〝さあ、その剣で悪魔を殺せ! そして、また一緒に暮らそう。あの頃のように〟」

「あの頃の、ように……!」

 

 

 アベルはごくりと喉を鳴らす。あの頃。幸せな日常。兄と共に、再び……! 

 

 

 震える腕で大剣を握りしめ、ゆっくりと振り上げる。

 

 

「〝そうだ! さあやれ! 〟」

「う、うぁ……」

 

 しかし、振り下ろす直前で、アベルは悪魔の瞳と目が合った。

 

 

((解放してあげるのです。他ならぬ貴方の手によって))

 

 

「──────」

 

 

 途端に脳裏に溢れ出てきた言葉に、アベルの手は止まった。

 

 

((生かす事が優しさとは言わない様に、時として終わらせてあげることが優しさになる時もあります))

 

 

「う……」

 

 

((死は終わりといいますが、同時に囚われていた魂の開放も意味するのです))

 

 

「うぐ……」

 

 

((残念な事に貴方の兄は闇の神の手によって制御不能の怪物へと身を落としてしまった。分りますか?))

 

 

「あぁ……」

「〝何をしているんだ? さあやるんだ! また一緒に暮らしたくないのか? 平穏は? 俺を殺したいのか! 〟」

 

 

 〝闇の神〟は必死になって語り掛けるが、アベルの耳にはもう届いていなかった。

 

 

  (「……んだ……」)

「〝どうした? 〟」

 

 

 震えるアベルに〝闇の神〟は語り掛けるが、アベルは答えない。

 

 

「〝? とにかくやるんだ! その剣を、振り下ろせ! 〟」

「兄さんは!!!」

 

 

 アベルは言われた通り振り下ろした! 〝闇の神〟に向かって! 

 

 

「ナニィイイイイイイイイイ!?」

「兄さんは! 死んだんだぁああああああああ!!!」

 

 

 肩から胸にかけてざっくりと埋め込まれた大剣により、鮮血が噴き出した! 〝闇の神〟は困惑と激痛に苛まされたが、それを遥かに超える怒りが体を突き動かし、目の前の愚か者に襲い掛かった! 

 

 

「このクソカスがぁ!!!」

「うぁ……」

 

 

 闇を凝縮した球体を掌に作り出し、アベルに向かって思い切り叩きつけた! 尋常ならざる爆発と共にアベルの体は吹き飛び、今度こそピクリとも動かなくなった。

 

 

((くそ、茶番の終わりが速い! まだ拘束が!))

 

 

 イミテーションは未だ拘束から脱せていない。〝闇の神〟の凝視が注がれる! 敵は完全に怒り心頭である! 

 

 

((ち、力が入らない! まず──────))

 

 

 敵が踏み込む。死が迫る。

 

 

((ふざけるな! こんなくだらない終わりなど!))

 

 

 焦燥。死線。怒り。

 

 

 そして唐突に〝腕〟が爆散した。イミテーションは目を見開く。

 

 

「何、貴様は──────!?」

「私の名など知らんのだろう?」

 

 

 鈴の音のような声が耳朶を打った。イミテーションは地に足を付くと同時に、瞬時に相手の意図を悟り、現れた者の横に並び、〝闇の神〟にめり込む大剣の柄を同じように握った。

 

 

 〝闇の神〟の目の前に 全く同じ容姿。全く同じ体格。全く同じ顔。そして、全く違う個人が立つ。

 

 

「結構だ。知らずとも良い。どうせこれでお前は死ぬんだ。ならば、語るだけ無駄だ」

 

 

 鳳凰院千歳は鼻を鳴らして言い捨てた。

 

 

「虫けらだって獅子を殺す事を、貴方はもっと早く知っておくべきでしたね」

 

 

 イミテーションは千歳へと顔を向け、目を細めて笑った。

 

 

「な、は……?」

「では」

「さらばだ」

 

 

 〝闇の神〟が何かを言うよりも早く、千歳とイミテーションは握りしめた大剣を思い切り下へと押し込んだ。

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